第6話オコジョーをなめるな中編
あまりに長くなりそうだったので、中編としています。
劇の本筋と関係無い余興が終わり、トウジはゴルフクラブを壁へ立て掛けて、首の武器を取る。物語の進行が戻り、サトルとスグルは女子達の前へ出た。
彼らの異能を使った戦闘が始まろうとする矢先、スグルは重要な問題に気付く。何らかの原因で、術式を発動出来なくなっていた。
「ダメだサトル、私の呪霊操術が使えない。ここは高専結界内だぞ」
「スグルもか。少なくともあの呪具の影響では無さそうだ」
呪霊を使った攻撃と、強力な遠距離攻撃を封じ込められ、2人掛かりで襲撃者と接近戦を繰り広げる。体の左右に、風車のような残像が発生した武器捌きのトウジは、数の差を物ともしない。
遠くの観客に状況が分かるように効果音も付けられていた。ただし、本家のBGMを著作権の都合上、使えないのか、劇の動作で内容を盛り上げている。
散々彼の筋肉やユーザー疑惑をからかっていた観客達が、感嘆の声を出す。演者の奇行をツッコんでいた男性教師も軽く拍手し、感心する。学生の演劇に無い緊迫な雰囲気を出していた。
攻撃を避けつつ、2人はトウジへ打撃を与えている。しかし、有効打とならず、スグルの横腹へ攻撃を受け、彼が悶えながら蹲った。サトルはその様子を一瞬確認すると、急に相手の攻撃が止む。
トウジは左肩へ武器を掛け、背中から独特な形の短剣を出す。柄付近に返しが付いており、十手か自転車の折れやすい押し込み式鍵と似た形状だ。それをサトルの胸へ刺す。
「サトル!?」
彼はスグルの横で倒れ、絶命してしまう。親友の死を悼む余裕も無く、彼が横へ転がって立つ。後ろにいたショーコとリコが怯えた表情を見せる。
トウジの凶刃が3人に迫ろうとした瞬間、背後から箒を持つ黒いメイド服と白いエプロン姿の女性が駆け付け、彼の注意を惹く。白いシニヨンキャップで後ろ髪を纏め、センター分けにしている。
以前、妻の命令で三中は同じ格好をして、店の接客を行う。今回、リコのメイド、『クロイ』として劇へ参加していた女性は担任教師、萩宮巡だ。本性さえ出なければ常人として見える。
「お嬢様から何も奪うな!」
大好きな『兄様』が好み、彼を投影したようなキャラクターなだけあり、彼女は珍しく真剣だ。トウジが短剣を背中へ仕舞い、大きなヌンチャクのような武器に持ち替える。
リコを逃がす為、クロイは襲撃者との距離を詰めて箒で応戦した。薙刀術の覚えがあり、洗練された動きで攻撃を繰り出す。かつて三中はこの脅威を正確に見抜き、クナイ投げで制圧する。
3人がその横を素早く抜け、控え室の方へ走った。トウジは箒に武器を巻き付けてながら前蹴りを繰り出す。クロイは後ろへ倒れ、彼が片手をズボンの中に入れて拳銃を取る。そして、銃口を向けて昔の実録モノ映画のような銃声音を響かせた。
「クロイ!」
「リコちゃん、ダメだ!」
リコが立ち止まって振り向き、トウジは彼女の眉間へ狙いを定める。スグルがそれに気づいて片手を引っ張ろうとした途端、銃声はまた響く。リコが膝を折りながら倒れ込む。
「星漿体のガキは死んだな」
「呪術も使えねぇ俺みたいな猿に負けたって事、長生きしたきゃ忘れんな」
歯を食いしばりながら彼は、彼女の肩と両足裏へ手を回し持ち上げて、小走りで逃げる。仕事を終えたトウジは遺体回収を後回しにして、ステージの右側へ歩く。
ステージの幕が閉まり、15分間の休憩時間を担任教師はスピーカーで伝える。時代錯誤な銃声音はともかく、観客達が物語に引き込まれていた。彼らが席を立つと、ピアノの演奏は流れた。
哀愁漂う音色と共に、控え室の扉が開く。白いローブ姿の男女達は、大きい鉄製直角三角形の物体を、側面の溝にある持ち手を握りながらステージの中央下へ運ぶ。斜面が網板となっている。
『彼らは次の場面の為、準備を行う』
映画のメイキング映像のような三中の落ち着いたナレーションが、準備を劇の演出に取り込む。
『全く、どこかの馬鹿だ』
すぐ中年男性らしき掠れた声で、観客達の代弁をする。然も他人事のような口振りに、男性教師はボケの対処を行う。
「それはこっちの台詞や!! 勝手に体育館占拠して、劇やり腐って!!」
「ほんでお前、在学中に問題ばっか起こしとったやろ!! ケツ拭かされた俺の身にもなれや!!」
彼を煽るように、先程の台詞が再生された。男性教師の苦労は、記憶喪失の男に全く伝わらないだろう。彼らの準備が整い、ピアノの演奏も止まる。
石津は他の生徒達に便乗し、トイレへ向かった。後半の上演時間だけ異常に長い可能性も否めない。
用を済ませて戻り、見覚えのある黒いメイド服姿の女性と、彼女の片腕へ抱き着く白い着物姿の女性らしき人物を見つけた。
襟付近に、ノネズミを咥える、白いイタチのような小動物の模様を付けており、奇抜だ。白い小動物は黄色の安全帽まで被っていた。海外の日本文化愛好家が好みそうだ。
「白いカワウソっているの?」
オパールと手を繋いでいた茉理は、狩りに成功する小動物をカワウソと解釈した。すぐ男性が冷静な指摘をする。
「いや、こない小っこくて細いカワウソ、何処におんねん」
「もう! そんな事言わないで教えてよ! 記憶無いBLT女装っさんの癖に!」
恥を掻き、彼女は珍しく我を忘れていた。新たな言い間違えをからかうように、隣のオパールが半目で苦笑する。
「叔父貴、サンドイッチになったんだね」
「誰がサンドイッチや。それを言うならLGBTやろ」
「私の妻ですわ」
恥ずかしさで茉理は顔を逸らす。三中が小動物の正体を教えようとしていた矢先、白衣を羽織る女性に割り込まれた。腰まで伸びている長い髪の彼女は一方的に話す。
「立山の冬毛オコジョだな。可愛い見た目して、気性が荒い生態はチー坊と同じだ」
女性が両手で彼の頬を摘まんで軽く伸ばす。オコジョの生息地を特定した彼女の知識に、茉理は驚く。そして、安全帽を被っている理由も尋ねた。
「立山に黒部ダムがあるからだ」
ダムと安全帽の関連性を見出せず、担任教師に説明を求める。溜め息を吐いて、彼女がダムについて教えた。
「良いですか、80点。黒部ダムは水力発電の為に作られました。その建設工事で171人の殉職者を出しています」
「特に、大町トンネル掘削工事中、破砕帯の地盤崩れによって大量の地下水と土砂が溢れ、中の作業員達を飲み込んで」
立山の冬毛オコジョは、先人達の尊い犠牲を象徴している。壮絶な内容を語り、担任教師が怯えていた茉理を放置し、また三中と共に控え室へ向かう。白衣の女性教師も踵を返す。
「お前ら、人の心無いんか」
その様子を壁際で眺めていた男性教師は、薄情さを非難する。オパールに慰められ、茉理の恐怖心が取り除かれた。男子小学生の活躍で、石津の踏み入る隙は無い。
劇の再開時間を迎え、幕が開いた。首から武器を下げているトウジが中央の学校机に近付く。赤色の容器を抱えたオランウータンのぬいぐるみと、置き手紙を置いている。
「違和感」
何故かぬいぐるみの頭は、白いバンダナを2つの触角のように巻いており、白いズボンから黒の下着も見せていた。彼が持ち上げて、嘆く。
「これ、俺のプロテインシェイカーじゃねぇか! あの、俺のきんのたま盗ったゲソガキの仕業か?」
実の息子をゲソガキ呼ばわりしていた理由は一部の人間しか知らない。横の盗んだ人間からの置き手紙を読み上げる。
「2パックの仇だぁ? 卵の特売セールでまた俺、何かやっちゃいました?」
悪びれる素振りの無い彼の台詞が、観客の印象を敵役から面白い中年へ戻す。先程の重々しい展開は消えてしまう。コント会場のように、彼らの笑いが湧き出す。
「多分その2パックじゃ無いんだよな。というか、何であのユーザー、2Pac殺してんだよ」
「良く見たら、あのぬいぐるみ、格好が2Pacみたいじゃねぇか」
2重構造の演出に気付いていた男性教師は、敢えてツッコミを自重する。明かさない方が幸せな場合もあった。
参考作品
「呪術廻戦 芥見下々著/集英社」
タイパ重視する猿...読者向けに内容の解説を載せておきます。
〇呪霊操術
調伏(GETだぜ!)した呪霊を球状にして、体内へ取り込み自在に操る生得術式です。階級換算で2階級格下の呪霊は調伏せず取り込めます。某マスターと同じ戦い方をする認識で大丈夫です。
〇独特な形の短剣
天逆鉾の名称を持ち、相手の術式を強制解除します。他所の〇ールブレイカーや幻想〇しと同じ効果です。
〇2人が術式を使えなかった理由
トウジが持って来たゴルフ用台座は、簡易領域を展開し、術式を一時的に封印出来る呪具、聖域(劇オリジナル)だったからです。
〇クロイ役
萩宮巡、兄様から純情を奪った、薙刀術使いの呪詛人です。劇の狂った演出、台本も手掛けています。おはぎ、般若、ピューマの愛称を持っています。
兄様と姉妹縁組(法的効力無し)の妹の前では真面目な一面も見せる27歳女児です。
〇哀愁漂う音色
久石譲「MEET AGAIN」を演奏しています。
〇三中のナレーション
「キッズリターン」のメイキング映像ナレーションと、本編担任の教師役の森本レオのパロディーです。三中の立場は、校庭で自転車を漕ぐ卒業生と同じです
〇白い着物と冬毛オコジョ
大和撫子を好む萩宮巡が兄様を理想に近付ける為、着せています。冬毛オコジョは西洋で純潔の象徴でした。
〇BLTサンド
ベーコン、レタス、トマトを挟んだサンドイッチです。
〇白衣の女性教師
鶴飛千景、三中の嫁(通称 嫁子)の叔母で、かつて小学生の三中に性的暴行を働こうとした結果、殺処分され掛けた過去を持ちます。巡より良識ある夏鈴と同年齢の生物科目担当教師です。
〇LGBT
性的少数者を指す言葉です。巡と夏鈴(女性らしい振舞いをしつつ生来、精神が男性です)とある人(ユーザーの妹)はここに該当します。三中も特定の条件下で含まれます(本編中、ヘテロです)。
〇80点
某大物配信者の名言、「処女は100点、非処女は80点」が由来です。ちなみに、茉理に通じています。兄様を侮辱された意趣返しです。
〇人の心無いんか
「呪術廻戦」の禪院直哉の台詞から引用しています。
〇ゲソガキ
クソガキとゲソを掛け合わせた蔑称です。ゲソはオパールのネックレスから来ています。
〇また俺、何かやっちゃいました?
「賢者の孫」の有名な心の声です。この台詞で観客に「特売セールのパック売り卵を買い損ねた人物から、陰湿な嫌がらせを受ける無自覚なユーザー」の構図を見せます。
〇本当の意図
実在する伝説的ラッパー、2PAC氏がマイク・タイソンの試合観戦後に、車からの銃撃で殺害された事件を揶揄するブラックジョークです。笑いを理解するには知識が必要であるという皮肉も込めています。
長年、この銃撃実行犯は逮捕されていませんでしたが、最近、事件の首謀者は逮捕されました。
〇2パックの仇だ。
「チャイルドプレイ(2019年版)」で近所の黒人ホモガキ大将が、ふざけて包丁を振り下ろす動作をチャッキーに教えながら言った、決め台詞のパロディーです。(うろ覚えです)
〇ぬいぐるみの服装
ギャング巻きのバンダナ、半裸、パンツを見せている腰パンで2Pacの事だと暗喩しています。
〇ショートコントの元ネタ
作者が「チャイルドプレイ(2019年版)」を鑑賞中、件の場面で2パックのパックを〇ジックギャザリング辺りのHPと勘違いした経験から考えました。
「えぇ...こいつ、カードゲーム大会で負けた事、根に持ち過ぎだろ(原文)」と黒人ホモガキ大将に勝手なカードゲーマー設定を付けてしまいました。2Pacを2パックと表記している字幕も悪いです(イチャモン)