37 『適者生存』③
「『適者生存』……だと? 今そう言ったのか? ステラ」
ステラは小さく頷いた後、自身の薄い下唇を開き、声を出す。
「何? 知っているの? 私の能力を」
「知ってるというか、そのために来たというか……」
そう、俺がこの学園に来た本来の目的は『適者生存』という能力の噂を聞きつけたからであった。バロッドという40秒寸止め軍人に、その能力を教えてもらい、餌をもとめる獣のようにこの学園に入学した。
聞くところによれば、この『適者生存』という能力は「人を生き返すことが出来る」という禁忌に反するような力を持っているらしい。
俺は『適者生存』を求めていたものの、この異能学園での生活の慌ただしさなどにより、その能力を探すという本来の目標を忘れかけていた。
いや、実際は心の奥底で、『適者生存』なる能力を探すことを拒んでいたのかもしれない。もしも本格的に『適者生存』を探そうと励んだが見つからなく、それが噂に過ぎない能力だと分かってしまったら、希望が費やされてしまうからだ。
大切な人々を生き返らせることが出来るという、夢のような希望が。
しかし、その希望が今になって突然、目の前にぶら下がってきた。手に取りたい、信じてよいのだろうか? この希望は見せかけではないのか? 死者をよみがえらせるという超人的な能力を一個人――それもたった一人の少女が手にしているはずがあるだろうか?
「ステラ、お前の能力は死人すら復活させることが出来ると聞いたんだが……本当か?」
ステラは自身の能力の詳細を知っている俺に驚きを隠せない表情を取る。
「まあ、やりようによっては……ね」
唾を飲み込む。額から首筋にかけて冷や汗が滴る。俺は敢えて冷静に振舞った。
「まあ、俺は学んだぜ、今までの経験からよ」
「何を?」
「能力を発動するには、めんどくせぇ、複雑な条件が必要なことをよォ。傷は治っても、痛みは引かなかったり、肝心なところで炎が発火しなかったり」
今までの戦闘経験が頭をよぎる。
「だからさ、お前の『適者生存』の能力もめんどくさそうだぜ。しかも何やら危険な匂いがするしよ、これ以上危ない目にあったら洒落になんねぇからなァ」
「そう……あなたがそれでいいなら」
ステラは本を閉じ、眼鏡をクイッと上げ立ち上がり、男子禁制の部屋に戻っていこうとした。
「まあ、サンキューな。気遣ってくれてよ」
「……私は何もしてないわ」
と呟き、部屋を後にするステラ。俺は彼女を見つめた後、姿勢を崩し、ベッドに大胆と横になった。窓を見ると、そこには黒い髪をした男の姿が映っていた。一重の鋭い目つきに、小さく、あまり凹凸のないシンプルな構造の顔。髪の毛は全体的に短いが、くせ毛なのか、先端は曲がり、カーブを描いている。他でもない、俺自身の姿だ。
リリーとは似ても似つかない顔立ち。いや、リリーだけじゃない、エマとも、ホワイトとも、データとも、誰とも似ていない。どこか異質で、エキゾチック的と言えば聞こえがいいだろうか?
大きな欠伸をする。当たり前に窓に映った俺の姿も、鼓動するように欠伸をした。『適者生存』。俺はどうすればよいか分からなくなって、自分の決断に自信が持てなくなって、窓に映る俺自身を見つめて、気を反らすことにした。
窓を見つめながら、口を大きく開いてみたり、逆にすぼめてみたり、目を閉じてくしゃくしゃな顔にしてみたり、逆にかっぴらいて表情筋を伸ばしてみる。横にひいたり、縦にひいたり、縦横無尽に顔の表情を変えていく。
「何やってんのよ?」
背後から発された声に振り向き、声の主を確認すると、そこにはエマがいた。笑いと呆れが混同した表情を浮かべながら、腰に手をあてて話している。俺は顔を赤くしながら、寝た体制のまま、顔だけ彼女に向け会話する。
「何か面白いものでも映っていたのかしら?」
エマは腰に当てた手を、口元に持っていって笑いながら話す。俺は少し動揺する。
「いたのかよッ、恥ず」
「何をしていたのよ」
「別に……。俺の顔って、皆と違うなァと思っただけさ」
「まあ、確かに。見ないわね、あまり。人種が違うのかしら? そう言えばどこ出身なの?」
「育ちはは貧民街だけど、生まれは分からねぇな。捨て子だからさ、昔のことなんて覚えてねぇって」
エマは申し訳なさそうに口をつぐむ。
「いや、いいって。別に気にしてないぜ。捨て子だったからこそリリーと出会えたしさ」
「リリーちゃんも捨て子だったの?」
「う~ん、多分な。リリーの生まれも謎なんだよなァ」
エマは声を出さず、考え込んでいるような素振りを見せた。おそらく何を言うべきか、どう声を掛けたらよいかを模索していたのだろう。
「だ、大丈夫だって。ホラ、俺もリリーも今は幸せに暮らしてるからさァ。終わりよければすべて良しってやつだよ」
「そう……よね、今が幸せなら、それでいいよね!」
エマは何とか笑いながら頑張って元気付けてくれた。俺はそれが気遣いによるものであることは知ってはいたが、それでも彼女に言われたことが数回頭の中をこだまして響く。
そうだ、その通りだ。今が幸せならそれでいいじゃないか。人を生き返らせた所で、それでどうなるというのか。この世での役割を終えた人――たとえそれが不幸な事故によるものだとしても――を、再び人生という戦場に呼び戻すことは、侮辱に値する行為なのではないだろうか。
「……やっぱ断って正解だったかもな」
「へ?」
「あ、いや、独り言だよ」
エマは「変なの」と呟いた後、キッチンの方へと向かっていく。俺は再びエマから視線をそらした後、窓を見つめる。
「そんなに違っている所ばかり、気にしなくていいのよ。貧民街出身だったり、黒色の髪だったり。きっと誰かは、クロガミのそうゆう所を好きになってくれる人はいるわ」
エマは子供に礼儀を教える母親かのようにゆったりと話す。その声が心地よいから不思議だ。
「ああ、ありがと。そうかもな、まあ気にしてるわけじゃないけどな」
「そうよ、私だっていつも、誰かを軽蔑しているような目つきになってるって言われるし、あまりいい気分はしないわ。リリーちゃんみたいに、大きくてくりくりした綺麗な目じゃないし、誰かを癒せるような笑顔もできないけど、そうゆう人と違う所があってもいいと思ってるわ」
「なんなら、そこが愛おしい所なんだけどなァ」
エマは俺の発言を聞き、驚きながらこちらに視線を向けた。俺は言い終わった後に、初めて自分がいかに恥ずかしい言葉を口にしたのかに気づき、目が点になる。
「って、てさァ、言ってたんだよなァ、俺の知り合いが……さ。は、ハハッ、だから、自信持とうぜってこと……だよ」
かなり焦りながら発言を訂正していく。エマは俺のあたふたしている様子を見て、少し笑い出した。しかし、その笑顔には、どこか悲しそうな雰囲気も感じさせる。
「私も。クロガミのその目つきが悪い所とか、いつもは後先考えずに突っ走ったり、喧嘩っ早い癖に、いざとなったらちゃんと考えたり、約束を破らず、大切な物を守ろうとしたりする所とかが、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、素敵かもって聞いたわ」
奇妙な雰囲気が広がる。両者とも反応できずに口を閉め、ひたすら沈黙を貫いている。
それは君? と聞きたい気もした。しかし言葉に出してしまうと、今までの関係が壊れてしまうような気がして言えなかった。俺はエマとの今の関係が嫌いではなかったから。
「エマッ、お前、結局ほとんど俺に持たせやがってェ」
息を切らしながらホワイトが玄関の扉を開け、部屋に侵入してきた。俺とエマは思わず合わせていた顔を凄い勢いでそらした。エマはわざとらしくホワイトに近づき、彼に感謝を伝えた後、謝罪している。ホワイトのタイミングの悪さに助けられ、ほっと息をつき、気持ちをなだめる。
キャンプファイアーの後から、エマを見ると、妙な感覚が体中を電流のように動き回るようになった。衝動に似たどうしよもないやるせなさ、嬉しいような、恥ずかしいような、あわただしいような。
衣食住が満たされた生活を享受できるようになった現在、俺は初めて、人を愛するという余裕を持てるようになっていたという事実。その事実に俺はまだ気づいていなかった。
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