第4話ステージでのひと時
卒業式ジャック並に傍迷惑な行為が行われます。
翌日、自習ばかりで鬱屈していた生徒達の為に、担任教師が思い出作りの機会を設ける。立候補し、何か自信のあった特技を人前で披露する発表会だ。
生徒達の机を全て後ろへ下げて、生徒達はその前に並びながら座り、前の担任教師から立候補者を訊かれた。大勢の視線に加え、その様子を撮影されてしまう為、誰も名乗りを上げない。
もし撮影した動画を投稿する場合、『ポラロ』か『LIFE』のグループチャットを大抵選ぶ。どちらも同じ学校の生徒が閲覧者のほとんどを占めるだろう。
披露する特技が上手ければ称賛され、逆でもしばらく周りの知り合いからイジられて済む。前日に担任教師はイベントの事前告知までしていた。
教室のムードメーカーの生徒すら人前へ出ない状況には理由がある。昨夜、『チャープ』へ何者かは都内高校生達の性加害未遂動画を投稿した。
プライバシー保護の為、被害者の顔だけモザイク加工している。しかし、加害者が制服姿だった為、有名インフルエンサーに動画を拡散されて、すぐ所属高校を特定されてしまう。
商品価値より投稿主は歪んだ正義感を選ぶ。無許可投稿によって、私刑の矛先を向けられたくない生徒達が観客の立場を固持する。
スマートフォンの動画撮影が習慣化されていた生徒達は、学校のイベントを撮影する事は当然の権利となっていた。禁止されてしまえば、楽しむ為の行事が退屈な授業へ変わる。
受動的の生徒達に対し、担任教師は激高し、茉理の眉間へ簪を投げ付けたりしなかった。
「分かりました。誰も立候補しないので、先生が用意した劇を開催します」
損な役回りを押し付け合わなければならない状況を回避し、生徒達が歓喜した。恥を晒さなくて済む。
そして、担任教師は真剣な表情で鑑賞の注意事項を説明する。低い声と最愛の『兄様』のような口調に気圧され、彼らが一斉に静まった。
「ただ、良く聞けよ、ドブカ猿共。マジで危ないから鑑賞中、ステージへ絶対近付いたりするなよ?」
「守らなかったらくらすぞ? プランCな? 私に従え、呪力が練れんドブカ猿共!」
その後、『呪力が練れんドブカ猿』呼ばわりを継続し、彼女は体育館まで生徒達を引率する。『術師は非術師を守らなければならない』という信条を持っていないようだ。
開催場所の体育館へ到着すると、担任教師が外部の客達を招待していた事に気付く。彼らは並べられているパイプ椅子へ座り、開幕を待つ。当然のように、生徒達の鑑賞方法は立つか、床へ座るかの2択だ。
左側壁付近で黒ずくめの男性と少年の姿を見つけ、茉莉が呼び掛ける。男性の腹部へ何度も正拳を打ち込んでいた彼は手を止め、こちらに向かう。おまけもその後を追った。
1週間前の土曜日、茉理がバイト先からの帰宅中に精神異常者女性から奇襲を受ける。その時、喉元を真横に包丁で切られたようだ。その傷を隠す為、赤い三角スカーフを巻く。
無邪気に笑みを浮かべる灰色パーカーの少年は彼女の元へ来た途端、抱っこされてしまう。猫か彼女の小さな弟のような扱いだ。
首から牙のような突起がいくつも付いた輪のペンダントを下げている。母親譲りの美形少年が通称『オパール』だ。大きな切れ長の瞳と、愛らしい表情で女子高校生に可愛がられていた。
「えー俺、恥ずかしいよ。皆に見られているし」
「良いじゃん。偶には茉理姉ちゃんを癒してよ」
恥ずかしがりながらも暴れたりしない彼の様子を、周りの女子達は口を揃えて可愛いと褒める。さり気無く、茉理がオパールの尻を軽く撫でた。わざとらしい笑い声を出して彼は誤魔化す。
常習的にやっているのか、女子生徒達も痴漢をしていると茶化した。振り向いて、傍観している石津の表情は不服そうだ。同じ交流期間で、彼より茉理との関係性が深いオパールへの嫉妬心もある。
眼帯をしていない保護者代理は、オパールの御守を彼女達に託す。不愛想な表情と、不釣り合いの温かみを感じる声だった。三中家の大黒柱がどうやら一児の父親に復帰しているようだ。
「そこでオネーチャン達と一緒におるんやで」
彼がステージ方面へ向き直ると、人の心の無い担任教師が彼の右腕を抱く。その直後、後ろから呼び止めながら男性が近付いた。
「おい、吐瀉物を処理した雑巾! お前、えらい事をやってくれたな!」
「何やお前、喧嘩売っとんか? 気ぃ付けてもの言えや、儂ァ、命貰うんも虫歯抜くんも同じ事でぇ」
因縁を付けられ、三中は顔だけ後ろに向けて低い声で威圧する。何をとち狂ったか、担任教師が彼を妻と紹介してしまう。三中もその間違いを訂正しない。
「この女狐、三中が守ってくれるから好き放題やりやがって。後で職員会議な」
塩顔男性教師は舌打ちし、一旦その場を立ち去った。凶暴なおしどり夫婦同然の2人が色んな人間に恐れられているようだ。
虎の威を借りる狐は、職場の先輩すら『呪力が練れんドブカ猿』と罵って、後ろから三中の左耳へ手を回す。
この予備動作で彼女の狙いが生徒達に伝わり、冷ややかな目線を背中へ浴びせられる。彼の顔を横に引き寄せ、キスした。この貪欲さは偽りの妹が自らへ課す縛りだ。
彼女達は保健室の誘惑に負けず、ステージ横の部屋に行く。2人きりの『兄様』と巡がどのようなやり取りをして、そういった行為へ及ぶかはまだ謎のままだ。
「ダメだこれ、安田講堂みたいに機動隊、来ねぇかな。これ一種の立て籠もり事件だろ」
劇の開催を反対していた、塩顔男性教師がこちらに戻りながら独り言を漏らす。学校側の手で止められない事情を抱えているようだ。
彼は、茉理に後ろから抱き締められながら、ペンダントの話題を話すオパールの傍へ寄る。三中の叔父貴に頼み、紙粘土で作って貰ったそうだ。
「おい、斎方の小僧。あの劇って火災報知器鳴るような事しないよな? 大丈夫?」
「うん、練習風景見たけど大丈夫だよ。それより、控え室で巡が布団敷いてないと良いけどね」
「お前、絶対その意味知っているよな? どういう教育してんだよ、あそこのご家庭」
苦笑し、最低限の安全確認を済ませた彼は壁側に行く。巡と『兄様』の触れ合いを止める勇気が男性教師に無く、ただ劇の公開を待つしか無かった。
10分後、前方のスピーカーから彼女の声が聴こえる。開演前の諸注意を再度行っていた。
『劇の終盤、大変危険な演出がありますので、くれぐれもステージへ近付かないで下さい。Savvy? 呪力が練れんドブカ猿共』
『良い子の皆は、フィ〇おぢが登場したら元気良くブーイングしましょう!』
彼女が頭のおかしい人と広く認知されているせいか、招待客の誰も苦情を出さない。唯一、SNS上での炎上を恐れていた男性教師だけ怯える。
校風の事など気にも留めない萩宮巡は劇の撮影、動画投稿を一切禁止していなかった。その為、生徒達や招待客の動画撮影を注意出来ず、彼は頭を抱える。
「あの、お前達。動画投稿は構わないけど、絶対に学校名を載せるなよ? マジで」
資本主義と共産主義の代理戦争が早期に終息し、人々の関心は些細な出来事へ向きやすい。この時だけ平和な世情が弊害となる。
『ご来賓の皆様、生徒の皆様、ご起立下さい』
閉ざされたステージの開幕と共に、担任教師の声がスピーカーから観劇と思えないような指示を出す。困惑しながらも従い、館内の人間達は起立する。
『執行官に敬礼!』
『頭、中!』
ステージの中心で常装冬服らしき黒い背広を着用し、官帽を被った巡が敬礼しながら見渡す。脱帽時の敬礼を知る人間は少なく、大半が茫然としていた。
敬礼を止めると、彼女は帽子を投げ捨てて、ステージの控え室へ行く。辺りから劇の開始を疑う声が聞こえた。学校の体裁保持の為、男性教諭が場を繋げる。
「防大の卒業式すなー!!」
『国歌斉唱』
ステージのピアノへ三中は座り、国歌斉唱が始まった。反論の声を封じ込めるような進行だ。演奏者はピアノから離れ、ステージの中央に立つ。大きく明瞭な声で組則を唱えた。
「組則、ア! 大義に生き、小義を捨てよ! 常に軽挙妄動を慎み! 侠道を切磋琢磨せよ!」
「止めて!? 軽挙妄動しとんのお前やし、学生は侠道より勉学を切磋琢磨せなアカンやろ!!」
誤解されかねない内容を必死に否定するあまり、彼も演出の1つに組み込まれてしまう。三中が何事も無かったかのように控え室へ戻る。
着席の指示は貰えないが、会場の観客達は各自座った。今の所、楽しめる要素が1つも無く、時間を浪費している。
担任教師のやりたい事を済ませ、ようやく劇の前説を流された。三中の重低音声が観客を絶望と水に満ちている世界へ誘う。
『未来の地球。環境破壊による温暖化は、遂に北極と南極の氷を全て溶かしちゅくした』
『あらゆる土は水で覆われ、海の底深く横たわっている。ここは――』
脊髄反射で男性教諭がまた有名なお笑い芸人のようなツッコミを入れる。ステージはピアノしか見当たらない無人の空間だった。
「何してんねーん!! 他所の前説流すなー!!」
「ここ水上要塞ちゃうぞ!! しかもおい、ナレーション、途中噛んどるやん!!」
予想外の方向からの援護射撃となり、観客達の笑いを引き出してしまう。先の見えない劇の始まりだった。
タイパ重視する読者向けに内容の解説を載せておきます。
〇タイトルの元ネタ
GTAオンライン内ミッション「スタジオでのひと時」のオマージュです。傭兵集団に襲撃されているレコーディングスタジオへ行き、大物アーティスト達を救出する内容です。
〇ポラロ
インスタグラムが元ネタです。平均的な若者の必需SNSです。
〇LIFE
LINEが元ネタです。大体の生徒がクラスのグループチャットへ加入します。
〇チャープ
Twitter(現X)が元ネタです。この世界ではZに改名されています。
〇萩宮巡が茉理の額へ簪を投げ付ける
『バトルロワイアル』のオマージュ。
〇ドブカ猿
ドブカスと猿を組み合わせた造語です。
〇プランC
「さくら荘のペットな彼女」のスラングが元ネタです。屠るという意味合いです。
〇くらす
福岡の方言で「ぶっ飛ばすぞ!」という意味です。
〇私に従え、呪力が練れんドブカ猿共
夏油の台詞「私に、従え、猿共」と禪院直哉の台詞「……呪力が練れん!!」、「ドブカス……がぁ!!」を合体させた台詞です。これでもかという程、非術師を貶しています。
〇見下す萩宮巡はどちら側なのか
霊感が少しあるだけで、他のドブカ猿と大差無いです。
〇赤い三角スカーフ
気難しい猫と判別出来る印です。天保山マーケットプレイスの2階に実在する施設が元ネタです。
〇少年と黒ずくめの男の遊び
少年の退屈を紛らわす為、男がサンドバックになっています。拳と腹筋を鍛える鍛錬も兼ねてます。
記憶喪失の成人男性なりの父親らしい姿です。
「実録 柳川組2 西日本征圧 -報復」でも似た場面はあります。しかし、そのオマージュとして描写してません。
〇オパール(斎方櫻晴)
斎方櫻香と白木夏鈴の息子です。白木忠清のセルフオマージュであり、物語上、「龍が如く8外伝 Pirates in Hawaii」のノア・リッチと同じ立ち位置です。
〇オパールのペンダント
「龍が如く8外伝 Pirates in Hawaii」のノア・リッチが着けているペンダントの影響を受けています。本家は、ノアの祖父が倒したとされる巨大なイカ(クラーケン)の牙で作っています。
〇男性教師
専門科目は化学です。オパールの両親と知努が元教え子の設定があります。
〇安田講堂
東大安田講堂事件の事です。学生達と機動隊が激しい攻防戦を繰り広げました。
〇Savvy?
「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのジャック・スパロウの口癖。吹き替えでは「お分かり?」と良く訳されます。この単語自体、古典英語に該当します。
〇フィ〇おぢ
「呪術廻戦」に登場する人気キャラクターです。呪力を持たず、口元に切り傷を持つ中年です。
〇ブーイング
〇SJの水上スタントショー「ウォーターワールド」の恒例行事。悪の親玉が登場した際、観客はブーイングで出迎えます。
〇資本主義と共産主義の代理戦争
「ロシアによるウクライナ侵攻」を指します。早3年の月日が経過しています。
〇現実と違い、終結している理由
2022年末、一部将校は謎の勢力と取引し、未知の兵器を入手します。それとスペズナズを使い、「北方解放」の名目の下、北海道侵攻を決行しました。
しかし、陸上自衛隊と戦火を交える前に、戦時国際法が通じない集団の手で壊滅させられ、未知の兵器も奪われます。
更に、モスクワ市街地へ無差別空爆まで発生し、大勢の死傷者を出します。
その後、ロシア国内で次々に食人事件が発生し、国民間の不信感による、内戦勃発寸前に追い込まれます。
北海道侵攻失敗の原因も公表出来ず、占領した領地も全てウクライナに奪還され、戦争継続は困難となります。
苦渋の判断を強いられたロシア政府は休戦協定に同意し、「ロシアによるウクライナ侵攻」が終結しました。
〇日本政府が北方領土に手を付けていない理由
「キャプテン・アメリカ:ブレイブニューワールド」と違い、弱腰外交の日本だからです。
そこで北方領土に手を付けると、当然、ロシアの大義名分が出来てしまい、新たな火種を生みます。
物語の現実性を保つ為。本編の日本は現実と同じです。
〇執行官
自衛隊の式典を真似ており、巡の想定は駐屯地司令(一等陸佐)です。無礼にも程があります。
〇組則
「実録 柳川組2 西日本征圧 -報復」の柳川組組則のオマージュ。クまであります。
〇軽挙妄動
軽はずみな行動の事です。
〇三中の格好
「実録 柳川組2 西日本征圧 -報復」の小沢和義氏扮する柳川組若頭、立川のオマージュ。
〇吐瀉物を処理した雑巾
皆が知らない呪霊の味です。
〇儂ァ、命貰うんも虫歯抜くんも同じ事でぇ
「仁義なき戦い 完結編」の大友勝利のオマージュ。三中は記憶喪失状態で無意識に出しました。
〇記憶喪失の三中
「龍が如く8外伝 Pirates in Hawaii」の真島吾郎のオマージュ。「絵に描いた餅」を書くきっかけでもあります。作品の本編、寄り道要素全て、作者の期待に応えてくれました。
〇三中のナレーション
〇SJの水上スタントショー「ウォーターワールド」の前説です。収録時期は記憶喪失になる前です。