第二十四話 人形姫ティアナ
「我が、こんな……有り得ぬ……。我は、選ばれた存在では、なかった、のか……」
土塊の残骸の中に、少女が倒れていた。
年齢は僕とさほど変わらないように見える。
「この子がゼータの本体……?」
あの外面の大男とは似ても似つかない。
『生まれ持ったマナの総量さえ高ければ、契約精霊次第でいっぱしの戦力にはなるだろうが……キナ臭いな。〈真理の番人〉は、貴族の子供を攫って洗脳教育でも施しておるのか? それでやれ、正しい理想の世界など騒ぎ立てるとはな』
「取り消せ……犬。我らの主を、愚弄するとは……!」
ネロはゼータを触手で絡めて持ち上げると、ぐっと締め上げた。
「あぐっ!」
ゼータの身体が一瞬跳ねて、その後、大人しくなった。
「ネ、ネロ……!」
『気を失わせただけである。またアドニスの精霊鎧を纏われては厄介であろう。ギルドのためにも、こやつには聞かねばならんことが山ほどあるだろうからの』
ネロはゼータを自分の背へと器用に触手で括り付ける。
それからトテトテと、廃村を歩き始めた。
「そ、そっか……」
僕はほっとして息を吐いた。
それからネロと手分けして廃村を捜し回った。
例のタルナート侯爵家の令嬢は、廃教会堂の地下牢に囚われていた。
綺麗な金の髪を持つ女の子だった。
聞いていた外見特徴とも一致している。
酷い目に遭ったのか、無表情な目で牢の壁を見つめていた。
『無事に見つかったか……。あのダルクとやらが既に連れ出したのではないかと思っておったが、どうやらあの男、相当我のマルクに怯えておったようであるな。こっちの娘に恨まれるのも無理はないわい』
ネロが嬉しそうにそう口にする。
「あなたは……?」
ティアナ様は、不思議そうな顔を浮かべていた。
「僕、冒険者のマルクです! ティアナ様……助けに来ました!」
「そう……あなた、私を助けにきた冒険者なの……」
ティアナ様はそう口にすると、疲れたように息を吐き出した。
「また、死に損ねたのね……私」
「えっ……」
「ごめんなさい、あなたに言うことではなかった。でも、謝辞の言葉は、私ではなく父様から聞いて」
どうにもティアナ様は、助けられたことを良いことだとは捉えていないようだった。
『な、なんであるか、この小娘……! 助けてもらっておいて、我のマルクに、この態度! 我らは頼まれて、そなたのために来てやったというのに!』
「道具を修理するのは、それを使う人のため。そうでしょう? 心配しなくても、あなた達の善意は無駄にはならない。父様は、私が無事で喜ぶことでしょう。まだ使い道がある、と」
『な、な、な……!』
ネロの触手が逆立っている。
捕縛されているゼータが、強く締め付けられて泡を吹いていた。
「抑えて、抑えて、ネロ!」
僕はネロの首へと抱き着いて、必死にその頭を撫でる。
「言い方を選ばなかったのはごめんなさい。でも、自分の感情を偽りたくはないの。それをしてしまったら、本当に私は『ただの人形』になってしまうから」
「だ、大丈夫ですよ、僕は全然気にしていませんから!」
気にしまくっているネロに頬擦りして機嫌を取りながら、僕はティアナ様へとそう言った。
「でも、侯爵様、ティアナ様のこと……大事に想っていると思います」
「……何も知らないのに、勝手なことを言わないで」
無表情だったティアナ様の眉が、少し傾いた。
「僕にも……親代わりの人がいたんです。僕はその人の提案で、村の生贄として捧げられることになりました。でも、あの人は……最後に僕を、助けようとしてくれました」
長老様のことである。
僕は幼少の頃から今に至るまで……あの人のことが、ずっと大好きだった。
使命のために僕を生贄として扱っていたけれど、本当はずっと僕のことを想っていてくれたことを、僕も知っていたから。
あのときも、生贄が無事に行われたのは、僕が長老様に手を伸ばさなかったからである。
もしもあのとき僕が抵抗していれば、きっと本当にあの儀式から逃げ出せてしまっていたはずだ。
「大貴族ですから……きっと、僕達の村なんかより、ずっと大変なしがらみがあるんだと思います。でも……」
「父様は男爵家の生まれだった母様の美貌に目が眩み、強引に末の夫人として娶った。タルナート侯爵家の中に居場所なんてないって見えていたのに、断れるわけもなかった。侯爵家内で散々肩身の狭い想いをさせられた上に、争いに巻き込まれて見殺しにされた。娘の私も、マナが少し高かったばかりに、散々父様や親族、他家の貴族に道具として利用されてきたわ。私は母様同様……死ぬまで生涯、籠の中の鳥なの。高価な愛玩動物くらいにしか思われていないわ。あなたの生まれの、貧村の尺度で計らないで」
「ご、ごめんなさい……僕、世間知らずで……」
彼女を傷つけようとしたわけではなかった。
ただ元気付けてあげたかったのだ。
だが、あまりよくないことを言って、怒らせてしまったらしい。
『ひ、ひひ、貧村の尺度であると!? 我、我慢ならんぞ、マルク! ちょっとくらい小娘を痛めつけてやっても、大恩の手前、侯爵も怒らんだろうて!』
ネロはまた触手を逆立たせていた。
「お、落ち着いて、落ち着いて、ネロ! ね、ね? 後でまた、あのお饅頭、買ってあげるから!」
ティアナは言い過ぎたとは感じているらしく、気まずげに僕から顔を背けた。
「……早くこの牢から出して、都市まで案内して。謝礼は父様がいくらでも払ってくれるわ。あなたも、長くこんな女と一緒にいたくはないでしょう」




