悪夢、夕方、二つの点
「瞬!お前こんなこともできんのか!」
「マジロ!お前この商売舐めてんのか!」
「マジロ君、もう辞めるんだってぇ?なんで辞めるのか分かんないわあ、クスクス……」
「眠そうにしてんなあマジロ。寝不足?自己管理ができてねえだけだろ!」
「自分のことくらい、自分でなんとかしろよ!もう大人だろ!」
また、あの夢だ。
僕だって、ダメになりたくてなったはずじゃないのに。
僕なりに頑張ったはずなのに。
なんで、いつのまに、こうなってしまったんだろう。
僕を蔑む言葉が、向かい風の豪雨みたいに降り掛かってくる。
僕はそれに耐えられなくなって、逃げ出す。
言葉の届かない場所に隠れて、傷が癒えるまで怯える。
その繰り返し。
まさか大人になってからトラウマが増えるなんて、学生の頃は思ってもみなかった。
あれ?これは夢だっけ?現実だっけ?
そして、心臓の激しい鼓動に目が覚める。
夢であったことに気づいて、夢の中でさえ幸せになれないのが悔しくて、拳を振り上げる。
でも、思い出した。
ここは異世界の宿屋、ベッドの上だ。
ベッドを殴っても、なんにもならない。
ゆっくりと、手を下ろすしかなかった。
窓を見ると、夕暮れの赤さが目に入る。
そうだ、今日は夜間パトロールをする日。
深夜まで街を回るので、眠くならないように今のうちに寝ておこう。となったんだった。
洗面所に向かうと、先生がいた。
「おはよう、マジロ君。と言っても今は夕方だが」
「……ぉはようござぃます」
とてもじゃないが、元気に挨拶する気分にはなれない。
「まだ眠いかね?」
「……いえ」
むしろ眠れないですよ、あんな夢を見た後じゃあ。
「嫌な夢でも見たかな?」
「……」
怖い夢を見て悲しい気分になった。
なんて子供みたいな事を肯定したくなくて、黙ってしまった。
鏡を見ると、自分の顔に涙の跡がついてるのが見えた。
先生になるべく顔を見せないようにしながら横切って、顔を洗う。
「大丈夫かい?」
それはそれでやっぱり心配されるよな、と。
「先生」
「ん?」
「本当に僕らに、いや、僕に世界を救うなんてこと、できるんでしょうか」
「……マジロ君」
「ここまで、なんというか、衝動のようなものに駆られて、頑張ってきたつもりでした。実際問題としては、今まではなんとかやっていくことができてます。でも、これからはもっともっと強くて、もっともっと凶悪な敵が待っているんですよね、きっと。……そんなヤツらを相手にした時、先生のような武術も、マスターのような魔法もない僕に、なにかできるんでしょうか?むしろ、お二人の荷物になってしまわないかって……」
あの罵倒をマスターや先生の口から聞きたくない。
夢のせいで臆病風に吹かれている。
頭ではわかっていても、心がどうしても止められず、先生に聞いてしまった。
「約1,000件、だったかな」
「はい?」
「2021年度の、日本全国で見つかった肛門内異物治療の件数」
「はあ?????」
意味不明な先生の言葉に、心の震えも止まってしまった。
「全員が全員とは言わんが、そのうちの半数以上は、性的衝動に駆られて入れてみた人たちなんだろうねえ。99%の患者は『尻もちをついて挿入してしまった』と理由を述べるそうだが」
「何を言って……」
「キミはまだ衝動を抑えるには若すぎるよ」
「え」
「いいじゃないか、人の迷惑や叱咤なんて考えなくても」
「そりゃ、それが悪事であるなら話は別だよ?でもね、そうでないと思うなら、君は倒れても挫けても立ち上がるべきだ。『生きるうえで最も偉大な栄光は、決して転ばないことにあるのではない。転ぶたびに起き上がり続けることにある。』って、えーとこれは誰の言葉だったか」
「……」
「それとも、死ぬのがイヤで言ってたのかね?だとしたら的外れですまなかった」
「いえ!そんな……」
「そうか、ならよかった」
「キミは、自分が弱いということを知っている。自分のいる点を知っているわけだ」
先生が左手の指を一本立てる。
「そして、キミは向かうべき先を知っている。世界を救いたいという目標をね。」
先生が右手の指を一本立てる。
「2つの点が見えているのなら、あとはその間に線を引く意志さえあれば、いつかは辿り着く。だろ?」
「先生……」
「さ、そういうわけだ!私達にできることをしっかりやろうじゃないか!パトロール、頑張ろう!」
僕の背中を先生が叩いて、鼓舞してくれる。
「……ありがとうございます、先生」
「はっはっ、なあーに礼には及ばんよ、君には命を助けてもらってるしね!」
「そんなことありましたっけ」
「あったとも!」
朗らかな先生と共に、マスターと宿屋のエントランスで落ち合って、パトロールに出る。
でも、僕の顔も心も完全には晴れきらない。
先生。
そりゃあ、2点の間に線を引けばいい、という理屈は簡単ですよ。
でも実際には、その点と点の間には、不幸や悪意という障害物がたくさんあるんです。
それらにぶつかった時、僕はどうしたらいいんですか?
先生……先生……。




