一対一と書いてサシ、本気と書いてマジ
先生と夫人は間合いを調節しあいながら機を伺っている。
夫人の間合いの外、槍の届くギリギリで攻撃したい先生。
先生が間合いを詰めた瞬間、一歩踏み込んで自分の間合いに持ち込みたい夫人。
動きとしてはただ、素早い摺り足が草を掻き分けるだけ。
でも、そこには一触即発の緊張が込められている。
そんな両者の眼は、まったく集中している様子ではない。
ぼおっとして、勝ち気というものを感じられない。
それでいい、それがいいのだと、そう聞いたことがある。
集中していないということは、全体に気を配れるということ。
意識できる視野を広く持てるということだと。
また、勝ちを意識しない事は、焦りを断つことにも繋がる。
勝負というのは苦しいもので、誰しも早く終わらせたがるもの。
これは試合だけど、命を懸けた真剣勝負なら尚更だ。
その焦りと、そこからくる動作の起こりを読まれれば、確実に負ける。
故に、勝ちを求めないこの眼がいい。
夫人はそう言っていた。
両者は、互いに落ち着いた表情をしている。
ように見えた。
そんな中、先に動いたのは夫人だった。
後ろ足をスッと寄せ、前足をさらに前に出すと同時に、足元にあった槍の先端を蹴ったのだ。
瞬間、夫人は前足が踏み終わるより早くに後ろ足のバネを使い、勢いよく前に擦り寄っててきた。
高速い。
先生も、夫人に踏み込ませまいと後方へ擦り退く。
しかし摺り足といえど、普通に前へ移動するのと、後ろ向きに移動するのと、どちらが早く広く移動できるかは考えなくても分かる。
徐々に間合いが狭まり、槍が使いにくくなってしまう。
やはり懐に入られれば槍は不利……。
と思うのは、槍に慣れてない素人の浅はかさだった。
先生は、槍を構える際に前に出していた右手を、槍を持ったまま引き寄せる。
すると、槍の石突…逆端を先端にして、夫人の足を払うように攻撃ができる。
また、この構えは普通に槍を構えた時よりもリーチが短い。
懐に入られた不利を解消することもできるのだ。
夫人はすぐに踏み込みをやめたが、先生の払い打ちに太めの脚を打たれる。
バチッといい音がしたものの、態勢は崩れない。
そのまま、また距離を取り直された。
先生の攻撃は当たったものの、これが真剣勝負であれば決着するほどの攻撃ではないためか、試合は終わらない様子だった。
夫人の表情は変わらない。
いやむしろ、表情に曇りが見えたのは先生の方だ。
考えてみれば当然だった。
先生は老人に片足つっこんだ壮年の男性。
どう鍛えても、肉体的精神的な体力は衰えているはず。
ましてや女性と言えど訓練と実戦経験の豊富な20代に勝るわけがない。
このまま素早い摺り足を使った持久戦に持ち込まれれば不利。
先程の打ち払いで決着しないならば尚更。
もっとしっかりした有効打を打ちに行かねばならなくなったのだ。
先生に、勝ちを急かねばならない理由ができてしまった。
そこからは、夫人は打ち合いを拒否するかのように動き、しかしながら先生を揺さぶる。
隠しているのかは分からないが、それでも先生の体力の消耗が見える。
夫人も消耗した様子は見えるが、やはり先生ほどではない。
ここから先生がどうやって崩すか。
固唾を呑んで見守っていると、夫人が軽く肩の力を抜いた。
どうしたんだろう。
試合を終わらせた……わけでは無さそうだけど?
そう思っていると、突然強い『圧』が僕の方を向いた。
夫人からだ!
と、夫人は突然、訓練用の剣を僕に向かって投げた!
驚いて顔を腕で守る僕。
腕にピシッと剣が当たり、落ちる。
当然だけど傷にもならない、こけおどしの攻撃。
僕が視線を剣から夫人に移すと、夫人は僕に向かって突撃している!
構えている剣は訓練用のものではない。
夫人がいつも腰に帯びている、実戦用の剣だ!
そんな……そんな、夫人!貴女が!?
信じたくなかったのに!
信じていたかったのに!!
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