第24話 運命の死闘
「久しぶりだな、シュラ。 また会えて嬉しいぞ」
そこには、シュラが知っている以前のカルマは存在していなかった。
青白い燐光を放ち、宝石と同様の価値があるかのように輝く銀色の長髪。
同じ男性さえも魅了してしまうような朱色の唇。
天空から獲物を狙う鷹のような双眸。
袖のない黒革の服の下には、一流の彫刻家が彫ったような完璧な肉体美が存在していた。
しかし、カルマの顔に浮かぶ氷のような微笑は、昔より冷たさを増していた。
「しばらく見ないうちに変わったな、カルマ」
シュラはそう言ったが、たとえどんなに外見が変貌しても、その本質が変わらないことはわかっていた。
そして、その本質を見抜けなかったばかりに、取り返しのつかない事態を招いてしまったことも。
カルマの朱の唇が怪しく歪んだ。
「変わったさ。 そして、これからも変わり続ける」
「……そうか」
一呼吸の間を置いた後、先制攻撃を仕掛けたのはシュラの方であった。
ヒュウウウゥゥゥ……
自然の息吹のような呼吸法とともに、膨大な酸素が一気にシュラの脳へと運ばれた。
それにより覚醒した脳からは〈気〉と呼ばれる未知なる力が発生し、やがてシュラの全身を包み込む紅蓮の炎へと変わっていく。
本物の炎を凌駕する、〈闘神術〉により具象化された〈気〉の炎である。
「腕を上げたな、シュラ。瞬時に〈気〉を具象化できるとは……だが」
「はああああああっ!」
紅蓮の炎に包まれたシュラの身体が、弓を放つように天高く飛翔した。
シュラは天井に届きそうなくらいにまで跳躍すると、カルマの身体に向かって必殺の蹴りを放つ。
「〈――獅神降龍――〉!」
紅蓮の炎を纏った右足が流星の如く、カルマに襲いかかる。
たとえカルマがその蹴りを回避したとしても、纏っている紅蓮の炎が肌を焼き、衣服などは一瞬で燃やし尽くしてしまうほどの威力が込められていた。
そんな自分に向かい降下するシュラの蹴りと炎の二段攻撃を、カルマは冷静に対処する。
「〈――虚空障壁――〉!」
カルマが右手で空中に円を描いた瞬間、その場の空間に〈気〉の結界が張られた。
カルマの頭上を目標に落下したシュラは、カルマが具象化した〈気〉の結界に直撃した。
分厚い氷の層に激突したような感覚に、シュラの身体は後方に大きく弾かれ吹き飛ばされた。
シュラは空中で何とか体勢を整えようとしたが、あまりの衝撃だったため、背中から地面に叩きつけられてしまった。
そんなシュラの一瞬怯んだ隙を、カルマは見逃さなかった。
今度はこちらからと言わんばかりに、カルマの肢体が躍動する。
カルマの身体が一瞬、シュラの視界から消えた。
シュラがそう錯覚してしまうほどの速度で、カルマが奇襲を仕掛けてきた。
カルマは鋭い踏み込みから、シュラの顔面に向かって右拳を放ってきた。
空気が爆ぜるほどの速度で迫る拳は、並々ならぬ威力が込められていることがわかる。
カルマの雷光と化した右拳が、シュラの顔面横をすり抜けた。
拳圧で頬が裂け赤い雫が飛び散ったが、シュラは寸前のところで避けたのである。
凄まじい反射神経であった。
だが、二人の攻防はこれで終わりではなかった。
カルマの右拳を避けたと同時に、シュラもカルマに拳を放っていた。
人体の急所の一つである水月に向かって、〈気〉の炎により強化された右拳が神速の速さで放たれる。
カルマの右拳と交叉されるように放たれたシュラの右拳が、カルマの身体に突き刺さる瞬間、
シュラの身体に強烈な鈍痛が走った。
燃え盛る丸太にでも殴られたような衝撃に、紅蓮の炎に守られていたはずのシュラの肉体が遥か彼方まで吹き飛ばされた。
巨大な轟音とともに壁にめり込んだシュラの身体は、ドサッという音ともに地面に投げ出される。
シュラの口元からは夥しい鮮血が垂れ、ボタボタと地面に流れ落ちた。
シュラが異変を感じながら自分の身体を見てみると、水月の箇所が拳の形に陥没しかかっていた。
「よかったな、シュラ。自分の攻撃で死なずに済んだではないか」
カルマのその一言で、シュラは理解した。
カルマに放ったはずの右拳が、何故か自分の身体に跳ね返ってきたのだ。
その証拠に、カルマの上半身には六角形に輝く〈気〉の光が、いつのまにか鏡のように張られていた。
「〈虚空障壁〉の効果は一瞬だが、相手の力をそのまま受け返せる。〈闘神術〉を使うお前には驚くほどよく効くな」
カルマは無力な虫けらでも見るように、ふてぶてしい態度を取っていた。
シュラは壁に背中を預けながら、ゆっくりと立ち上がった。
ここまで戦闘能力に差があるとは正直思わなかったが、それでも負けるわけにはいかなかった。
「くっくっくっ、とんだ無駄骨だったな、シュラ。遠い異国の地にまで足を運んだというのに、簡単に死んではお前の姉も報われんだろう」
カルマはシュラに踵を返すと、玉座に向かい歩き出した。
先程は気が付かなかったが、玉座には誰かが座っていた。
その小さな体格からは、男ではなかった。 まるで少女のような背格好であった。
「ま、まさか!」
カルマが不敵な笑みを浮かべ、シュラを見据えた。
「シュラ、よく見ておけ――私が神になる瞬間を」
玉座には、眠るように座らされているサクヤの姿があった。
「サクヤッ!」
シュラが叫んだが、サクヤの小さな身体はピクリともしない。
「くっ!」
シュラは渾身の力を込めて、その場から動こうとした。
だが、シュラの意志とは無関係に、身体は無言でこれを否定した。
常人ならば内臓が破裂していてもおかしくない衝撃である。
いかに〈気〉で肉体の防御力を上げていたとしても、すぐには動けるはずがなかった。
カルマは玉座の位置まで来ると、ズボンのポケットから真紅に輝く石を取り出した。
「さあ〈オリティアスの瞳〉よ。今こそ数百年の時を越え、我が身に力を与えたまえ!」
カルマの身体を青白い粒子が包み込む。
細かな光の粒子は氷の結晶のように光り輝いていて、カルマからは吹雪のような冷たさが感じられる。
「〈――虚空煉剣――〉!」
カルマの右手に氷のような光の粒子が収束し、ある形に変化していく。
それは本物の氷のように冷たく、研ぎ澄まされた名刀のような切れ味を思わせる氷の剣であった。
カルマは右手に形成された氷の剣を、天高く振り上げた。
「やめろっ!」
シュラの叫びも虚しく、氷の剣はサクヤの胸元に深々と突き刺さった。
その瞬間、シュラの思考が停止した。
サクヤの胸元から溢れ出る真紅の鮮血。
全身に返り血を浴び、薄暗い笑みを浮かべるカルマの姿。
悪夢のような惨劇に、シュラの意識が遠のいた。
だが、その意識はすぐに現実に引き戻される。
カルマの手にしていた〈オリティアスの瞳〉が、突如、悲鳴を上げたのだ。
サクヤの返り血を浴びた〈オリティアスの瞳〉は、前より濃厚に紅く染まっていく。
まるで、サクヤの生き血を嬉しそうに飲むかのように。
また、〈オリティアスの瞳〉の中心には文字が刻まれていた。
古代文字か呪印かはわからないが、シュラにはその文字が人間の片目に見えた。
その恐ろしい悪魔の瞳は、カルマを見据えていた。
「封印は解かれり!」
突如、カルマの身体が無数の稲妻に包まれた。
目も開けられないほどの巨大な雷光が辺りを支配し、その場は一瞬、無音となった。




