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第三十四話 タルマン侯爵

「タルマン侯爵様、立ち上がれますか?」


「どうにか……な。クソ、あの考えなしのテロリスト共め」


 ギルベインさんが、タルマン侯爵様の身体を支え、彼が立ち上がる手助けをする。


「話には聞いていたが、お前が噂の少年冒険者……マルクか。見事な戦いだった。このまま吾輩を連れて、この館を脱出してもらいたい。謝礼はいくらでも支払おう」


 タルマン侯爵様が、僕を見ながらそう口にする。


「侯爵様……お言葉ですが、このままこちらの少年……マルク君には、館に残ってもらった方がよろしいかと。外へは私がお連れいたしますよ」


 ギルベインさんが、タルマン侯爵様へとそう提案する。


「ほう、その訳は?」


「彼は今見ていただいた通り、規格外に強い子で……! このまま〈真理の番人〉とやらを倒してもらいつつ、館の他の方々の救出を進めてもらった方がいいはずです」


「なるほど、魅力的な提案だな。だが、断らせてもらう。二人共吾輩の護衛に付け。これは命令だ」


 タルマン侯爵様は、迷いなく、あっさりとそう決断した。


「え……し、しかし、ここで連中を逃がせば、将来的な被害が……」


「吾輩が、我が身可愛さでこんなことを口にしておると? 奴らは、本気でこの領地を狙っておる。必ずやタルナート侯爵家の血筋を武器に、侵略行為の正当化を持ち出すはずである。現当主である吾輩が命を落としてこの事件が尾を引けば、どんな血みどろの争いがこの地で繰り広げられることになるのか、わかったものではない。被害を考えるのならば、最優先で防がなければならんのは吾輩の死である」


 タルマン侯爵様は淡々とそう口にする。

 まるで、聞き分けのない子供へと説明しているかのようであった。


「……マ、マルク君がここから出れば、恐らく、他の人達は助かりませんよ? 連中は、タルナート侯爵家の血を引き……高い精霊使いの素養を持つ、ティアナ嬢を狙っている。お嬢様も既に連中に囚われているのでは?」


 ギルベインさんは弱々しい口調で、タルマン侯爵様の説得に掛かっていた。


 僕もギルベインさんと同じ気持ちだった。

 確かにタルマン侯爵様の安全を確保するのも大事だ。

 だけど……恐らく今までの調子だと、〈真理の番人〉の凶行を止められるのは、この館に僕しかいない。


 僕がタルマン侯爵様と共にここを去れば、残された人達はほぼ間違いなく犠牲になる。

 タルマン侯爵様が都市外まで逃げるつもりであれば、その被害は更に増大するかもしれない。


「だからどうしたというのだ? くだらん……我々貴族にとって、情など二の次。優先すべきは、王家に賜ったこの領地を守ることだ。子など、死ねばまた増やせばよい。痛手ではあるが、吾輩の死よりは遥かに軽い」


 タルマン侯爵様の言葉に、僕は自分の口許が歪むのを感じていた。

 言っていることは正しいのかもしれない。

 だが、あまりに非情なその物言いには、とても共感できなかった。

 きっと、この人とは絶対に分かり合えないだろう。


「……僕が救出したとき、ティアナ様が悲しそうにしていた理由が、あなたを見てわかりました」


「フン、力を持つ者には、相応の責任が伴うのだよ。平民のお前にはわかるまい」


 タルマン侯爵様は僕の言葉を鼻で笑った。


「そもそもお前が先程口にした、ティアナに限っていえば、死んだところでさして損失はない。あいつの母親は男爵家であったから、死なせたとてそちらの家から非難を受けることもない。マナが高いとはいえ女であれば跡継ぎにはできんし、騎士や兵にするのも外聞が悪い。囮や餌としては丁度よかったが、吾輩が他貴族と婚約させて内輪揉めを誘うのに使ったせいで曰く付きの女になってしまったからな。結局婚約は破棄に至ったが、もう同じ手も使えん」


「そんな……!」


「今回の事件……あいつのマナの高さが精霊崇拝の邪教に目を付けられる一因になった恐れがある以上、この辺りで死んでもらった方が侯爵家のためだ。重宝していたが、やはりあいつのマナは我が家では持て余すらしい。危険思想の団体に捕まって、邪悪な精霊の召喚にでも利用されては大事だ。下手に生きて誘拐された方が厄介だな」


 僕は唇を噛み締めて、タルマン侯爵様の顔を睨んだ。

 冷たく、厳格な人なのだろうとは、なんとなくティアナ様の様子から察していた。

 しかし、ここまでだとは思わなかった。


「立ち話が過ぎたな。早く吾輩を安全なところまで護衛せよ。お前にはその力があるのだろう? 褒美はいくらでも出すと、そう言ったのが聞こえなかったか? それとも……領地を救った英雄から、吾輩の命令に背いて領地を窮地へ追いやった、大罪人にでもなってみるか?」


「マルク君……まずいよ。私も思うところがないわけではないが、とにかく、この場は侯爵様の言葉を聞こう。いくら君の力があっても、王国から追われる身にはなりたくないだろう?」


「……侯爵様は僕が護衛します。ですが、外へは向かいません。この館に残っている〈真理の番人〉の撃退も、このまま続けます」


 僕の言葉に、タルマン侯爵様が顔を歪めた。


「最も愚かな選択だな。くだらん……吾輩が折れるとでも思ったか? 何があろうとも、吾輩は貴族として、情よりも合理を優先する。それで仮に吾輩が生き残っても、必ずお前を、身勝手な気紛れで領地を危険に晒した大罪人として告発してやるぞ。大人しく吾輩に従え!」


「それで構いません。僕は生まれてからずっと……悪魔の子として、蔑まれて生きてきました。周囲を敵に回すなんて、慣れっこです。王国から罪人として追われることになったとしても……僕は、自分が正しいと思ったものを信じたいです」


「なんだと……?」


「共感できませんけど……タルマン侯爵様、きっとあなたの考えも、王国には必要なものなんだろうと思います。だから護衛は引き受けます。でも、僕はこの館に残されている人達を見殺しにはしたくありません。〈真理の番人〉とも決着を付けたい。その後に、告発でもなんでもご自由になさってください」


「な……!」


 タルマン侯爵様は唖然とした表情で僕を見る。


『侯爵よ。そちも相当に難儀な性格をしておるようだが、ここは折れてもらうぞ』


 ネロがタルマン侯爵様を見上げる。


『もっとも……本当にそちにとっても恩人である、この大精霊ネロディアスの契約者を罪人として吊るし上げるような真似をすれば、我は王家との盟約を破って牙を剥くぞ。それが合理的か否か、ゆっくりと考えておくことだな』


 ネロが牙を剥いて、タルマン侯爵様を威圧した。


「ぐっ……なんと強情な奴だ!」


 タルマン侯爵様は、苦々しげにそう口に出した。


 そのとき、僕達の許へと足音が近づいてきた。

 僕達は一斉に、音の方へと顔を向けた。


 僕と同じ年頃の仮面を付けた少年と……ごわごわとした金髪の、大人の男だった。

 金髪の男は、ティアナ様の腕を乱暴に掴み、彼女を連れていた。


「ティアナ様!」


 ティアナ様は相変わらずの無表情であった。

 僕の呼びかけに対して、ちらりと視線を返したものの、それ以上の反応はなかった。


「ヨハン、随分と予定と違うではないか! まだタルマンが野放しになっているとは! それに、あの白髪のガキ……例のマルクだろう? 黒武者に速攻で処分させるのではなかったのか!」


 金髪の男が、顔を赤くして仮面の少年を怒鳴る。


「……なるほど、ゼータと黒武者は敗れたのか。すまないね、トーマス殿」


 仮面の少年がそう口にする。


 ヨハンに、トーマス……。

 どちらも聞き覚えのある名前だった。


 ヨハンはゼータが口にしていた、〈真理の番人〉の頭目の名だ。

 どうやら目前の、仮面の少年がそうであるらしい。


 そしてトーマスは、ギルベインさんの口にしていた……タルマン侯爵様の、甥の名前である。

 かつてトーマスの父が家督争いの末にタルマン侯爵様に処刑され、その際に身分を剥奪されて領地の外へと追放された、という話であった。

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