『君、青春の匂いに捕まったらしいよ。』
部室の中は、昔の演劇部の名残を感じさせる一室だった。
机や椅子が無造作に置かれ、壁には色あせたポスター。舞台用の小道具や照明機器もちらほら見える。
「ようこそ、せいしゅんシチュエーション創造部へ」
声の主は、真っ赤なリボンを結んだ少女――霧島沙月。
彼女はこの部の部長で、設立者でもあった。
「わたしは霧島沙月。この部活を作ったの。青春って、きっと誰もが憧れてるものよね」
彼女の瞳は真剣で、どこか熱を帯びている。
「でもね、普通の“青春”って不確かで、掴みどころがない。だから、私たちは“青春を演出する”ことにしたの」
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僕は部屋を見回しながら、呆然とした。
「演出って……それって結局、作り物じゃないの?」
「もちろん、演出だから“作る”ものよ」
霧島は頷き、続けた。
「でもね、“作り物”の中にも本物の輝きはあると思うの。
誰かが一生懸命作り出す瞬間、そこに青春の光は宿るはず」
彼女の言葉に、不思議と心を揺さぶられた。
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「で、なんで僕がここに?」
僕が問いかけると、霧島はにっこり微笑んだ。
「君には“青春の匂い”があった。人には見えないけど、わたしにはわかるの」
「……それって、何?」
「説明は難しいけど、あなたはこの部の大切な“素材”になると思ったのよ」
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僕は戸惑いを隠せなかった。
「正直、僕は普通に静かに過ごしたいだけなんだ」
「そんなの、青春じゃないわ!」
霧島は手を広げて笑った。
「でも、ここに来たからには覚悟してね。面倒くさい青春が待ってるから」
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まだ何も始まっていない。
依頼もないし、演出もない。
ただ、知らず知らずのうちに、僕の平穏な日常が少しずつ揺らぎ始めている――そんな予感だけがあった。