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殺意という名の、護る心

 夫人が剣を構えてこちらに跳んでくる。


 周囲の警戒を全くしていなかったわけではない。

 でも夫人が攻撃してくるとは思っていなかったし、さっき投げられた訓練用の剣から身を守るための動作で、夫人への対処が大幅に遅れてしまった。

 避けるにせよ、武器で受けるにせよ、間に合わないほどに。

 できるのはせめて致命傷にならないように腹や頭を守る事くらいなもの。

 僕は腕で顔を覆い、背を丸めて攻撃を待ち構える。


 僕が腕の隙間から見たのは……。


 横から飛んできた棒に、態勢を崩される夫人だった。

 先生が持ってた長棒だ!

 一瞬の判断で先生は棒を投げて夫人の足を止めたんだ!

 夫人の目的とスピード、先生と夫人の相対的な距離。

 それらを瞬時に見切って、槍投げの構えに移り、失敗することなく当てる。

 棒を投げて当てるだけと言えば簡単そうだ、が。

 それらを練習も無しにスムーズにやれるのは経験の賜物(たまもの)なのだろうか。


「ぐっ!」


 棒に移動を阻まれ、足を止めざるを得なくなった夫人。

 彼女の視線が先生の方を向き、僕もそちらに目を――

 向けるまでも無かった。


 先生が、夫人のすぐ横まで跳躍し、迫ってきていたからだ。

 そのスピードたるや、夫人が僕に向かってきた時と同等か、わずかにそれ以上の速さだ。

 持久力(スタミナ)の点でいえば確実に夫人が勝っている。

 今でもそう思っている。

 しかし、瞬発力は違うようだ。

 おそらく、経験が技術(テクニカル)を洗練させ、それによって出来た無駄のない動きが、肉体(フィジカル)を補い余る速度をもたらしたのだろう。

 そもそも肉体からして初老の男性のソレではないのだろうけれど。



 先生は、跳躍で速度の乗った攻撃を夫人に…と思ったが違った。

 僕と夫人の間に割り込み、隠し持っていたらしきナイフを抜いて構えたのだ。


 それを見た僕は防御を解き、剣と盾を構える。

 これで2対1、と勝ち気になっていた。


 しかし、先生の方はそう思っていなかったようだ。

 先生の強い殺気が、背中越しからでも伝わる。

 僕の勘違いかもしれないけど、それはまるで雛鳥を守る為に渾身の威嚇を放つ親鳥のようだった。


「先生……?」


 その様子に、僕はつい困惑してしまった。




 夫人の方は、止まった足をそのままに、構えて動こうとしない。

 夫人の眼は、『圧』を含んだ眼からゆっくりと穏やかな眼へと(ほど)けてゆく。

 こちらを向いたまま3歩ほど退いて、夫人は剣を横にして地面に置く。

 そして、こちらを刺激しない為にか、ゆっくりと直立し、またゆっくりと深く頭を下げる。


「申し訳ございませんでした」


 ???

 夫人の行動を把握できず、僕は構えたまま固まった。


 勢いよく息を吸う先生。

 ゆっ……くりと息を吐いて、呼気と一緒に殺気も吐き出したようだった。


「私を試した……ということですかな」


 先生がアゴを(いじ)くりだしながら発言した。


「はい、失礼ながら」


 夫人はまだ顔を上げていなかった。


「マジロは、良いコです」

「知ってる」

「良い眼をしています」

「うん」

「マジロは『先生』の事を話す時、大抵は嬉しそうでしたが、時折どこか不安そうに語る事もありました」

「ほう」

「ふ、夫人……」

「世の中とはままならないもので、()き人が知らぬ間に悪事の片棒を担がされたり、悪人に搾取される事は珍しくはありません。そうでなくても、周囲の者の実力によっては不幸をひっかぶる事だってあります。……マジロは、私の大切な初弟子。それ(ゆえ)の親心と言いましょうか、心配だったのです」

「それで、私の体力を削った後で、あのような嘘の凶行に?」

余裕(リソース)の無い時の行動、その優先順位にこそ、人の本性が見えると考えていますので」

「……まったく!付き合わされる身にもなってほしいね!」


 先生が怒っている、いやイラついていると言うべきか。

 まあ当然か。


「しかしお陰様で確信が持てましたわ。貴方はマジロの事を大切にしてくれる人です。私にナイフを構えた時見せた、守りたいという意志の元で輝く、殺気を帯びた真っすぐで綺麗な瞳……」


 夫人が軽く身震いをした。

 殺気を思い出して恐怖したのだろうか。

 それにしては顔が青いどころかちょっと赤いが。


「ご理解いただけたなら、なによりですな」


 先生がちょっと吐き捨てるように言った。


「ええ。……マジロが、不安げになる理由も含めて」

「?」


 先生が、わからないという顔をした。

 しかし夫人は、それ以上言及(げんきゅう)はしなかった。


「彼の元で、強くなりなさい、マジロ。貴方はもっと強くなれるはず」

「はい!」

「それでは、これで。この非礼のお詫びは、必ず。困ったことがあればいつでもご相談くださいまし」


 そう言って、夫人はもう一度深い礼をして、去っていった。




「いやはや、(しと)やかそうに見えて大胆というか、豪快というか。しかし彼女の技術と心意気は本物だ。いい師匠を見つけたね、マジロ君」

「はい    ……あの、先生」

「ん?」

「前から思っていた事だったんですが……」

「何かね」

「先生は、僕と同じ世界から来た人……なんですよね?」

「世界ローカルなネタが通じるあたり、そうだと思うよ」

「世界ローカルって……いや、だとしたら、やっぱり疑問なんですよ」

「なにが」

「先生は……なんでそんなに強いんですか?……完全に平和とは言えない日本ですけど、それでも暴力に頼る機会なんてほぼ無いのに、なぜ先生はこんなにも……実戦経験があるんですか?それに、悪魔の知識の事も……」



 草原に強い風が吹き、ざわめきだした。


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