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回帰列伝  作者: 鹿十
第一章 異能学園編
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4 襲撃と老人

 荷物をまとめ、バロッドがよんだ馬車に乗る。荷物といっても大した量ではなく、少しの着替えと携帯食料に石鹸程度しか持っていく物がない。

 それに対してリリーは薄汚れたバックがパンパンに膨れ上がるほど物を詰めていた。着替えから装飾品、石鹸、化粧品に至るまで様々な物が詰まっている。


「クロガミ様、やけに早い身支度でしたね。もう出発となります。この街へのお別れはすみましたか?」


「あー、んなもんいいんだ。早く出発しようぜ」


 今までの人生の大部分をこの貧民街で過ごしたが、かといってここに愛着があるわけではなかった。この地でリリーと出会い、キリーさんと出会い、酒場のおっさんと出会った。

 

 様々な苦難を過ごしたし、同時に様々なことをこの地から学んだ。しかし、いくら思い出補正がかかったとしても、お世辞にも良い場所だとは言えない。

 

 ここは言うなれば崖のような場所で、他の地域では満足に生きることが出来なかった者達のたまり場であり、ここに住む者たちの大半は、ここ以外に居場所がないから仕方なくこの場所で過ごしている。

 

 まさに崖っぷちであり、もう逃げる場所などないので妥協してこの腐れ切った地で暮らしているのだ。

 この貧民街をどんな体裁の良い言葉で着飾ったとしても、出てくる言葉は最悪の一言に尽きる。それはリリーも同じであろう。

 もうリリーの顔には、次なる場所への希望しか見受けられない。


「では、出発します。ああ御者さん、お願いしますわ」


 バロッドが声をかけると御者は鞭で馬を打ち、馬車が動き出した。


 遠ざかっていく貧民街を頬杖をつきながら眺める。やはり悲しみも、苦しみも、後悔の一滴も感じない。逆に安心感さえ感じる。

 これからは窃盗におびえる必要もない。リリーだって一人にしても問題ないだろう。明日食う物がない心配もしなくてよい。

 一つだけ気がかりがあるとすれば、もう酒場には行けないことくらいだ。しかし、その酒場すら燃えて消えてしまったのだから、もう何も残すことはあるまい。


「ふうーー良かったあ。いやあ、本当にドキドキしましたわ。本当、クロガミがついてきてくれなかったら能力を使うしかありませんでしたからね」


 大きく息を吐き、横になったのはバロッドだ。先ほどまで立派な軍人のような形相をしていたが、今の姿にはその様子は見られない。いつの間にか俺についていた敬語が取れている。


「能力を使う? どうゆう意味だ?」


 能力を酷使してまで連れていくという発言に違和感を感じた。


「正直言って、能力者になったら学園に入る以外に選択肢はないんですわ。野良の能力者なんて危険極まりないからね。排除か、学園への拘束、この二択しかありませんよ」


 なるほど。だから学園は、先公や生徒ではなく、軍の関係者を寄こしたのか。バロッドの役割は、学園への招待に、俺らの排除も兼ねていたということだ。


「能力ねえー。俺さあ、能力についてなんもしらねーんだけど、ダイジョブ? こんな奴が入学してさー」


「まあ、その点は問題ないですよ。領域や、発動条件などの知識さえあれば、それよりも言葉使いを学ぶべきです。」


「あ? んだそれ?」


「!!」


 バロッドは驚いた様子を見せる。まるで未確認生命体を発見したかのような表情だ。俺も始めてキリーさんに会って能力を見せてもらったとき、こんな顔をしていたっけ。


「いやはや、いやはや。えーっとですね。まず能力は領域で分類されているんですよ。第一領域から、第二領域、第三領域まであって、数字が増えるほど能力が強力で複雑になっていきます」


 領域とは能力の分類のことか。初めて聞いた。なにせ無能力者は能力について全くかかわりのない生活を送るし、貧民街なら、なおさら情報は入ってこない。


「それぞれの領域に特性があるんです、例えば第一領域は簡単な現象操作、単純な身体強化などがこれに当たります。例えば凄い視力が良いといった能力なら、第一領域ですね。クロガミは聞いたところによると発火現象を起こしているようなので第一領域ですかね。まあ、詳しいことは学園の人々が教えてくれますよ」


 詳しいことは分からないが、領域とは能力の強さの分類なのだろう。


「へえ、てかさ、あんたはどうゆう能力なンだ?」


「能力は基本他人には明かさないものさ。特に僕は第二領域だからね。基本領域が上がっていくほど能力は複雑になっていくんだ。手の内なんて明かしたらたまったもんじゃないね」


「ちェっつまんねーの。ちょっとくらいいいだろ? 俺たちの仲なんだからさ」


「君とはまだ会って一日もたってないぞ。駄目駄目」


 バロッドは下を出しながら子供のように挑発してきた。あっかんべえと言われる行為だ。正直30そこらのおっさんにやられるのはきつい。


「まあ、少しくらいなら、バラしても問題ないかな――」


 瞬間、前方で爆発音が響く。空間を切り裂き、衝撃波がやってくる。リリーをかかえ抱きしめる。馬車の前輪が壊れたのか、地面が斜めに傾き、路上へと突き飛ばされた。


「い、いってえ。おい、どうした?」


 あたりを見回し確認する。すると前方に小汚い茶色の服を着た小人がいる。フードを深くかぶっており、性別の区別も老人か子供かの区別もつかない。

 体格にあっていない異様に大きいサイズの服を着ており、服の大部分が地面の上に垂れ下がっていて、その服を地面に擦って移動している。


「あいつか? あいつも能力者なのかよ! バロッド?!」


 明らかに能力を持っているようには見えない容貌をしている。小汚いホームレス、貧困街で腐るほど見てきた奴らと酷似している。


「おそらく……、だが先ほどの小規模な衝撃。第一領域の能力だ。恐れることはないよ。僕が能力を使ってあいつを拘束する。クロガミはあいつを拘束した後、攻撃を加えてくれ。見たところ耐久に優れてなさそうだし、発火させれば一発だ。できるか? 」


「おい、待て、俺は火をまだ自由に扱えな――」


 バロッドは返答を待たず相手に突っ込んでいく。目にも止まらないスピードだ。敵も2発衝撃弾のようなものを飛ばしたが、身体をうねらせて上手くかわす。

 巨体に見合わない俊敏さで、敵のもとへ近づくと右手の平を相手に押し付けた。


「今だっクロガミ」


 すると相手は硬直して動かなくなった。同様にバロッドも一歩も動かない。


「急すぎなんだよっあー糞、どうなっても知らねェ」


 思いっきり走り出し、右拳を相手に突きつける。拳は空を切り、相手の左肩であろう部位にぶつかる。ゴツンと鈍い音が響くが、発火は起こらない。


「あ、ははは。やっぱ炎でないわ……」


 何度も何度も相手に殴りかかるが、何度やっても火は生じる気配すらない。


「お、おいおい。クロガミまずいぞ。拘束時間は40秒が限度なんだ、そろそろ効果が切れ……る」


 バロッドがこう言い終わると、彼の手から電撃のような衝撃が生じ、バロッドの相手に触れている手がその衝撃ではずされた。

 すると、拘束されていた者は口を大きく開けた。


「にいにっ逃げて!」


 リリーの発言から1秒後、空いた大きな口に光が集まっていき、一つの大きな塊になった。そしてさらに一秒後、この塊が、馬車を壊したそれと同じだと理解し、身体を避けた。


 開いた口の直線上に光線が走る。その光線は何やら焼けた音を発して俺の頭上を通過し、馬車の馬を貫通し、さらに後方へと延びていく。

 その光線は遂に数キロ先にある山々に衝突し、膨大な爆撃音をまき散らしながら山々を崩壊へと導いていった。山は爆発しながら崩れていく。


「……な、なんつう威力だ」


 バロッドがつぶやく。軍人でも驚くほどの威力。彼の眼は信じられない物を映しているかのような輝きをしている。


「っき、痛え。なんだ? 右耳が……」


 強烈な痛みから右耳に手をやる、すると本来右耳がある位置に、それが存在していなかった。耳の約5割ほどが先ほどの光線により焼かれ削り取られてしまったようだ。


「ね、ねえぞ。俺の右耳が、ねえッ!! てめえ、やりやがったな」


 痛みで頭に血が上る。相手はまた口を開き、先ほどの光線を使うための準備をしているが、痛みで何も考えられず、頭で考えるよりも体が先に出たので、俺の右拳は相手が光線を出すよりも早く顎に到達した。

 

 下からアッパーのような形で殴ったので、襲撃者は真上へと飛んでいく。そのまま地面へと倒れると、数秒後に、俺が殴った箇所を手で押さえこむ素振りを見せた。

 

 殴った衝撃に痛み苦しんでいるかのように思われたが、どうやら違うらしい。男が手を当てている顎からは炎が生じている。


 俺の能力だ。怒りに身を任せた拳はどうやら能力を発動することに成功したらしい。男はもがき苦しんでいる。


「ガアアアア、火だっ火だっ。恐ろしい、恐ろしいのお。消えんっ消えんのだっ」


 苦しみ、しゃべり出す。どうやらこの者は男であるらしい。しかもかなり歳老いていそうだ。そしてどうやら炎の痛みにもがき苦しんでいるのではなく、炎を異常に恐れて、苦しんでいるようだ。


「キヒヒ、しかし、小生の眼は、真実を映し出していたぞ」


 男はいきなり笑い出すかと思うと、被っている服をひるがえす。ひるがえされた服は宙に舞い、地面に落ちると、男の、いや老人の姿はそこには無かった。


「逃げの算段はついていたのか……それよりもクロガミ、大丈夫か?」


「んだよ、逃げやがって。ああバロッド、大丈夫だよ。糞痛いけど……」


「焼け切れて血は出ていないようですね。治療道具が馬車にあるから。とりあえず簡単な治療を施そう」

 

「ああ平気だ……リリーは無事か?」


 あたりを見回すと、木陰の中から今にも泣きそうなリリーが顔を出した。


「にいに平気? 死んでない?」

  

 リリーは泣きそうな顔をしながら近づく、近づいてきたリリーの頭に手をやり慰める。


「ああ、御者さんも無事ですわ」


 横に倒れた馬車の中からバロッドの声する。


「し、しかし馬が一頭やられちまってね。こりゃ大損だよ」


 御者も無事だが、馬を亡くしたことで凹んでいるようだ。リリーに連れられ、倒れた馬車へと向かっていく、まだ耳はジンジンと痛んでいる。


「て、てかさ、言ったろリリー? 兄ちゃん能力使えるって、な? その通りだったろ? 」


 そばにいるリリーに向かって自慢気に語り掛けた。


「た、確かに。そこはリリーの失態。本当ににいにが能力を持ってると思わなかったよ」


「だろ? しかもかっこよかったろ?」


「でもにいにも、一回ミスしてたよね? 能力使えなかったじゃん」


「あ、あーあれは余興みたいなもん。一回窮地に追い込むことで、より強くなる……みたいな」


「その結果が、耳の損傷だよ」


 リリーの言う通り、一度は発生しなかった能力が、先ほどはうまく発動できたのだ。薪火を起こそうとした時も、あの老人に殴りかかった時も炎は生じなかったのに、さっきは発生させることが出来た。


 どうやらこの能力にも発動条件があるらしい。それを見極めなければ、今後、死に関わることになりそうだ。しっかり模索しなくては。


「しかし……先ほどの老人はいったい何者なんだろうか」

 

 馬車内ではバロッドが頬杖を突きながら悩んでいる。


「ただの盗賊か何かだっ。金品の代わりに、俺の耳を盗んでいった趣味の悪い盗賊だがよっ」


 言い捨てるように言ったが、バロッドの耳には届いていない。


「いや、見ただろ? あいつの光線は洒落にならない威力ですわ、あれだけの能力を持った者、軍部にもそうそういないぞ」


「じゃあ、ホームレスだっ。今日寝床を探してたんだぜきっと」


「……あの男、おそらく僕らを狙っていた。見ただろ? あいつ何か僕らのこと知っているかのような口ぶりだったぞ? あれだけの使い手が、僕らを狙う理由などないはずなのに」


「じゃあ女が欲しかったんだろうなあ、リリーは可愛いからな。きっとリリーを狙ってきたんだっ性欲にまみれた獣の目つきだったぜあいつ、眼にくるいはないだのなんだの言ってたしよおー」


 リリーは少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「……とりあえず、馬車から降りてください……」


 横倒しになった馬車の中で、悩みこけている俺らを見て、御者は悲しそうにこうつぶやいた。






 

 

「へえ、へえ、へえ」


 小汚い男が顎に両手を置きながら路地裏を駆け巡っている。顎からは煙のようなものが昇っている。


 路地裏の先には長身の男と、やけに猫背な女がいる。長身の男の顔はかなり整っていて、前髪からのぞいた目は白く光っている。


「どうだ? ヘドロ、回収できたか?」


「は、はい。一応ね、へへ。ほら見てくださいよ」


 そうして顎を突き出す小汚い男、両手を離し見える顎には揺らめく赤い炎が見える。


「おお、よくやったじゃないか。偉い、偉いぞ。教えを守ったな」


「一ノ瀬様のお願いならば、いかほどでも。早く回収してくれると助かりますよ。もうこの炎が怖くって怖くって」


 長身の男はうねった知恵の輪のような器具を取り出すと、その炎を器具に押し付ける、すると器具の中央にある赤い宝石が、青色に変わった。


「……間違いない、業火だ。この時代の継承者は彼だよ」


「ごっ業火ですか? お、恐ろしいっ早く消化をっ消化をっ、一刻も早くっ」


「焦ってんじゃねーぞヘドロっ! お前遅すぎるぜェ?! こんなにも私を待たせやがって」


 横の猫背の女が口をはさむ。かなり強気な女性だ。目の周りはクマのような紫色のボディペイントが施されている。


「私の能力なら、こんなにも時間はかからなかったねえー。一ノ瀬さん、だから私にしておくべきだったのに」


「でも君だと、炎は回収できないよ。まず、業火を身に受けられないからね、基本ヘドロ以外は」


「はんっそんなのいくらでも方法はあるのになー」


 女は不服そうにして両手を頭の後ろに回し、くつろぐ。


「しかし……業火となれば話は別だ。彼を監視しなければならない。学園なら、侵入はたやすいから、彼が学園に入ってくれれば好都合かもしれないな」


「一ノ瀬さんはいいの? それで。本当なら継承者はあなたになっていたはずでしょうに」


「……」


 一ノ瀬という男は黙りこむ。その眼には白い光と、深い関心と、有り余る好奇心が詰まっていた。

 


 



 


 


 


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