8 お馬鹿
「うわァ盗賊だッ!」
まるで危険な者でも見るかのような驚き様と挙動不審具合を見せる御者。
彼とは対照的に俺とステラは前方の槍使いを道端に落ちている小石程度の危険度しかないと瞬時に判断した。
「御者さん、無視していいっすよ」
「え?」
「横、道はないけど空いてますよね。彼の横を通っていきましょう」
「でも、あの盗賊が……」
「ああ、大丈夫です。彼、大道芸が得意なんですよ。パフォーマンスの練習なのかなあれは」
俺は御者の肩に手を置いて冷淡に告げる。御者は俺の発言を聞いて馬を動かし始めた。
コロコロと車輪が回りながら、ゆっくりとホワイトの横を通って馬車が通過する。
ホワイトはただ茫然と静止している。
「ちょ、オイ! 俺ァ槍持ってんだぞ! マテッ! オイ! 怖くねえのか! 槍だぞ槍!」
その後、無視されたことに気がついたのか、槍の脅威を誇張しながら、キャビンの布をボコボコと手で叩いている。
ステラはもはやその様子に苦笑いをしている。
俺はため息をついた後、仕方なく彼を馬車に乗せることにした。
「げ、何もねーのかよここ」
「乗せてもらってる身で偉そうなこというな」
「はあ~ま、俺も丁度キーベルト国に用があったからグッドタイミングだよな。この槍をお見舞いするのは後にしてやる!」
ホワイトはちょっとした甲冑を着ながら、馬車内の椅子に横になって、後ろに回した手を枕にして寝ようとしている。
こいつもおそらく前の俺と同じように洗脳を受けているはずなのだが、そのような雰囲気が全く感じられないのは何故だろうか。いつものホワイトと全く変わらないように見える。
「ステラ、こいつの洗脳。俺の時みたいに解ける?」
「共鳴波をぶつければいいのよ。彼を操ってる共鳴波の残穢が見える?」
俺はそう言われて、眉間にしわを寄せて、ジーっと寝ているホワイトを凝視するが、全く残穢と呼ばれる光が見えない。
「あの共鳴波より、更に強い共鳴波を彼にぶつければいいだけ」
ステラは右腕をまくり、やる気を出している。俺はそれを見て立ち上がり、寝ているホワイトに近づき、彼の両腕を思いっきり抑えた。
「なッ! 何! 貴様らッ! だましたなッ! オイ! 離せッ」
「あー分かったから。ちょっと静かにしてろよな」
ホワイトはそれに反抗し、思いっきり暴れる。ステラはホワイトの顔に右の手のひらをくっつけた。すると、彼女の手のひらから、光の束が出現する。
精霊のような蛍のような、何度見ても神秘的な光だ。光がゆらゆらすると空間もその揺らめきに共鳴して、水を落とした水面のような波紋が広がる。
バシュッという空気が噴き出す音と共にホワイトは子犬が踏みつぶされたみたいな鳴き声を発しながら、気を失った。目は白目をむいて、口元からは涎が滴っている。
俺もこんな仕打ちを受けていたのかと驚愕した。ステラは真顔であったが、地味に口角が上がっており、少し得意げな顔をしていた。
「なあ、なんでステラは共鳴波を上手く操れるんだ?」
「これは生まれつき……というか、私の能力が共鳴波と関わる能力だから、物心ついたら共鳴波の波長を観測できるようになっていたよ。才能……ってやつね」
ステラは小綺麗なドヤ顔を見せた。勝ち誇ったかのような顔だ。と思うと椅子に座り、カバンから本を取り出し、また自分の世界に没頭し直した。
「あれ……ここ……どこだ?」
甲冑がついて思い体をどうにかこうにか起こして、寝ぼけた顔のホワイトが俺たちに奇妙な視線を送っている。
「へえ!! すっげぇおもれーじゃんそれ!! 俺ずっとこーゆー世界に憧れてたんだよなァ!! いや、マジで。俺が槍使いか……フッ」
ホワイトはテンション全開で今置かれている現状を楽しんでいる。馬車の壁に立てられた自分の槍を手に取り、刃を撫でてキザな吐息を漏らす。
ホワイトに世界観を説明するためにざっと30分ほどかかった。まあ、彼は能力の条件や規則などにあまり触れてこなかったから、理解しずらいのも当然かもしれないが、それでも疲れた。
まあ確かに、勇者だとか聖剣だとか魔王だとか、一昔前の俺だったら興奮が抑えきれないような世界にいることは確かである。だけど俺はもう17歳。このような世界に興奮が湧きたつ年代ではないのだ……多分。
自分の能力が『業火』というネーミングであることすら少し恥ずかしいのに、勇者でしかも聖剣? 胸が躍りすぎてムカムカしてくる。胃もたれをもたらすしつこさがある。
「で、今から都市キースに行って、その王族どもぶっ殺しに行くんだろ?」
「殺しはしないぞ。けどキーアイテムを持っていたらボコす」
「しかもリリーちゃんが王女か……フッ」
何がフッだ。お前は槍使いだ。俺が勇者だぞ。身の程を弁えろ全く。
「攫われた王女……禁断の恋なんてね」
「見えてきましたよ、キーベルト国の都市キースが」
という御者の声掛けを聞いて馬車の後方から外に出て、身を乗り出すと都市キースの姿が見えた。
赤色暖簾が積み重なってできた壁が都市キースを包んでおり敵の侵入を防いでいる。
都市それ自体が山の上にあり、中央に向かうにつれ、高度が高くなっていく。入口の門は低い位置にあるものの、山のてっぺんに見える宮殿――おそらくあれがキーベルト国の王領なのだろう――と比べると高低差は500メートルほどだろうか。
街並みの様子はトリント王国とそう変わらないが、青色のタイルやステンドグラスなどで装飾された煌びやかな建物が多い。そして何より規模感が違いすぎる。
川が街のいたるところに流れており、小船が浮いている。
「綺麗だなァ」
「ああ本当ね」
先ほどまで熱心に本を読んでいたステラも若干目を輝かせているかのように見える。
馬車につかまりながら、 なるべく身を出し街を拝見する。ステラはちょこっと顔を出して憧憬の目線を送る。
旅が始まったのだと俺はここで改めて感じた。
街の中には至る所に店があり、客引きの声や、訪れている客の騒ぎ声で賑やかだった。
トリント王国とは比べ物にならないほどだ。年中お祭り騒ぎか? この都市は。
「お嬢ちゃん、寄ってかねえか?」
「あ、いや、その……」
「いや、金無ぇンすよ、スンマセン」
元気なおっちゃんに話しかけてられて慌てているステラから、おっちゃんを引き剝がして、何処かに行ったホワイトを見つけるために街を散策している。
つい2分前に消えたから、ここら辺にいるはずなのだが。不味い見失った。この都市で迷子になられちゃ、もう一生彼とは会えない可能性もある。
周りには人があふれていて、彼の姿は全く見えない。永遠の別れを覚悟していたが、群衆の中、高くつきだされた槍を見つけた。その槍の元へと歩いていくとホワイトの姿が見つかった。
「ハア……良かった」
「オウ、どうしたお前ら」
「どうしたじゃねぇよ、どっかに行くなよな」
「ホワイト君が見つかったし、宿を探しましょうか。今夜止まる宿を」
そう言ってステラは都市キースの構造と思われる地図を広げた。そんな物いつの間にか持っていたのか。すると、ステラが地図に夢中になっている間、ホワイトが俺の肩に手をまわして、ウインクをして、何かの合図を送ってきた。
俺は鬱陶しいと思いつつも、前方を見ると、路地裏の奥に何やら怪しげな店があった。
どんな店だろうと興味をひかれ、視線を送ると、店の小さい扉の前に、数人の大人の女性が立っている。
彼女たちの服装はかなり過激だった。胸元ががっつり開いていて、もはや下着にしか見えないような短いパンツをはき、腰には布を巻いているが全然隠せてない。
彼女たちは20代半ばくらいだろうか、葉巻タバコを吸いながら俺らに気づいて、手を振ってきた。
「ナア、クロガミ君。アレ……ぜってーそうゆうトコだぜ」
少し顔が熱くなるを感じる。
「金が無ぇんだよ、そんな余裕はないね」
「嘘つけ、ナア、クロガミ君ン、君、顔赤くなってるぜ。君ってば、言動や行動と裏腹に案外、初心何だからなァ。今夜どうだ?」
ホワイトに指摘され、急いで顔を隠す。経験がないのだから仕方ないだろう?
「行かねえよッ、というか行けないって」
「イケねえ? 大丈夫だすぐイケるって」
糞、こいつ。全部ソッチ方面に話を持ってきたがる。興味はあるけど、余裕がない。それにリリーがどうなってるか分からないこの状態で、俺はそんなことは出来ない!
「ねえ、聞いてる二人とも?」
ステラがくっついてる俺らを見て不審がった表情を見せながら訪ねてきた。
俺は急いでホワイトの腕を肩からどけて、平常心を装った。
「顔赤いけど、熱?」
「ええ、いや全然。快調よ、元気元気ィ~~」
「……そう、ならいいけど、じゃここから2キロ先の宿にしましょう。ちょっと古いけど値段は安いわ」
とステラは言うと、地図をしまい歩き出した。俺は一瞬路地裏の方に目を向ける。
女性たちは俺の視線に気づき、にっこりと笑っている。
やばい、急いでいこうと思って微笑みを無視してステラの方へと駆け足で向かう。
ホワイトは彼女たちに薄気味悪い二ヤついた表情を浮かべた後、俺の後に続いた。
「もォ~~クロガミちゃんは本当に、イケずな方ねぇ~~」
こいつ、イケずといけずを掛けている。ホワイトのしてはセンスがいい。
「うるさい」
「金とか色々溜まったら行こうな、な? 約束だぞ?」
「気が向いたらな」
この槍使い、いったいどこの槍を使うつもりか。
「フカフカだなァこのベッド。でも、虫がいっぱいくっついてそうだ。しかも何か変な匂いがする」
ホワイトは掛布団に顔をうずくめている。ここは宿の中、俺とホワイトは同じ部屋で、ステラだけ別の部屋を取った。ステラは三人同じ部屋でいいと言っていたが、さすがにこの狭さで、女一、男二人で寝るのは可哀想だ。二人でもギリギリなのに。
「ハア、お前と一緒のベッドかよ。キショいな」
「じゃクロガミは床で寝ろよな」
「嘘嘘ォ~冗談だって。一緒に寝ような? な?」
とお茶らけながらホワイトが眠る横に入っていく。こいつの顔がこんなにも至近距離にあるのが鼻につくが仕方ない。床で寝るよりましだ。
学園では二段ベッドでこいつが下、俺が上で寝ていたからそこまで違和感はないけど。
「お前、いびきとか掻くなよ。うるさいからないつも」
「ナア、クロガミ。夕方の一件についてだけどさ」
妙に改まって俺に話しかけるホワイト。
俺とは逆方向を向いていて、後頭部しか見えないけれど、表情はおそらくゲス顔を浮かべていることが容易に想像できた。
「行かねえって、それに金がないだろう? だからこうやって一緒のベッドで寝る羽目になってんじゃねえかよ」
「これを見ろ」
そう言ってホワイトは握り締めた右手を布団の中からゴソゴソと出した。何かと思って右手を見つめていると、彼は右手を開きその中に握り締められていた銀貨6枚を見せつけてきた。
この世界では金貨、銀貨、銅貨の三種類の貨幣で経済が回っている。
銅貨100枚で銀貨一枚に相当し、銀貨100枚で金貨一枚に相当する。
大体銅貨10枚でリンゴが一つ買えるから、銀貨6枚はかなりの高額だ。
「な、お前それどうした?」
「フン……俺の能力、いやこの世界ではスキルというのが正しいかな? を用いてここの宿主からパクってきた」
風を起こして、カウンターから金を奪うホワイトの姿が想像できた。
「テメぇ……中々やるじゃねえかよ」
「フン……もっと褒めろ」
「じゃ、それを食費や宿代に使おう。ナイスだ」
「は? お前マジで言ってんの?」
「うん」
「オイ、この金は、あのお姉さんに貢ぐためにあるんだってば。なあクロガミ。お前も……そろそろ我慢の限界だろ?」
ホワイトの吐息が段々と激しくなっていく。
「うげぇ気持ち悪い。興奮すんなよ」
「ハア……ハア……抑えきれねえよ俺は。この世界に着て何日たつか分からねえが、もう駄目だ」
「言って来いよ一人で」
「一人は恥ずかしいだろ? 頼むよクロガミ君~」
ホワイトのしつこい請願を受けて、俺の心も少し揺らぎ始める。
夕方のあのお姉さんたちの様子が脳裏に焼き付いている。
同時にリリーの顔も浮かび上がってきて、頭を横に振る、ああ駄目だ駄目だ。
「駄目だ、リリーが悲しむ」
「ちぇッ。つまんねーの、いいよお前がその気なら、俺ここでマスかいてやっから」
「へいへい、勝手にしろ……ってそれは止めろやッ」
「無理だね。俺はここでつもりにつもった欲情を発散してやるからな。今、この瞬間、お前の隣で」
正気かこいつ。うわ、止めろ。マジで脱ぎ始めたじゃん。キツイキツイ。
「ああ分かったよ、止めろ止めろッ。糞、行けばいいんだろ行けば!! ホラ早くしろっ」
と言って投げやりになってベッドから出る俺。すると不貞腐れていたホワイトの顔が明るくなって満面の笑みへと変わった。その豹変ぶりを見てイラついたが、隣で自家発電を行われるより数倍マシだ。
「さっすがクロガミ。お前は一生のダチだぜェ~」
俺はマントをつけ、ブーツを履いて、外に出る準備をした。
これはしょうがない、しょうがない事なんだ……と言い聞かせる。
リリーの軽蔑の視線が俺を激しく貫く。
ごめんよリリー、兄ちゃんはアホだ。男は阿保だ。
「行くだけだからな俺は」
「ああ俺もイクだけだぜェ」
何だこいつ。こうゆう時だけ返しが上手くなりやがって。




