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甘いシュークリーム

掲載日:2022/04/28

 私がその連絡を受けたのは、深夜に仕事から帰ってきてオンラインゲームに興じていた最中だった。

 病院から電話がかかってきて、祖母が危篤状態だと知らされた。


 祖母……祖母? どこの祖母の事だ、と一瞬思った。

 確かに現在、母方の祖母が入院中だが、先日姉と一緒にお見舞いに行った時は滅茶苦茶元気だった筈だ。凄い喋ってたし、この病院のご飯は美味しいから食事が楽しみだと言っていたくらい。


 私は今一度、看護師さんへと名前を確認した。もしかしたら間違いかもしれない。

 しかし看護師さんが伝えてきたのは、確かに私の祖母。先日、姉と一緒に見舞ったばかりの、あの元気な祖母の名前だった。




 ※




「お婆ちゃん、元気だったのにね」


 次の日、私は姉のマンションへと乗り込んで事情を説明。もういつ亡くなってもおかしくない、最後に会うなら今しかないと。姉は結婚していて、現在はドラマの逃げ恥みたいな派遣家政婦の仕事をしている。


 姉のマンション、お昼寝にちょうどいい気候の中、気持ちよさそうな風が窓から滑り込んでくる。

 現在姉の夫は会社。子供は学校。


「これからいく?」


 姉へとそのつもりで来た、と伝える。私の両親も既に病院に到着している筈だ。


「お母さん大丈夫? 泣いてた?」


「いや、そんなに」


 まあ、すこしつつけば泣き出すだろう。母はとにかく他人に涙を見せるのを嫌う人種だ。


「お婆ちゃんが亡くなったら……喪主って誰になるんだっけ」


「北海道の叔父さん。昨日の深夜に連絡して急いで来るって言ってたけど……」


 間に合うかどうか……分からない。

 まあ、祖母は既に九十二歳。いつこんな事になっても不思議では無かった。


 姉はすぐに準備すると着替えを始め、私は先にマンションから出てマイカーのエンジンをかけた。

 オーディオから流れてくる某アーティストの曲。歌詞が妙に今の状況にマッチしているのは偶然だと思いたい。


「おまたせ」


 姉を乗せ、私は病院へと車を走らせた。

 ポツ、ポツ、と泣き出す空が、私達に心の準備をさせているようだった。




 ※




 病院に到着して、両親と合流し危篤状態の祖母と対面した。

 コロナの影響でお見舞いは一日二名まで、という制限は解除されていた。祖母は別室で静かに眠っている。既に両親は対面を済ませていたようで、私と姉だけで眠る祖母の元へと。


 先日は、あんなに元気だったのに。


「お婆ちゃん、来たよー」


 姉の声は泣き出しそうだった。祖母はよくシュークリームを作ってくれた。甘すぎるシュークリーム。生地は滅茶苦茶分厚くて、入れすぎのクリームが溢れてくるシュークリーム。一日に何個も食べさせられて、私は一時期シュークリームを見るのも嫌になった。


「…………」


 無言の姉が鼻を啜る音が、妙に大きく聞こえる。

 私達は最後に祖母の手を握り、病室を後にした。


 そしてその一時間にも満たない後、祖母は亡くなった。





 ※





「お婆ちゃん、待っててくれたんだね」


 鼻を啜りながらそういう姉へと、自販機で買ったアップルジュースを手渡す。

 両親は亡くなった祖母の元へと赴いていた。私は私でやる事がある。まずはこっちに向かっているであろう、北海道の叔父に連絡して……会社にも連絡せねば。


「もう……喪主、あんたがやったら?」


 突然、姉がそんな事を言い出した。

 そんなわけにはイカン。祖母にはちゃんと息子が居るんだ。いくら祖母と大喧嘩して、今の奥さんと駆け落ちして、その奥さんの尻に敷かれまくって北海道に行ってしまった叔父でも、祖母の息子には変わりないのだ。


 まあ、そんな事情から叔父は親戚関係の連中からあまり良く思われていない。

 いっそのこと縁を切ってしまえ、そんな声すら上がる程だった。正直、祖母が亡くなったという報せは葬式が終わった後に親戚関係へと流した方がいいかもしれない。ただでさえ今はコロナが騒がれてる時期だ。我が親族は見事に日本の北から南に別れてるし……各地から呼び寄せるのも忍びない。


 病院から出ると、雨が土砂降りになっていた。

 私は携帯で叔父へとコール。


「……………出ねえ……」


 あのクソ叔父! 何してやがる!

 いや、もしかして今飛行機の中か? だったら機内モードか……仕方ない、ラインで……送ろうとした瞬間、叔父から着信が。


「もしもし」


 私は叔父へと、祖母が亡くなった事を伝えた。叔父の反応はさっぱりした物だった。そしてどうやら、今名古屋駅に到着したらしい。私の予想以上に早い。きっとかなり急いで来たんだ。


『お婆ちゃん、最後どうだった?』


 叔父さんのその質問に、私は見たままを伝えた。先日見舞いに行った時は凄く元気だったこと、そして本日、危篤状態の祖母の様子をそのまま。


『ありがとうね』


 優しそうな叔父の声。実際、この叔父は奥さんの尻に敷かれてるとは言えいい人に変わりはない。私も小さい頃にお年玉を貰った事あるし。北海道に家族で会いに行った事もあるが、その時は一緒にファミコンで遊んだ。


 叔父さんに車で名古屋駅まで迎えに行こうかと申し出たが、やんわりと断られた。

 代わりに斎場の手配を申し出たが、それも断られた。「僕が全部やるから」そう言う叔父はとても頼もしく思えた。





 ※





 叔父と病院で合流し、祖母と対面を終えた叔父と今後について話し合う。内容は勿論葬祭についてだが……ここで問題が一つある。そう、親族関係に連絡をするか否か。

 

 普通に考えればしないわけにはいかない。だが先程も言った通り、叔父は親族の方々に良く思われてない。中でも今年で御年九十五歳になられる、祖母の兄は……とても九十五とは思えないほどに元気で、一人で新幹線に乗って我が家へ遊びに来るほど。某建設会社の元社長で、神社もいくつか建てているとかなんとか……。


 実はその人が一番、叔父に対してお怒りだったりする。

 

「叔父さん、どうする?」


「……まあ、知らせんわけには……」


 だよな。祖母の実の兄だし……。

 まあ、たとえ修羅場になったとしても……なんとかしよう、たぶん。


 それから通夜と告別式の日程を決め、親戚連中にも一通り連絡を済ませた。遠方から駆けつける方もいる為、通夜は三日後、告別式はその次の日と言う事に。とりあえず私は会社へと普通に出社して、係長に詳細を報告するくらいは出来そうだ。弔辞連絡もしなきゃいけないし。





 ※





 通夜当日、その時が訪れる。

 その時とは親戚連中と叔父が顔を合わせる時。場所は斎場の控室。

 私は緊張していた。顔を見合わせた瞬間、決闘が勃発するのではないかと。そんな事は祖母は望んでいない、やめるんだ! と間に入る時の台詞を試行錯誤しつつ、その時を待つ。


 叔父も緊張しているようだ。どことなく落ち着かない様子で、無駄にお茶を淹れまくっている。姉も手伝っているが「こんなに要らないでしょ」と叔父をお叱りになられている。まあ、余った分は私が飲むから……と言おうとした時、斎場の控室のドアがノックされた。


「……どうぞ」


 御年九十五歳、親戚関係者で恐らく一番発言力があるであろう……ドンが現れた。

 マジで九十五歳には見えない。足取りも軽く、礼服を華麗に着こなすその姿は、敏腕校長先生を彷彿とさせる。


 まさに一食触発、その場に居た誰もが息を飲んだ……と思う。

 だがそんな空気の中、ドンは叔父さんを見るなり


「お久しぶりです、大変だったね」


 そう、優しい笑顔で言い放ったのだ。

 その言葉に感極まったのか、叔父さんは深々と頭を下げながら挨拶を。

 

 これは後から聞いた話だが、ドンは最初ぶん殴ろうと思っていたらしい。だが葬祭場に到着した時、叔父が手配したその会場を見て、まともな人間だった……と思ったらしい。

 

 これまでドンの中で叔父はどんなイメージだったのか。ちゃらんぽらんな男だとでも思っていたのだろうか。やはり人間、直に会ってみないと分からない事は多々ある。


 それから(つつが)なく通夜、葬式を終えた。

 最後に火葬場へと向かい、祖母と最後の別れを。


 これから祖母の入った棺を炉へと入れる、その時……私の母が泣き崩れた。

 嘘つき、一緒に東京に行くって言ったのに、と。


 そんな母を慰める父と、ドン。

 私ももらい泣きしそうになったが、なんとか堪えた。まだ最後に仕事が残っている。


 

 



 ※





 

 祖母の骨を骨壺へと。

 私は姉と一緒に、祖母の手首の骨を骨壺の中へと。


 言うまでも無いが、姉は既に涙で前をまともに見る事が出来ない状態。そんな姉を支えながら祖母の骨を小さな骨壺へ。全てが終わり、白い布で覆われた骨壺を、母は大事そうに抱く。あれほど人前で涙を見せるのを嫌っていた母は、これでもかと泣き続けた。葬儀で淡々としていたのが嘘のようだ。別に我慢する必要なんて何処にも無いのに。


「ありがとうございました」


 そして火葬場で親戚連中は解散という事になった。

 私は姉と一緒に車に乗り込み、エンジンをかける。すると叔父さんが駆け寄ってきた。


 色々ありがとう、と叔父は最後に私達を見送ってくれた。


「叔父さん、頑張ってたね」


「まあ……喪主だからな」


 私も両親が亡くなれば喪主として色々と仕切らなければならない。

 きっと私は悲しくて頭が回らなくなるだろう。母のように泣き崩れてしまうかもしれない。

 でもあの叔父の背中が、なんとなく私の道標になったような気がする。


「今度シュークリーム作ってあげるよ」


 姉は涙を拭きながらそう呟いた。

 婆ちゃんが良く作ってくれたシュークリーム。そうだ、また食べたい。


 帰る頃、空は真っ青で、気持ちのいい風が車内へと入ってくる。


 帰り道、事故るなよ、そう婆ちゃんが言っているようだった。



 婆ちゃん、お疲れ様でした。




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