第一章:祠
夏の日差しが川面にきらきらと跳ね返り、蝉の声が森にこだましていた。
学校行事のバーベキューで訪れた川辺は、子どもたちの笑い声と炭の焼ける匂いに包まれていた。
「うわっ、お肉もう焼けてるじゃん!」「あとトウモロコシもー!」
そんな中、小学五年生の暁は、皆から少し離れた場所で石を拾っていた。川の水に手を入れ、冷たさを楽しみながら辺りを眺めていると、ふと、向こう岸にぽっかりと開いた小道が目に入った。
――なんだろう、あの奥。
気づけば足が自然と動いていた。川を渡り、背の高い雑草をかき分けながら小道を進むと、森の奥は次第に静かになっていった。蝉の声も、風の音さえも遠くなる。
その先に、苔むした古びた祠がぽつんと立っていた。
「……お社?」
木でできた祠は、誰にも手入れされていない様子で、屋根は傾き、蔦が絡みついていた。中を覗いてみると、奇妙な文様が刻まれた石の板と、乾ききった御札が見えた。
――なんかの儀式? でも、もう誰も使ってないよね。
子どもらしい無邪気さと、ちょっとした悪戯心が混ざって、暁は祠の屋根をガタガタと揺らした。木材が腐っていたのか、簡単に崩れて、中の石板が地面に落ちた。
バリッ――
御札が風に舞い、ひときわ強い風が森を駆け抜けた。
「……わっ!」
思わず身をすくめた暁だったが、それ以上の異変はない。落ちた木片の中に、炭に使えそうな乾いた枝がいくつも混ざっていた。
「ちょうどいいや……バーベキューの燃料にしよ」
祠を壊したことに罪悪感を抱くこともなく、暁は乾いた木を腕に抱え、元来た道を戻っていった。
だが、彼女が立ち去った後――。
祠の残骸の中心に、ゆっくりと青い髪が現れた。
風が止み、空気がぴたりと凍りつく。
長く流れる青い髪、そしてその頭部には――
無数の、赤い目。
ひとつ、またひとつと、その目がゆっくりと開いていく。
白いワンピースを纏った、異形の少女が立ち上がる。彼女の名は、禊。
長きにわたり封じられていた物怪――
いま、世界に再び、その存在が触れようとしていた。