第7話オコジョーをなめるな後編
次で劇が終わります。
「俺はユーザーではありません。これだけははっきりと真実を伝えたかった」
ぬいぐるみとプロテインシェイカーを机へ置き直し、彼が両手を背後で組みながら主張した。そして、ショートコントの為だけに用意された小道具をピアノの横へ移動させる。
服の胸部に丸形の何かが浮かび上がっており、新たな武器を用意していたようだ。いよいよ、劇が終盤へ差し掛かる。
ステージの中央へ向かうトウジは、後ろから銀髪の男に声を掛けられた。短剣で胸を刺され死んだはずのサトルだ。先程より彼の背丈が高くなっていた。
「よぉ、久しぶり」
トウジは振り向き、驚愕する。明らかに別人だが、声は変化していなかった。物語上、生存している事への疑問だ。サトルがその種明かしをする。首を飛ばされていない為、反転術式で蘇生した。
これから更に激しいアクションを展開するのか、サトル役はボディダブル制を採用していたようだ。舞台でアクションシーンを三中、声は先程の演者が担当している。
トウジは武器を持ち、彼に襲い掛かる。サトルが体を翻して避け、壁へ立て掛けていたゴルフクラブを掴む。先の棍を9番アイアンで打ち、彼の脛へぶつけた。トウジは情けない声を出しながら倒れる。
「いってぇ!!」
「やっぱりゴルフはメンタルに効く。ヤングさんがよろしくだってよ!」
サトルが何度もゴルフクラブを彼の体へ振り下ろし、追い打ちを掛けた。横へ転がりながら起き上がり、トウジは片手で武器を振り、ゴルフクラブを壁に飛ばす。
武器を失って尚、彼が背中から新たな武器を出した。持ち手付近に、雪の結晶模様の装飾を施しているステッキだ。素早く振り翳し、トウジに防御される。
しかし、それと同時に手前へ引き、中の短い刀身を抜いた。すっかり観客達は騙されてしまう。軽く宙に浮かせ、逆手持ちへ変えてから、サトルが左手で武器の鎖部分を掴みながら相手の首筋へ振り下ろす。
「2パックの仇だ!」
「特売セールの恨み如きで殺されて堪るかよ!」
体を後ろに反らし避けたトウジは、刀身を鎖へ引っ掛けて彼の腹部を蹴る。吹き飛んだ彼は短刀を捨てて、バク転した。着地し、ズボンの左裾を捲り上げ、新たな長いステッキを抜く。
大きな黒いバネと、いくつもゴム製の持ち手が付いている。真横に向け、左右を伸長させて、先へ穂を出した。予想外の形態変化に観客達は感嘆の声を漏らす。トウジより武器が多種多様だった。
「マジかよ」
暗殺者としての地位は脅かされつつある。穂を飛ばす細工を警戒してか、彼が防御に徹した。頭上で回転させながら繰り出すサトルの足払い技、後ろに大きな半円を描く予備動作からの突き技は見応えある。
トウジも前屈みになり、武器を振りながら背後で持ち手を変えた。そして、上体を起こし、背後へ回してまた変える。次の瞬間、ステッキに後ろ二段回し蹴りを放ち、武器を股の間へ通す。
こちらにステッキを飛ばすと恐怖していた観客達が悲鳴を上げる。2発目の蹴りが地面へ振り落した事でそうならずに済む。先の棍は上体を逸らすサトルの直前まで迫っていた。
ズボンの両側から、最初の物と同じ形状のステッキを2本出す。今度は仕込みを披露せず、短棒術で攻める。本家と似つかぬ戦闘だが、そのような事を忘れてしまう内容だ。
しばらくトウジの攻撃を弾いていたサトルは急に片方落とし、相手の体勢を崩させる。もう片方のステッキを首の側面へ押し付けて、そのまま後頭部を掴み、捻って転ばす。
「オパールのパパも三中君も凄いね」
オパールの隣で劇の動画を撮影していた茉理が嬉しそうに呟く。男子小学生は乾いた笑い声を出して、後半の練習風景を見せて貰えていないと話す。1つの間違いが大怪我に繋がる、危険な練習だったようだ。
まだ何かしらの演出を残しているのか、サトルは止めを刺さない。ステッキと片手をトウジの頭部から離すと唐突に、スグルの声が聞こえた。
『サトル聞こえるか? 今、高専内の通信端末を使っているのだけど、私も力を貸そう』
『そっちに私の虹龍を送ったから、そこでリコちゃんの仇を取ってくれ』
『虹龍の背中の上では、同じ武器種以外使えない』
背後から、白い鱗と黄色い目の龍らしき乗り物が現れ、2人の横に停まる。計16本の車輪で動いていたようだ。カトラス2本が中央部、木箱は頭部へ置かれていた。
武器を壁側に投げ滑らせ、トウジは起き上がって虹龍の背中へ乗る。それが最善の選択のようだ。
「剣を取るのだ。決闘のやり方は学んでいるな?」
「まずは互いにお辞儀だ」
彼はカトラスの傍で右手を腹部へ添えて、会釈した。騎士のような決闘が次の戦いだ。サトルも背中へ上がり、トウジと同じ所作を取る。
「格式ある儀式は守らねばならぬ」
「うちの学校にそんな儀式なんてねぇよ。お前、名前を言ってはいけないあの人か」
カトラスを拾い、それぞれ構えた。トウジは気高く左手を腰へ回し、剣先を下へ向ける。対して、サトルが横向きで腰を落とし、剣先の側面をフェンシングのように、相手の喉元へ向けていた。片手は頭上に掲げている。
乗り物が動き出し、旋回して用意された斜面の方へ向かう。その上で、2人は前後に動いて攻撃の機会を窺っていた。斜面を降り、乗り物が観客達の横を走行する。
「え? ステージ以外の場所も危険が迫っているんだけど。おい! こんなのアリかよ!」
男性教師は生徒達の傍へ避難した。彼の横を通ると、トウジが内回しに斬り付け、サトルは下がりながら弾き返す。相手の隙を作って、下から斜めに斬り上げる。
攻撃を避けたり、弾き返したりする2人の決闘をしばらく披露した。2周目へ入り、スグルが観客の2人を『小龍』の乗客に指名する。
『ゲソガキと札の付いた猿、私の小龍に乗る権利をプレゼントしよう』
『ゲトウ、大丈夫? もしアクシデント起こったら、ツクモさんのボンバイエ、また受けるよ?』
『良いさ、ユーザーの提案って事にしておくつもりだ』
生贄は出演者の息子と、身内同然の女子生徒だった。もし、事故が起きた場合でも問題解決にそこまでの手間を掛けなくて済む。
オパールが宇宙船に乗せられる実験動物を連想し、喜んでいなかった。茉理も彼を励ましながら不安そうな表情を浮かべている。
ステージに『小龍』らしき乗り物は現れて、客達を迎えに行く。台車と似た形状をしており、持ち手の部分に、黒い龍の頭らしき装飾を取り付けている。辛うじて、2人用のシートベルト付座席だけ用意していた。
女子生徒の列の横で停車し、指名されている2人が観念して乗り込む。着席し、シートベルトを締めると小龍は発進した。茉理がスマートフォンを座席下の黒いカゴへ入れる。
虹龍より速度は速く、すぐ追い付いて並走した。2人の決闘が静かな読み合いから、激しい鬩ぎ合いへ変わり、中世のそれを彷彿とさせる。
虹龍は3周目へ入った矢先、スグルが悪い意味合いで客達の期待に応えてしまう。操作していたコントローラーは操作を受け付けなくなり、延々と観客達の周りを走るようだ。
参考作品
「呪術廻戦 芥見下々著/集英社」
タイパ重視する猿...読者向けに内容の解説を載せておきます。
〇タイトルの元ネタ
GTAオンラインミッション、『ドレ―をなめるな』から来ています。
〇「~ではありません。これだけははっきりと真実を伝えたかった」
某プロ野球選手のインタビューから引用しています。
〇サトル役(アクションスタント担当)
三中知努、個性的な異性、同性に好意を寄せられる呪霊操術使いです。チー坊、ちーちゃん、女誑しの愛称を持っています。本編中、似非関西弁しか喋りませんが、基本標準語です。
歩く災いのような中性的容姿の27歳児です。
〇「やっぱりゴルフはメンタルに効く」
「ドレーをなめるな」終盤でドクター・ドレーが残す名言です。
〇ステッキ
「ジャッジアイズ 死神の遺言」に登場するステッキの男が使う武器のオマージュです。
〇短棒術
「燃えよドラゴン」のブルースリーが使うカリスティックの技と同じく、アーニス(カリ)の技術です。
〇虹龍
「呪術廻戦」の夏油が所有する呪霊の中で、1番の硬度を持つ東洋龍です。
〇小龍
原作に登場しない劇オリジナル呪霊です。設定も特にありません。
〇名前を言ってはいけないあの人
「ハリーポッター」シリーズの最強最悪な魔法使いです。
〇カトラス
刀身が短い湾曲した刃を持つ剣です。海賊の愛用武器です。
〇トウジとサトルの構え
「龍が如く8外伝 Pirates in Hawaii」内一騎打ちのオマージュです。モーティマーの構えがトウジ、船長の構えはサトルです。