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短編  作者: 八広まこと
1/1

こんな出会い

続かないかと。


「−−−ッ!!」


 ミスったやっちまったヘマした!

 文字通り、銃弾の雨をかいくぐりながら人のいない路地裏を走り抜ける。レンガ造りの建物の隙間を縫うように走り抜け、鉛玉を避けるように建物の影へと滑り込む。

 息が弾む喉が痛む指先が痺れだす。

 それでもとにかく縺れる明日を必死で動かした。

 背後から迫りくる死神どもから逃げのびる為に!

(夕食時までは計画通りだったんだ!)

 このままいけば、問題なく逃げられる。ボスも兄貴分も、誰もコチラの裏切りには気付いていない。どうしたって悪事に慣れずに擦り切れた心も、絶対に逃げてやると誓った思いも…。


 三年前、突如全ての日常は消え失せてしまった。


 それまでは、飢えたことも争いに巻き込まれたこともなかった。平凡な日々を生きて、時々退屈に欠伸を噛み殺すくらい。それすらも、今思えば懐かしさすら思う。決して帰ってこない日常。

 なんでそうなったか、なんて知らない。


 知っているのは、この街の裏社会を、圧倒的な力で支配していたファミリーが、たった一晩で壊滅してしまった、それだけだ。


 誰が、とか、なにが、なんて考える時間なんてなかった。圧倒的なキングがいなくなった。その情報は瞬く間に拡散され、導き出された結果は、今まで兵士たちだった奴らの権力闘争。そして、巻き込まれたのは兵士ですらなかった、自分たち、有象無象。 

 周囲から一人、また一人と友人が消えた。

 まずはいち早く危険を感じ逃げ延びた人、バカな自分は大袈裟だと苦笑しただけだった。

 だけど一週間待たずして、その考えが正解だったと知った。

 この辺では珍しかった電子計算大学カレッジ通いの、パソコンの腕に目をつけられた自分は、ある日突然攫われた。

 なにもわからないまま、一台の旧式のパソコンの前に座らせられて、ハッキングとついでに電子マネーの金庫番のような仕事を押し付けられた。

 自分ならそんなこと、絶対にしない。わけの分からないものに財布を握らせるなんて。

 でも、奴らはそうさせた。脅迫と暴力をたてに、コチラの抵抗心をへし折った、つもりで……。

 混乱する思考と飛び跳ねる心臓を無理やりおさえこみ、すぐには逃げられないという結論だけ出した。少しの抵抗と、甘んじて受けた数発の拳で、なびいたフリ。あとは、時間と共にクリアになっていく頭で導き出した、数年がかりの脱獄計画。


(兄貴分の浮気現場にかち合う事で発覚なんて…ッ!!)

 

 意外にも伊達男の兄貴分が、婆専なんざ知りたくも無かったが、それ以上に、脱獄計画の要の場所が、彼御用達の連れ込み宿だと知っていれば

(間違っても、こんな場所には行かなかった!!)


「――――ッ!!?」

 後悔が、泣き言交じりの悲鳴に変わる。

 左足が破裂した感覚。激烈な痛みに、目の前が紅く染まった気がした。

 レンガ造りの通りから、ぱっと開けた先には街灯に照らされた仄暗い公園に転がり込む。

 痛みと酸欠で朦朧とする頭だから、障害物の少ないこの場所が危険だ、なんて考えることもできない。 

 力の入らない足が宙が砂を削るけど、すぐにもつれて、容易に地面へと転がる。

 

「ちっ、手間かけさせやがって…。」

「…ッ、…はッ」

 背後から聞こえる声が思いの外近くて、肩が震えた。這いつくばる。砂を蹴る、少しでも、前へ…


 と


「なんだぁ、このガキ」

 逃げようと宙を掻いた指先が、何かにあたる。

 先にその存在に気付いた兄貴分は、訝しげに顔を歪めた。そして、振り向いた視界の先で、彼は至極なんでもないような顔で銃を構えた。

「面倒臭ぇ、しね―――」




 ――― 死ぬのは手前ェだ、クソ野郎



 

 夜の闇に凛と響く声と、巻き上がる血風に背筋が泡立つ。

 一刀両断。

 真っ二つにされた兄貴分の上半身は それこそ、『なんでもないような顔』で、地面に転がった。

「ったく。人様の子を、言う事かいて面倒臭ェだと?何処の田舎育ちだ。子はかすがいって言葉知らねぇのか?」 

 

 ――― おいで   。


 かけられた言葉に反応して動き出した存在が、まだ小さな子供だったと気づいたのは、その姿を抱きとめる相手が、あまりにも柔らかい『母親』の表情をしていたから。

 まさに、慈愛というのを体現したその表情。


「……。」


 その頬にはベッタリと返り血がふちゃくしていたけれど……。


 街灯に照らされた公園で、子を抱きとめる親の姿に、言いしれぬ違和感と安堵感、二つの相反する感情が湧き上がる。

 そうこうしている内に、子を抱いた親らしき人物は、手に持った東洋の、これは刀というものだっただろうか?その刃先を突きつけてきた――

「で?」

「……ぇ」

    ――地面に転がるこちらの、さらに後ろへ。


「何処まで斬っちゃっていいわけ?」

「…え?」

「面倒だから全部斬るか?手前ェも含めて。」

「マジかよ、容赦ねぇなオイ。子連れ狼ならぬ、子連れ母熊かよ。」

「出産後って、周りが全て敵だからなぁ。」

「マジで!?子供産むと修羅の国へ強制異世界転移なの!?」

「子供守るってソウイウコトヨ。」

「オカマバーのママみたいに……。」

 …いうなよ、という言葉は続けられなかった。

 兄貴分意外にもう数人がコチラを追っていたのは分かっていた。途中から姿も見ていた。ド素人の自分だって把握していた追手と、それ以外に追加三名。

 少しのざわめきと驚愕の後に、間を置かずに迫る黒服達。


 長さ約1メートルほどの刃から血煙が巻き上がったと思った瞬間、全員が息を止めて地面に転がっていた。


「マ、ジ、ですかぁ……。」

 助かった、よりも、本音の言葉を吐き出して、ため息と震えを抑え込む。

 昼とは打って変わった夜の公園の凶悪な雰囲気に、たたずむ相手は間違いなく昼の住人のような『子連れ』の皮をかぶっていた。

 左手で子を抱き、右手は真っ赤に染まった長尺刀。東洋人なのか二人とも同じような黒色の髪と目をした。似たような一張羅の、どこにでもいる、何でもないような母子。

 脳がバグを起こしそうな理解不可能な光景にめまいがしてきた。

「斬られて、ないねぇ。」

「斬ってねぇよ。失礼だな。」

 抱かれた子は慣れているのだろうか、こんなわけのわからない光景にも身じろぎ一つしない。恐怖も何もかも知らない顔で、帰り血に濡れた頬のまま、小さく欠伸を始めた。

「ああ、悪い。もうおねむの時間だな。」

 帰るか、と一言つぶやく。うなづくように子は、母親の胸元に額を埋める。血糊で汚れた刀を適当に背負うと、彼女は幼子の背をポンポンと叩いた。

 そして

「どうする?」

「へ?」

 突然かけられた声に、間抜けな声を返してしまう。

 少し目を細めた彼女は、

「このままいても仕方がねぇだろ、医者くらいは教えてやるか?」

 どうにも、母親とは程通り話し方をする相手に

「どうも……」





  ――― ご相伴に、預かりますわ……。




 行く当ても、先もない自分は、片足を引きずり、立ち上がった。




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