38 『適者生存』④
「じゃあ、横になって」
「ああ……って」
ステラは突然立ち上がり、部屋の鍵、窓のカーテンを順に閉めていく。光が遮られて、寝室は一気に暗くなる。
「どうした?」
「私の能力……他人に見られてると発動しないから……」
そう言いながら、寝室を外界から遮断していくステラ。俺はなす術もなく茫然と彼女を見つめる。一通り遮断し終えた後、ソファの上に座り込み、自分の太ももをパンパンと手でたたき始めた。
「ほら、早く。ここに頭を乗せて」
「あ、ハア……」
俺はとぼとぼとソファに近づいた後、履いていたスリッパを脱ぎ、躊躇しながらもステラの太ももに頭を置いた。膝枕というやつだ。
すると彼女は、俺の額を右手の人差し指と中指で軽く触れ、左手で俺の頭をがっちり抑える。
額に置かれた日本の指は俺の額を縦横無尽に動いていく。眉間から生え際まで隅々と動かした後、こめかみ辺りで手を止めた。
「あらかじめ言っておくけど、『適者生存』はそこまで便利な能力ではないわ」
「おう」
「変えられる過去と変えられない過去がある。あなたが変えたい過去は何?」
変えたい過去。多すぎるし、そのどれもが不鮮明だ。俺はじっくり考えこむ。
「そんな考えこまなくても大丈夫」
「さっきのリリーとの喧嘩と……あと」
「あと、何?」
本当は話したくなかったが仕方ない。
「大切だった人がいたんだ……二人、もういなくなってしまったけど。彼らを死なせたくな」かった」
「その二人の名前は?」
落ち着いた声で話す。言葉がぽつりぽつりと雫が地面に落ちるように出てくる。
「キリー=カウルトと、あともう一人は……名前が無い」
「へえ、そのもう一人は大きな体をしてて、耳まで繋がった髭が印象的な人?」
俺は閉じていた目を思い切り開ける。ステラの手の平の肌色が視界に広がる。
「どうして知ってる?」
「あなたの記憶をこうやって指でなぞることで覗かせてもらった。いかつい見た目に似合わず、優しい性格ね、彼」
納得出来たような出来なかったような説明だ。記憶を読めるような能力? それが人を生き返らせることにどのように繋がるというのか? ステラの能力の全貌がつかめない。
ステラは止めた指を再び動かしていく、何やら少しだけ楽しそうだ。
「ちょっと恥ずかしいから、それくらいにしてくれ」
「ああ、そうね。ごめん」
そう言うとステラは親指も俺の額につけ、目を閉じ始める。
「あなたが望むのはキリーさんと、おじさんの生、そしてリボン……要望が多いわね」
「頼むって」
触れられている額がどんどん熱を帯びていくのを感じた。俺はその熱に驚き、再び目を開けると、静かに目をつぶっているステラの姿が見えた。
額を走るステラの指がこそばゆい。目をつむった彼女は美形と呼ばれる顔立ちではないものの、小さい顔にくっついた目と鼻と口は、なにやら人形のようで可愛らしかった。
「恥ずかしいことを考えないで……」
ステラは突然手の動きを止め、赤く頬を染め始めた。先ほど彼女は記憶をよめるといったが、実は思考すらもよめるとしたら……恥ずかしい。人形のようで可愛らしいという思考をよまれてしまったようだ。
「ははっ……」
俺は焦って苦笑いするしかなかった。そしてステラと顔を合わせないように目をつむった。
「見つけた、この時間座標軸ね。ここならあなたの三つの要望全てが満たせる。上手くいけばだけど」
「どうやって? というか俺はただ寝そべってればいいのか?」
ステラは前髪を邪魔そうにかきあげてから口を開く。
「私の能力を使えば、あなたは過去を疑似的にやり直すことが出来る。ある一定の期間だけ、それもあまり大胆には過去を変えることはできないけど」
「疑似的に?」
「そう、正確には、あなたは記憶の中で過去をやり直すことが出来る。あなたの記憶をもう一度再現して、そこであなたが別の行動をとれば、記憶の中で過去が変わるでしょう?」
記憶、俺の頭の中で繰り広げられるということか。
「え? 実際には過去をやり直せなくね? それ」
「話を聞いて。あなたの思い出をもう一度再生して、その思い出の中であなたは自由に行動することが出来るわ、その行動の結果過去が変化したとする。そしたらその記憶の断片を過去のあなたの脳内に強引に送るの」
「お、おう」
「過去のあなたが、その送られてきた記憶通りに行動すれば、結果として今現在が変化するってわけ」
「ンなァ~るほど……?」
あまり理解していない馬鹿らしい声をだす。全く、能力というものは複雑で、大体は一回の説明じゃ理解できないものが多いのは何故であろうか? もっと簡単な能力でいいのに。
「エンヴェロープ先生の『外界逆行』が体だけの時間を巻き戻す能力だとしたら、私の『適者生存』は記憶や意識だけの時間を戻す能力よ。まあ、原理は違うけどね」
「あ~とりあえず、俺は何をすればいいんだ?」
もう理解は諦めて、俺が何をすればいいかを端的に聞いた。
「あなたが体験した過去をもう一度やり直すの、それも自分が望む方向へ」
「あ~分かった」
俺の声を聞いたステラは、額に置いた指を離し、両腕で俺の頭を包み込むかのように抑える。かなり強い力が頭にかかり、今度は頭皮が熱を持っていく。
「じゃあ、行くよ。時間座標はあなたが12歳のときね。そこに、リボンと、あなたが救いたがっている二人が絡む因果の根本がある」
視界が暗く狭まっていく。白色の光が目にちかちかと輝いている。
「二つ……言いたいことがあるわ」
朧げな意識の中でステラの声が深く響く。
「あらゆる者を救おうとしないこと、それと……あなたがこれから体験する事柄は記憶の再現でしかなく、実際に起こったことではないということ」
もう彼女の顔は見えない。眠気……が原因ではないが、猛烈に頭がクラクラとする。意識が体から放出されるのを感じる。
「頑張ってね、クロガミ」
彼女の励ましを聞いたのと同時に、俺は意識を失った。視覚も嗅覚も段々と無くなっていったのだが、ステラが触れている指の感触だけは最後まで残っていた。
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