後編01
すみません、後編が一話にまとめられませんでした。
二話に分けて投稿します。
フィラの捜索も王妃の捜索も進まないまま、時間だけが過ぎた。フィラ、お前は一体どこにいる。
そんな時、面倒臭い客がやってきた。王妃の父であるシェル国王である。
「娘をぉ、どぉか娘を返してくださいぃ」
謁見の前で跪くのは、くたびれた老人であった。確か、シェル国王は30代後半だったと記憶しているが、とてもカルタム王よりも少し年上なだけだとは思えない。これは一体どうしたことか。
隣にいる側近を見ると、彼も困惑しているようだが、シェル王からの説明を促した。
「シェル国王陛下、宜しければ訳をお話し頂けませんか」
シェル国は山間にあり、国と言ってはいるが規模は非常に小さい。ただしその歴史は古く、いつ頃からそこに国を起こしたかの記録は残っていない。
またシェル国には王族のみが使用可能な独自の魔法があり、年に一度、儀式を行う事で魔物の襲撃を最小限に抑え、国を守っているという。
「そのような魔術は聞いた事はないな」
小声で側近に話しかけると、思案しつつも彼は答えた。
「恐らくですが、神聖魔法に近い結界などではないでしょうか」
確かに神聖魔法は解明されていないものも多い。
シェル国の王族はその魔法の精度の維持のため、適正者での婚姻を定められている。しかしシェル王の母は身分が低く、息子であるシェル王は儀式での適正が低かった。そのため前国王の妹が嫁いだ公爵家の娘と必ず婚姻を結ぶよう、生まれた時から決められていたという。子供世代で儀式への適正を上げるためだ。
しかし、シェル王は若さ故、それに反発。許嫁を蔑ろにし恋人をつくった。結婚後も恋人と別れず、子供まで産ませた。どうしても恋人と結婚したかったシェル王は、王族としての義務を全て前王妃に押し付けた。執務も儀式も全て。音を上げて逃げ出すと思ったのだ。しかし、前王妃はそつなく全てをこなした。その優秀さもまた疎ましく感じ、憎らしさは募る。
しかし、とうとう王妃は病に倒れ亡くなった。めでたく恋人と結ばれ、可愛い娘も王族として迎え入れた。身分違いの恋は民からも祝福された。思えば、その時が最も幸せな時だった。
王妃に押し付けた仕事が戻ってきたが、少しずつ王妃と第二王女が手伝ってくれ、しまいには殆どの執務を行ってくれるようになった。王妃と第二王女の政策のおかげで王家も民の生活もさらに潤っていく。なんと素晴らしい妻と娘だろう。それに比べて第一王女は怠惰な娘だ。部屋にこもりきりで殆ど部屋から出てこない。ダラダラと怠けているのだろう。
たまに、出かけたかと思えば、母親の生家である公爵家だ。この公爵家の当主が、また憎らしい。なんせ前王妃の兄だ。優秀な男らしく、公爵家はシェル国でもかなり裕福だ。だが、そんな公爵も第一王女がカルタムに嫁いだ後、爵位を返上し国から出ていった。これでシェル国から邪魔者が全ていなくなった。なんと、めでたいことか!
しかし、第一王女がカルタムに嫁いだ頃から何かがおかしくなった。王妃と第二王女の執務が滞るようになっていったのだ。
本人達が言うには、カルタムに嫁いだ第一王女が心配で胸が痛み、執務に集中出来ないと言う。それならばとシェル王も執務に取り組むが、相当の量の業務が溜まっている。おまけに様々な支払いが滞っているではないか。さらには国内の景気が急に悪くなり、王家への風当たりがきつい。
しかしながら精算をするに従い気が付いた。未払い額は、年間の国家予算を遥かに超える額にまで登っている。しかも内容は殆どが王妃と第二王女の買物だ。
さすがに、これはいけないと思い諌めると、嫁いだ第一王女が不自由してないか心配で、ドレスや宝石を送ってやったと言うではないか。
「失礼ですが、シェル国から妃殿下宛に贈り物が届いた記録はございません」
側近が否定すると、シェル王は自嘲するように笑う。
「そうでしょうねぇ。あやつらは、とんでもない女狐でございました」
シェル王の話はまだ続く。
それから民の不満は溜まる一方であった。また、年に一度の儀式もシェル王の体に負担がかかる。シェル王は王族の中では適性が低い方なのだ。第一王女や国を出た公爵の方が適正は高かった。
民の不信感を払拭するためにも、正式に第二王女を後継と発表し、儀式を引き継がせよう。今年の儀式は第二王女の立太子の祝いと同時に儀式を行う事とした。
ところが、恐ろしい事が起きた。
国民に見守られながら儀式を行った第二王女は、儀式が終わると同時に老婆へと変貌した。
一体どうしたことか。儀式が失敗したかに思われた。しかし、儀式に精通している者が言うには、全く適正のない者が行った場合。生命力を奪われると言う。
すなわち、第二王女は王族の血を引いていない。
第二王女はシェル王の娘ではない。
それが事実だった。
姦通罪を犯し、王族を謀ったとして、王妃と第二王女を罪人とした。ただ処刑するだけではなく、せめて王家の役に立つよう、牢屋で、一生、執務をやらせようとすれば出来ないという。聞けば、今まで自分達で行っていた仕事は、第一王女に押し付けていたと言うではないか。第一王女は幼い頃から前王妃の手伝いをし、母が亡くなってからは伯父の公爵家から派遣された執務官に補佐をされながら国の運営を行っていたのだ。
第一王女は、家臣からも嫌われており、誰も専属侍女をやりたがらないため、公爵家から派遣された者達に世話をされていた。シェル王も疎ましい娘に金をかけたくなかったため、それを良しとしていた。そのため、第一王女がどれほど優秀だったか知る機会がなかったのだ。
もはや、自分はこれ以上の儀式の続行は不可能。適正の低い自分が続ければ死が早まるだけだ。前王妃が亡くなり、カルタムに嫁ぐ前は第一王女が儀式を行なっていたが、彼女は年齢に見合った容姿をしていた。相当適正が高いのだろう。
「どうかぁ、どうかぁ、娘をぉ、娘をお返しくださぃぃ。このままではシェルは滅びてしまいますぅ」
話終わると、大袈裟にシェル王は跪いて、再び頼み込む。
「……しばし、待て」
そう言って、カルタム王と側近は一度謁見室を出た。
「どう思う?」
「自業自得ですね。愛欲に溺れた挙句に、托卵される。おまけに優秀なものと、そうでないものの見分けも付かないなど王として失格です」
側近は侮蔑を含んだ声で言った。謁見室からは「娘よぉー愚か者に騙された父を許しておくれぇー。娘よぉー愛する家族はそなただけだぁー」などど叫ぶ声が聞こえてきて、非常にうるさい。
「それにしても、醜悪な娘は妹の方であったとはな」
「ええ、騙されましたね。確かに王妃様はカルタムに来てから、部屋にこもっているだけで、実際に悪辣な行いをしていると聞いたことはありませんでした」
「しかし、父親どころか国中から嫌悪されても、名声を横取りされても、執務に取り組んできた娘が何故、この城から消えたのだ?」
そのような直向きな性格であるならば、この正義の化身とも言われるカルタム王は受け入れただろう。
「憶測でしかありませんが、王妃様が嫁いで関わった貴族は、あの令嬢達です。彼女達は言ってしまえば義理の母や妹と同類。カルタム国の貴族に失望したのではないでしょうか?」
確かに自分とは婚姻の式で、ほんの少しだけ関わっただけだ。それ以外ではあの強欲な令嬢達としか関わっていない。カルタム国の王侯貴族が全て愚か者だと勘違いしたのだろう。
「なんということだ」
「ええ、お可哀想な事をしてしまいま……」
「仕事の一つでも与えれば良かったな」
「え?」
「使える娘であるなら、捨ておくべきではなかったな。まったく」
ただでさえ、カルタム王の周囲は人材不足であるのに。
「惜しい事をした」
「……さようですか」
それに、功績を妹に譲る優しさがあるのなら、フィラを迎え入れたとしても、カルタム王とフィラの真実の愛のために喜んで働いたに違いない。
「それより、シェル王をどうする?」
「王妃様はおりません。お帰り頂くしかないでしょう」
「簡単に帰るだろうか」
「それについては、婚姻の際の契約がございますので、突っぱねることは可能です」
当時、王妃は祖国では厄介者だった。結婚した後は関わりたくなかったのであろう。第一王女が嫁いだ事を理由に、カルタム国はシェル国に関与しないと約束させられた。逆にシェル王国も第一王女を理由にカルタム国に関与出来ないし、支援を要求する事も出来ないと約束させたとの事だ。
シェル王が言うように王妃を返すなど言語道断だろう。
ところが婚姻時の契約と、王妃が伏せっている事を理由に帰国を拒否したところ。
「なんと娘が病に!それでは父がそばに居てやらねば。なぁに、この父がそばに居てやれば、すぐに回復するでしょう」
面会謝絶だと言えば、娘が元気になるまで城に滞在するから部屋を用意しろと言う。
「いやぁ、カルタム国は素晴らしい!美しい港町、賑わうバザール、美味い食事。父と娘が交流をはかり、絆を取り戻すに相応しい国ですな」
このじじい。カルタム国に居座るつもりか。
「……その前に国を建て直す方がよろしいかと」
あまりの厚かましさに言葉が詰まっていると、側近がシェル王を追い出した。
「お客人のお帰りだ!城の外までお送りしろ!」
「娘よぉー!父だぁー!そなたの父が来ておるぞぉー!」
二度と来るな。衛兵にはシェル王を名乗る者達が来ても城に侵入させないよう通達した。
シェル王はしばらく王都に宿を取り、王宮の周囲をうろついていたようだったが、滞在費用が底をついたらしく、気が付けば姿を消していた。
また、小さな国だったシェル国は民が一人去りまた一人去り。ひっそりとシェル国はその地から消えていた。シェル王の消息も知るものはいない。
そして、フィラと王妃が消息をたってから三年の月日がたった。
フィラを失ってからカルタム王の時は止まったままだ。しかし、周囲は彼をそっとしておいてはくれない。カルタム王と側近は外交の一環でイヴィヤ国を訪れていた。
イヴィヤは商業が盛んな国で、様々な一族が集まり形成された独自の文化と法律で運営されている。最も特徴的なのは王を持たないという事だ。一族の長が集まり政を行う、また、その長の中から国の代表が選ばれイヴィヤの最上位の存在として君臨している。
王に近い存在かと思ったが、不適格とみなされれば交代も起きる。絶対的な存在の王に比べ、不安定な存在だとカルタム王は思っている。また現在のイヴィヤの代表は24歳の若者だと言うではないか、大した事はないだろうと甘く見ていた。
しかしながら実際に対面してみると、圧倒的なカリスマ性に側近は怯んでしまったようで、カルタム国に有利な条約を結ぶことが出来なかった。
「申し訳ございません」
「いや、イヴィヤとの交易は長い目で見ればカルタムにも利がある」
謝罪を口にする側近を鷹揚に許した。イヴィヤの若き代表は中々の手腕を持った者のようだ。商人上がりと侮っていたが、親しくしておいて損はないだろう。
アザール・ヴィガ。
ヴィガ一族の長として、またイヴィヤの代表として辣腕を振るうこの男は、国を一つにまとめ上げ、急速に発展させた。若造と侮ってはいけぬ者だ。
その日、カルタム王と側近はイヴィヤの宴に招かれていた。東方出身の一族が多いためか独特の音楽が奏でられていた。宴にはカルタム国だけではなく、様々な国の者達が訪れており、嫌でもイヴィヤが国際的に注目されている事が分かる。
特に目立っていたのはルヴァラン皇国の第二皇子フェルディナンドだ。
「皇族自ら出向いてくるとは」
側近は感嘆の声を漏らす。
カルタム国には皇族どころか外交官が訪れた事もない。それどころか、かつては第二皇子の姉姫との縁談を断られたのだ。皇族の姫君を娶る事が出来れば、要らぬ苦労をしないで済んだのにとカルタム王は苦々しく思い、多くの要人に囲まれた第二皇子から目を逸らす。
「おや、あの方は」
「アザール様の奥方ですね、相変わらずお美しい」
イヴィヤの要人達の視線を辿ると一人の女が立っていた。
月光を落とし込んだような銀の髪、その髪には燃えるような深い真紅のルビーが散りばめられ、艶めかしく透き通るような白い肌をイヴィヤ独自の民族衣装が包んでおり、その女の美しさを一層際立たせていた。
精霊かと言われたら信じてしまうかもしれない。圧倒的な美しさがそこにあった。
そして、カルタム王は気付く。
「……フィラ」
探し求めていた女性がそこにいた。
「フィラ!」
気付けば叫んでいた。
「何故、ここに?、どうして」
会いたかった。愛しい女性がここに。
フィラは柔らかに微笑むとイヴィヤ式の挨拶をする。
「初めまして。アザール・ヴィガの妻、エスフィライヤでございます」
「……フィラ?」
「そんなに似ていますか?」
女神はエスフィライヤと名乗ると、小さく首を傾げた。
「フィーラフレイ王妃殿下に」
誰だ?カルタム王の知らない名を出され、困惑しているとフィラと同じ銀髪の壮年の男が近付いてきた。
「子供の頃はそっくりであったよ、そなたとフィーラフレイ様は」
「あら、お父様」
その男は宝を守るかのようにフィラの肩に手を置いた。一瞬、嫉妬しそうになるが、フィラが父親と言うので怒鳴り付けたい衝動を抑える。
「初めまして、私はカリム・レイと申します」
男は名乗った。
「今は亡国となったシェル国の元公爵。カルタム王陛下の王妃、フィーラフレイ様の伯父にあたります」
王妃?誰の王妃だ?
フィーラフレイ。
知らぬ名だ。
「フィーラフレイ様がカルタム国に嫁いだ後、娘と一緒にイヴィヤに渡ったのです」
カリムと名乗った男は話した。エスフィライヤはカリムとその妻との間に出来た娘であったが、母親は出産直後に亡くなり、娘も病弱であまり外に出られなかったため、シェル国ではあまり知られていなかったという。
「イヴィヤの温暖な気候は娘に合ったようで、すっかり健康になりました」
そんな事はどうでも良かった。ただただ、カルタム王はこの娘に心を奪われてしまった。フィラでもエスフィライヤでも、どちらでも良い。
最愛の人を見つけたのだから。
「それにしても、王妃様と私を間違えるなんて」
エスフィライヤは可笑しそうに笑う。なんと可愛らしい。
「“フィラ”はフィーラフレイ王妃殿下の愛称でございますよね?大切にされているようで、従姉妹としては嬉しゅうございますわ」
ああ、愛しい人。彼女を早く国に連れて帰らねば。
「“フィラ”」
「アザール様」
すると、イヴィヤの代表が現れて、カルタムの最愛の腰に手を回して、その髪に口付けを落とした。
体の中心から嫉妬が渦を巻き、今にも暴れ出しそうになる。
「カルタム王、エスフィライヤも“フィラ”なのですよ。ただし、彼女は私の“フィラ”なので、今宵は失礼させて頂きますよ」
そう言ってアザールは「フィラ」を連れ去った。
「取り戻さねば」
その声は、ただ一人、カルタム王の側近にのみ届いた。