仮面の視線
旧校舎の廊下は、外よりもひんやりしていて、歩くたびに軋む床板が耳に残る。扉を開けると、昨日と同じく薄暗い部屋。その奥で待ち構えるのは、仮面をつけた数人の部員たちだった。目の部分だけが切り抜かれた無表情な仮面。その視線が一斉に自分へ向けられた瞬間、背筋に小さな冷気が走る。
「――風見くん」
先に声を発したのは、霧島だった。彼女だけは仮面をつけていない。白い指先を組んで机の上に置き、穏やかに微笑む。
「昨日の話、考えてくれた?」
風見は口を開きかけ、言葉を選んで閉じる。確かに考えた。だけど答えは簡単に出せない。曖昧な沈黙を察したのか、別の仮面の部員が低い声を落とした。
「口外すれば、君の日常は壊れる。選択肢は二つだけだ」
「入部する」か、「秘密を守り続ける」か。だが後者を選んだところで保証はない――その空気が伝わってくる。
「……僕が入ったところで、役に立つとは思えないけど」風見は小さく言う。
霧島はすぐさま、穏やかな笑みを深めた。「役に立つとか、そういう基準じゃないの。必要だから呼んでるの」
必要、という言葉が耳にひっかかる。
「なぜ僕なんですか?」
問いかけると、一瞬の沈黙。仮面たちが互いに視線を交わす気配。
霧島がゆっくり口を開いた。
「あなたは、“見つける”人だから」
意味が掴めず、眉を寄せる。
「……何を、ですか?」
「それは部に入ってからのお楽しみ。でもね、風見くん。あなたはすでに、気づかないうちにこちら側に足を踏み入れてる」
その言葉に、喉の奥が詰まる。記憶を探る。最近の奇妙な出来事――ふと耳に残った校内の音、あの違和感。けれど確証なんてどこにもない。
「僕に拒否権は……」
言い切る前に、仮面のひとりが口を挟んだ。
「あるさ。ただし、拒んだ場合は――君の平穏は保証されない」
脅しめいた響きに、鼓動が速くなる。静かな部屋なのに、心臓の音だけがやけに響く。
霧島が立ち上がり、そっと一歩近づいた。
「風見くん。あなたは“青春”を他人事だと思ってる。だけどね――その立場だからこそ、ここで果たせる役割がある」
彼女の瞳が真っ直ぐに射抜いてくる。逃げ場はない、と直感する。
風見は深く息を吸い、言葉を吐き出した。
「……まだ、答えは出せません」
仮面の部員たちがざわりと身じろぎする。だが霧島は、笑みを崩さず首を縦に振った。
「いいわ。放課後までに決めて。次は待ってくれないから」




