悪、鮫、無策
血紅色の鮫が空中に浮いている。
叫ばず、探さず、漂わず、ただ指示を待つ。
その機械的な挙動を見ていると、これが鮫そのものではなく、鮫の形をした『術』なのだというのがわかる。
「我が神の為にも……必ずや駆除してやる……!」
「ぐあっ!くっ、くそっ!てめぇーっ!」
手足を傷つけられた賊たちの怒声が響く。
しかしそれを聞いたアイウートは表情を消し、賊をナイフと『血の鮫』でさらに傷つける。
「うるさい、死なない程度に黙って痛がってろ。俺にとってお前らは火にくべる薪でしかない。切って砕いて燃料にする以外に用はないんだよ」
四肢を切られた賊たちは立ち上がることもボーガンを持つこともできず痛みで転げまわることしかできない。
その痛々しい様子を見て、アイウートは気持ちよさげに薄ら笑いを浮かべている。
まさに、悪。
賊たちだけでも充分なほどだったのに。
自分勝手で、残忍で、妄信的で狂信的。
こんな絵に描いたような悪が、本当に存在するなんて……!
生かしてはおけないとまで言えずとも、絶対にコイツを勝たせるわけにはいかない!
アイウートが黙って人差し指をこちらに向けた。
それは間違い無く、攻撃の指示。
『血の鮫』は命令を遂行し、鋭い牙を剥き出しにして、こちらに襲いかかってくる!
鮫は、以前戦ったファイアードレイクにも劣らぬサイズの巨体。
噛みつかれれば、軽傷ではすまない。
「アタシの後ろにいろ!」
マスターが僕らに声をかけ、魔法の矢を連射する。
矢は鮫の身体にズブズブとめり込み、そしてブバッという音と共に貫通した。
しかし矢によって空いた穴は水面を叩いたかのようにすぐさま塞がり、結果として鮫の身体を構成する血液が多少飛散した程度で終わった。
「なら!」
今度は火球。
しかしこれも水分を飛ばす以上の効果は無く、鮫の体内で小さくなって消えた。
「マスター!冷凍の魔法、以前使ってましたよね、アレは!?」
「急速冷凍は直接対象に触れないと使えないんだ!あの巨体じゃ凍り付く前に腕を噛み切られる!」
鮫はマスターの魔法に怯むことなく、こちらへ突っ込んでくる!
「来るぞ!アタシを支えろ!」
「「はい!」」
命令のままに僕と先生はマスターの背中と肩を掴む。
そしてマスターは魔法障壁を張って守りを固めた。
ドォン!!
衝撃が走り、吹っ飛びそうになるマスターを僕らがなんとか抑えた。
とはいえ流しきれなかった衝撃は、全部彼女が請け負う形になっている。
後ろで支えていた僕ですら吹き飛ばされそうなほどの威力。
マスターの顔が大きく歪んだ。
「ぐ…が……!」
思うにマスターの魔法障壁は斬撃や火炎、射撃には強いのだろうけど、こういう『重い』攻撃にはそこまで有効ではないのかもしれない。
ガシャポンの中のおもちゃをマスターだと思えば楽に想像できる。
ケースごと振り回したりブッ叩かれたりすれば、中のおもちゃも多少なり傷つく。
このままではマスターの魔力より先に体力が尽きてしまう!
僕らが前に出るしかない!
「待った!マジロ君!」
踏み込もうとする僕を、先生が止める。
「でもこのままじゃマスターが!」
「分かってる!だが策があるのか君に!」
「ぐっ!」
「仲間がピンチになるとすぐ自己犠牲を始めるのはキミの悪癖だな!」
そう言われては黙るしかない。
実際無策だった。
「もっと我々を頼りたまえ!生きる為に!それもまた強さなんだ!」
その一言に、ハッと気づかされる。
『僕は生きなきゃいけない』。
あの時、そう自分に誓ったんだったと。
僕は黙って強く頷き、反省の意を示した。
「しかしならば、ヤマガミには策があるのか!」
「一応は!」
「ならソレに縋るしかないな!」
『血の鮫』が魔法障壁を砕こうと、牙を突き立てて力を込めている。
そう長くは持たないだろうけど、先生の作戦を聞いて覚えるには充分な時間だ。
さあ、やるぞ!
生きる為に、勝つ為に、血の鮫を攻略する!!
ご意見ご感想ご評価や拡散などしていただけますと有難いです。




