表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ

辺境伯夫人エレオノーラの優雅な交渉 〜脳筋爺ちゃんの尻拭い〜

作者: ふくまる

『ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!』シリーズ第4作です。

本作だけでもお楽しみいただけますが、第1作・第2作・第3作も併せてお読みでいただくと、より深くヴァーミリオン家の愉快な世界を堪能していただけます。


興味を持ってくださった方は、後書きにURLを貼り付けましたのでコピペしてどうぞ!

エレオノーラ・ヴァーミリオン。


かつて『王国最強』『歩く災害』と恐れられたドラゴンスレイヤー ガルド・ヴァーミリオンの一人娘にして、辺境伯夫人。


冒険者たちの間では、魔法と武力の双方に秀でた『紅蓮の女帝』として、その名が知られている。だが王宮関係者の間では、むしろ冷徹なネゴシエイターとしてその政治的手腕を恐れる者が多い。


華奢にも見えるスラリとした肢体が、実はしなやかな筋肉で作られていることを知る者は少なく、「見た目詐欺」「初見だけレディ」との異名を併せ持つ。


そんなエレオノーラが、一年にも及ぶ北の海での討伐任務を終え、レイヴェント王国に戻ってきた。


王都へ。


より正確には――王宮へ。


愛しい家族と再会する前に、いろいろと後始末をするために。



***



早朝の王宮に、一頭の早馬が到着した。


「ヴァーミリオン辺境伯夫人、エレオノーラ・ヴァーミリオンより、婚約破棄の慰謝料の件にて至急お目通りを願いたいとのこと」


国王アルベルト三世はその報を受け、震える声で重臣たちの緊急招集を命じた。


「……ついに、彼女が来る」



***



数時間後、一人の女性が騎士団を引き連れ、王宮前に姿を見せた。


栗色の長髪を優雅になびかせた、クールビューティー。真紅のドレスを身に纏い、優雅に微笑む姿は見る者を惹きつける。


だが、その腰にはドレスには不似合いな細剣が装備され、背後には屈強な騎士たちが控えていた。


「ヴァーミリオン辺境伯夫人、エレオノーラと申します。国王陛下にお取次ぎを」


穏やかな声。


しかし、拒否は許さない圧力。


門番は震える手で、魔導通信機を取り出した。



***



王宮の謁見の間には、国王アルベルト三世と重臣たちが並んでいた。


玉座の前に立つエレオノーラは、背後の騎士たちに控えるよう指示を出すと、一歩進み出て優雅に一礼する。


「お忙しいところ、お時間をいただき恐縮です。早速ですが、本日はいくつか話し合いたいことがございまして」


国王は冷や汗をかいていた。


エレオノーラ・ヴァーミリオン。辺境伯の妻にして、『紅蓮の女帝』の二つ名を持つゴールドランクの冒険者。その実力は夫である辺境伯を上回るとも言われ、脳筋だらけのヴァーミリオン家を統率し、連戦連勝に導く凄腕の女傑。


そんな彼女が帰領前、わざわざここへ立ち寄った理由――それは、誰の目にも明らかだった。


あの一連の騒動。


婚約破棄事件と、クラウン強奪事件。


「こ、婚約破棄についての処分は既に下しております。問題の発端となった男爵令嬢は国外追放に、セドリック殿下は王位継承権剥奪の上、臣籍降下することとなりました」


震える声で恐る恐るそう告げる宰相を、エレオノーラは一瞥する。


宰相の体がビクリと反応した。


「それは、殿下方への処分であって、娘への補償とは別のお話ですわね」


エレオノーラが、手元の書類を取り出す。


「王太子殿下は、卒業パーティという公の場で、一方的に婚約を破棄されました。理由は『男爵令嬢への虐め』とのことでしたが――」


エレオノーラの視線が、鋭くなる。


「後の調査で、その虐めは存在しなかったことが判明したようですわね」


国王と重臣たちが、目を泳がせる。


エレオノーラは淡々と続けた。


「つまりは、濡れ衣。根拠のない理由で、娘の名誉を傷つけた」


静寂。


「しかも、卒業という人生の節目を台無しにされ、さらには、学生時代という二度と戻らない時を、王妃教育と――失礼ながら――不出来な王太子のために費やさざるを得なかった」


エレオノーラの瞳に、紅い炎が灯り始めた。


「それら精神的苦痛及び時間の浪費に対する、相応の慰謝料を請求いたします」


重臣の一人が、震える声で言った。


「そ、それは……確かに、我々にも落ち度がありますが……しかし」


「しかし?」


エレオノーラの声が、一段低くなる。


「娘を、どれだけ大切に育ててきたか。どれだけの覚悟で、王家との婚約を受け入れたか。それを考えれば――『落ち度』などという言葉では、済まされません」


瞳の炎が、より鮮やかに燃える。物理的に。


ーーエレオノーラの周囲の温度が俄かに上がった。


けれど、不思議なことに謁見の間の空気は、どんどん冷ややかになっていく。


国王は、額の汗を拭った。

もはや暑くて出た汗なのか、それとも冷や汗なのかは分からない。

ただただ、大量の汗がダラダラと流れ落ちた。


「わ、わかった。慰謝料の必要性については理解した。だが、クラウン強奪事件の際、王宮も物理的な損害を被っている……となれば、お、お互い様ということでも…」


エレオノーラが、無言で書類を取り出す。


「それに関しては、こちらの非を認めますわ」


国王と重臣たちが、ホッとした表情を見せる。心なしか、部屋の温度も上がり、呼吸までしやすくなった気がした。


「ただし」


エレオノーラが、優雅に微笑んだ。

途端に、ピキリと再び空気が凍ったように感じられた。


「被害の補償については、こちらで用意させていただきました」


彼女が手を掲げると、侍従が巨大な氷の塊を運び込んできた。


長さ五メートルほどの、氷漬けのクラーケン。北の海に生息する、討伐困難な凶暴魔物だ。


「北の海の巨大クラーケン。希少素材として、高値で取引されます。宝物庫の修復費用、及びクラウンの破損に対する補償としては、これで十分かと」


重臣たちが、ざわめく。


確かに、巨大クラーケンは希少だ。その素材は魔導具の材料としても薬の素材としても珍重され、一体で城が一つ建つほどの価値がある。


「そ、それは……確かに、価値としては十分すぎるほどではあるが……」


「では、よろしいですわね」


エレオノーラが頷く。


「ああ、それと、お預かりしておりますクラウンと宝石類、及び賜りました『名誉女王』の称号についてですが――」


彼女は、きっぱりと言った。


「当家には不要ですので、返却させていただきます」


「え……」


「娘は、そのようなものを望んでおりません。クラウンは王家の宝物として、適切に管理されるべきです。その他も同様。ああ、そうそう、宝物庫に関してはセキュリティを強化されることをお勧めいたしますわ。脆すぎますもの」


国王は、何も言えなかった。

重臣たちはみな、悲しそうな瞳で国王を見つめた。


そんな彼らをよそ目に、エレオノーラは次の書類を取り出した。


「さて、最後に――今回のクラーケン討伐についてですが」


「まだ続くのか!?」


誰ともなしに呟かれたこの一言で、少しだけ温まっていた部屋の空気が、一気に絶対零度まで下がった。


彼女の声に、怒気が混じる。


「そもそも、この任務は王宮からの要請でした。一年もの長期任務。愛しい家族と離れ、危険な海で戦い続ける日々」


瞳の炎が、激しく燃え上がる。


「その間に何が起きたか。娘の婚約破棄。それに続く父と夫たちの暴走。私の不在が、事態を悪化させた」


エレオノーラが、一歩前に出る。


その場にいる全員には、彼女の足元から炎が立ち上っているように見えた。


おそらくは幻視。けれど、その炎のゆらめきと恐怖は本物と同じく、見る者を慄かせた。


「つまり――皆様方が私を遠ざけたせいで、このような事態になった、ということですわね」


「そ、それは……」


「違いますか?」


その言葉に、誰も反論できなかった。


事実、エレオノーラがいれば、ガルドたちの暴走は抑えられていただろう。

婚約破棄はセドリックのやらかしが原因だったとはいえ、その後に続く騒動は、確かに彼女さえいれば未然に防げただろうことばかり。


「よって、この一連の騒動の原因は、すべてそちら側にあると言えます」


エレオノーラが、書類を国王に突きつけた。


「こちらが、私からの要求ですわ。具体的には、慰謝料の増額。今後の任務における優先的な選択権。そして――」


彼女が、冷たく微笑む。


「二度と、私の家族に手を出さないこと」


沈黙。


重い、重い沈黙。


やがて国王が、深く溜息をついた。


「……わかった。すべて、受け入れよう」


エレオノーラの瞳から、炎が消えた。彼女を取り巻く幻の炎も。


彼女の美しい顔に、穏やかな笑顔が戻る。


「ありがとうございます。では、書面にて正式に取り交わしをいたしましょう」



***



数時間後。


すべての交渉を終えたエレオノーラは、王宮を後にした。


手には、正式な契約書と、莫大な慰謝料の証書。


そして何より――クラウンと称号(いらないもの)を返却する手続きを終え、家族を守る約束を取り付けた満足感。


「さあ、お土産も準備できたし、かわいい子供たちに会いに急いで帰りましょう」


足取り軽く、エレオノーラは王都を後にした。



***



謁見の間。


国王と重臣たちが、呆然としている。


「……あれが、紅蓮の女帝か」


「恐ろしい……」


「ヴァーミリオン家で、一番恐ろしいのは彼女だな……」


「ああ、一筋縄ではいかぬ」


「我らはなぜ、あのような者たちと縁を結ぼうと思ったのであろうか…」


「身内には甘いようなので、身内になれればいいと思ったのではないか」


「ふふふ、あれらの身内か……なぜ身内になれば御せるなどと思ったのであろうな」


「誠に。触らぬ神に祟りなし…だな」


全員が、深く頷いた。


「もう二度と、ヴァーミリオン家には関わるまい……」




***



一方、辺境領への道を急ぐエレオノーラは、上機嫌だった。


鼻歌を歌いながら、すごい速度で軍馬を走らせる。


ついてくる騎士団は必死だ。


「みんな元気にしてるかしら。お父様たちは元気が有り余っているようだから、何かお仕置きを考えておかなくてはね」


彼女の笑顔は、家族への愛情に満ちていた。


しかし――その笑顔の裏に、紅蓮の炎が静かに燃えていることを、王宮の者たちは知っている。


ヴァーミリオン家の真の支配者。


紅蓮の女帝、エレオノーラ。


彼女の帰還を、辺境領の男たちは――まだ知らない。



(完)



――あとがき的なもの――


こうして、エレオノーラは王宮との交渉を完璧にこなし、家族への土産と共に帰還した。


なお、この交渉の様子は王宮内で語り継がれ、「辺境伯家の者を怒らせてはならない」という不文律と共に「孫娘を泣かせると、爺ちゃんが来る」「爺ちゃんの後始末には女帝が来る」「女帝が来た後は全てを毟り取られる」と王宮関係者の間で語り継がれることになった。


王宮の者たちは、「歩く災害」ガルドも恐ろしいが、「紅蓮の女帝」エレオノーラはもっと恐ろしいと、心から理解したそうな。


なお、この一件の後、王宮内では奇妙な現象が起きた。


一部の者たちが、エレオノーラの絶対的な威圧と優雅さに心酔し、密かに「紅蓮の女帝様親衛隊」なる非公式組織を結成したという。曰く「女帝に叱られたい」「一度でいいから踏まれたい」そんな呟きが、宮廷の片隅で聞こえるようになったとか。


一方、そうとは知らないエレオノーラは、今日も優雅に男たちを叱り飛ばす。果たして、本日正座をさせられるのは誰になるのか。


――辺境伯ヴァーミリオン家は、今日も平和だった。


めでたし、めでたし。

注)討伐は国の依頼だったけれど、倒した魔物は倒した冒険者に所有権があります。



\\ ★大感謝★『ワシ孫』シリーズ4作全てランクイン!!! //


▶︎1作目:『ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!』

https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/2937366/noveldataid/27248953/


▶︎2作目:『「女王様って素敵」と呟いたら、脳筋爺ちゃんが王国を乗っ取った件』

https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/2940370/noveldataid/27268881/


▶︎3作目:『紅蓮の女帝の帰還〜脳筋爺ちゃんズが正座させられた日〜』

https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/2941237/noveldataid/27281728/


★シリーズ第五作目を公開しました!★ 

▶︎5作目:『元王太子セドリックの心の叫び〜ヴァーミリオン家とはもう関わりたくありません!〜』

https://ncode.syosetu.com/n6636li/


これほど多くの方に読んでいただけるなんて感無量です!

日々の評価・ブクマ・リアクション・コメント、全て励みにさせていただいています!!


これからも、皆さまからの応援を励みに頑張ります╰(*´︶`*)╯♡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
婚約破棄された期間の無駄になった徒労の分の誠意見せろや!金払え!はなかなかですね。 ホント、誰だよ婚約話取り付けてきたの…。 前の王様っぽいので誰も文句言えないのだろうなあ…
女帝のせいでと言うか、女帝のおかげでと言うか…余計な癖に目覚めちゃった人達が大量発生したのね(;・∀・)「一度でいいから踏まれたい」って女帝にすご〜く蔑んだ目で「そんな汚いものなんか踏みません」って言…
「叱られ隊」や「踏まれ隊」の存在を知ったら、流石の女帝様でもチベスナ顔になったりするのだろうか・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ