第五話
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「クマ先生! 携帯かえしてくださーい!」
僕は、携帯のない長い一日を過ごし、その日の放課後、意気揚々と職員室に行った。クマ先生は職員室の入口から一番遠い机に座っているので、入口付近で大声で叫びながらクマ先生のもとへ直行する。
「花崎か。お前なぁ、校則違反をしたんだぞ。反省してるのか?」
「してるさ! もうアラームかけない。」
普段は比較的静かな僕の元気な声に、クマ先生は呆れ顔で反省を促すが、早く携帯を返してほしい僕は、適当に返事をした。
「まぁいいだろ。遺失物ボックスに入ってるぞ。南京錠の鍵はここだ。回収したらまた持ってこいよ。」
クマ先生はそう言って自分の机の中から小さな鍵を取り出した。どうやらクマ先生は、事前に鍵を用意してくれていたらしい。普段は怖いと有名なクマ先生が、なんだかんだと生徒から好かれているのは、こういうところだ。
「サンキュー、先生!」
僕はそう言って鍵をもらい、入口の扉付近に設置されている遺失物ボックスへと向かう。職員室は先生たちの机が所狭しと並び、それぞれの机にプリントやノートがピサの斜塔のように積まれているので、いつもごちゃごちゃしているように感じるが、その中でも入り口付近が一番ごちゃついている。何かのキーボックスや、体育館や運動場の利用申請に使うホワイトボードが、ぎちっと設置されているせいだ。
僕は、そのごちゃついている部分を壁沿いに進んで、アクリル板で作られた遺失物ボックスを見つけた。
「あれ?ない。」
僕の携帯は、遺失物ボックスの中になかった。
遺失物ボックスは、基本的には学校内で発見された忘れ物を入れておく場所だ。そのせいで、もはや腐海の森のような濁ったオーラを放っている。いつのものかわからない下敷きや、半分に折れている鉛筆、時代遅れのキャラクターのハンカチなどが、ボックスの六割ほどを占めて、びっしりと入っているせいだ。
透明なアクリル板でできているので、南京錠を開ける前に中身がわかるようになっている。携帯が没収されたのは昨日だから、それらの忘れ物らの一番上に、僕の携帯は置かれているはずだった。
クマ先生がいくら厳しい先生といっても、この遺失物ボックスの底を掘り起こし、一番下なんかに携帯をわざわざ隠すように保管する性格ではない。
僕は遺失物ボックスの鍵を開けて、上の方を少し手で掘り起こしてみたが、それらしきものは見つからなかった。
「先生、ないよ?」
僕は探すことを諦めて、先生のところへ抗議をしに行った。
「そんな馬鹿な。朝は確かにあったぞ?ちゃんと探したか?」
クマ先生は、他のクラスのノートを広げて採点していたが、僕の声に顔をあげながら言った。クマ先生は立ち上がって、遺失物ボックスへ向かった。僕の言うことが本当か確認するためだろう。遺失物ボックスの中に、入れたはずの携帯がなくなっていることがわかり、クマ先生はおかしいな、と首をかしげるばかりだ。
「朝から放課後までの間に僕の携帯が消えたってこと?」
僕は、遺失物ボックスの周辺をガタガタと探し始めたクマ先生を見ながら、問いかけた。
「そうなるな。でもおかしい。この遺失物ボックスの鍵の存在を生徒は知らないはずだが…」
「なんで?」
一通り周辺を確認して、落ちてないことを確認し終わったところで、クマ先生が僕に向き直って解説してくれる。
「花崎はこの鍵が保管されている場所はわかるか?」
「わからない。」
「生徒があの遺失物ボックスを開ける時は、担任の先生から直接鍵をもらうんだ。花崎の携帯みたいに大事なものを保管する場合があるからな。」
「じゃあ先生達の誰かが犯人ってこと?」
「いや、それは…ないだろう。生徒の携帯だぞ?」
「まぁ、僕も別に先生たちを疑うわけじゃないけど…盗んだって何のメリットもなさそうだし。」
大人達はそれぞれ自分の携帯があるんだから、誰のかわからない、しかも親からちょっと制限のかけられた携帯なんていらないだろう。
「花崎、明日の放課後まで待ってくれ。他の先生達に聞いておく。携帯にパスワードはかけているな?」
クマ先生は職員室をぐるりと見渡し、困惑したように僕にそう提案した。
「うん、それは問題ないよ。別に電子マネー決済もできないし、クレジットカードも登録していない。なくなったら、親に言って新しく買ってもらうよ。」
「すまんな、もし見つからなかった時は、一緒に親御さんに事情を説明しにいくさ。」
先生からそう言ってもらうと、最新機種に変更できるかもしれないという期待がむくむくともたげてくる。それも悪くないかもな、と思って、クマ先生の提案に了承した。
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