第11話教室サスペンス劇場
翌朝、告白のイメージトレーニングを一応行った石津が戦いの場へ踏み込む。上官から玉砕を命じられた太平洋戦争末期の兵士と同じく、ただ突撃するだけだ。成功の見込みなど無かった。
普段使っている机の上に荷物を置いて彼は行動へ移す。彼女の様子を確認すると、自分の席で見覚えの無い男子生徒と会話していた。顔の広さが石津の想像より広いようだ。
恋愛を題材としていたアニメの主人公は、大抵告白の時にヒロインと2人きりの場合が多い。自宅なり体育館裏を選び、自身に有意な状況を作り出す。しっかり行動の成功を視野へ入れていた。
何の後ろ盾も無い状態で幼少期の担任教師は、無垢の少年へ妹の地位を頼み込んだ。やはりその時も2人きりの状況下だった。大して葛藤されず、お人好しの彼からその地位を認められる。
担任教師のような狂気や戦闘能力を持たない石津は、常軌を逸した手段が選択外だ。そして、王道な2人きりの空間作りも難しい。会話するだけの間柄で使えた彼の選択肢は限られている。
用意されていたか分からないあらゆる人生の可能性を対価に、奇跡を望みながら石津が彼女の元へ行く。任意で行う行為だからこそ、この無謀さは若気の至りとして許される。
石のように重い足取りで辿り着き、彼が茉理へロマンチックの欠片すら無い告白の言葉を送った。異性を好きになる経験を重ねていない男子高校生の初陣だ。
「俺は後野の事が好きだ。付き合って下さい」
公衆の面前で囃し立てられた小心者の女性と違い、辺りの雰囲気は事件現場のような緊迫さを帯びる。彼の行為が、通り魔のそれ同然の扱いだった。茉理の返事しかこの状況を変えられない。
突然の出来事で、彼女は状況把握に数秒の時間を掛けた。生徒達の注目を集める中、やや不自然な愛想笑いを浮かべながら茉理が告白の答えを出す。
「私、もう付き合っている人がいるから、ごめんね」
「石津君、優しい人だから私よりもっと良い人にきっと巡り合えるよ」
彼女なりの精一杯の配慮だった。しかし、それは石津の慰めにならず、精神的苦痛が増すだけだ。奇跡を起こせなかったばかりか、新たな問題を引き寄せる。
「俺が茉理の彼氏な、よろしく。何、俺の女に手出してんだよ」
笑顔の男子生徒は振り向くと、彼の胸倉を掴んで何発も顔を殴った。痛みに気を取られ、石津が抵抗出来なくなる。5発程殴られて、背後の机へ突き飛ばされた。
茉理の恋人は背丈がある程度高く、目立った欠点の無い醤油顔だ。細く、鋭い瞳は異性を惹き付ける魅力を持つ。容姿も腕っ節も石津が相手にならない。
「取り合えず、土下座と慰謝料100万で手を打とうぜ。今日は財布の有り金と土下座だけでも良いぞ」
「ちょっと止めなよ! 石津君は付き合っているって知らなかったから許してあげたら?」
彼女は制止しようとするも、振り払われる。周りの生徒達はただその様子を見守っていた。人望の無い石津が脅しに屈し、席へ戻ってバッグから財布を取り出す。その中身を渡して、指示通り土下座する。
彼は人並の尊厳を失い、イジメの標的となってしまった。相手の要求を受け入れなければもっと酷い仕打ちが待っている。茉理は弱い石津を強い彼氏から守ってくれないだろう。
イジメの光景をスマートフォンで撮影したセミロングの女子生徒が彼らの元に近付く。オランウータンのぬいぐるみで女子生徒達のチョコレートを回収していた彼女だ。石津との交流は無く、助ける義理を持っていない。
「茉理の彼氏さん? まさかだと思うけど、昨日、ゲーセンでオパールを痛め付けて財布の中身を奪った?」
「犯人あんたなら、マジでヤバいよ? 夏鈴さんの可愛がりが待ってるらしいから」
茉理の彼氏が事の重大さを理解しておらず、嘲笑しながら否定した。そして、三中からも慰謝料と土下座の要求を提案する。すっかり有頂天となっていた。
「それ位の威勢あれば彼女のトラブル、解決出来るね。茉理、良い彼氏持ってるじゃん」
「もう秋菜さんやカズさんを頼る必要無くない? うちからそう伝えとくね」
セミロングの彼女は楽しそうな笑顔を見せて踵を返す。茉理の彼氏への恐怖心が薄らぎ、石津も席に戻る。彼の思慮の浅い行動は、救いを求めていた女子の希望を奪ってしまう。
周囲の生徒達が何事もなかったかのように、また雑談を始める。精神的な余裕の無い茉理は、俯きながら恋人に退室を頼んだ。しかし、彼が不服なのか、苛立ちの態度を見せる。
「お前の悩みってどうせ前、バイト先で告白してきた先輩の事だろ? そんな奴、俺がボコせば良いだけだろ。いちいち病むなよ」
「言うだけなら誰でも出来るよ。いざって時は何が何でも守ってね。三中君へ喧嘩を売りに行くのはその後でして」
彼女は危険な役割を恋人に任せた。ストーカーと化しているバイト先の先輩が逆上し、刃物を出した時は彼を肉の盾にするつもりだ。殺される可能性を考えていない茉理の彼氏が、安請け合いした。
告白の失敗で散々な目に遭い、石津はすっかり彼女へ対しての想いが消滅している。着席し、合掌しながら2人の不幸を願う。弱い者なりの意地だ。
戒告処分で済まされている担任教師は通常通りホームルームに参加し、至ってまともな言動で進行させた。オパールの件を公表するつもりが無いようだ。
2時限目の最中、茉理はオパールの様子を担任教師に尋ねる。彼女の恋人が疑わしい行動を取った影響で、石津と大差無い扱いを生徒達から受けていた。当然、セミロングの女子生徒も距離を置いている。
「ちょっと顔や手に痣が出来ているだけです。1人でゲームセンターへ近付かなければ、もうカツアゲされないでしょう」
担任教師は消極的な姿勢だ。オパールに危害を加えた人間の捜索を諦めており、時間の経過で忘れ去られる。男子小学生の状態を知り、彼女は安堵した。
「それと、後野さんの短小彼ピッピがケーキ屋出禁みたいですよ。カツアゲしたらしいですから」
セミロングの女子生徒が各方面へ手を回している。ケーキ屋の判断を称賛し、周りの生徒達は拍手した。担任教師だけ周りの雰囲気に飲まれず、何の意思表示もしない。
生徒達に同調し、拍手した石津が茉理から刺すような視線を向けられる。彼女の好意を蔑ろに扱い、憎悪の対象となっていた。
「1人寂しく惨めに死んでくれ、アホビット君」
茉理は彼を敵と認識し、机へ顔を伏せる。異性として見られない、背丈の男子が石津の印象だった。対人能力も低く、彼女は彼を見下している。
一貫して被害者の立場に立つ石津が無視して、拍手を続けた。担任教師は両手を2回叩いて、止めさせる。教室の秩序が戻り、彼女は茉理に助言を行う。
「今日の昼、ケーキ屋に行けば兄様と、神様の左足で描いたみたいな顔に会えます」
「茉理さんの彼ピッピが暴れて、私の顔に泥を塗った時は容赦無く可愛がりますね」
礼の代わりとして、ストーカー被害者の彼女が片手を挙げた。担任教師の意向に反対する意見は、全く出ない。誰も彼女の怒りを買って、不当な授業評価を付けられたくなかった。
向上心の高い読者向けに内容の解説を載せておきます。
〇セミロングの女子生徒
三中にオランウータンのぬいぐるみを貸して貰える程、彼の信用を得ています。
終始、茉理を苦しめていますが、副店長に睨まれたくないからです。
〇カズさん
年下女子から呼ばれる三中の愛称です。秋菜は彼の事を知努お兄と呼んでいます。
〇可愛がり
リンチの隠語です。かつて、三中は嫁子を守る為、彼女から可愛がりを受けました。
〇アホビット君
アホとホビットを組み合わせた造語です。170センチ以下の男性は一部からホビットと呼ばれます。
〇神様の左足で描いたみたいな顔
元ネタは〇doの「ギラギラ」です。あちらは左手に対し、こちらは左足なので更に酷い顔という意味です。
彼女のファンである秋菜の蔑称です。くちづけは使い道あります。




