「よう!」とあなたは言った
窓から君の姿を見て声をかけた。
「よう!」
「おーい」
窓からあなたの姿を見て声をかけた。
拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、私達も、早いもので成人式を迎えました。
皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
この度、成人となった記念として、下記の通り同窓会を開催する運びとなりました。
卒業後の積もる話や、近況などを語り合い、皆様と楽しいひと時を過ごしたいと思います。
お世話になった先生もご臨席いただけるとのことです。
皆様お誘い合わせの上、ぜひご出席くださいますようお願い申し上げます。
敬具
暦の上で秋になった頃に、学生時代の友人から話が回ってきたので、同窓会が行われる事は知っていた。
だが、そろそろ年末だとテレビで言われる頃に送られてきたハガキを見て、びっくりした。
いや、成人式をしたのはいつだよと、突っ込んだのはわたしだけではないと思う。
恩師には会いたいとは思った。だが、恩師以外に会いたいなと思える人もいない。出席を二重棒線で消し、欠席に丸をつけ、少し考えてから文を付け加えた。
ごめん、仕事休めないんだ。
廊下側の席に座り、次の授業に提出する問題を解いていた。
トンと肩を叩かれ「よう!」と声をかけられる。
「ん?」
叩かれた肩を見るわたしは、そのまま視線を上げる。
「なにやってんの?」
「次、出さなきゃならん。なのにまだこれだけある」
そう言って、わたしはテキストの提出範囲をパラパラとめくり示す。
「無理ゲーじゃん」
これだけと言って示した範囲を見たあなたは、ケラケラと笑う。
「出す事に意義があるんだよ」
わたしはぷくりと頰を膨らませ、笑ったあなたを睨んだ。
「まあ、頑張れ」
ぽとんと開かれ解いているテキストの上に、何かが落とされた。えっと驚きあなたを見ると、あなたは手をひらひらと振り自分の席のある教室へと向かう。
落とされたそのパッケージには「ミントのど飴」と書かれていた。
「ミント、嫌いなんだけどな」
わたしは飴を握りしめ、諦めかけていたやる気を奮い立たせた。
自分の席に戻ろうと廊下を歩いていると、席に座り何かを一生懸命に書いている君の姿が見えた。
「よう!」
ぽんと肩を叩き、自分の声が震えないようにと気をつけながら、君に声をかける。
「ん?」
少し不機嫌そうな声で、君は答える。
休み時間なのにと思いながら、自分は問うた。
「なにやってんの?」
「次、出さなきゃならん。なのにまだこれだけある」
君は、これだけあるんだとテキストをペラペラとめくる。
その量にびっくりする。
「無理ゲーじゃん」
自分はけらけらと笑うしか出来なかった。
「出す事に意義があるんだよ」
君は頬を膨らませ自分をじとりと見る。
そんな君の顔にも自分はどきどきしている事を、君は知らないんだろうな。
「まあ、頑張れ」
早々に諦める自分は、この言葉しか君には言えない。
ポケットに手を入れると、何かに指が触れる。なんだろうと取り出すと、それは、どこかで貰った飴だった。入っていた飴を君が解いているテキストに置いたあと、君が顔を上げるのを見ずに手をひらひらと振り、自分の席へと戻る。
自分の顔に、熱が集まるのがバレませんようにと祈りながら。
君が小さな声で言っているのは、自分は気が付かなかった。
放課後、教室で事務仕事をしていた。
なぜ今日は誰も来ないんだと委員会メンバーにぐちぐちと言葉を吐きながら、惰性でわたしは書類をまとめる。
やりたくはないがやらなければならない仕事。わたしのやる気なんか元から無い。そんな元から無いやる気がかけらも無くなったわたしは、気分転換に窓から外を見る。
あなたが走っていた。
「おーい」
わたしの声にあなたが気がついたのだろう。あなたはわたしに手を振った。
「おし、頑張ろ」
わたしは部屋の中へと意識を戻した。
故障から復帰し、はじめて参加した練習では、自分の思ったようにはやはり走れなかった。今まで出来ていた自分があるから、今、それとはかけ離れている走りをしている自分の姿が、ものすごく嫌だ。
やめようかとスピードを落とすところに声が聞こえた。
「おーい」
声のする方を見ると、君が窓から自分を見ていた。
君は自分に向かってぶんぶんと手を振っている。
君のその姿を見て、自分は頑張ろうと思えた。
「ありがとう」
そう気持ちを込めて手を振った。
君が頑張っているんだから、自分も頑張らないと。自分の気持ちを伝えるには、今の自分だとダメだと改めて気を引き締めた。
同窓会のお知らせから、学生の頃の気持ちを思い出した。
あの頃の色々な気持ちに蓋をして、仕事に向かう。
あの頃は良かったなと思う自分は、わたしは、年を取ったのだろう。ため息をつき、日々をこなしていく。
「今日は成人の日です」
ニュースキャスターの言葉で、今日、同窓会が行われる事を思い出した。
あの時に戻れたら、自分はどうするだろう。
そんな事を考えながら、浜辺に来ていた。
浜辺には、こんなに寒い日なのにぽつりぽつりと人がいる。
その中の一人の姿から、目が離せなくなった。
その一人の姿を見つけ、自分の気持ちは学生の頃に戻る。
「飴玉、持ってる?」
そう声をかけたら、君はどうするのだろうか。
「そういえば、同窓会、今日だなあ」
思い出してしまい、わたしの気持ちは減り込んだ。
浜辺に来たのは、減り込んだ気持ちのまま、家に帰り次の日を迎えたくなかったという、それだけだった。
浜辺に来て、ただただわたしはぼうっと座り海を見る。
どれだけの時間、海を見ていたのだろう。カバンからあの時嫌いだったミント味の飴を取り出し、口に入れる。そのわたしの動作が終わるのを見計らったように、誰かにトンッと背中を叩かれた。
びくりと身体がかたまる。
「飴玉、持ってる?」
その声は、わたしを学生時代に戻す。
懐かしくて懐かしくて、涙が浮かんだ。
ぎゅっと目に力を入れてから、わたしは口を開けた。
「ごめんね。今、食べているのが最後だった」
pixivより転載