第1話チョコレート貰えてなさそうって感じ
主人公は『コミュ障だけど色んな女子に言い寄られる』タイプと違い、ほぼ魅力の無い人間です。
バレンタインデーの翌週、学期末試験と高校生達が一際騒がしくなる行事を終えても尚、昼休みの教室は変わらず活気に満ちていた。
男子生徒数人がバレンタインデー当日、女子生徒全員の机に市販のチョコレートを置く出来事もあり、女子達は最低限楽しめている。その代償に、多くの男子生徒が惨めな思いをした。
平均的な女子と然程背丈の変わらない男子生徒は、俯きながら自分の座席に向かう。整った顔立ちと清潔感の特徴を持つ一方、教室内でほとんど目立っていない。
クラスメイトから『イジり』を受ける事も無く、刺激の少ない高校生活を過ごしていた。しかし、バレンタインデー当日に、知人の男性ケーキ屋従業員からチョコレートを貰い、他の同性より多少良い思いをする。
その彼は一児の父親と少年の用心棒を兼任し、客達の人気も高い。サブカルチャーに理解があり、最低限のコミュニケーション能力しか無い人間も会話しやすい。
扉付近に位置する男子生徒の座席が、既に占拠されていた。金髪の女子生徒は、右の友人らしき女子生徒と一緒に会話しながら食事しており、立ち退き要求は通らなさそうだ。
気の弱い彼が交渉を諦めて、斜め後ろの座席へ座った。すると、前の女子生徒達は先日起きた出来事について話す。男子高校生の知人が関係者の1人だ。
「あの、事故? 事件? を起こしたストーカーの首ってマジで飛んだの?」
「マジマジ、橋の手摺に突っ込んで首だけフロントガラス突き破ったらしいよ。フラれたからって車で轢き殺そうとするってヤバくない?」
「んでさぁ、まだ首が見つかってないけど、巻き添え食らったこの子の持ち主は、川に流されながらも生きていたんだよね」
右側の女子生徒が机に置いていたオランウータンのぬいぐるみを持ち、隣の女子生徒へ見せる。調理服を着て、やや長いコック帽を被っていた。ケーキ屋の書き入れ時に、店内で姿を見せるマスコットキャラクターだ。
12月も4週間限定で、ホラー映画の入場者特典のお面を着けて、客達を怖がらせる。サンタクロース衣装も着用し、傍のホワイトボードにメッセージを残す。
『クリスマスケーキを予約しないと、液体窒素で凍らすぞ!』
蝙蝠の羽のような耳を持つぬいぐるみも置き、何とか店はクリスマスケーキの予約を取れたようだ。クリスマスと縁遠い男子生徒も『マッチ売りの少女』と似た、赤いケープを羽織るぬいぐるみに頼まれ、予約させられた。
『私は留学生です。勉強と生活の為にクリスマスケーキを売ってます。ご協力をお願いします』
ぬいぐるみの愛らしい風貌と、後ろで低い囁くような声を吹き込む男性店員の演技もあり、数人の被害を出す。クリスマスシーズンの知人男性が、客達の悪魔と化する。
そして、クリスマスイブに彼はぬいぐるみの画像をSNSアプリ、『チャープ』へ投稿した。被害者の男子高校生がその内容を見て、悔しさを感じてしまう。
『ウゥーワァーウゥーウゥー(明日は給料日や。ユートピアでヤッて、ヤッて、ヤリまくりや!)』
万札数枚を頭上に載せて浮かれているぬいぐるみは、その数分後に、『ママムリン』が留学生詐欺師の万札を取り上げた事を報告する。
クリスマスシーズンは、奇妙な生物のぬいぐるみばかり目立っていた。最近になって、オランウータンのぬいぐるみが再び、脚光を集める。
別の女子生徒達は2人の元に近付き、それぞれ手製チョコレートを入れた袋をぬいぐるみへ渡す。余り物すら斜め後ろの彼が施しの候補に挙がらない。
劣等感を抱き、その男子生徒はぬいぐるみの腹を殴りたくなる。だが、女子生徒達の壁で守られており、近付く事さえ難しい。
「You forget thousand things every day,pal」
感謝の言葉の代わりに、右の女子生徒は英語で侮辱する。ほとんど初歩的な単語しか使われておらず、相手の女子生徒達にすぐ意味が伝わり苦笑される。
彼女達の背中を見送った後、右の女子は巾着型カバンをオランウータンのぬいぐるみに背負わせて、中へチョコレートを収納する。横の女子がぬいぐるみを回し、カバンのデザインを見た。
『SHOUJOU ROBBERY』とドリアンのワッペンを着けており、チョコレートを貰う事は予め計画しているようだ。英文の意味が分からない女子は隣の友人に説明を求めた。
「前半の単語はオランウータンの別名で、後半が窃盗とか強盗って意味だよ」
「物騒じゃん。ま、あの事件、ストーカーの自爆で済んだから良かったんじゃね? そいつ異世界転生とかしてたらウケる」
「型式別料率クラスの上昇に貢献しただけの人生だから、お好きにどうぞって感じ」
ストーカー殺人未遂事件の話題は終わり、次に『型式別料率クラス』の解説が行われる。左の女子と、斜め後ろの男子生徒は全く内容を楽しめない。
数分もしないうちに、辟易としていた彼の退屈を紛らわせる、救いの手が差し伸べられた。異性の中で唯一、彼に話し掛けてくれるハーフアップの女子生徒、後野茉理だ。
基本、教室のどの集団とも分け隔て無く接する。嘴のような高い鼻筋と大きな瞳を持ち、教室内で目立っていた。
頬は痩せこけており、そのせいか、顔だけで実年齢より上に見られる事もあったようだ。
今は深夜アニメを観なくなったが、かつて腐女子と呼ばれる人種だった過去を持つ。異性との関わりを苦手とする彼は、唯一彼女だけ親近感を抱く。
「先週の土曜、映画観に行ったんだけど、レッド〇ルクで酔った三中君の顔を思い出して笑いそうになったよ」
居酒屋でアルバイトをしている為、滅多に飲酒しない彼の貴重な姿を見られた。ほぼ耐性が無いのか、三中の顔は人間と思えない程の赤みを帯びるようだ。
職場の人間達はそれを揶揄し、節分の日にそのイラストを店内に展示していた。居酒屋の従業員達も『紅中ニキ』と渾名を付ける。
茉理が観た映画はSNS内で話題となっており、アニメ映画以外観ない男子生徒も予告だけ何度か目にする作品だ。日本の首相が格好良いなど称賛する口コミを宣言していた。
「あのデカい奴? 確かに赤さが似ているな。後野は1人で観たの?」
「そんな訳無いじゃん。三中君に奢って貰った」
「お昼代まで払ってくれたから男気を感じるよ。まあ、ゴスロリじゃ無ければ、もっと良かったけど」
偶然を装って、劇場ロビーで三中と合流し、言葉巧みに入場料を払わせる。彼女の良く使う手段だ。
相性の悪さにより、彼は茉理の手の平で踊らされていた。去年、18歳未満鑑賞禁止のホラー映画も三中を利用し、鑑賞している。
ちょうど三中の妻も一緒にいたせいで、『アホノ』と蔑称を付けられ、理不尽な暴力を振るわれてしまう。表現の限界に挑戦した映画の本編より彼女が恐怖心を抱く。
三中の注意で、陰湿な虐めは止まり、茉理のトラウマにならなかった。しかし、個室トイレでしばらく泣いてしまう程、苦しめられる。
彼女はスカートのポケットからスマートフォンを出し、男子生徒にSNSアプリ、『ポラロ』の投稿を見せた。対面の席で座るショートヘアーの男性、三中が黒いゴスロリドレスを着て、食事していた画像だ。
女子高校生との昼食に、彼はチェーン店のうどんを選んでいる。手元の丼が陳腐さを演出していた。恐らく茉理の思惑を想定し、この格好で外出していた。三中なりの反撃だ。
『地元の不審者、ミナカ系女子 (バッタもん)』
彼女は『イジり』のメッセージを画像に添えている。切れ長の瞳と幼さを残す彼の顔立ちは、小動物にも見えた。まだ思春期の男女に引けを取らない容姿だ。頭に白いカチューシャまで着けている。
「ところでこいつ、今、何してんの? チャープの投稿が全然無いけど」
この男子高校生と三中が、1つのSNS上でしかやり取りしていない。その現状へ彼は不満を抱きつつ我慢している。
橋から転落し、川に流された後の足取りは、斜め前の女子生徒も結局話していない。男子生徒がその続きに刺激的な物語性を見出す。
茉理は様々な人間と関わっており、彼を楽しませる話題をいつも提供していた。男子高校生の救世主となる。
サブヒロインはいません。




