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海を見た日



 全ての生命が循環する場所。



 原始大海。



 私は、そこで生まれた。


 世の中の多くの人は、私たちをこう呼ぶだろう。


 「精霊」であったり、「人魚」であったり、はたまた「怪物」であったり、「悪魔」であったり。


 全ての呼称は、人間たちが付けたものだ。


 そのどれもが誤りで、どれもが正しい。


 実際のところ、私たちが「何」であるかは、私たち自身でさえよくわからない。


 生き物であるかどうかさえわからない。


 唯一確かなことは、この星が生まれた時から、私たちが存在していたこと。


 星の「記憶」を持っていること。


 そして私たちには「影」がない。


 実体がない。


 生まれた時からそうだった。


 名前も、——故郷すらも。


 それが当たり前だって、思うようにしてた。


 こうして、“誰か”と出会うまでは。

 


 私たちには、「個体」という概念がなかった。


 世界のどこにでもいて、どんな“時間”にも属していた。


 大きさも、“命”という概念もなかった。


 あなたが呼べば、きっとすぐにでも駆けつけることができた。


 どんな場所にも行くことができた。


 川に流れる水のように、——また、森に聴こえる虫の囁きのように。



 この世界には、決して交わることがない境界がある。


 あなたは私の影であり、私はあなたの影だ。


 私たちは子供の頃に、世界を交換した。


 彼女は、年端も行かない女の子だった。



 彼女は死ぬ間際、夢を見ていた。


 それは、私には理解できないことだった。



 少女は新しい景色を見ようとしていた。


 新しいどこかへ行こうとしていた。


 空は青く、どこまでも澄んでいた。


 海は穏やかで、遥か遠くに見える水平線を、世界の中心に伸ばしていた。



 少女が海に落ちた日、私は彼女のそばにいた。


 水の中に溺れていく意識の果てで、彼女はただ、しきりに叫んでいた。


 必死に生きようとしていた。


 誰かのことを、必死に探していた。


 彼女の声が届いたのは、命が途切れようとする間際だった。


 私は、止まりそうになる彼女の心臓に触れた。



 「キミは?」



 私の問いかけに、彼女は答えなかった。


 体はどんどん沈んでいった。


 海の底に。


 私たちがいる場所に。





 あの日、少女は海になった。


 世界が揺れた日、雲行きが怪しくなる空の果てで、まだ訪れることのない「青」を視た。


 彼女は私と約束した。


 例えこのまま目を瞑ってしまうとしても、——自分の命が、例えこのまま尽きてしまうとしても。



 明日に続く世界を見てみたい。


 海の向こうに続く世界に、行ってみたい。



 それは“私たち“の願いでもあった。


 今日という時間。


 その1日が、——終わってしまう前の。






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