第四章:港区の物怪
東京・港区。きらびやかな街路樹、ブランドの看板が立ち並び、空にはガラス張りのビルが突き刺さる。
社会見学としては異例のこの街を、小学生たちが集団で歩いていた。
「ねー見て見て!インスタに載ってたカフェ、あそこだよ!」
「わぁ~!おしゃれ〜〜!」
級友たちは目を輝かせながら街を眺めていたが――
「……まったく、キラキラ人間の巣窟ですね」
先頭を歩くのは、暁の担任教師。
ハイヒールの音に負けじと、冷たい声が路地に響く。
「住民の年収は平均の三倍、自己愛と虚飾にまみれた街。笑顔の裏には虚無と依存と整形と……」
「また始まったよ先生の病み語り……」と小声で笑う子もいた。
だが、そんな空気にも構わず、暁と禊は黙って歩いていた。禊は隣で、じっと周囲のビル群を睨んでいる。
「ねえ禊、さっきからずっと渋い顔してるけど、都会苦手?」
「人間臭が濃い。塩素みたいな臭いと油。……うんざりだ」
「私は結構すきだけどなー、うるさくて派手で、よくわかんない感じがして」
そのときだった。
人混みの中、どこか遠くから奇妙な声が響いた。
「───廃棄食材をください〜!」
振り返ると、道の向こうに立っていたのは、異様な存在だった。
金色の長髪。その半分は丁寧に結い上げられているのに、もう半分はボサボサで絡み、埃をかぶっていた。
よく見ると、髪の根元にはいくつもの"口”がついており、何かをじゅるじゅると舐めるように動いている。
───だが、周囲の人々は誰も気に留めていない。
まるで、ただの“港区にいる美人なお姉さん”にしか見えていないかのように。
暁は躊躇なく、まっすぐにその存在に近づいていった。
「ねぇ、あなた……物怪ですか?」
金髪の女は、一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐににやりと笑った。
「そうだよ。私は、“じゅるじゅる”」
名前すらも、音のような名乗りだった。
「じゅるじゅる君、ここで何してるのー?」
「ここは“欲まみれ人間”が溜まる街なんだ。彼らが捨てた食材の中には、まだ“欲”が残ってる。
それをなめとって生きるのが、港区妖怪の生き方ってやつさ」
「へぇー。なんか哀れだね」
暁は悪気もなく言った。まるで、道端の猫に語りかけるような声で。
すると後ろで、チッと舌打ちの音が聞こえ、禊が近づいていた。
彼女はじゅるじゅるを見下ろすように見つめ、静かに、だが鋭く言った。
「……穢れてる。 そんなものを喰って生きているなんて、物怪の恥だ」
じゅるじゅるは首をすくめ、笑う。
「それでも“都会”に生きるってのは、こういうことなんだよ。目玉の妖怪さん」
禊はその名で呼ばれて、ピクリと眉をひそめた。
暁はその間にぴょんと割り込む。
「彼女の名前は禊だよ。私は暁。よろしくね」
これが、暁と禊、じゅるじゅるが初めて会った時の物語である。