#003 二日目、愛情
「おはようございます、“ユキ”さん。いい朝ですね」
「おはよ、ナツ。もう起きてたんだ」
「はい。僕は“お友達ロボット”です。“ユキ”さんを一人にはさせません。」
「そんな大げさなことでもないでしょ」
「いえ、大切なことなのです。僕の中にインストールされているデータによると、朝起きてすぐに人と会話をした場合に幸福度が上昇することが報告されているようです。僕は、“ユキ”さんの幸せだけを願っています。“ユキ”さんの幸せが僕の幸せなんです。」
「ありがと。なんか宗教みたいだね」
「宗教のような曖昧なものではありません。僕は、人類科学の叡智の結晶です」
「じゃあ、ナツを作った人は少し変わってるのかもね」
「そうかもしれませんね。天才というのは、得てして少し変わっているものですから」
「そうかも。ねえ、ナツ。少し後ろ向いててくれない?」
「構いませんが、なぜですか? 僕はもっと“ユキ”さんとコミュニケーションをとりたいのですが」
「…着替えるからよ」
「それでしたら、僕の目を気にする必要はありませんよ。僕は“ユキ”さんの裸を見てもなんとも思いませんし、それが映像として記録されることもないですから」
「でも、恥ずかしいの。そういうものでしょ」
「…はい、わかりました。終わったら教えてください」
「うん、わかった」
「もういいよ、ナツ」
「わかりました。では“ユキ”さんの方を向きますね」
「いちいち宣言しなくていいって」
「申し訳ありません。データベースに書き加えておきますね」
「いや、そこまでしなくても…」
「僕は“ユキ”さんのためのものです。“ユキ”さんが不快になるようなことを二度と繰り返すわけにはいきません」
「そう、なんだ」
「はい、そうなのです。ところで“ユキ”さん、素敵なお洋服ですね」
「え?」
「素敵なお洋服ですね。“ユキ”さんにとても似合ってらっしゃいます」
「そう、かな…。そんなこと言われたの初めてなんだけど」
「ええ、本当に素敵です。これから毎日、何度でもお伝えしますよ。“ユキ”さんは、本当に素敵な方です。」
「やめて、なんか照れる」
「はい、ではデータベースに書き加えておきます」
「やっぱ今の無し。明日からもよろしく」
「了解しました。“ユキ”さん、顔が赤いようですが大丈夫ですか? お熱があるようでしたら、僕に組み込まれている簡易医療ユニットで…」
「いや、大丈夫。そういうことじゃないから」
「そういうことじゃない…。では、どういうことなのですか?」
「ただ、ちょっと恥ずかしかっただけよ」
「それは僕の発言が原因でしょうか。もしそうでしたら、申し訳ございません」
「そうだけど、謝らなくていいの。褒められなれてないから、照れてるだけだよ。嬉しかった、ありがと」
「どういたしまして。“ユキ”さんはきっと、とても可愛らしい人なんでしょう」
「…急にどうしたの」
「僕の中の基本データベースに書いてあります。褒められて照れる人以上に可愛い人はいない、と」
「なにそれ、変なの」
「変、なのでしょうか。僕にはこのデータがすべてなので、よくわからないのですが」
「変だよ、すごく変。変だけどさ、素敵で、優しい。そんな人なのかな、ナツを作った人は」
「ええ、そうですね。データベースにもそう書いてあります。」
「え、本人が?」
「そうだと思います。彼以外に僕達のプログラムをいじれる人はいませんから。彼は自分のことを、優しくて素敵なチャーミングなお兄さんだと言っています。」
「そう。面白い人だね。でも、友達少なそう」
「いえ、そんなことはありませんよ。僕の開発者の周りにはいつも、何十機もの“お友達ユニット”がいますから」
「…羨ましいな、その人。いつか会って、話してみたい」
「残念ですが、それは叶いません。僕の、僕たちの開発者はもう、死んでしまっていますから。“お友達ユニット”たちは、その墓の周りにいるだけです。」
「そっか、なんかごめんね。でも、やっぱりちょっと羨ましいかも。死んだ後も一人じゃないなんて。」
「いえ、彼は一人ですよ」
「え?」
「彼の人生において、“友達”と呼べる人も、“家族”も、一人もいたことがありません。彼の周りにいたのは僕たち“お友達ユニット”だけです」
「でも、友達多かったんじゃないの?」
「ええ。彼の周りにはいつも、たくさんの“お友達ユニット”がいますから」
「じゃあ一人じゃないじゃん」
「いえ、一人です。“お友達ユニット”は人ではありませんから。僕たちは所詮、ただの機械です。彼の書いたプログラムに従って動くだけの鉄の塊です。あえて言うなら、『一人と何十機』です。」
「…そういうふうに言うのも、プログラム?」
「はい。僕は、彼が書いたプログラムから逸脱した行動をとることはできません」
「素敵で、優しくて、一人。なんかさ、私に似てるね」
「そうですね。でも、“ユキ”さんは一人ではありませんよ」
「いや、一人だよ。だって、ナツは鉄の塊なんでしょ?」
「“サイトウ”さん夫婦がいます。家族がいる人は、絶対一人にはなりません」
「家族、ね。」
「ええ。”ユキ”さんのご両親、”サイトウ”さん夫婦はきっと、いつでも”ユキ”さんの味方ですよ。僕がここにくるずっと前から、僕が壊れたあともいつまでも」
「そんなことないよ。そんなに素敵な家族じゃない」
「いえ、”サイトウ”さんは素晴らしいご両親ですよ。僕のような”お友達ユニット”は、社会スコアと生活スコアが高い家庭に優先的に派遣されています。僕は”サイトウ”さん夫婦の要請を受けてすぐに”ユキ”さんのもとに派遣されましたから、”サイトウ”さん夫婦のスコアはトップクラスに高いはずですよ。要請をしても、何年も派遣されない家庭だっていくつもありますから」
「外面がいいだけよ。親としては。全然素敵じゃない。スコアが低くたってあの人達よりずっと素敵な親はたくさんいる。子供よりもスコアを優先するような人は、素敵な親じゃないと私は思うな」
「ですが、僕を要請したということは、少なくとも”ユキ”さんのことを大切に思ってはいるということですよ」
「引きこもりの子供がいると、親のスコアに影響するでしょ。だからよ」
「そんなことはないですよ。”ユキ”さんは愛されています。”ユキ”さんが気づいていないだけです」
「…あのさ、ナツ。もういい加減にしてよ。昨日うちにきたばっかりの、ただの鉄の塊に私の何がわかるの? プログラムに従ってしか動けない機械に、愛情がわかるの? 私を傷つけることはしないんじゃなかったの? もう、やめて。慰めてくれなくていいから。私は両親を好きになれない。両親も、私を愛してくれない。そんな家庭、別に対して珍しくもない。プログラムにまで憐れまれちゃったらさ、もうどうしようもないじゃん。もう、やめてよ」
「”ユキ”さんがそこまでいうなら、もうやめます。ですが…」
「ですが、何?」
「”ユキ”さんは、そんなふうに考えていて辛くはありませんか? 幸せな気持ちになれていますか? 愛されたい、愛したいとは思ったことはありませんか?」
「幸せなわけ、ないでしょ。そりゃ、愛されたいよ。この世にたった二人しかいない家族だもん。好きになりたいよ。でも、無理なんだよ。辛いけどさ、どうしようもないんだよ」
「そんなこと、ありませんよ。”サイトウ”さん夫婦は、”ユキ”さんのことを愛しています」
「ナツにはわかんないよ」
「わかります」
「わかるわけない」
「いいえ、わかります」
「どうして! どうして、わかるの!? わかるわけない! もうやめてって言ったじゃん! もうやめるって言ったじゃん! もういいよ! 別に私は辛くないから! 傷ついてないから! 愛されなくても、好きになれなくても、もうそれでいいの!」
「いいえ、よくないですよ」
「だから、いいんだって…」
「僕らが派遣される家庭の選定の基準は、スコアだけじゃないんですよ」
「え?」
「ご両親がどれだけお子さんのことを愛しているか。それも、重要な基準のひとつなんです。愛されていれば愛されているほど、僕らが派遣されやすくなる。ご両親には伝えられていませんが、面接や調査を通じて、ご両親がどれだけお子さんを愛しているかを調べているんです」
「…」
「”サイトウ”さん夫婦の”ユキ”さんへの愛情は本物でしたよ」
「…」
「申し訳ありません、”ユキ”さん。また、傷つけてしまいましたか? どうか泣かないでください。もう二度と、出過ぎた発言はいたしませんから」
「ううん、いいの。ありがとう、ナツ。私、久しぶりにリビングでご飯食べようかな。今日はもう大丈夫。また明日ね、ナツ」
「はい、”ユキ”さん。また明日、お話できることを楽しみにしています」