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回帰列伝  作者: 鹿十
第二章 RPG編
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10 吐き気

「ゼェ、ゼェ、やっと……だ」


 監視が俺たちが差し出した銀貨30枚が入った袋を受けとり「入れ」と道を開けた。


「オッフ、俺吐きそう……ゥッ」


 低い声で喉元に迫りくる嘔吐物を何とか押し込んで我慢しているホワイト。


「オイ、お前、王の領土で吐くなよな」


 俺は丸まって歩く彼の背中をさすりながら三人でとぼとぼと歩いていく。


「先が思いやられるね」

 

 と、ため息交じりの声を吐き出しながら戦争を終えて故郷へと帰還する兵士のようにふらつく。








 何故俺たちがこんなにも疲れ切っているのかを説明するには、モービス王子討伐のために出発した三日前の朝にまで巻き戻らなければならない。


 あれほど活力のあったあの日、俺らは早速モービス王子との接触または暗殺(殺すつもりはなかったけど)を試みるために、王領への侵入を試みた。

 ホワイトは王の城の周りを覆い囲む壁をよじ登ると断言していたけれど、俺たちは聞かないふりをした。

 当たり前のことだが、城の周りには大量の兵士が見回りを行っているのでもちろん侵入するのは不可能である。

 よって、俺らは情報収集から始めることにした。情報収集と言っても、街を出歩けば、至る所で、継承戦の話が飛び交っているので、俺らはただ街を歩き回るだけで、王子たちの情報を手に入れることが出来た。


 それらによって得た情報から推測すると、やはりモービス王子はかなりの嫌われ者らしい。

妻がいる身でしょっちゅう夜の街に出歩き、他の女性と毎晩体を重ねている。それに、横暴な態度、庶民を見下すような発言。時々彼が見せる、いやらしい目つきが、女性を中心に大不評。

 庶民の中には、彼の暗殺計画を企てて、投獄された者たちもいるとか。散々な嫌われようだ。

 

 そして勿論彼もスキルを持つ者、すなわち能力者であるらしい。スキルの詳しい詳細は定かではないが。

 また、彼は時々、王族が管理している巨大な庭園で散歩や運動を行っているらしいのだ。そこは、金を払えば一般人でも入ることが出来る。そのための入場料が先ほどの銀貨30枚だ。

 モールス王子は、その庭園でも、庶民が連れている犬を邪魔だという理由で蹴飛ばしたり、自分好みの女性が見つかれば、声を掛けたり、やりたい放題だ。


 俺らは王領に侵入するより、その庭園で待っていた方が良いと決断し、かくして銀貨30枚を稼ぐクエストに出発した。


 この世界にはクエストと呼ばれる依頼が存在し、そのクエストは街の掲示板に貼られる。

大体依頼される内容は街や近辺に出た魔獣の討伐であり、たまに普通の依頼もくるとか。


 クエスト難易度は上中下で分類されていて、上のクエストはスキルのレベルが2以上の者でなければ委託されることはなく、中はスキル持ちでなければいけなく、下ならばスキルを持たない者でも受託可能だ。


 俺らは難易度中のクエストを受託した。内容は「精肉場に集まった魔獣を討伐してください」というものだった。

 肉の匂いに集まった魔獣を殺すクエストだ。魔獣は猪のような、豚のような動物の額に大きな角が生えた動物だった。

 彼らはそれほど凶暴ではなく、しかも肉の匂いに集まって罠にかかり、動けなくなっているらしい。

 そのような魔獣を15体討伐するだけの簡単なお仕事。それで銀貨100枚という何とも美味しいクエストだ。

 俺らは(というか主にホワイトが)何も考えずにクエストを受託。一瞬、何か裏があるのかと疑ったが、能天気に依頼を受け、約束の精肉場に連れていかれる。


 精肉場の周りには網でつるされたり、穴にはまったり、縄で動けなくなったりしている魔獣が15体いた。

 本当にただの豚と遜色なかった。ちょっと鋭そうな角がついていて危険っちゃ危険だったが、もう罠にかかって拘束されていたので、彼らをブスリとホワイトの持っている槍や、俺の聖剣で刺すだけ。


 刺す瞬間はちょっと可哀想だとも思ったが、作業的にブスリブスリと魔獣の体に刃を突き刺していく。

 何だ余裕じゃんとか、楽勝だな。とか言ってホワイトと笑いながら殺していたが、3匹目あたりで、異変が起こり始める。


「なんか……クロガミ、お前、屁こいた?」


「してねえよ、俺が丁度お前に対して思ってたことだ」


「俺もしてねえって……ってことは」


 俺らは少し後方にいるステラを見つめる。


「私じゃないよ!」と全力で否定するステラ。


「でも……臭い。いや……かなり……ゥッ、やっぱ気のせいじゃねえよこれ」


 俺は鼻を手でつまみながら、魔獣に刺さった聖剣を抜く。すると抜かれた部位から、血と共に大量の緑色のガスが噴出された。

 そのガスが鼻に入る。

 すると、猛烈な吐き気が生じた。臭い、臭すぎる。腐った臓物と、煮詰めた糞、そして生ごみが凝縮した匂い。激臭だ、鼻があまりの臭さに痛む気すらする。


「おええええ……ンだよ、これ」


 俺は聖剣を持って一目散にその場から逃げ出す。ホワイトも続いて吐きそうになりながらガスとは逆方向に走り出す。

 

「ちょ、何してるの……ウッ……臭い」


 遅れてステラも顔を青ざめながらその場から逃げ出した。

すると森の中から、俺らの行く手を阻むかのように毛むくじゃらの大男が現れた。ここの精肉場の管理人だ。


「君たち……逃げちゃだめだからね?」


 彼の無慈悲な鎮圧によって、俺らは、あのガスと対峙することを余儀なくされた。

10匹を超えたあたりからは、鼻が麻痺して、匂いなど感じなくなっていた。鼻水と涙を垂れ流しながら、俺らはブスリブスリと急いで魔獣の尻に刃を刺しまくっていく。


 ステラはそんな俺らを、凄く哀れそうな顔で後方で見つめていた。あのステラの憐れんだ顔を見るのは久しぶりだ。

 そんなことを思いながら、俺らはクエストをクリアし、銀貨100枚と、鼻と体にこびりついた悪臭を得た。








「うッ……」


「お、おい吐くなよッ?!」


「無理……ぽ……」


 庭園の中には多くの庶民がいる。ここで吐いたら不味い。

あれから1日経過した。風呂に入り体をこれでもかというほど洗い流し、衣服は何度も繰り返し手洗いをした。が、匂いは完全には盗れず、俺らはニンニクを大量に食った後みたいに、異臭を放ちながら、そしてその異臭に本人たちがやられながら、庭園へと入場していた。


 ホワイトはもうずっと吐きそうだ。可哀そうに、こいつが一番ガスを食らっていたからな。お疲れ様だ、頑張ったな。だが、お前がクエストを勝手に受注しなければこんなことにはならなかったぞ。


 ホワイトは「コップ」という嘔吐物が喉まで迫りくる音を10分に一回放っている。そのたびに口元を両手で押さえて背中を丸めている。そしてそのたびに俺は彼の丸まった背中をさすっている。


 俺たちを見る周囲の目も異質だ。関わりたくないオーラを発している。恥ずかしい。


「モービス……許さん。許さんぞ」


「モービスは関係ないけど。その意気だ。この怒り、あいつにぶつけてやろうぜ」


「あ、ああコップ……おえ……ハア」


「もう喋るなよ」


 あの豚のような魔獣の名前はスカンピッグ。討伐難易度はC級。

ちなみに魔獣は討伐難易度でD、C、B、Aに分けられている。C級魔獣は特段強いわけではない。槍を持った成人男性がいれば、難なく倒せるレベルだ。つまりあの魔獣は、本当に豚に角がついたくらいの強さらしい。しかも高速済みだったので、実際のクエスト難易度は下にも満たないだろう。


 なのに、あの報酬量。おかしいと思っていたんだ。理由はスカンピッグの習性。

 スカンピッグは、死ぬ(内臓が露わになる)と胃が破裂し、胃の中のガスが外界に放出される。

 そのガスは人体には無害だが、とんでもない悪臭で、これを嗅いだ動物や魔獣は思わず逃げ出すほどらしい。

 だからスカンピッグは捕獲はされるものの、討伐はされない魔獣なのだ。腹を切り裂いたら最後、とんでもない匂いで体が包まれるから。しかもこの匂い1週間は取れないのだ。


 どおりで誰もこのクエストを受けないわけだ。スカンピッグのガスに襲われた者は、三日は飯が食えない。報告によると、それにより餓死した人もいたとか。スカンピッグに襲われて死んだ人より、ガスで飯が喉を通らなくなって餓死した人の数の方がはるかに多いとか。

 

 恐ろしいな。俺は余裕で飯を食えたけど。貧民街でゴミをあさってた俺から言わせてみれば、この程度の悪臭で飯が食えなくなるのは、鍛錬が足りないとしか言いようがない。

 まあ、ステラとホワイトは飯を前にして、虚無の表情を浮かべていたから、あれが実際のあるべき反応なのだろう。俺が異常なだけだ。


 ちなみにスカンピッグの肉の一部は食えるらしい。匂いの薄い部位は割と美味で少しだけ臭く。通には人気だとか。

 また、胃に残ったガスは胃袋ごと剝ぎ取られ、罠などに使えるとか。俺もその一部を貰ってきた。ステラとホワイトからはとんでもなく引かれたが、密閉された袋に入れれば匂いもそれほど気にならない……それはいいすぎた。少しだけ臭い。いや、かなり。


「ゥウ……クロガミ、本当に今日、モービスの野郎は来るんだろうな?」


「ああ、あいつは木曜日の日中には必ずここに顔を出すらしい」


「でも、会えたとしてどうするの? 彼、モービス王子も能力者でしょ?」


 そうなのだ。ステラの言っている通り、モービスの能力は未知数。

 実際この目で目撃したと言えど、詳細までは分かっていない。

 彼が実際に幹部だとしたら、かなりの能力者であることは確実だろう。


「とりあえず、今回は戦わない。どうにかして、彼の能力をこの目でもう一度見たい。それから作戦を練り直して、もう一度勝負だ。それか……暗殺でもするかァ?」


「暗殺……」


 物寂しげにステラが呟く。俺らは依然戦力を持たない。

 戦力は俺の『業火』と、ホワイトの風操作のみ。ステラの『適者生存』は戦闘には全く使えない。

 力が欲しい、前から思っていたことだ。でも俺はまだ、十分な力を得ていないでいる。


 『適者生存』と異能合宿から、俺は自身のパワーアップの必要性をこの身で嫌というほど味わってきた。けれど、どうすれば力を手に入れられるかが分からなかった。

 それもそのはず、俺らはいつも能力に対して無知だ。

 いつも知らない、分からない。だからやられる。だから負ける。

 知らなくてはならない。知らなくては、リリーを、皆を助けることなどできない。


「かァァァッ 糞暇だなァァァ! 死体でも落っこってこねェかな!! ハハハ」


 下品な笑い声が聞こえ、、入場口を振り返ると、高価そうなコートを着て、ポケットに手を突っ込んで、唾を飛ばしながら偉そうに入場してきたモールス王子の姿があった。


 左右にはボディーガードらしき傭兵がいる。

 庭園内の庶民たちも彼を嫌そうな目線で見る。


「あれが……モービス王子?」


「ああ」


 浅ましい笑い声が庭園内に響いていた。





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