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【完結】オリティアスの瞳 ~祖国を滅ぼされた元第一皇女、闘神の力を持つ青年と復讐の旅に出る~  作者: 岡崎 剛柔


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第16話   仇の居場所

 ゲンジロウの顔には、何故か満足した笑みが浮かんでいた。 


 人に依頼されて殺しを行う暗殺者ではなく、己の強さを全て出しつくした武人の姿がそこにはあった。


「シュ、シュラ!」


 サクヤが息を切らせながら足早に駆けてきた。


 シュラの身体を包んでいた身を焦がすほどの炎こそ消えていたが、以前シュラの右手には、炎で形成された剣が原型を保っていた。   


 サクヤはシュラの肩口を摑むと、ゆっくりと自分の身体をシュラの背中に預けた。


「よかった……本当によかった」  


 顔をクシャクシャにさせながら抱きついてきたサクヤの頭を、シュラは軽くポンと叩いて微笑んだ。 


「どうでもいいが、服くらい着ろ。風邪引くぞ」


「え……あっ!」


 シュラに指摘されたサクヤは、今の自分の姿を見て我に返った。


 未発達な二つの乳房を隠そうともせず、生まれたままの姿でシュラに抱きついているのだ。 


 本人からしてみれば、穴があったら入りたい心境だったであろう。 


 サクヤは急いで服を着ようと、シュラに背を向けた時であった。


「う……うう」 


 大の字に仰向けのまま倒れていたゲンジロウが、意識を取り戻した。 


 鍛え抜かれた鋼の肉体と、わずかな〈気〉の力によって致命傷こそ免れていたが、それでも深手には変わりなかった。


 自分の置かれた状況と、シュラの右手に握られている炎の剣を見て、ゲンジロウは死を覚悟した。 


「……敗北は死だ……さっさと殺れ」


 ゲンジロウはゆっくりと両の瞼を閉じた。 


 ゲンジロウには、自分の運命を潔く受け入れる覚悟はすでに出来ていた……ただ、一つのことを除いては。


「そうか」


 シュラが手にしている炎の剣の切っ先が、ゲンジロウに向けられた。 


 わずかな力を炎の剣に込めれば、ゲンジロウの心臓を一突きできる距離である。


 そして、観念しきったゲンジロウを見下ろし、シュラの炎の剣が揺らめいた時であった。


「やめてっ!」


 突如、薄暗い森の奥から、一人の少女が飛び出してきた。


 目には涙を一杯に溜めながら、両手を大きく開き、ゲンジロウを庇うような体勢でシュラの前に立ちはだかった。


「……ア……アリー、出てくるなと……言ったはずだ……」 


 ゲンジロウの言葉にアリーは一歩も引かなかった。


「お願い! ゲンジロウを殺さないで。ゲンジロウは、私のためにその人の命を狙ったの……だから、殺すなら私だけにして!」


 年端もいかない少女の哀願。 


 アリーはシュラの目を真剣に見据えたまま、微動だにしない。 


 そんなアリーを見て、サクヤは言葉にできない悲しい衝動に駆られた。


 シュラもサクヤと同じ思いだったのだろうか。 


 シュラの手にしていた炎の剣が、辺りの空気に溶け込むように霧散して消えていった。


「何故だ……何故、殺さない……」 


 修羅に生きてきたゲンジロウにとって、敗北は死を意味する。


 そのことは誰よりも自分が理解している。 


 しかも、今回のことは武人同士の試合ではなく暗殺である。 


 殺されて当たり前であった。


 ゲンジロウは、とどめを刺せと言わんばかりの鋭い視線でシュラを睨み付けた。


 だがシュラは、その鋭い視線を掻き消してしまうような笑みで返した。


「自分のために泣いてくれる人間がいるのなら、命を粗末にするものじゃない。その子に感謝するんだな」 


 その言葉でゲンジロウの身体からすべての力が消えていった。   


「……感謝は……しねえぞ」


「いらねえよ」 


 どこかゲンジロウの顔にも笑みが浮かぶ。 


 まるで、身体の中を一陣の風が通ったような清々しい気分だった。


 シュラの目の前に立っていたアリーが、ゲンジロウに抱きついた。 


「ゲンジロウ……ひどい傷」


 アリーはゲンジロウの上半身に刻まれた刀傷を見て、悲壮な表情を浮かべた。


 どうやら血は止まってきてるようだが、重傷なのには間違いない。


「待って、今すぐ手当てするから」 


 そう言うとアリーは、懐に縫い付けられている道具袋に、小さな手を突っ込んだ。


「……こんなもん唾でもつけておけば治るさ……むしろ、これくらいで済んだことに感謝だな……」


 ゲンジロウは、何となくシュラが手加減してくれたのだと思った。 


 本気で自分を殺すつもりだったら、アリーにかまわず心臓を一突きすればよかったからだ。


(かなわんな……)


 夜空に輝く半月を眺めながら、ゲンジロウは初めての敗北の味を噛み締めた。 


 だが、不思議なほど心地よい気分であった。


 そんな感傷に浸っていたゲンジロウの横では、懸命に傷薬を探しているアリーの姿があった。


「これかな?」


 アリーはごちゃごちゃになっている道具袋の中から、小瓶を取り出した。


 ガラス製の小瓶の中には、薄黄色に光る液体がチャポチャポと音をさせながら詰められていた。 


 その小瓶の中身は、ゲンジロウたちがインパルス帝国に立ち寄った際、ある男に貰った秘薬であった。


「おいっ!」


 アリーが何気なく取り出した小瓶に、すかさず反応した人間がいた。


「どうしたシュラ、急に大きな声を出して」


 サクヤは突然のシュラの大声に、思わず両耳を手で塞いだ。


 シュラは血相を変えて、アリーの小さな手に握られている小瓶を奪い取った。


「これは、誰が飲んでいた!」


 普段の温厚な性格からは、想像もできない険しい表情でシュラが吼えた。 


 そんなシュラの身体からは、燃え滾るような熱気が放射されていた。 


 粟立つ肌の感触が、全身に行き渡るのをサクヤは抑えることが出来なかった。


「シュラ、それはいったい?」


 シュラの様子からすると、ただの液体ではないことはサクヤにも想像がついた。 


 小瓶の中に薄黄色に光る液体が、どこかサクヤには禍々しい物に見えたからだ。


「アルマウネだ」 


 シュラの言葉が続く。


「この世に現存する数々の秘薬の中でも、最悪の産物と言われた秘薬の一つだ。人間に隠された力を極限まで引き出すかわりに、使用者の命を代償にするという……」


「そんな馬鹿な! ……うぐっ」


「ゲンジロウ、その傷で動いたら死んじゃうよ!」


 無理に起き上がろうとしたゲンジロウを、アリーがすかさず寝かしつけた。


「嘘だ……あの男はそんなこと一言も言わなかった。それに、この液体に不思議な力があるのは確かなんだ。そのおかげで俺はこの力を手に入れ、アリーの発作も抑えられるようになった……この薬の原液があれば、アリーの病気は治るんだ!」 


「病気?」


 シュラはアリーの元に歩いていくと「すまんな」と、アリーの小さな額に右手を押し当てた。


 シュラは目を閉じると、アリーの身体に〈気〉の波動を流し込んだ。


 アリーの身体がビクッと反応する。


 まるで、全身に微弱な電流が流れてくるような奇妙な感覚であった。


 シュラの〈気〉が体内を流れる血液のように、アリーの体内を隅々まで調べているからだ。


 ピクッ!


 アリーは自分の額に、シュラの緊張が伝わってきたのを文字通り肌で感じた。


「……これか」 


 シュラの頭の中にはアリーの体内の様子が鮮明に浮かんでいた。 


 まるで一枚の絵のように浮かんでいるアリーの体内に、黒い霧がかかっている部分が視認できた。


「この子は肺を患っているな。もし発作が起こったときに、胸の痛みや呼吸困難の症状が出るだけなら、もしかすると治せるかもしれん」


 シュラが適当に言ったのではないことは、アリーとゲンジロウの反応でわかった。

 

「俺の国でも同じような症状の病が流行ってな。以前は不治の病として恐れられたが、特効薬が開発されてからは重い病ではなくなった」


「治せるのか? ……この子は治るんだな?」


 ゲンジロウの目には熱い雫が溢れていた。 


「俺の国である〈ジーファン〉に行けば特効薬は手に入る。なにせありふれた病気になっちまったからな。風邪より早く治るぜ」 


「ゲンジロウ!」


 アリーはゲンジロウの頭を両手で抱えるように抱きしめた。その光景を見ていたサクヤの目にも思わず涙が溢れてくる。


(私と父上もこんな感じだったのかな) 


 二人の微笑ましい雰囲気に当てられたサクヤは、自分が命を狙われたことなどすっかり忘れてしまったようだ。


「まったく……命を狙った相手に……二度も命を助けられたら世話ねえな」


 ゲンジロウが苦笑しながらシュラに顔を向けた。


「まったくだ。 これを機に真っ当に暮らすんだな。 その子と一緒にな」  


「……うるせい」


 それは、長年の友人のような会話のようでもあった。 


 あの命を懸けた闘いで、お互いの気持ちが通じ合ったのかもしれない。 

  

「そっちの譲ちゃんも……すまなかったな。いや……謝ったくらいじゃ許してもらえねえのはわかってる……本当にすまねえ」


 サクヤには、ゲンジロウを恨む気持ちは最初からなかった。 


 ただ、どうしても訊いておきたいことが一つだけあった。


「貴方に私の殺しを依頼したのは誰?」


 サクヤが真剣な眼差しでゲンジロウに質問した。


 本来ならば、依頼者の名前は絶対に明かさないのが常識である。 


 しかし、今のゲンジロウには隠すつもりは毛頭なかった。


 ゲンジロウはゆっくりと話し始めた。


「数日前……インパルス帝国という国に立ち寄った際に……話を持ちかけてきた。 どこから俺たちの噂を……聞いたのかは知らないが、薄気味悪い男だった……」


「インパルス帝国……」


 その国の名前を聞いたサクヤは、身体の血液が沸騰してくるような怒りの感情がふつふつと湧き上がってくる。


 そんなサクヤを横目に、ゲンジロウは話を続けた。


「銀色の長髪が印象的だった……まるで病人のように痩せていたが……全身を氷で包んでいるような冷たさと……恐ろしさが感じられた。人間というより……化け物に近かったかもしれん」


「その男の名は!」


 男の特徴を聞いたシュラの身体がワナワナと震えている。


 右拳が硬く握られていて、自分で自分の拳を握り潰してしまうのではないか、と思わせるような力強さが伝わってくるようだった。


 そして、ゲンジロウは男の名前を口にした。


「カルマ……そう、たしか名前はカルマと……」  


 その瞬間、シュラを除いた三人の身体が激しく揺れた。


 大地から沸き上がる衝撃が強震のように三人を襲ったからだ。


「シュラ?」 


 衝撃で体勢を崩したサクヤの目の前には、大地に深々と右拳をめり込ませているシュラの姿があった。


 見ると、シュラの拳を中心に地面が円形にへこんでいた。


 そして、シュラがそんな行動に出た理由をサクヤは知っていた。


「まさか、お前の仇という男は……」 


 シュラは地面にめり込んだ右拳を引き抜くと、遥か頭上に輝く月に向かって拳を突き出した。


「やっと見つけたぞ……カルマっ!」


 シュラが叫んだ怒りの咆哮。  


 サクヤは胸の奥底から湧き上がる痛みを堪えながら、シュラの背中をただ呆然と眺めるしかなかった。

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