第三章:家族の食卓
あの日から、数日が経った。
禍々しい気配をまとい、森に封じられていた物怪───禊。
その彼女は今、すっかり人間の暮らしに染まりつつあった。
「はい、これおかわりね〜。禊ちゃん、焼き魚好きだったでしょ?」
「ありがとうございます、お母さん。あ、これ味噌汁もらっていいですか〜?」
食卓には、暁の母と父、そして暁と禊の四人が並び、笑顔でご飯を食べていた。
テレビからは、どこか間の抜けたクイズ番組の音が流れている。
テーブルの上では湯気が立ちのぼり、箸の音と笑い声が交差する。
「それにしてもさぁ、禊ちゃんが最初うちの暁を襲おうとしたって聞いた時はびっくりしたよなぁ!」
「ほんとほんと〜。うちの子に勝てると思ったなんて、ねぇ?」
両親が笑いながらそう言うと、禊は小さく肩をすくめて、明るく答えた。
「本当そうですよ〜。私が敵う相手じゃありませんでした〜! むしろ、こっちが完敗でしたってば〜」
家族全員が大笑いした。
まるで、最初から何の問題もなかったかのように。
まるで、禊が元からこの家の一員だったかのように。
* * *
夜。食事が終わり、風呂も済ませたあと。
禊は暁の部屋───すなわち、今は自分の部屋でもある空間へと戻った。
ベッドがふたつ並べられている。カーテンの隙間から月が差し込む。
机の上にはランドセル。壁には子ども向けのアニメのポスター。
禊は部屋の真ん中に立ち尽くし、深く溜息をついた。
「……何でだよ」
自分でも気づかぬうちに、声が震えていた。
「なんで私、人間と打ち解け合ってるんだ⁉︎」
その叫びに、布団の中からひょこっと顔を出したのは暁だった。
「え? だって今は私たち家族の一員なんだし、気にしないでいいんじゃない?」
「気にするわ!!」
禊はびしっと指をさして叫ぶ。
「だいたいな、私は元々お前の命を狙っていた、正体不明の物怪だぞ!? 得体が知れないんだぞ!?
それを勝手に家族にするって、頭おかしいにもほどがあるだろ! お前も! その両親も!!」
だが、暁はぽやっと笑って言った。
「でも、楽しいでしょ? 一緒にいると。」
「……っ!」
禊は言葉に詰まった。
(楽しい……?)
否定できない自分が、そこにいた。
暁はあくびをしながら布団にくるまり、背を向ける。
「ほら、もう遅いし寝よ。明日は社会見学なんだから」
「……社会、見学……? 私も行くのか?」
「うん。見学先の人にも“親戚です”って言っといたから」
「勝手に設定盛るなッ!」
そう叫ぶ禊の声が、夜の静けさに響いた。
けれど、返ってくるのは眠そうな寝息だけ。
禊は唇を噛み、肩を落とした。
───こうして、得体の知れない物怪と、普通の小学生の共同生活は続いていく。
やがて訪れる不穏な未来など知らずに。