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第四十話 亡き妻と走馬灯(side:タルマン)

『メイドが口を割ったぞ! 男爵家の令嬢と駆け落ちなど……くだらん! 外に知れれば末代までの恥である!』


 地下室らしい場所で、少年が男に怒鳴られている。

 その光景を、タルマン侯爵はぼうっと眺めていた。


(あれは、吾輩の子供の頃か……?)


 怒鳴っている男は、侯爵家の先代当主、自身の父であった。


 これは夢か、走馬灯か。

 どうやら死の淵で過去の記憶を見ているらしいと、タルマン侯爵はそう理解した。


『密会を禁じてすぐにこれとは……とんだ愚息である! かといって出来損ないのダイモスに儂の後継を任せるわけにもいかん。タルマンを締め付けて、隠れて取り返しのつかんことをされれば、余計に厄介か……』


 父親は自身の髭へと手を触れると、底意地の悪い笑みを浮かべた。


『……ふむ、適度に夢を見せておくか。大人になれば分別も付くだろう』


『父様……?』


『いや、しかし、お前の想いには感服させられたわい。儂もお前の気持ちがわからんわけではないのだ。のう、儂にいい考えがあるぞ、タルマン。タリアとの恋を隠し、文通も密会も完全に止めよ。そうして五年待てば……あの娘との婚姻を儂がお膳立てしてやれるぞ。タルナート侯爵家の名に、傷が付かん形でな』


『ほ、本当ですか、父様? 待ちます……父様がタリアとの婚姻を認めてくれるというのでしたら、何年だって!』


 少年時代のタルマンは顔を輝かせる。

 タルマン侯爵は、じっとその顔を見つめていた。


(馬鹿馬鹿しい……。貴族は領民達の生活を握っている。色恋なぞで左右されてはならんかったのだ。先延ばしにして誤魔化そうとした父も卑劣だったが、それ以上に吾輩が愚かだったのだ)


 タルマン侯爵は深く溜め息を吐く。


 続けて景色が捻じれ、場所が変わった。

 少年だったタルマンは成長し、髭が生えていた。

 父親は多少老けたものの、そう大きな変化はない。


(これは、二十一歳のときの吾輩か……)


『タルマン……一歳になったティアナだが、膨大なマナを秘めておることがわかった。我らタルナート侯爵家の中でも異質な程である』


 そう口にする父親は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


『ティアナに、そんな才覚が……』


 嬉しそうに答える、青年の姿のタルマン。

 その様子に、父親は顔に怒りを滲ませた。


『喜んでおる場合か! だから不吉な占術が出ておったから、降ろさせろとあれほど言っておったのだ! 男ならいざ知らず……女のマナが高くてもロクなことにはならんわい!』


『そんなこと……!』


『王家や教会の者でもない限り、一族の中で突出した強大な力を持つ赤子は悪魔と呼ばれる! 特に女は、災禍を齎す魔女だとな!』


『父様の時代の話でしょう! 古い考え、悪習だ! 王国の力関係が崩れることを嫌った、昔の大貴族が流した出まかせです!』


『力関係を崩すということは、王国の平和を乱すということである! 古い考え? 表立って言われんようになっただけだ! 貴族の女を戦いに出すわけにもいかんし、家督も継げん! マナの高い子を孕んではくれるだろうが、それは他家の女としてである! 余計な争いの火種にしかならんのだ! お前の我が儘を許して、貧乏貴族の娘と婚姻させてやったのが間違いであった!』


『愛し合った女性と婚姻し、幸せな家庭を築きたい……それが、我が儘だというのですか?』


『そうだ! それが我が儘だと言っておるのだ! お前の一挙一動には何万という民の生活が懸かっておる! お前は二十一年間、儂の何を見て育ったのだ!』


 父親が怒鳴り声を上げる。


 タルマン侯爵は、唇を噛みながら二人の様子を見守っていた。


(父の言葉が正しい……。民の血税によって、食べる物に困らない生活を送っている身なのだ)


 それは当時のタルマンにもわかっているはずであった。


 二十一歳のタルマンは、その場で膝を折り、床へと頭を付けた。


『何の真似だ』


『お願いです……これで、最後です。今後、私は二度と私情に左右されたりはしません。父の息子として……タルナート侯爵家の次期当主として、相応しい行動を取ることを誓います。ですから……どうか、ティアナの命だけは……』


『……これで最後だと、そう言ったな?』


『え、は、はい!』


 父の言葉に、顔を上げる。


『マナの高い令嬢に使い道がないわけではない。ティアナは政治の道具とするために生かせ。これ以上我が儘で、タルナート侯爵家の名に泥を塗ってくれるなよ、タルマン?』


『は、はい……ありがとうございます、父様! ありがとうございます! 誓います……もう二度と私は、私情で家名に泥を塗るような真似はいたしません!』


 タルマン侯爵は、過去の光景を目に、溜め息を吐いた。


(くだらぬ……当時の吾輩は、なんと考えなしの未熟者であったことか。結局、大勢を巻き込み……ダイモスに争いを引き起こす隙を与えることになっただけだ。タリアもティアナも、幸せにはなれんかった)


 しかし、すぐに考え直す。


(いや……結局、吾輩はこのときの誓いさえも破り……当主の身でありながら、娘を庇おうとして命を落とすことになる。未熟者なのは、今も昔も変わらんところ……か)


 目前の光景がぐねぐねと歪む。

 最後に現れたのは、弟のダイモスに捕まり、自害した最愛の妻……タリアであった。

 黒く、ただっぴろい空間に、ただ一人彼女が浮かんでいる。


「タ、タリア……! ずっと会いたかったぞ……! 迎えに来てくれたのか!」


 タルマン侯爵はタリアへと近づこうとする。

 だが、上手く動けない。

 空間を手で掻いて必死に前進して、彼女へと手を伸ばす。


「ああ、後悔ばかりの人生であった。だが……きっと、もし過去に戻れたとしても、きっと吾輩は同じ過ちを繰り返すのだろうな……」


 タリアの頬へと手を触れたとき、頭に大きな衝撃が走り、周囲の景色がぐるりと回った。


「むぐっ!」


 タルマン侯爵の視界に、綺麗な朝日が飛び込んでくる。

 どうやら崩落した侯爵邸の前で、目を覚ましたようだった。


「吾輩は……生きておるのか?」


 タルマン侯爵は呆然と呟く。

 ふと前へ顔を向ければ、自分を助けたマルクという名の少年と、修道服姿の教会魔術師が話をしていた。


「と、とんでもないマナですね、彼。少し手を添えてもらっただけで、白魔法の出力が十倍にも跳ね上がりました。マナ共振を利用した魔法の制御は難しいんです。ただでさえ扱いの難しい白魔法で……こんな馬鹿みたいな出力のマナで……危うく、勢い余って侯爵様にトドメを刺すところでしたよ。これ、舵を取り切った私、表彰ものですよ」


 教会魔術師は、生きた心地がしないといった顔をしていた。

 汗まみれの自身の額を拭っている。


「あ……! 侯爵様が、目を覚まされましたよ!」


 マルクが笑顔でそう口にする。

 タルマン侯爵が呆気に取られていると、自分の胸へと誰かが抱き着いてきた。


「父様……ご無事で……」


「ティアナ……?」


 先に手を触れたのは、どうやらタリアではなく、ティアナであったようだった。


『まだ、こちらに来るには早いですよ、タルマン様』


 タルマン侯爵の頭に、微かにタリアの声が響いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ↓多分それこそ「女では家督を告げないから他の家へと嫁がせるしかない」という古い考え(?)に囚われてたんだと思います タルマン自身もそういう他の貴族の末弟とかを婿にするみたいな考えが出て来ない…
[一言] 侯爵の父曰く『マナの高い子を孕んではくれるだろうが、それは他家の女としてである!』らしいが、よくよく考えてみたらそれって嫁として他所に出したらの話っしょ? 娘には貴族としての英才教育を施して…
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