青春がじわっと動き出す
朝のチャイムが鳴る直前。
桜の花びらが、ふわふわと風に乗って舞っていた。
まるでどこかのドラマのオープニングみたいな景色――だけど、この日常も、悪くない。
風見 晴翔、高校二年生。
趣味は読書と、校内の環境音を録音して編集する「勝手に学園サウンドトラック作り」。
少し変わってるかもしれないけど、自分ではわりと気に入っている。
目立たなくてもいい。でも、心に残る日が、ふと混じってくるくらいがちょうどいい。
「今年は、ちょっとだけ“いい思い出”ができればいいな」
窓から差し込む春の日差しを浴びながら、僕はそっとそう願った。
⸻
ここはつばめヶ丘学園。
創立80年、通称「ツバ学」。クラブ活動が盛んで、自由な空気が漂う地方の中堅校だ。
通学路の途中には猫がたむろする坂道があり、購買のあんドーナツは毎日1限で完売。
校舎は少し古いけど、どこか落ち着く。
「おはよー、はるっち!」
明るい声とともに、背中を軽く叩かれる。
「うわ、立花……急に来るなよ」
僕の友人、**立花 拓真**は、いわゆる”ノリのいいやつ”代表。
早弁常習犯で、テンションだけは校内トップクラス。でも根は優しくて、誰とでも自然に話せる。
「新年度ってさ、なんか青春っぽくてワクワクするよな! ほら、桜とか、席替えとか、出会いとかさ!」
「それ、9割アニメで学んだ知識だよな……」
「でもお前も、青春ってちょっと好きだろ? なんか、あったかくなる感じ」
そう。
僕は青春が嫌いなわけじゃない。
ただ――まだ、自分の「それ」をちゃんと見つけたことがないだけだ。
⸻
昇降口のあたりでは、吹奏楽部のチューニング音が響いている。
廊下の端では、怪しげな自作ロボをリモコンで動かしてる理科研究部の子がいて、
中庭には、芝生でギターを弾いている文芸部の先輩までいた。
「……青春してんなぁ」
僕はつぶやく。
その声に、立花がニヤッと笑った。
「だから言ったろ。お前も絶対そういうの、好きなタイプなんだって」
僕は、否定も肯定もせず、教室のドアを開ける。
⸻
そして、その数分後。
「君、青春の匂いがするわね!」
バァン!! と、教室のドアが爆音みたいに開いた。
「……は?」
教室に現れたのは、見たことのない女子生徒だった。
肩までの黒髪、真っ赤なリボン、そして演劇部出身としか思えない登場ポーズ。
「きみ、ちょっと来て」
「え? 誰? なに? どこへ??」
「細かいことはあと! 早く!」
そのまま手をつかまれ、あれよあれよと廊下へ引きずり出される。
立花が「ファイト~」とニヤニヤ見送ってるのが、なんか腹立つ。
⸻
連れていかれたのは、旧校舎の一番奥――誰も使ってないはずの部室だった。
ドアに、紙が貼ってある。
《青春シチュエーション創造部》
「ようこそ、せいしゅんシチュエーション部へ! 今日から君も部員だからね!」
「いやいやいやいや、なにそれ!?」
「簡単に言えば、“青春っぽい場面を作って青春っぽいことする部活”よ!」
……意味がわからない。
というか、それって青春なの? それって演出じゃん。
⸻
でもこの時の僕は、まだ知らなかった。
ここが、**僕の青春が始まる“きっかけ”**になることを。