59 『適者生存』㉔ 危機
あんまりひどいことはしません。
「あ、蹴った」
「相変わらず容赦ない蹴りね」
「おら、やっちまえッ!! いいぞ俺ッ!! 殴れ、殴れッ」
奴隷売りの金的に蹴りを入れ、リリーの手を引く幼き俺の姿を上空で見つめるステラと俺。二人とも半透明体になり、擦れた体のまま、上空に浮遊して俺とリリーを見ている。神様にでもなった気分だ。
二人で俺のリリー窃盗事件を見て実況していた。ステラの方は少し引いているような気もする。
「じゃあ、次は。リリーちゃんを酒場に連れていく時点ね。そこまで時間を早めましょう」
「そんなことできるのか?」
「ええ、あなたが憑依していなければね」
ステラはそう言うと、手を叩いた。すると空間が歪み、酒場内に俺らはいた。酒場内の角では幼いリリーが小さくなって体育座りをしながら怖がっており、俺とおっさんは喧嘩していた。
「前回は、ここであなたを憑依させたんだけど、今回はスルーね」
「ああ」
俺は喧嘩するガキの俺と、酒場のおっさんの会話を聞いていた。彼らは物凄い剣幕でお互い一歩も引かず、口喧嘩をしていた。
「頭が固いなッ!! おっさんはッ!!」
「テメエッ……奴隷売りなんかに手出しやがってェッ!!」そう言っておっさんは俺の頬をはたいた。俺の右頬は赤くなり、俺は目が涙で潤っている。
「お、おっさんなんて嫌いだッ」
と叫びながらガキの俺は、酒場から出ていく。
「ちょ、オイッ! クロガミッ! 全く……お嬢ちゃん、怖がらねェでいい。乱暴はしねえよ」
「……」
リリーはおっさんの気遣いを無視して、怖がっている。
「ハア……どうすんだ。ガキが二人も……とてもじゃねえが、無理だ」
おっさんは頭を抱えて、厨房にとぼとぼと歩いていく。しばらくすると、入り口の扉を開いて、俺が入ってきた。涙を袖で拭き、リリーの元に近づく。リリーは戻ってきた俺に近づいて、顔を上げ、声を出した。
「な……んで、私を……助けたの?」
「テメエが、高い金で売れそうだったからだッ! 勘違いすんなよッ! お前を助けたかったからじゃないッ」
随分と強い言い方だ。頬をぶたれた恨みをリリーに向けている。
「あのガキッ! リリーに向かってなんてことをッ」
俺はそう言って、霊体のままガキの俺に近づこうとした。するとステラは俺の腕を引っ張り行かせないように止める。
「ちょ、ちょっと! 過去の自分に怒ってどうすんのよ!」
「あんな言い方しやがって。それもあんな小さくて可愛いリリーに……許せん」
「昔のあなたもああしてたのッ! もう全く……早く次に行きましょう」
「フンッ」
ステラは再び手を叩いた。すると空間がまたもや歪み、新たな時点に飛ぶ。
「この時点はあれから2週間後の世界ね。あら、リリーちゃんはまだ部屋の角で丸くなってる」
「そりゃそうさ。本来の俺はリリーと仲良くなるのにかなり時間がかかったからな。前回、あんなにリリーが心を開いていたのは、今の俺が憑依していたからだ」
「ああ、なるほど。それに酒場、繁盛してないわね」
「まあな、リリーも働いてないみたいだしな」
前回(ルートB)で、あんなに生活に余裕があったのは、酒場がそれなりに繁盛していたからだ。そして繁盛した理由は、リリーを看板娘として働かせたのが一つ、もう一つは俺が、酒場のおっさんに経営を教え、店の改装をするように提案していたからである。
なので、本来の世界では、店も繁盛しておらず、生活的な余裕もなかったし、リリーも俺に懐いていなかった。
すると過去の俺が、リリーを睨みつけるような表情のまま彼女に近づいていく。リリーは俺を怯えるかのように、さらに体を縮める。
「なあ、お前。ずっと部屋の隅でうずくまっていないで、少しは何かしてくれないか? せっかく助けてやったんだから、何か俺らに返せよ」
リリーは過去の俺の問いかけに答えない。過去の俺はさらにイライラして、リリーに向かって怒鳴りつける。
「ムカつくんだよッお前みたいなビビりはッ! 何もしないで何も言わないでッ! 出てけよ、一銭も稼げねえなら出てけよッ! 早くッ」
俺は怒鳴りながら、床を勢いよく踏みつける。その振動が酒場全体に広がる。
「ハア……そうかよ。ここまで言ってもそうか。じゃ、お前なんか必要ない。助けるんじゃなかった、お前みたいなやつ」
俺とステラはその様子を空中から見て唖然していた。
「酷い言い方ね、クロガミ」
「あッあいつッ。あのガキッ! リリーになんてことしやがるッッ」
「だから、あれはあなただって。もー、いい加減過去の自分に怒るのはやめてってば」
俺は過去の自分に対しての怒りで頭がいっぱいになっていた。ごめんよリリー、過去の俺はこんなにも、君に対して厳しかったのか。帰ったら謝らないとな。
「何も出来ねえなら、いてもしょうがないから。出てけよッ! お前なんか誰も求めないさ」
俺は捨て台詞を放ってから、厨房に消えていった。リリーはしきりに震え、涙を流している。
そんな彼女の姿を見ると心が痛んだ。
酒場内に沈黙が続く。リリーの泣き声だけが響いている。
「さて、そろそろ次に行きましょう」
「ああ、ごめんなリリー」
また手の叩く音と共に、時が飛んだ。つらい過去だ、もう見たくない。だけど目をそらしてはいけない。
「ここが……8月6日の世界ね」
外は真夏で日差しが強く、俺は熱さでやられて、カウンタ―の椅子に座って干からびたように伸びていた。部屋の角にはリリーの姿が見えない。
「あれ、リリーはどこ行った?」と俺は呟く。
「いないわね、リリーちゃん」
過去の俺も、しきりに部屋を見回して、リリーの不在を少し心配している。
「おかしい、こんなことがあったなんて覚えてないぞ」
「でも現にリリーちゃんの姿は見えないわよ」
おかしい。リリーはずっと部屋の隅で丸まってるだけで、何処かに行ったりなどしなかった。俺に懐くまでは、一人でどこかに行くなんて出来やしなかった。あれ……? 今思い返すと、どうして、どのタイミングで、リリーと俺はこんなにも仲が良くなったんだっけ?
そういえば、いつかは忘れたが、何処かのタイミングで急にリリーが俺に懐き始めたんだったな。急に俺に抱き着いてきたり、俺から離れないようになった。そして俺のことを にいに と呼ぶようになったのだ。いつだっけ?
何やら危機を感じる。何故だか冷や汗が止まらなくなり、俺は唾を飲み込む。
「ステラ、現在のリリーの元に俺たちを飛ばすことは出来るか?」
「できないことはないけど……」
「じゃあ、頼む。やってくれ」
「? 分かったわ。あなたがそう言うなら」
手を叩くと瞬時に場面が切り替わる。すると椅子に座るリリーの姿がいた。木でできた小汚い物置のような部屋の中で、リリーが下を向きながら椅子に座っており、テーブルを挟んで対面には、眼鏡をかけた白い髭を生やしている大きな鼻のおっさんがいた。おっさんは眼鏡を動かしながら紙を見つめている。部屋の天井にはランプがつるされており、穏やかな明かりで照らされている。
おっさんの後方には腕を組んだ中年の男がいた。これと言って特徴もない男だ。
おっさんは、紙から目の前のリリーに目を移すと、小さくため息をついた。
「お嬢ちゃん、君本当に16歳? おじさんには10歳そこらにしか見えないけどな」
リリーは小さく頷く。
「ハア……お嬢ちゃん、この店がどうゆう店かもわかってないでしょ。全く……」
「でも、ここで仕事……する」
「と言われてもねえ。軍の目が回っていない貧民街といえども、さすがに10歳の子にはねェ……お嬢ちゃん、お金が今すぐ必要なの?」
リリーは少し黙った後、呟くように声を出す。
「はい」
「ハア……今すぐ……か。ちょっと待っててな」
そう言っておっさんは部屋を後にする。数分経った後、おっさんが数枚の紙の束を持って帰ってきた。
「う~~む……!! オイ、マイク、この客は明後日予約した野郎か?」
おっさんの後ろに腕組をして立っていたマイクという男が口を開く。
「ああ、そうです。明後日来店の客です」
「こいつの相手、明後日は休みだぞ」
「エッ?! 本当だ。すいません急遽他の者を当てます」
「いいや、この時間帯は他の女も予約が入ってるな」
「!! どうしましょう、キャンセルさせますか。そうするしかないですよね」
「いや……」
おっさんは不気味な笑みを浮かべた後、話を続ける。
「この子に担当させよう」
「!! 正気ですかッ。この子はまだ10歳ですよ?」
「いいんだ、いいんだ。この子もやりたがってるし。なあお嬢ちゃん、金が必要なんだろう?」
「うん」
「ほらな、折角だし。ここで一回やらせてみよう」
「オーナー。失礼ですがあなた、本当に腐っていますね」
オーナーと呼ばれた眼鏡のおっさんはその発言を聞き、不気味に笑った後、こう答えた。
「腐ってなきゃ、こんな仕事やってられんよ、何を言わすのかね、マイク君」
オーナーは一人笑いをした後、優しい顔でリリーに話しかける。
「お嬢ちゃん、明後日の夜20:00、再びこの宿へ来てくれ。そうしたら仕事をあてがえるからな」
「……何か準備が必要?」
「いや……まあ、そうだな。体を洗って清潔にして、綺麗な服を着てきてくれ。じゃ、これで。頼んだよ、お嬢ちゃん」
「うん」
彼らの一連の会話を聞いて俺は、冷や汗が止まらなかった。ステラも顔を両手で押さえて、驚愕のような恐れのような表情を浮かべている。
まさか、と思って。部屋の外に出てみると、そこは予想通り売春宿だった。貧民街の端にひっそりとそびえ立っている。幼い頃の俺には分からなかったが、貧民街には売春宿が異様に多い。
この店もその中の一つだ。
嫌な予感がする。明後日と言えば……8月8日だ。……リリーの死と、無関係と見るには少市無理がある。
「ステラッ。8月8日に飛ばせッ早くッ。8月8日の19:00前に、早く飛ばせッ」
「え、ええ」
そう言ってステラは手を叩く。俺は唾を飲み込みながら、リリーの死に顔を思い出していた。
冷や汗が止まらなかった。
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