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【名刺作品集】

欲にまみれた聖女様

「なんだ……帰ってきたのか」



 ため息を一つ、男性がじろりとリゼットを見る。金色の髪に青い瞳の人形のような顔立ちに、シーツからは傷一つない白い肌と薄い胸がのぞく。彼の傍らには美しい女性が侍っていて、クスリと笑みを漏らしながらリゼットのことを見つめていた。



「それで? 魔物の討伐と土地の浄化は? 当然成功したんだろうな?」


「――はい。しかし、騎士団の団員が負傷を……」


「ハハッ……成功したならそれでいい。おまえが失敗すれば僕の名誉に傷がつく」



 リゼットの言葉を遮り、男は笑い声を上げる。それからベッドサイドに置いてある新聞を手に取り、その一面を誇らしげに掲げてみせた。



「『第二王子ルロワと彼直属の聖騎士団により、我が国の魔物は劇的に減少している。土地の浄化が進むことで居住可能な地域も増えており、その功績に注目が集まっている』――ああ、実にいい気分だ。明日の朝刊の一面はまた僕が飾ることになるだろう。……兄さんの悔しそうな表情が目に浮かぶようだ」



 ルロワはそう言って頬を染め、嬉しそうに目を細める。その醜悪な顔つきに、リゼットは思わず眉をひそめた。



「……なんだリゼット、まだいたのか? もう用事は済んだだろう? ……ああ、それともマリーのことが羨ましいのか?」



 ルロワはそう言うとちらりと隣の女性を見てから、リゼットの元へとやってくる。



「いえ、そんなことは……」



 まったく、と付け加える暇すら与えられず、リゼットの顎がグイッと乱暴に持ち上げられた。



「平民風情が……聖なる力を授かったからと言って、僕からの寵愛まで受けられると思うなよ?」


「私、そんなつもりじゃ…………」


「まったく『聖女と王族が結ばれれば国は安泰』だなんて世迷言に巻き込まれたこっちの身にもなってほしいね。おかげで第二王子であるこの僕が、君みたいなつまらない女を正妃に迎える羽目になってしまった。本当に忌々しい」



 盛大なため息をつきながら、ルロワがリゼットを突き飛ばす。彼女が痛みに顔を歪めるのを見て、ルロワは満足気に微笑んだ。



「まあ、一応感謝はしているよ? 君のおかげで僕はこの国の英雄だ。このまま討伐を続けていけば、いつか兄さんではなく『僕』を王太子に、という声が大きくなるだろう。その日が来るまで、せいぜい身を粉にして頑張ってくれよ、聖女様」



 高笑いを聞きながら、リゼットはルロワ――夫のもとをあとにした。



(おわった……)



 よかったとため息をつき、リゼットは大きく脱力する。

 ルロワと会話を交わすことが、彼と顔を合わせることが、強大な魔獣と対峙するときの何倍もおそろしい。すり減ってしまった神経をなだめつつ、リゼットはちらりと後ろを振り返る。



「聖女様」



 すると、少し離れたところから声をかけられた。白と金の騎士服に身を包んだ精悍な男性たち。彼らはリゼットとともに魔獣を討伐している騎士団のメンバーだ。



「お怪我はありませんか?」


「平気よ。いつもどおり少し嫌味を言われただけ。さっさと解放してくれてよかったわ」



 ルロワのリゼットいびりは、長ければ半日にも及ぶことがある。彼の虫の居所が悪いときなどは最悪だ。平民――孤児であることや素朴な容姿、真面目な性格……。彼はリゼットのすべてが気に入らないらしく、それらをひとつひとつ丁寧に挙げ連ね、リゼットが傷ついているのを見て喜んでいるのだ。


 そのくせ、公の場や他の人間の前では、リゼットを褒め称え、いい夫のふりをするのだからたちが悪い。


 このため、彼がリゼットや騎士団の功績を奪い取っていることを、人々は知る由もなかった。



「平気じゃありません。……やはり、俺が同行するべきでした」


「テオ」



 リゼットが急いで顔を上げる。

 テオは黒色の短髪、紫色の切れ長の瞳を持つ、たくましく美しい男性で、額には大きな傷跡がある――リゼットを守った際にできたものだ。彼の姿を見た瞬間、リゼットはホッと息をつく。ようやく心の底から安心することができた。



「相変わらずテオは心配性ね。ルロワ様と出会ってもう八年、結婚してから四年も経つんだもの。いい加減慣れたから大丈夫よ」


「――けれどその間、俺はずっと気が気じゃありませんでした。聖女様の気持ちを思うと、あまりにも辛く、苦しくてたまらなくなります。……聖女様、誰かに傷つけられることに慣れる必要などありません。もっと自分を大事になさるべきです」


「テオ……」



 リゼットの瞳がほんのりと潤む。彼女はうつむき、ギュッと目をつぶったあと、テオに向かって明るく微笑みかけた。



「やっぱり幼馴染っていいわね。そんなふうに言ってくれる人がいるだけで私は幸せものだと思うわ」


「幸せものって……まったくあなたという人は――もっと欲を持ってはいかがですか?」



 呆れたように笑うテオ。二人はゆっくりと歩きはじめる。



(欲か……)



 そんなもの、聖女に選ばれたときにすべて捨ててしまった。


 リゼットが抱いていたのは、生まれ育った小さな町で、好きな人たちに囲まれて暮らすという平凡な夢だ。きらびやかな衣装も、富も名声もなにもいらない。ただただ、穏やかに暮らしたい。そんなささやかな願いでも、今のリゼットには叶わない。もしかしたら、一生叶わないままかもしれないが……。



「そうね……しいて言うなら、もう一度テオに『リゼット』って名前で呼ばれてみたい、かな」


「え?」



 八年前、十四才で聖女に選ばれて以降、テオからは『聖女様』と呼ばれている。四歳年上のテオはリゼットが聖女になると同時に騎士団に入り、叩き上げで小隊長にまで上り詰めた。

 けれど、二人の間には超えられない身分の差ができてしまった。聖女であり、王子妃であるリゼットの名前を呼ぶことなど、到底許されるはずがない。



「それは……よかった。聖女様は案外欲深いのですね」



 テオが笑う。リゼットは思わず目を細めた。



「ええ、そうよ? 夢は大きく。そうしたら、いつか神様が叶えてくださるかもしれないでしょう?」


「――そうですね」



 テオの返事を聞きながら、リゼットはギュッと胸をおさえた。



***



「はぁ……なんでこの僕がリゼットなんかと夜会に出なければならないんだ」



 ルロワが漏らす不機嫌なため息に身がすくむ。リゼットはルロワの腕に申し訳程度に指を乗せ「すみません」とつぶやいた。


 普段、リゼットはルロワと接する機会はほとんどない。彼は討伐の間、近くの旅館や領主の館に引きこもって己の安全を確保しているからだ。


 けれど、王族である以上、夫婦揃って参加が必要な付き合いというのはある。リゼットだって、ルロワと一緒に夜会に出席などしたくなかった。



「本当に無駄な時間だ。反吐が出る。おまけに、リゼットは着飾ったところでその程度。おまえのドレスにかける金などもったいない」


「……殿下のおっしゃるとおりです」



 今夜のリゼットは、彼女の髪や瞳の色に合わせた緑色のドレスに身を包んでいる。エメラルドのネックレスやペリドットのイヤリングも用意した。ルロワは世間体を気にするため、ドレスと宝石だけは毎回きちんと購入をするのだ。けれど、そのせいで『無駄遣いだ』とネチネチ嫌味を言われてしまう。リゼットからすれば地獄のような時間だ。



「僕のとなりに並び立つ女性はもっと美人であるべきだ。テオもそう思わないか?」



 聖騎士団を代表して夜会に招待されているテオに向かって、ルロワは疑問を投げかける。



「――おそれながら、聖女様は誰よりもお美しいと思います」



 無表情に返事をするテオ。ルロワはプッと大きく吹き出した。



「さすがは聖騎士団隊長。心にもないお世辞を……よほど女に興味がないんだな」



 ツボに入ってしまったらしい。ルロワは腹を抱えて笑っている。テオはリゼットだけに聞こえる声で「本当に」と付け加えた。



「しかし、おまえももう二十六歳だろう? そろそろ身を固めるべきだ。僕直属の騎士団隊長が独身じゃ格好がつかないしな。僕が誰かいい女を紹介してやろうか?」



 と、ルロワが唐突にそんなことを口にする。リゼットは思わず息をのんだ。



(テオが結婚……)



 心臓がバクバクと嫌な音を立てて鳴り響く。


 同じ孤児院で育ったテオは、リゼットにとって兄のような存在だった。いつだってそばにいてくれたし、リゼットが泣けばすぐに駆けつけてくれた。町のいじめっ子たちから守ってくれたり、野花を集めたブーケをくれたり、両親のいる子が羨ましくて泣いているときには『俺がいる』と抱きしめてくれたこともあった。


 リゼットが聖女に選ばれたときだってそうだ。


 彼女が王都に連れて行かれると同時にテオは騎士団に入団をした。慣れない王都、城での生活に加え、聖女・妃としての教育、ルロワの冷たい態度に傷ついていたリゼットにとって、テオの存在は救いだった。再会を果たしたときにはワンワンと声を上げて泣いたものだ。



『泣かないでください。俺がそばにいますよ、聖女様』



 とはいえ、あのときはテオの気持ちが嬉しかったと同時に、彼から『聖女様』と呼ばれたことに、少しだけ傷ついてしまったのだが……。




「殿下、その点はどうかご心配なく。俺にはもう、心に決めた女性がおりますので」



 と、テオが言う。リゼットの胸がことさら強く痛んだ。



(心に決めた女性)



 そんな話、一度も聞いたことがなかった。いつも一緒にいた気でいたのに、そうではなかったのだろうか?


 一体いつ、どこで知り合ったの? どんな女性? ……そう尋ねたくなるのをグッとこらえ、リゼットは前を向き続ける。



 リゼットにはリゼットの人生があるように、テオにはテオの人生がある。彼がどんな人と出会おうが、恋に落ちようが、大切にしようが、リゼットになにかを言う権利はない。



「そうか……! それはよかった。ちっとも女っ気がなくてつまらないと思っていたが、おまえも男だったんだな」



 ルロワはそう言って上機嫌に笑っている。けれど、リゼットはまったく笑えなかった。これから夜会で、ルロワの妻としてきちんと振る舞わなければならないとわかっているのに、心が痛くてたまらない。



(私には聖女である資格も、王子妃である資格もないわ)



 聖女になると同時に己の欲など捨てたと思っていた。けれど、本当はちっとも捨てられていなかったらしい。


 テオがそばにいてくれたから、自分の本心から目を背けられていただけ。彼がいなくなった瞬間リゼットのすべてが崩れてしまう――もう二度と立ち上がれないだろう。



(こんな欲にまみれた聖女なんて、存在しちゃダメだわ)



 聖女とは常に清廉潔白であるべきだ。誰かを羨んだり嫉妬したり、なにかをほしがってはいけない生き物だというのに。



「リゼット、早くこちらに来い。まったく……こんな場でボーッとするな」


「……申し訳ございません、殿下」



 夫のあとを追いながら、リゼットはキュッと唇を引き結んだ。



***



「リゼット、おまえはもう用済みだ。今すぐ城から出ていけ」


「……え?」



 転機が訪れたのは、夜会から間もなくのことだった。



「それは、どうして……?」


「兄さんにかわり、僕が王太子になることが決まったんだ!」


「え?」



 あまりのことにリゼットは驚く。

 ルロワの兄が立太子したのは十年以上前のことだ。今更覆るような話ではないだろうに。



「この八年間の僕の功績が認められた。すでに国土のほとんどについて浄化が終わり、魔獣の脅威も著しくなくなっている。僕がいる限り、この国は安泰だと、そう判断されたんだ」


「それは……だけど!」



 魔獣を討伐したのは聖騎士団だ。その間、ルロワは指揮官とは名ばかりで、安全なところで休んでいた。土地を浄化したのだってリゼットだし、ルロワがしたことといえば、家臣や記者を買収して己の手柄を演出することだけである。



「これまで新聞におまえの名前なんて一度たりとも出ていない。別に、聖女じゃなければ浄化がまったくできないわけではないし、国民たちは俺か聖騎士団のおかげだと思っているだろう。加えて『おまえが聖女としての力を失った』と記事を書くよう、記者に頼んでおいた。明日には国中に報せが届くはずだ。そうなれば、僕がリゼットと離婚をしたからといって、文句を言うような人間はいないだろう。むしろ、役立たずを王族から追い出せてよかったと喜ぶはずだ」



 満面の笑みを浮かべるルロワにリゼットは開いた口が塞がらない。



(だけど、これで……)



 ルロワから離れられる。聖女の任から降りることができる。こんなチャンス、二度と来ないかもしれない。

 もちろん、リゼットが離れたあとのことは心配だが、それを考えるのは彼女の仕事ではない。


 リゼットは胸をおさえながら、ゆっくりと静かに頭を下げた。



「承知しました。――これまでお世話になりました、殿下」


「まったくだ。まあ、故郷まで送り届けるぐらいのことはしてやろう。ありがたく思うがいい」



 ルロワはそこまで言うとニヤリと上機嫌に口角を上げる。それから高笑いをしながら部屋から出ていった。



***



(まさか、こんな形でこの町に帰って来る日が来るなんて思わなかったな)



 馬車に揺られながら、リゼットは窓の外を見る。

 王都とは違い、まばらに点在する家屋。緑豊かでのどかな町並みを見ながら「帰ってきた」と実感する。なにもかもが変わってしまったような、むしろなにも変わっていないような、奇妙な感覚を覚えた。



(けれど、これからどうしよう)



 町を出たときリゼットはまだ子供で、孤児院が彼女の家だった。

 しかし、彼女はもう大人で、孤児院に帰るわけにはいかない。他に行く宛だってない。これからどこに行けばいいのか、どうやって生活すればいいのか、ちっともわからないのだ。



「聖女様、到着しましたよ」



 馬車が止まり、外から声がかけられる。リゼットが降りると、そこには見覚えのない立派な建物が立っていた。八年も経てば町並みは変わる。当然、リゼットが知らない建物だってたくさんできているだろう。



「ここは……?」


「あなたの新しい家です」



 背後から声をかけられリゼットが振り向くと、そこにはテオがいた。あとから追いかけてきたのだろうか? 彼は汗だくになって息を切らしている。



「テオ……どうしてここに?」


「殿下があなたを城から追い出したと聞いて……聖騎士団を辞めてきました」



 テオは馬から降りると、リゼットに向かって手を差し出す。



「辞めた? だけど……」


「リゼットのいないあの場所に俺がいる意味はないから」



 その瞬間、リゼットが小さく息を呑む。



(今、私の名前……!)



 聖女に就任してからは頑なに呼んでくれなかったというのに……。彼女はテオをまっすぐに見上げると、胸のあたりをギュッと握った。



「だけど、テオには心に決めた人がいるって……」


「そんなの、リゼットに決まっているだろう?」



 テオがリゼットを抱きしめる。リゼットの瞳から涙がこぼれ落ちた。



「俺がどれだけリゼットのことを大切に想っていたか、知らないわけではないだろう……! 俺はずっと、リゼットのことが好きだった」



 荒みきった心にテオの言葉がしみこんでくる。リゼットは小さくうなずいた。



「他の男の妻であるリゼットを見るのはとても辛かった。名ばかりだと知っていても、それでもすごく嫌だった。それでも俺は、どうしてもリゼットのそばにいたくて……」


「うん……うん。そうだったらいいなって思ってた」



 それはあまりにもずるく、聖女らしからぬ考えだ。けれど、テオの気持ちが自分に向いていてほしい、いつまでも思い続けてほしい――そうリゼットは願っていた。たとえ結ばれずとも、ずっとそばにいてほしい、と。



「リゼット、おまえはこれからなにがしたい? なにがほしい? 全部俺が叶えてやる。これまで我慢してきた分だけ、全部」



 テオがリゼットの額に口づける。



(私の願い)



 そんなこと、口にしてもいいのだろうか? 一度口にしてしまったら、きっともう止まらない。止めることができない。けれど――



「私……もう嫌なの。国とか魔獣のこととか、聖女としての私とか、妃としての責務とか、そういうことをなんにも考えずにのんびりしたい。好きなだけ眠って、好きなだけぼんやりして、好きなものを好きなだけ食べて、嫌な言葉の聞こえない場所にいたいの。もう二度と、あんな場所に帰りたくない。あんなふうに嫌われるのも、蔑まれるのももう嫌だ!」



 これまで無理やりおさえつけてきた負の感情が爆発する。テオはそれを真正面から受け止めてくれた。「わかった、叶える」とテオが言うと、リゼットはことさらテオにすがりつく。



「それからね、テオ、私の名前をもっと呼んで。聖女じゃなくて、王子妃でもない、ただのリゼットに戻りたい。……テオのお嫁さんになりたい」


「リゼット」



 彼女の名前を呼びながら、テオが彼女を抱きしめる。



「私、ただ幸せになりたいだけなの。……幸せになりたい」


「うん。……絶対幸せにする」



 それからテオは、リゼットの願いを受け止め続けるのだった。



***



(くそっ! 一体どうなっているんだ)



 ルロワが腹立たしげに髪をかきあげる。


 リゼットとの離婚が成立してから半年。あの日から、やることなすことすべてがうまくいかなくなってしまった。



 まず、彼女を追い出したその日の内に、聖騎士団の隊員――しかも魔獣討伐の前線に立っていた騎士たちが全員辞職してしまった。


 その上、翌日には、ルロワが聖騎士団やリゼットの手柄を己のものにしていたことが大々的に報道され、大きな問題に発展した。当然ながら、王太子の交代だって白紙に戻ってしまった。


 それに加え、最近では魔獣たちの動きが再び活発になり、汚染された地域が増えてきている。



「聖女は――リゼットはどこにいる? 早く連れ戻せ」



 当然、ルロワはリゼットを呼び戻そうとした。けれど、何度使者を送ったところで無駄だった。



「妻はもう聖女ではありません。国民全員が知っている話ですよ? むしろ、殿下が一番よくご存知なのでは? ――そう殿下にお伝えください」



 元部下だったテオから、そんなふうに冷たくあしらわれてしまう。



「くそっ、このままでは埒が明かない。……僕が直接行って交渉しよう。なに、リゼットのことだ。僕に逆らえるはずがない。」



 ルロワはそう言って王城を旅立った。けれど、好んで彼に付き従うものなどほとんどいない。王族とは思えないほど最低限の伴を連れた彼は、途中で魔獣の襲撃にあったそうだ。そして、その所在は現在不明となっている――。




「テオ、一体なにを読んでいるの?」


「これ? ……内緒」



 テオは微笑みながら、部下からの報告書をパタリと閉じる。


 リゼットはルロワのその後について、なにも知らなくていい。彼がリゼットを迎えに来たことも、王都が今どんな状況かも、彼女には関係のないことだ。これからは、不安や葛藤など微塵も抱かず、ただただ幸せになってほしい。知ればきっと、リゼットは彼らを助けたいと思うだろうから。


 ……と、テオはリゼットがふくれっ面をしていることに気づく。



「どうした、リゼット?」


「隠し事は嫌。教えて? 私は大丈夫だから。だって、なにがあってもテオが幸せにしてくれるもの……でしょう?」



 ギュッと腕にすがりつかれ、テオは思わず苦笑を漏らす。



「まったく、俺の妻はわがままだな」



 聖女とはとても思えない。けれど、未来永劫変わらずにいてほしいとテオは心から願う。



「そうよ。……ダメなの?」


「いいや。すごく可愛い」



 真面目な顔をしてそうこたえるテオに、リゼットは満面の笑みを浮かべるのだった。


 本作を読んでいただきありがとうございました。

 この作品を気に入っていただけた方は、いいね!や感想、広告したの評価【★★★★★】にてお知らせいただけますと幸いです。


 また、活動報告に

①いい子にしていたって、神様はちっとも助けてくれないから コミカライズ(短編 アンソロジー掲載)


挿絵(By みてみん)


②推しとは結婚できません!〜最強魔術師様の結婚相手がわたしだなんて、めちゃくちゃ解釈違いです!〜  長編コミカライズ


挿絵(By みてみん)


 について、それぞれお知らせを掲載させていただきました。よろしければそちらもご確認ください。


 改めまして、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
リゼットさんとテオさん、最後は想い合う二人が結ばれて良かったです! 聖女になって八年のうち、結婚させられてからの四年は二人とも本当に辛かったでしょうね。 テオさんも、絶対にありえない、と思っていても…
[気になる点] 騎士団という大量の生き証人がいる状態で、王宮の誰一人として真実をキャッチしたり、王子の功績に疑問を持つ人間はいなかったの? 騎士団が遠征している期間に王子が城の中にいたら一発で嘘がバレ…
[良い点] 国滅びそうだけどええんか?と思ったがタイトル回収か 欲にまみれたらもう聖女じゃないんだな
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