第八章:主食革命
ある日、東京に異変が起きた。
スマートフォン、テレビ、パソコン───
あらゆる電子機器の画面が、一斉に同じ映像に切り替わったのだ。
それは、金色の照明に照らされた巨大なポンデドーナツの祭壇。
その中央に、灰色のスーツを纏った長身の男が静かに立っていた。
ゴッドエンゼル───ポンデ教団の教祖である。
彼は、厳かに口を開いた。
「───人類よ、目覚めの時だ。
君たちはパンか、米か、パスタか、それとも何もかも中途半端な代用品に頼って生きてきた。
だが、我々はついに辿り着いた。真なる主食に───」
彼の手が掲げたのは、ポンデドーナツだった。ふわふわの生地が、祭壇の光に鈍く輝いている。
「私は宣言する。この世界の主食を、ポンデドーナツにする。
手始めに───東京全域を“ポンデの王国”に塗り替える」
その瞬間、東京中の電波塔が反応し、各地の大型モニターにも映像が映し出される。
駅前、電車の中、ショッピングモール、病院───人々は呆然とその演説を見ていた。
「な、なんて酷いことを……!」
自宅で映像を見ていた暁は、思わず叫んだ。
だが、隣にいた禊は、その様子をちらりと見て、心の中で冷たく呟いた。
「……そんなこと思ってないくせに」
だが、それでも暁は動いた。
「行こう、みー君」
「……ふん。最初からそのつもりだった」
ふたりは再び、港区のあの異様な建物へと向かった。
世界で唯一、ポンデドーナツが“主食”として神格化された建造物───ポンデ教団本部。
その前に立った禊は、何も言わずに一歩、足を踏み出した。
次の瞬間───
轟音とともに、建物の一部が崩れた。
禊の物怪としての怪力が炸裂したのだ。
「きゃああああああああああ!」
「ポンデが……!ポンデがああああ!!」
教団員たちは泣き叫び、崩れ落ちる壁の中で信仰の象徴を守ろうと必死だった。
だが、その中でただ一人、冷静な者がいた。
ゴッドエンゼル───その瞳は、絶望を宿していなかった。
むしろ、その奥に燃えていたのは、かつてないほどの敵意と、狂気の情熱だった。
「……やはり君たちが来たか。禊。そして、暁。じゅるじゅるからお前たちの話は聞いている」
スーツの襟を正し、埃を払ったゴッドエンゼルは、ふたりをまっすぐに見据える。
「ポンデの理想を踏みにじった罪───お前たちを、決して許さない」
暁は一歩も退かず、禊は静かに構える。
教団は建物を失ったが、信仰はまだ消えていなかった。
やがて、瓦礫の中を逃げ出すように、じゅるじゅるがひょっこり姿を現した。
「ポンデ……なくなっちゃった……」
再び居場所を失ったじゅるじゅるは、港区の裏路地へと戻っていった。
廃棄されたコンビニ弁当の匂いがする、そのいつもの場所へ。