2 覚醒
「おい、そこの薄汚れたガキ。覇気のねえ顔しやがって、俺の店の前に座り込むな」
巨体の男がやせ細った少年に声をかけている。少年の方は聞く耳も持たずうつむいている。少年の目には輝きの一つもない。
「喋れねえのか、名前くらい名乗れ。お前汚れすぎだ、そんな恰好で俺の店に入るつもりか。髪の毛も真っ黒じゃねえか」
「……髪は、元から黒い。……名前は、知らない。多分ない」
「元から? そりゃ珍しい。ここらじゃ黒色の髪なんて滅多に見ないからな。こりゃ売り飛ばせば高い値がつきそうだな」
こう言って少年を確認する巨体。少年は何も反応を示さない。
「ああ、糞、分かったよ。冗談だ。俺も助けてやりてえけどな。そんな余裕はないんだ。お前みたいな捨て子。この貧民街じゃ日に3度は見る。いちいち助けてやれねえのさ。他をあたってくれ」
少年はいじけた様に立ち上がり、そのままとぼとぼと歩いていく。
「あー待った。水と少しの食事くらいなら用意してやる。ただし今日だけだ。期待するなよ?」
この言葉を聞き、少年は足を止め、振り向いた。微かに笑みを浮かべているように見える。
「なんで……助けてくれるの?」
「えーっと、だな……その、餌やらねえとさ、お前みたいなガキはずっと張り付いてきやがる。それに……」
巨体は一呼吸を置いて、優しく語りかける。
「俺も……名前が無いんだ。だから……似た者同士だな」
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「カーン、カーン、カーン」
大きな音で目が覚めた。はじめは何が起きたかわからなく、まだ夢の中にいるのかと思ったが、ここは現実らしい。
「にいに、寝てないで。外見て火と煙が凄いよ。」
確かに煙くさい。この匂いの発生源は家の中ではなく、どうやら外らしい。寝ぼけながらリリーに連れられ、窓から外を見る。
かなり大規模の火事だ。煙は瞬く間に空へ昇り、夜だというのに火事で外はかなり明るい。
「もしかすると……いやまさか、あの位置は。」
「どうしたのにいに、顔が青ざめてるよ。」
「おい、リリー。兄ちゃんちょっと、行かなきゃならない場所が出来た。そういやおっさんに鉱石渡してなかったもんな。リリーはここで待っていてくれ、いいか? 絶対に火事の火元に近づくなよ、分かったか?」
リリーはうなずくが、俺を心配そうに眺めている。向かう場所はもちろん火事場だ。
あの方角、間違いない。店主のおっさんの店だ。今立ち昇る火の根元にはおっさんの店がある。
力を振り絞って走った。ボヤ火事程度の規模じゃない。下手したら死人が出ている。
おっさんは無事だろうか。まる焦げになっていたら、それはそれで笑えるが……まさか。
店の前は人だかりで溢れている。近くで見るとさらにひどい、火は左右の家にも移っている。
近くにある水道から水を出し、頭からかぶり、濡れた体で群衆をかき分けていく。
「おい、お前らどけ、邪魔だ」
声を荒げながら群衆を押し、店の入り口へと向かう。入口も火が回っているが、考えている暇はない。
酒場の戸を押し開け、中に入ると、そこには、ぼろ雑巾のように横たわった「何か」があった。そしてその「何か」がおっさんであることに気づくのに数秒かかった。
「おっさん……? おい、おっさんだよな。喋れるか、話せるのかよ。ああ、糞、火傷がひどいな。」
ぼろ雑巾のようなおっさんを手で抱えながら話しかけた。まだ息をしている、が応答はない。
「いや、火傷だけじゃない、切り傷もあるッ」
そう叫んだ瞬間、視界が反転した。いや、反転したのは自分の方であった。重量のある物体が俺の頭をめがけて飛んできていた。
避けきれるはずもなく後方へ吹っ飛ぶ。吹っ飛ばされて、また遅れて数秒後、その物体が足であることに気づいた。
「ち、畜生、いてえ。誰だ? てめえらか、この店を燃やしたのは」
「一人の子供です。ああ、悲しきかな。この気高き灯に導かれ、この地へ舞い降りてしまった運の悪い一人の子供。この地へ訪れなければ、まだ長き人生を堪能できたはずなのに。」
こいつらは、見たことがある。この気色悪い覆面、無駄に丁寧な言葉使い。
リリーを連れてきたクズ野郎ども、この貧民街で暗躍している頭のおかしい集団、調停会だ。
「排除ではなく、安らぎを。死去ではなく救済を。この者にお与えください」
くだらない戯言を言いながら、右手をかざす覆面達。右手には火が宿っている。
糞が、こいつらも能力者か。数秒後には俺もおっさんのように焦げまみれになっているだろう。
リリーは一人で生きていけるのか。俺がいなくなっても無事に暮らせるのか。それだけが後悔だ。
今思えばくだらない人生だった。毎日小銭を探し、ひとかけらのパンを探しに町中を徘徊し、汚い寝床で寝る。面白い事や、希望のある話は一切なかったな。
でも、ここ数年は楽しかった。リリーも、おっさんもキリーさんもいた。ゴミみたいな暮らしの中でも、彼らがいたから何とかやっていけた、それなのにまだお礼も言っていない。
だけど、いいんだ。俺がいなくなって困ることなんか全くない。俺が死んだところで世界は何も変わらない。
こんな異質な髪の色をしているガキが一人減ったところで、誰も悲しまないだろう。ただリリーだけを除いて。
リリー、君にお別れくらい言ってから出てくればよかった。
「クロガミー!」
死を覚悟していた瞬間、入り口から勢いよくキリーさんが入ってきた。
「迷える子羊が二匹目、その罪に対する償いを」
覆面達は狙いをキリーに定める。右手からは小規模の火の玉が噴射された。キリーは右手で火の玉を振り払う素振りを見せると、火の玉冷却されていき、すんでのところで消えた。
キリーはすかさず指を鳴らす。するとキリーの後方から氷の柱が二本生み出され、覆面達にめがけて飛んで行く、覆面達は火を用いて氷の柱を溶かそうとするが間に合わず貫通し、血を吹き出しながら倒れた。
キリーはほっと一息をついた後、クロガミの方へ駆け寄った。
「クロガミ、どうしたんだ? なぜここに、おい、まさか、両手に抱えているそれは…………店主?」
クロガミは深く相槌を打つ、キリーは信じられない目で黒焦げの店主を見ている。まるで何か悪い夢でも見ているかのような気分だ。
「いやあ、騒がしくなったと思ったら、まさか能力者が来ていたとは、それに可愛い俺の部下が随分涼しそうになっちまってるじゃねえかよ。俺にもその氷よこせよ、ここは熱くってたまらねえ。」
店の奥から顔を出した男、覆面はかぶっていない、かなりの高身長であり、顔の堀が深く、髪は後ろで束ねられており、手入れされていないであろう無性髭が目立つ。
「お前か。首謀者は。」
キリーは怒り狂い、右手を上げると、先ほどの氷の柱が4本、頭上に生成された。右手を振りかざすと、男に氷の柱が飛んでいく。
「あぶないな、いきなりやるやつがいるか。近頃は、皆神経質になっちゃってさあ、冗談を理解できない奴が多くて本当に困る」
氷の柱は4本とも空中で静止している。いや、先端が男の皮膚に少し触れてはいるが、男の体には傷一つつけれていない。
そして氷の柱には、見たこともない長方形の物体が挟まっていた。
男が右に避けると、その長方形の物体が消えていき、氷の柱は前進し始め、男の後方へと吹き飛んで行った。間違いない、この男も能力者だ。
「下がってろクロガミ」
キリーは両腕を広げる、拳ほどの大きさの氷の塊が数十個出現し、また男をめがけて飛んでいく。男は机を盾にしながら、大きく迂回し、キリーに近づくと片腕を伸ばし、キリーを手のひらで触れる。
すると、キリーの胴体に長方形の物体が出現し、キリーは静止した。
「はい、おしまい」
男は汚れた物でも触れた後のように手をたたく。キリーはまだ静止している。
いや、静止という表現は不適切で、正確には硬直しているといった方が正しい。時でも止まったかのように動かない。
「あとはお前だ。すまなかったな、そのジジイを殺してしまって。完全にこちらのミスだ。しかし、見なくても良いものを見ようとしまったそのジジイにも非があると思うんだ。だから痛み分けということで手を打とう。ガキを殺すのは気が引けるし、面倒だしな。」
こいつは何を言っているのだろうか。おっさんが何を見たというのか。
そして、何かを見てしまったということだけで、火あぶりにされ殺されるという事態は許されるべきことなのだろうか。
「なあ、命あってこそだよな。この能力者は殺すけれど、お前は許してやる。特例だぞ、喜べ。」
そう言って、男は硬直して動かないキリーさんの首筋にナイフを突き立てた。血は吹き出てこない。
男がもう一度キリーさんに触れると、長方形の物体が消え、キリーさんはその場に倒れ、首筋から血が噴き出した。
「キリーさんっ、血が、大量出血だ。、糞、知らねえよ、手当の仕方なんて」
必死にキリーさんの首筋に手を置いて胃があふれ出るのを止めようとした、しかし手で塞いでも塞いでも血が流れ出てくる。
いつの間にか床は血で真っ赤に染まり、店内は火が萬栄してきた。
「じゃあな、ガキ。救ってやった命だ。大切に生きろよ、さあ行くぞお前ら、何人かは残っているだろう、まだ任務は終わっちゃいねえよ」
男は数名の覆面達を連れ店を後にした。店内には燃え盛る炎と、倒れた巨体のおっさんと、赤く染まったキリー、そして彼らをただ見つめる少年しかいない。
「ク……ロガミ……逃げ……ろお前だけで……も、死ぬ……ぞ」
キリーが喋りかけている、もう声はしゃがれていて、まともに聞き取れない。
「キリーさん、まだ息がある。でもその傷、長くはないでしょう」
「そう……だ、だから早く逃げ……ろ」
「でももう行くあてなんてないっすよ、だからここで、焼け焦げてもいいでしょう?二人だけ、先に死んじまうとか、ずるいですよ。俺もそっち側に行きたいです」
「お前……らしくない。どんな……ときでも、死を選ばない……、諦めな……いのがお前のとりえ……だろ? 」
「でももう、いいんです。そろそろ潮時だと思っていたんでね。」
「いい……か、これは……遺言だ。最後の……頼みで……もある。ここで死なずに……俺たちの仇を……うってくれ。俺が……ムカつくんだ、ここでお前が死んだら……本当に……顔が立たない、なあ……仇を取ってくれよ。お前はいつも負けると……怒り狂っていたな……、今回は……違うのか?」
キリーさんは血を吐きながらしゃべり続ける。出てくる言葉はすべて憎しみにあふれている。
そしてキリーさんが発した怒りの言葉に共鳴するかのように、ただ奪われて終わる俺の人生そのものに深い激情が湧いていく。
俺はキリーさんの方を見てほほ笑み、こう伝えた。
「いいや、同じ。今回も同じさ。この怒りをぶつけないで死ねるはずがない。ごめんなキリーさん、あんたを埋葬する余裕はない」
「そ……れでいい。それがいい……お前には……別れ際で……いい言葉をかけてくれるような……面じゃない。なあ、強く生きろ、俺たち……が出来なかった分、強く……生きてくれ」
「ああ、分かった。あと、おっさん、一緒にそっちに行ってやれなくてごめん。それと、あれからずっと……なんだかんだ言いながら、世話をしてくれてありがとう。おっさんの 今日だけ は一生続いたな。あれからずっと飯を食わせてくれた。本当に感謝してる」
黒焦げになったおっさんの口元が微かにほほ笑んだ気がした。
そのまま奥に向かう。
これ以上、この場にいたらまた気が変わってしまいそうで、死を選んでしまいそうで怖かったからだ。
外に出ると、先ほどの覆面達が馬車に乗り込む様子が見えた。
そして何より馬車の前に、のんきにあくびをしている――キリーを指した男がいた。
「てめええええ」
きづいたら走り出していた。右手を掲げ、男に殴りかかろうとする。だが、大声を出して近づいたため、拳が到達する前に気づかれ、簡単にいなされた後、腹部に凶悪な蹴りを入れられた。
「いってえええ」
地面に転がり、もがき苦しむ、呼吸ができない。しかし、頭の中は、この男に一発入れることでいっぱいだった。
「あれえ、さっきのガキじゃん。どうしたお前、もしかして言葉が通じない?」
「ちゃんと耳に入ってるぞ、だか……らこうやって、殴りに来たんだろうが」
「あのさ、何回も言うぞ。お前のために何回でも言ってやる。てめえのジジイは見ちゃいけねえもんを見たんだ。だから処分した、てめえの兄さんは能力を使ったから殺した。あの兄さん、軍人だろう? 軍人がさ、一般市民に手出しちゃいけないよね」
俺の髪の毛をつかみ、頭を強制的にあげさせながら至近距離で訪ねてくる。
「ああ? 知らねえ……よ。見ちゃいけないもんってお前のみみっちいイチモツのことかよ。ならそんなもん出してんじゃねえよハゲ。ちゃんと……隠すもんは隠せ……」
「死にぞこないのガキに朗報だ。俺のイチモツは栄養失調で何も食えてねえガキよりかははるかに立派だし、いくら立派だろうが、店主のジジイには見せやしない。俺はそんな趣味はないんでな。なんだ? 下民のガキはイチモツをさらけ出しながら酒場に入っていくのか? そんな風習、あいにく貴族様にはねえんだわ」
男は俺の髪をつかみ、勢いをつけ俺の顔を地面にぶつける。俺の鼻からは血が吹き出て、唇には傷がつき、眼球には大量の砂が入る。最悪の気分だ。
男は数回繰り返した後、今までより大きく勢いをつけ髪を引っ張り、地面へとたたきつけようとした、また衝撃が来ると覚悟し、顔に力を入れたがいつまでたっても地面に顔が到達しない。
というか、俺が静止している。緊張が解け、顔の力を説いた瞬間、また顔が動き出し、地面へと打ち付けられた、用意していなかった分痛い。おそらく能力を使われた。それも陰湿なやり方で。
「く……そ、能力さえあれ……ば、お前ら……なんか……」
そうだ、いつもそうだ。能力がないから俺らは一生虐げられる。どんなに一芸に秀でていたって、どんなに家柄がよく金持ちであったって、どんなに容姿に恵まれていたとしても、能力さえなければ認められない。そのような世界を俺らは生きている。
「そうだな。能力さえあればなあ、だが能力も他の才能と同じ。十中八九生まれで決まっちまうもんだからな。それはしょうがねえよなあ。」
「糞……力が欲しい、俺らの場所を……守る力を。ただ、帰りたい。元いた場所に……」
血を吹き出し死んだキリーさん、焼け焦げて黒く染まる酒場のおっさんの姿、そして奴隷としていて売られていた時のリリーの虚無的な表情がフラッシュバックする。大声で本心を発する。
「おっさんもキリーさんも、リリーも。皆がいた場所に……帰りたい……ただ、それだけのことなんだッッ!!!!」
瞬間、馬車から勢いよく包みが飛び出る。包みから、一本の棒らしきものが出てきて、俺の方に転がってきた、Bー102と記載されている棒だ。
「おい……てめえら、何してやがる」
俺の髪から手を放し、馬車の方へ振り向く男、何やら動揺している。
「すいません。舞踏武道様、我々は何もしていないのですが、勝手に……」
覆面達も返答に困っている。武道と呼ばれているこの男も、動揺を隠せない様子で、こちらに視線を戻した。その視線には若干の期待と希望感が含まれているように感じた。
「注射は……B-102?! ハハッいいぜ、面白い。おい、そこのガキ、その棒は注射っつうもんだ。針を腕にさして中の液体を注入する道具だ。うまく行けば、適合して、能力が開花するかもしんねえ代物だ」
「武道様! その注射をそこらの下民に使用するのはいかがなものかと。たいそうな代物でございます。それは武道様も把握していらっしゃることでしょう?」
「いいんだ、うるせえ黙ってろッ!! どうせ、あとから適合者を見つける羽目になるんだ。それなら早く見つかっちまった方が得だろ? それにこいつは黒髪で一重で、真っ白じゃない肌をしている。適合条件は満たしているはずだ」
「まあ、その通りです。しかしわざわざ下民でなくても……転生因子を持つ者は他にもいるはずですが……」
覆面達は武道という男に目をやる、が武道はそれをにらみ返すと、弱った小動物のようにおとなしくなった。
「俺は、完全に勝つギャンブルはしない主義でな、希望と絶望のブレンドがちょうど3対7の割合になるのが一番面白い。こいつからは3割の希望と7割の絶望をひしひしと感じるんだ」
武道という男は大声で熱演した。先ほどのやる気のない顔とは打って変わり、希望で満ち溢れているように見える。
「さあガキ、打つか死ぬかだ。拒否権はねえぞ」
注射と呼ばれるものを俺に渡す。中には赤い液体が入っている。
「言われるまでもねえ、てめえらみたいな害虫を排除してやるッそのためだったらなんだってするッ!!」
勢いよく針を腕にさし、中の液体を注入する。どろどろとした感触だ。異物 が入ってくるのを感じる。そして、俺の体に馴染んでいく。
すると突然、見たこともない記憶が鮮明に浮かんでくる。
大きな馬車?いや、馬に引かれているわけではないのに動いている。こちらに猛スピードで向かってくる。
見たこともない町だ。いや、これは確かに町なのか?今まで見た中で一番大きな町だ。
大量の人がいる、多くの人は同じような格好をしていて不気味だ。皆、何か急いでいる。
燃えている、町が燃えている。噴火でもしたのか、いやもっと大きい規模の火事だ。それこそ国一つ傾くほどの。
意味の分からない集団がいる。彼らが必死に祈る先、すなわち祈りの中央には 灯 が見える。
経験したことのない記憶が次から次へと流れこんできた。頭が痛い、そして、ないはずだった異物が体に入っていくのを感じた。これが能力。
激痛にもがき苦しみながらもなんとか正気を保った。体に異変はない。
「こいつ、適合した。ハハッおもしれえな。本当おもしれえよ。そう来なくっちゃ、一ノ瀬にゃもう飽き飽きしてたんだぜ俺は。適合したなら、俺の役目は終わりだ、とっととずらからせてもらうぜ」
舞踏は逃げだした。先ほどまでの威勢が嘘のようだ。
「まて、糞ッ、舞踏。お前は絶対に……俺が殺すッ!!」
舞踏を追おうとすると、3名の覆面が行く手を阻んだ。中央の覆面は風を身にまとっている。
攻撃される前に中央の覆面を殴った。しかし、殴ったはいいものの、あまりきいていない。少しよろけて、後戻りしただけだ。
「不運な子羊よ。やはりお前は適合者ではなかったな。死して償え」
中央の覆面は体勢を立て直し、右手を構える。左右の覆面は能力を使えないようだ。
「うっそお、んなことある?」
一番驚いたのは俺の方だ。
てっきり何か力が使えるかと思ったら、何も変わっちゃいない。
しかし、その異変に気づいたのは数秒後だった、中央の覆面の頬が明らかに赤くなっている。
実りに実ったりんごのような色に変わっている。いや、正確には燃えている。男の頬は明らかに燃え盛っていたのだ。
「熱い、何だこれは?熱い、熱い。火?……まさか……業火か?熱い、熱くてたまらないッ!!」
中央の覆面はどんどん燃え広がる火に対処しようと頭と顔をかきむしっているが一向に消える気配はない。ついに風の能力を用いたが、火を消そうとしても一向に消えない。
「があ、熱い。耐えきれん、貴様、やはり得ているのかッ」
火はどんどん燃え広がり、ついには首にまで広がっていき、肩、胸、腹まで燃やし尽くしたところでとまったかのように見えたが、左右の覆面が心配して、その火を払おうとすると、左右の覆面にその火が燃え移り、移った火も消えることなく覆面達を燃やし尽くしていった。
近くにもう舞踏武道はいなかった。また、後方を向くと店も燃え尽き、天井が落ちている。
キリーさんも、店主のおっさんもそこにはもう存在しておらずただただ燃え盛る炎だけが揺らめいていた。
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