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回帰列伝  作者: 鹿十
第二章 RPG編
93/94

20 探索

「ハア……ハア……」


 響一は息を切らしながら、膝に手を置いて前かがみの体勢で休息をとっている。

 平常時とは異なり、彼は冷静さを失い、額から滴り落ちる汗を袖でふき取り、再び前を向く。

 彼が今、こうして休息をとっている場所は、壮大な教会であった。

 陳列されている木製の椅子の間、中央の一本線にはレッドカーペットが敷かれており、そのまま祭壇に続いている。

 祭壇の上には揺らめく炎が入ったゴブレットが置かれている。

 

 響一は木製の長椅子から立ち上がり、疲れで目をギラつかせながら教会を後にしようと、赤色の扉を開いた。すると、扉の向こう側には、かつて見た永遠に続く廊下が再び現れた。

 響一は、流石に嫌気がさしたのか、廊下の床に座り込み、胡坐をかきながら、廊下の奥に続く深淵を覗き、考え事をし始める。


(響飛の能力については俺も全く分かっていなかった。てっきりあいつの能力は第一領域クラスだと思っていたが、現状、起きていることを考えると、第二領域クラスが妥当だろうな)


 響一は、ローブをその場に脱ぎ捨て、制服姿になる。そして、首元にかかっている青色のネクタイを緩める。


(……空間の転移が行われているのか? 部屋に取り付けられている赤色の扉を開くと、別の、全く異質な部屋が現れる。俺はあの時、確かにバー奥に向かったはずだ)


 響一は息を切らしながら、呆れるように俯く。


(響飛の後を追ってバー奥に入ってから30分は経ったな。扉を開けるごとに、別の部屋が目の前に現る。現れる部屋は今まで出てきた中だと9種類。洒落たリビング、永遠に続く渡り廊下、浴場、教会、美術館、倉庫、酒場、牢屋、そして馬小屋だ。この9種類の内のどれかの部屋がそれぞれ繋げられている。出てくる部屋は恐らく無作為だろう。完全にランダムだ。しかしいつまでたっても、目的地のバー奥へとは繋がる気配すらない)


 響一は頭を抱え、ため息を漏らす。

 単純な戦闘力ならば、響飛は到底、響一には及ばない。

 しかし、こうして他者の能力に巻き込まれてしまえば、いくら第三領域能力者といえど、対応する術すら無くなる。


(何か法則性があるはずだ。考えろ)


 響一は思考を続ける。

 すると、目前のはるか遠くまで広がる廊下の奥の深淵から、コツンコツンと、誰かが歩いてくる音が鳴り響いた。


 響一はその音に気づき、急いで立ち上がり、緩めたネクタイを縛り直し、臨戦態勢をとった。

 瞬間、響一は、奥の部屋から投擲された何かが、迫りくるのが分かった。

 足で思い切り地面を踏み、右横にずれることでその何かを回避する。


 勢いよく飛んできた物体は、桃色の果物ナイフだった。回転しながら投げられたその凶器は、響一のはるか後方にまで飛んでいき、留まることをしらない。


「誰かと思ったら、一条家の人間か」


 闇の奥から、甲高く可愛らしい女性の声と共に、少女の姿が現れる。

 ツインテールの髪型をした、紫と緑の仄かなアイシャドウが特徴的な、ゴシップという少女である。


「お前は……ゴシップとかいう小娘だな」

「知ってるの? 嬉しい~」


 頬に両手を添わせて、あざとく喜ぶ素振りを見せるゴシップ。

 響一は、かつてないほどの緊張感で満ち溢れていた。

 彼の鼓動が早まり、冷や汗が垂れる。

 ゴシップはそんな響一の様子を二ヤついて見ながら、彼女の後方から迫ってきた果物ナイフを手で掴む。彼女が投擲したナイフは、響一に直撃せず、そのまま後方へと飛んで行った後、再び彼女の元へと帰ってきたようだ。


「お前、中々……強いな」

「そう? 分かる? あなたも中々の身のこなしね、それに体から発せられている共鳴波の波長を見るに……第二領域、いや第三領域者かしら?」

「……」

「無視? 酷いな。まあ質問は続けるけどね。……あなた、この空間を作り出した張本人?」

「……違うな。俺も巻き込まれた側だ」

「嘘はついていないようね。まあ、お互い、頑張ってここから抜け出そうね~」


 と言い終わった後、ゴシップはくるりと回転し、来た闇の中へと帰っていく。

 響一はその様子を見て、なるべく小さい声で、空間に響いていかないような声音で詠唱を始める。

 詠唱が終わりかけていた時、その瞬間、前方の闇の中から光の光線が迫ってきた。

 空間を切り裂く音を発しながら迫るそのレーザーをすんでの所で避けた後、響一は大きな声で


〔……臓物は――愚直〕 と詠唱を唱え終える。


 その後、空間が振動し、響一が廊下へ入ってきたときに用いた扉が勢いよく開き、彼が元いた教会の木造の椅子の数々が、加速し、互いにぶつかり合いながら、ゴシップの元へと飛んでいく。


 長椅子がぶつかるほどにガタガタと重低音が鳴り響き、長椅子それぞれが伏せている響一を通り越して、ゴシップめがけて飛んでいく。狭い廊下の通路が椅子でいっぱいになり、それぞれ意思を持った弾丸のように彼女の元へと放たれる。


 が、ゴシップは目の前に右手を伸ばすと、その右手に光の束が集まっていた後、薄く広げられた飴のような膜が生成され、その膜に触れた椅子は、粉砕音を発しながら、ぶつかった衝撃でボロボロに壊れていく。


 その様子を見た響一は、攻撃が無駄だと思ったのか、能力を解除する。

 指揮者のように手で合図をした後、椅子の数々は、響一の指揮通りに地に落ちていく。


「驚いた。あなた第三領域能力者ね。一条家の第三領域能力者……それに、先ほどの攻撃。ふ~ん、あたし分かっちゃった。あなた一条響一ね、『弾幕遊戯』の響一」

「お前は、一ノ瀬葵の側近のゴシップという小娘だろう? その様子だと、波術を極めているようだな」

「極めてるって……あたしクラスで極めているとか言われてもねぇ」


 響一は余裕そうな口ぶりをしているが、内心では焦りが止まらなかった。

 防衛本能からか、思わず、脳をフル回転し、思考を続ける。


(波術使いは不味い。それにこの狭い空間。俺の能力に不適応な環境だ。しかもゴシップとかいうこの女は、イカれてることで有名だ。今、本気で戦闘を行われたら、いくら俺でも、負ける可能性すらある。ここは……)


 響一は唾を飲み込んだ後、覚悟を決めた表情を浮かべる。


「これは俺の兄の、響飛の能力だ」

「え?」

「先ほど俺も、今回の襲撃に巻き込まれた側だと述べただろう? だから俺も自主的に、幹部を討伐して回っているんだ。こうして第三幹部を追っていて、たどりついたのがこのバーだ。そして、彼は能力を発動し、今現在、このような不可解な状況に俺たちは置かれている」

「何がいいたいの?」

「一時休戦だ。ここで二人でやり合うのは、愚策だ」

「そうね……あなた、強そうだし。でもおいそれとあたしが、一条家の人間を許すと思う?」

「ああ、一ノ瀬家の人間を前にして、このような頼み事をするのは無粋だが……頼む」

「ふ~ん」


 ゴシップは虚が突かれたかのように目を点にした後、張った威勢をほどいていく。

 

「何を出せるのあなたは?」

「あ?」

「対価よ、対価。何か見返りがなきゃ、はいいいですよって承認できないでしょー」

「……俺が知る限りの範疇で、一条家の第三領域能力者の能力を教える。勿論、俺の能力もだ」

「!! ……へえ、随分と大きく出るわね」

「ああ、ただし、その対価を払うのは、現状を脱して、第三幹部を討伐できたらだ」



 ゴシップはその条件を聞いて、少し黙り込んだ後、ウウィンクをして「おっけー」と話す。

 響一はその様子を見て、ため息を吐いた後、彼女に近づいてく。

 彼女の横を通り、「行くぞ」と声を掛けた後、別の扉を開こうとする。

 すると彼女は


「約束、破ったら、あたしが強硬で『業火』を殺しちゃうから」


 響一はドアノブに手を掛けたまま、その発言を聞き、思わず振り向き


「お前、今週期の『業火』保持者を知っているのか」

「うん、実際会ったしね。あの、ちょっと抜けてそうな子でしょう? あの子、あたしが昔飼ってた犬に似てるのよね」

「……好きにしろ」

 

 ゴシップを相手にせず、ひたすら冷淡な様子の響一を見て、彼女は疑問を頭に浮かべたような表情をする。


「あなた、一条家の人間の癖に、あたしに突っかかってこないのね」

「……」

「無視?」

「お前は、この能力について、何か考察があるか?」

「雑談は嫌いなのね、了解」


 ゴシップはコホンと咳をした後、得意げに話し始める。


「扉を開けると、違う部屋に出てしまうみたいね。きっと転移系の能力ではなく、扉を境に、部屋と部屋が連結されているんだよ。出てくる部屋は、今のところは9種かな。おそらく無尽蔵に部屋が出てくる訳ではなく、ある一定のルールの上で行われているみたい」

 

 響一はゴシップの動く口を見つめながら話を聞いた後、ドアの方を振り向いて、ドアを開けながら「同感だ」と同意の言葉を吐く。


「そのルールを知るためにも、色々試す必要があるな」

「お、一条家のお手並み拝見タイムかな?」

「そんな大層なものじゃない」


 ゴシップと響一の能力解析が今、始まろうとしていた。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


 男用の浴場の中で、濡れたタイルの地面に座り込み、胡坐をかいているゴシップの姿があった。

 ゴシップを興味深くジロジロと見つめる男たち。中年の男や、10歳ほどの男児、彼女と同じくらいの年齢の男子たちが、彼女を引いた目で見ており、関わらないように彼女から離れて歩いていく。

 すると、今度はレンガで作られた西洋風の温泉の中から、制服姿の濡れた響一が突然飛び出してきた。彼は、頭を震わせ髪に滴る水を落とした後、ゆっくりと温泉内から体を出した。

 体を出した後、制服の裾を雑巾のように絞り、水を落とす。


 そして彼は胡坐をかいているゴシップの元に近づき、彼女に話しかけた。


「やはり部屋が11種に増えている」

「新たに増えた部屋は?」

「病院と城だ」

「そりゃ大変だね。大変~」


 濡れた響一を見て優越感に浸るようにクスクスと笑いながら、軽いノリで返すゴシップ。

 響一は、そんな彼女を見下すように睨みつける。


「ルールは分かった?」

「……おそらく、経路だろうな」

「経路?」

「顕現する部屋に、おそらく規則性は無い。最初に言った通り、完全にランダムだ」

「そうなの?」

「そうさ。そして経路というのは、通る部屋の経路のことだ」

「どうゆう意味?」

「おそらく何らかの決まった経路があり、その経路を通った時、目的地にたどり着けるのだろう。例えば、倉庫→リビング→浴場→……といった感じで、通るべき経路が指定されている。その経路通りにたどった時、目的地であるバー奥に到着できる……のだと思う」

「それは感?」

「感だ。しかし、きっとそういった類の能力だ」

「凄~い」


 ゴシップは子をあやす母親のように手で拍手をし、響一をわざとらしく褒め称えた。

 しかし響一はそんな彼女を不審の目線を向けている。


「でも……結局出てくる部屋は完全に運任せだから、結局ルールが分かっても無理ねえ」

「……」


 響一は鼻の先を人差し指で掻きながら、ここではないどこかを見つめている。


「……対策はあるの?」

「対策は……ある」

「あるなら、やってみてよ。あたし、怖いわ。何もできなくて……」

「……」

「ごめんなさい響一君。あたし、あなたが……こんなにも頑張っているのに……何もできないなんて……」


 ゴシップはそう言って大きな瞳から大粒の涙をながし、それを両手の袖で拭っている。

 響一は、相変わらず冷徹な態度のまま、彼女のその様子を見て、振り返り、浴場の温泉に近づいていく。そして


〔対抗。縦横無尽に飛び回る蝶。知恵と慈愛をもって、綱を編む。

 警句、そして終焉を迎える。肉を引き裂き、宴を上げる。

 手始めに、狩人に譲渡奉らん。臓物は――拡散〕


 温泉内の湯気が立つお湯が、一気に空中に浮かび上がり、その後、液体が水滴ほどの大きさに分裂していき、空間内に規則正しく、一定の間隔を保って静止した。

 その様子を見て、ゴシップは濡れた地面に立膝をついた体勢のまま、「ヒュウッ~」と感心するかのように口笛を吹く。


「四方に配置されている、赤いドアを開けてくれ」


 と、響一が横目でゴシップに声を掛けると、ゴシップは面倒そうに立ち上がり、東西南北に八されたドアを順に開けていく。

 ドアの向こう側には、それぞれ東西南北の順に、リビング、牢屋、美術館、廊下が現れた。

 開けられたドアを見て、響一は手をクイッと合図をするように曲げた。

 すると、空中に固定された水滴――数にして1000万は優に超えている―ーが、爆発するかのように、辺り一面に拡散していった。


 水滴の数々は、浴場内に留まらず、扉の向こう側の空間にも満ちていく。

 ゴシップは右手で顔を隠し、彼女自身に当たる水滴の数々を防いでいる。

 その様子はまるで、豪雨のようだった。水滴の数々が、果てしない勢いで空間内に拡散されていく。


 しかし、全ての水滴が拡散された訳ではなく、半分程度の量の水滴は、いまだに空中に固定されていた。液体の拡散が終わると、ゴシップは口を開く。


「やるなら先に言ってよね。で、何をしたの?」

「全ての部屋を、この水滴で満たす」

「ふーん、何のために」

「……行くぞ」

「言わないのかい」


 響一はポケットに手を突っ込んだまま、北の扉の向こう側に位置するリビングへと足を踏み入れていく。彼の後を続いて、空中に静止した水滴の数々が、まるで意思を持つかのように彼の後を追従していく。その様子を見て、ゴシップも、好奇心旺盛な様子で彼に続いていった。




 

 

 






 


 

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