7 Bー102
「熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い」
目の前には焼け焦げる人々と、その身の苦しさを伝えるうめき声が響き、炎が燃え盛っている。生物が焦げる匂い。酒場での体験と酷似している、しかし場所は違う。
貧民街ではなく別の大きな町だ。家は燃えて朽ち果て、木々にまで火が燃え移っている。野原は黒く染まり、人々の絶叫と燃え盛る炎の音が響く。
炎の音と言っても焚火や暖炉のそれとは異なり、ゴオオという地表がうねる様な音がする。
「助けて、助けて」
炎から逃れている人もいるようだ。必死に走り回りながら、火のない所に向かおうとしているが、あたり一面炎で囲まれたこの土地ではもはや逃げ場はない。
この女性は逃げることをついに諦め、こちらに目を向け助けを求めている。不可解な祈りを捧げながら。
「…………」
黙りこんでいる。何か言葉を発しようとするが、何も喋れない、この肉体の主導権は俺にはないようだ。
すると勝手に右手が動き、相手に向けて手のひらを向けると、右手から大量の炎が吹き出て、助けを求めた女性を燃やし尽くした。女性は一言も発することなく炎の中で溶けていく。
今理解した。この村を燃やしたのは、他でもない俺なのだ。いや、正確には今俺が宿っているこの肉体だ。誰のものかは分からないが。
「――――おい、これで満足かと?」
声の発生源へと振り向くと、そこには黒髪で低身長、耳にピアスをつけた女が立ちふさがっていた。その立ち振る舞いからは幼さの裏に隠された自信がうかがえる。
「ばり罪深と、これ以上の罪悪、この世には存在しなか」
「……」
「まさに――業火ね――調停会はそがんこと上手く言い表しとっとね」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「おい……待て」
目を覚ますと天井が見える。その天井に向けて右手を突き出していた。
「……おい……クロガミ、お前寝言うるさすぎ……喚きすぎだ……」
「ああ、わりい」
二段ベッドの下で眠るホワイトが小言を言ってくる。そうだ、俺は異能学園に入学したのだった。あの後、ホワイトとマスタードに連れていかれ、食堂に行き飯を食い、飯のうまさに驚愕し、その後浴場に行き、そこでもまた入浴の気持ちよさに驚愕し、後にベッドに潜り、またベッドの弾力感に驚愕――ってどうでもいいかこんなことは。
「ああ、もうこんな時間か……寝ててえけど、起きなきゃなあ」
ホワイトが起き上がり、準備をし始める。俺もベットから降り、腹をかいて欠伸をしながらホワイトの後についていく。
「これからジュギョウってやつが始まるんだろ? 何もってけばいいんだよ」
「なんもいらねえよ、とりあえずこの制服に着替えてくれ」
渡された服は見たことがないものだった。白くて薄い服に黒いズボン、鞭のようにしなる何かと、薄い黄色で染められた細長い生地のようなもの。
「んだこれ。どう着るんだよ」
「あーそうか、これはな制服っつーんだけどな。この黒い鞭みたいなやつがベルトで、このぺらっぺらな黄色のやつはネクタイっていうんだ。で、これはシャツ。見てろ、こうやって――」
ホワイトはズボンをはき、シャツをズボンに押し込んで、ベルトを腰に巻き、その後ネクタイを締めた。学生はこのような格好をするのか、見たことがない。
「ほい、こうやるんだ。わかったろ?」
自分でやってみると以外にも難しい。特にネクタイがうまく締められず。何回も聞き直した後、やっと締めることが出来た。
「ほう、馬子にも衣装かもな」
「へへへ、そうか? その言葉の意味は分からねえけど。なんだか褒められている気がするぜ」
すると、隣の部屋からリリーと他の女の声がすることに気づいた。リリーは一人でも眠れただろうか? 心配だ。もしかすると俺がいなくなって騒いでいるかもしれない。
音のする方向に向かい、勢いよく扉を開けようとする。
「お、おい、そっちはやめたほうが……」
「あ?」
ホワイトの注意も虚しく。俺はもうドアノブに手をかけ、ドアを開いていた。目の前には3人の女性がいた。リリーと、知らん奴と、知らん奴。その誰もが昨夜と異なり、俺に視線を向けている。
どうやら俺に興味を持っているのかもしれない。これを機に仲良くなれるかもしれない。しかし、一つだけ問題点が存在する。そこにいた誰もが裸体または下着姿だったことである。
「は……ははは。じゃ、……そうゆうことで」
なるべく潔く、それでいて下心がなさそうに半笑いをしながらドアを閉めた。そして何事もなかったかのようにその場を離れた。上手くやったと思ったが、後方から爆発音が聞こえ、視野が反転する。背中が熱い、燃え盛る様だ。
一瞬自身の能力の誤爆を疑ったが、その説は数秒後に聞こえたセリフによってかき消された。
「この……変態……」
倒れ、力を振り絞ってドアの向こうに目をやると頬を赤らめた少女がそこに立っていた。突き出された右手の人差し指からは煙が昇っている。
この背中の原因不明の熱と、ゆがむ視界、そしていつの間にか地にふしている自分。これらの原因が彼女の能力にあると把握した瞬間、俺は気を失った――。
「っは」
起き上がってみるともう部屋には人影がない。背中をさすりながら起き上がる。
「いてて……はっそうだ。あの女にやられて……今何時だ?」
時計に目をやると時刻は9時を回っていた。俺は20分近く失神していたらしい。
「い、いかねえと……あれ、どこに行けばいいんだ?」
行き場も分からず、行き方も分からず、ただ茫然と立ち止まる男の姿がそこにはあった。
「とりあえず、走り回るか」
部屋を出て、長い廊下に出る。夜間だから分からなかったが、やはりなかなかこじゃれた内装だ。日の光が入り込んで気分がいい。
「ああ、どうでもいいか。そんなこと」
思考をやめ、とにかく足を動かした。無駄に広い校舎内を走り回ること10分、奥の部屋から、雑音がすることに気づいた。もうどうでもいい、無我夢中に急いで走って向かう。
「ええー皆さん。新学期が始まったということで――えー長期休暇中のたるみから抜け出して、学業と能力開発に励み、今後もより一層の成長のための努力を怠らないこと。えー、ここにはいませんが、例えば初日から遅刻するような連中は、心を入れ替え――」
バアンという音が大講義室中に響き、教師らしき者の話を打ち切る。もちろん扉を開けたのは他でもない俺である。皆、豆鉄砲を食らったかのような顔をしてこちらを見る。
沈黙が響き渡るという表現はおかしいが、あまりに適切であるのでそう表したいと思う。
「…………君、遅刻だ……」
眼鏡をかけた貫禄のある老人である教師は、威圧感を与えながらこう発した。遅刻したことより、話を遮られたことに怒りを感じている様子だ。
「……名前は?」
「ああ、えーっと、クロガミ……」
「クロガミィ? …………えー」
教師は教卓にある資料に目を通している。目が悪いのか、何度も眼鏡を片手で揺らして調節している。
「……えー君の番号は……B-102だ。早く座れ……まったく」
「へいへい」
「えー、失礼しました。優秀な皆さんは、これからも日々鍛錬に励み――」
教師はぶっきらぼうに番号を言い放った後、また楽しそうに誰も聞いていないであろう演説を始めた。この手のジジイの話は無駄に長い。
とぼとぼと歩きながら番号が記載された席へと向かう。そばを通ると誰もが俺の方をチラ見しては、関わりたくないかのように目をそらしていく。
「お、ここか」
Bー102と記載された席へ腰を掛けた。通路を挟んで右となりは男だ、そして一つ席を開けて左となりには眼鏡をかけた大人しそうな女が座っている。ちらちらこちらに目線を向けては、俺が見ようとすると目をそらす。それはともかく、かなり大きい講義室だ。生徒はおよそ150人はいるだろう。
「――で、あるからして、この新学期にはさらなる試練が皆様を待ち受けているので――」
バアンという音がまた大講義室内を駆け巡る。俺が入室するときもこんな大音量が鳴り響いたのかと思うと少し恥ずかしい。入ってきたのは男だ。髪の毛は金色でこめかみは剃りこみが入っている。
目つきもかなりいかつい、かなりやんちゃそうな容貌をしている。貧民街では路地裏などで、ホームレスや子供の金品を巻き上げているタイプと見た。
「――君ねえ、またか……!!」
話を遮られた教師はまた気怠そうに遅刻者に向かって振り向く。しかし、俺の時とは異なり、男の容貌を見た後に一瞬硬直した。かなり驚いている様子が見て取れた。
「あ、ああ、一条君でしたが、こ、これはこれは失礼。えーっと番号は……B-101です。あ、あと、いくら一条君でも遅刻は感心しませんぞ。以後気を付けましょう」
「……はいはい」
教師は遅刻してきた者に対して注意をしているというか、相手を恐れて謙譲しているようだ。おまけに生徒であるのに、君付けまでしている。俺の時とはまるで態度が違う。教師の態度からは話を遮られた不満など毛頭感じられない。
一条という金髪の男はズボンに手を突っ込みながら、あくびをしてこちらに向かってくる。あいつの学籍番号……たしかBー101とか言っていたな、げ、俺の一個前の席じゃないか。
「……!!」
一条という男は俺の方を見て少し戸惑ったかのような素振りを見せると、その後不服そうな顔をしてこちらに歩み寄ってきた。
「おい、お前。そこを誰の席だと思っているんだ?」
声を掛けられたのが俺であることを理解するのに数秒かかった。一条の瞳は奴隷を見るような眼をしている。貧民街で嫌というほど見ていた奴隷売りのそれと同じだった。
「え、俺の席……だけど」
間違っていないはずだ。俺が言われた番号がB―102、こいつが言われた番号はBー101。
「お前、Bー101だろ? 俺の前のこの席だぜ。ほら、空いてるだろう?」
一条にこう声を掛けるが、一条はまったく聞く気配がない。眉間にしわを寄せ、目くじらを立てている。すると突然俺の胸ぐらをつかみ眼をつけてきた。
「なあ、お前わかってねえようだが……ここは俺の席だ。てめえがどう言われたかなんぞどうでもいい。俺がどけといったらお前はただどけばいいんだよッ」
胸ぐらをつかまれ、席を立たせられ、至近距離で一条はこうつぶやいてきた。一条の行為に流石に憤りを感じ、俺の胸ぐらをつかんだ一条の右手の手首をつかみ返し、睨み返す。
「はいどうぞーって席を渡しゃ満足かよ。チンケな要望だな。子供かよ?」
胸ぐらをつかむ強さが増す。正直苦しいがここで弱音を吐けない。
「お前……俺が誰だか知らねえのか? てめえに用はねえ、そのBー102の席を大人しく渡せばいいんだよ、そうすればさ、一発殴るだけで許してやる。喜べ」
「っき、誰がお前なんか……に」
「やめなさいッ。何をしているんだ。そこの二人」
大声で叫ぶ教師、他の皆もこちらを心配そうな目で見ている、いや半数は面白がっているに違いない。
「一条君、いや一条に……えークロガミッ。今日は始業式だぞッ他の人に迷惑だから、やめなさいッ」
「あー? お前、誰に言ってんだよ」
今度は教師に噛みつく一条、いい加減胸ぐらを離してほしい、苦しい。
「お前らに言っているんだッここでは一条家であろうとなかろうと関係ないッ。騒ぐのなら出て行ってもらおうか」
先ほどまでの謙遜をこめた弱弱しい態度とは打って変わって、老人の教師は強く威圧する。
「あー糞、気分悪い」
一条は胸ぐらから手を離し、ポケットに手を入れ、大講義室を後にする。俺は胸ぐらが離された衝撃で椅子の上に勢いよく落下し、尻をぶった。
「痛えな糞」
赤くなった首をさすり、愚痴をこぼした。なんだったんだあいつは。
その後、20分ほど教師が話し続けた後、やっと話尽きたのか始業式が終了した。終了とともに一斉に大講義室が騒ぎで満たされていく。皆、早く友達と雑談がしたかったようだ。
おそらく雑談内容の半数が教師の長話に対する愚痴で、残りの半数が俺と一条の一軒だろう。こそこそと話しながらこちらを伺ってくる。最悪のスタートを切ってしまったと今になって後悔していると、後列にいた男が俺に話しかけてきた。
「なあ、君。名前なんて言うんだ?」
眼鏡をかけたひょうきんそうな男だ。髪の毛はくすんだクリーム色をしていて、声は透き通っていて聞きやすく、体型は細身で痩せている。さわやかそうな印象がする。
「クロガミっていうんだ。お前は?」
「俺はデータ、データ=タランジスタ。まあデータって呼んでくれればいいよ。それより君、中々面白いね」
「面白いって。こっちはいい迷惑だ。あいつ数字も読めねえのかよ、あの一条とか言う奴」
「!!……いやいや一条家のことを あの 呼ばわりするのは肝が据わってるねえ」
「なんでだ? そういやあの教師も一条にやたらと甘かったな。なあ、一条って何者なんだよ」
データはさらに驚いた表情を見せる。クリーム色の髪の毛が驚きで少し逆立つ。
「何者って、一条家と言ったらこの世界で一、二を争う名家だよ。誰でも知ってるし、その名を聞けば誰でもひれ伏す。君、知らなかったのかい?」
「あ、ああ全く」
「なかでも今世代の一条家の次男があいつ、一条響一だ。才覚、家柄、能力、容姿すべてに恵まれていて、唯一足りてないのは……性格くらいかな? 噂によれば長男を暗殺して、一条家の当主になろうとしているだとか……そうゆう悪い噂が絶えない奴だよ」
「……俺、もしかしてやばい?」
「ああ、やばいなんてもんじゃない。今後命があることを当たり前に思わないことだね…………」
嘘だ。この世の一、二を争う名家に喧嘩を売ってしまったとは、有難うリリー、兄ちゃんは今後お前とは暮らせないかもしれない。
「なんて冗談冗談。殺されることはないから安心しな。多分彼、明日には君のことすら忘れてるよ。そーゆー奴なんだ。俺らにはもちろんこの学園にも一切興味がないんだ。
彼が学園にきているのも久しぶりに見たよ。まあ、大丈夫さ。なんなら今後彼に会うことなく卒業を迎えることも十分にあり得るくらいだ。次元が違うんだよ、僕らと彼じゃあ」
データは両手を顔の横に広げ呆れたような表情をする。
「それより僕は君に興味があるんだ!」
「あー? なんだよ」
「その黒い髪、地毛なのかい? それとも染めたのかい?!」
先ほどと打って変わって、データの目は好奇心であふれて輝いている。
「地毛だよ……だからクロガミって名前なんだ。まあ、実名じゃないけどな。この名前で入学出来たんだから、この学園もてきとうなもんだよな」
「へ、へええええ?! じ、地毛なのか?? い、いいなあいいなあ。もしかして能力は……炎……に関することだったりするのかい??」
「あ? なんで分かったんだ。そうだ、炎が出てくる……たまに……だけど」
「ふぉ?! ふぉおおおおおおそりゃ凄いなあ凄いなあ、この右手か?! この右手なのか?!」
データは俺の右手をつかみ、まるで宝玉か愛する我が子かのように頬ずりをしてきた。
「げええ、キモい。ンだよお前」
「だ、だって黒い髪で、炎って言ったら……調停者様を想像するに決まっているじゃないか?!!!!! 」
データはもう興奮しきっていて、先ほどのさわやかさは消え失せていた。
「誰だよ、調停者って」
「一瀬響也 だよっ 一 瀬 響 也。英雄だよ? ……まさか響也 を知らないのかい?」
「ああ」
データは額に手をおき真上を見上げる。顔は見えないがおそらく失望しきっているのだろう。
「一瀬響也 は実在した人間だ。彼の持つ能力は全ての能力の始祖なんだ、いわば頂点。彼が持っていた能力も炎に関するものだったんだよ、それに一瀬響也も……黒い髪だった」
「そいつが何したんだよ?」
「この世界を救ったんだッ! 街を発展させ、能力を普及させ、富と平和をもたらしたんだ。彼のおかげで困憊していた土地や人々に活気が生まれ、彼の出現により、文明は飛躍的に発展したんだ!!」
「あ、ああなるほど……な」
「それだけじゃないっ長らく続いていた戦争をもその強大な力を用いることで止めたんだ。彼の恩賜は計り知れないよ。まさに文字通り、世界を 調停 する者なんだ。だから彼の炎は敬意をこめて、こう呼ばれている。この世の悪をすべて燃えつくさんとする――――」
「――業火――とね」
データは得意げになってゴウカと叫んだ。顔が近い、むさくるしい。と思うと急にデータは我に返り、右手で自分の頭をぶった。
「おお?! どうしたどうした」
「ご、ごめんごめん。少し熱くなりすぎちゃったね。悪い。僕、一瀬のファンだから、関わる話になると、つい興奮しちゃって……そうゆうときにはこうやって自分を痛めて反省させるんだ。」
「…………残念だが、俺の能力はそんなたいそうなもんじゃねーぞ」
「いや、そうだね……ただ、あまりに偶然が重なっていたから……つい」
データは少しテンションが落ちている。少し変わったところもあるが、まあ、一条家とモメた俺に話しかけてくれる様な奴だ。少なくとも悪い奴じゃないんだろう。
「まあ、何より、よろしくなデータ」
「あ、ああよろしく、クロガミ」
少し変わった爽やか眼鏡ボーイのデータと仲良くなった。まあ、知識は……どんなものでもあるに越したことはない。貧民街出身の俺は、病気以外なら何でももらうタチだからな。
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