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回帰列伝  作者: 鹿十
第一章 異能学園編
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36 『適者生存』②

 「あ、ステラちゃんおはよー」


 エマは彼女に向かって気軽に挨拶をする。ステラと呼ばれたその眼鏡少女は「おはよう」と呟いた後、キッチンに近づき、戸棚にある茶葉を取り出し、紅茶を作ろうとしている。その様子を見たエマが彼女を手伝おうと近づく。


 ステラという少女は紅茶を作り終えると、堂々と俺とホワイトがいるソファに近づき、テーブルを挟んで対面の席に座った。あまりの物怖じの無さに少し唖然とする。今までのステラの雰囲気から、彼女は引っ込み思案なのだろうと推測していたからだ。


 少し大人しい子なのだろうと予測していたので、当たり前かのように俺らに近づき、目の前の視線が交差し合う場所に堂々と座り込むとは思っていなかった。彼女は紅茶をすすりながら、手に持っている本の栞が挟んであるページを開いて、眼鏡を上にクイッとあげてから読書を始めた。


 ホワイトとエマは、彼女がそのような性格であることを知っているのか、それほど驚いておらず平然としている。ホワイトは変わりなく俺の脇腹を刺激し続けている。


 「オイッだから痛ェーんだよ!」


 俺に張り付くホワイトを足で蹴ってどかそうとするが、吸盤でもついているかのように全く離れない。


 「ステラちゃんはこの四日間で帰省したの?」


 エマは俺たちと話すときは見せない優しい微笑みでステラに話をふる。


 「帰省はしてないよ。私、マギコ生まれ、マギコ育ちだもの」


 と、ステラも穏やかに答える。


 「へぇ! じゃあ正真正銘のマギっ子じゃない! いいなぁ、都会人で」


 「そんなことないよ、ただ生まれも育ちもマギコなだけで、それより私は、エマちゃんの出身地みたいなところで、広大な自然に包まれて自由に暮らしたかったよ。マギコは窮屈だからね」


 「自然……って言ってもねぇ。ただの田舎だから大変だよ。虫が出るわ、獣が出るわで」


 「それがいいんじゃない。小さい頃から自然に触れているから、エマちゃんみたいに元気ハツラツで明るくて素直な性格に育つのよ。私も自然で暮らせばエマちゃんみたいになれてたかな……」


 「ありがとう、ステラちゃん。でもステラちゃんこそ――――」


 俺とホワイトは完全に蚊帳の外扱いになった。女性特有の謙遜会話に男は入っていけない。無理に入り気の利いた言葉一つでもかけようとしても、シーンと沈黙が広がり終わるだけだろう。ひたすら黙り込むしかない。


 それよりも、このステラという子がこんなにも流暢に喋る子だとは思わなかった。皆でリビングで会話している時も部屋に閉じこもっていたから、もっと引っ込み思案で静かな子だと思っていたのだが、そのようなイメージが一瞬で払拭される。


 というか、概ねステラの発した誉め言葉に同意するのだが、一点だけ、エマが素直な性格だという点だけは否定したい。気が強く高圧的な彼女が素直だと? しかし、口に出すと面倒ごとになるだけなので黙っていよう。


 エマとステラの会話が数ラリーほど続いた後、エマが急に「あ」と声を出し、用事を思い出したかのような素振りを見せる。聞くところによると先生から大図書館の本を数十冊運ぶように指示されたらしく、それが幾分重すぎたので、人手が欲しいとのことであった。


 あと男手が一人いれば事足りるらしいので、俺とホワイトどちらが手伝うかをジャンケンで決めることにした。俺は内心負けることを望んでいたが、グーで一発勝ちしてしまった。


 結果、エマとホワイトが大図書館の本を運びに行った。寮を後にする寸前、エマは俺に向かって「ステラちゃんに変なことしないように」と水を差すように忠告してきた。


 どうやら彼女目線では俺がそうゆういかがわしい行為に走る男だと認識されているらしい。これについては大声で抗議したいものだ。


 窃盗、飲酒、暴力、食い逃げなど様々な悪事に手を出したことはあるものの、痴漢や強姦などは行ったことは断じてない。俺を疑うより、君の横にいるホワイト君に疑惑の目を向けた方がいいと忠告仕返したかったが、これまた面倒なので、黙っていた。


 エマとホワイトが部屋を出て数分が経過する。まだ沈黙は続いている。彼女がページをめくる音だけが響き渡る。俺は彼女を気にしないように寝たふりをしていたが、とうとう沈黙に耐えかねて会話をふることにした。


 「なあステラ。久しぶり……というか初めてだよな。俺、クロガミって言うんだ。黒い髪してるから見たまんまで覚えやすい名前だろ? 一応同じルームメイトだからさ、よろしくな」


 「うん……」


 ステラは俺の話になんぞ全く興味がないのか。ひたすら本を読みながら、うん、と一言、形式的に返す。おまりの素っ気なさに思わず苦笑いしてしまう。


 「その読んでる本は何? 馬車内でも本を読んでいたよな? 結構読むのか? 本とかさ」


 「それなりに……」


 「そっか、それなりにか……。俺ァ本とか読まないけどさ、いや読むと眠くなっちゃって。そんな俺におすすめの本とかある?」


 「……ない。本は……人に……よるから」


 「そっか人によるのか。じゃあ俺は無理そうだな。本を読むと頭がクラクラしてきちゃってさァ。よく読めるよなァそんなに……あ、いやこれは嫌味じゃなくてな……むしろ尊敬っていうか」


 ページをめくるペラペラという音だけが返答の代わりのように鳴り響く。もしかすると彼女は難聴なのではないだろうか、そうやって疑ってかかってしまうほど、俺の話には全く興味関心を持たない。きっと雑音の一つとして処理されている。


 (なんか俺、気に障ることをしたかなァ。ほんと、リリーと似てるぜ、この子のこうゆうとこ)


 俺はそうやって心の中で呟きながらふて寝をした。このステラという少女からは、時々リリーがすねた時に出すのと同じ雰囲気を感じる。俺の声など全く届いていないこの感覚。俺はこの感覚を味わった後、決まって狼狽えて、リリーに対して謝罪に徹するのみになるのだ。


 彼女はもしかしたら男性相手に緊張しているのかも、という可能性も頭によぎったが、その疑問はすぐさま否定される。彼女の態度は緊張によるものではなく、無関心によるものであると推測できるからだ。


 (一番辛えよなァ、こうゆう反応されるのって。俺が苦手なタイプ)


 そう思いながら、彼女と視線を合わせないようにソファにおいてあるクッションに頭を埋める。ローテーブルを挟み寝そべる男と、ひたすら読書をする少女がいて、両者一言も会話をすることがないという異質な風景が広がっている。


 俺は内心、早くエマたちが帰ってきて、この沈黙を壊してくれることを期待していた。するとふとステラが声を出した。その声は小さい呟き程度のものだったのだが、彼女の繊細ながらも美しい声によって十分に聞き取れるものになっていた。


 「ねえ、君。エマちゃんのことが気になっているでしょう?」


 突然ぶっ困れた発言により俺は思わずクッションに埋めた頭を引っ張り出し彼女の方を見る。するとそこには平然とした様子で紅茶を嗜みながら、本を読む彼女の姿があった。


 「なっ?! ンだよいきなり。な訳ねェーだろ」


 「そうなの? そう思ったけど見当違いだったのかな」


 「どうしてそう思った?」


 といつの間にか質問していた。彼女のその戯言に過ぎない質問の真理を知りたがっている自分がいることに気づく。


 「別に……ただ君が、エマちゃんのことを食い入るように見つめていたから」


 「食い入るようにって。別に俺は誰のことでもそれなりに見るぜ。あいつだけじゃない」


 「そう……なら……いい。私の勘違い」


 全く、いきなり話し出したかと言えばぶっこんだ話題を提供しやがって。このステラという少女はいったい大胆なのか引っ込み思案なのか分からない。泥をつかめないように、ステラの性格もつかみどころがない。この子の会話からは、生物特有の暖かさが感じられない。ただ無機質な機械と話しているようにしか思えないのだ。


 「じゃあ人生に後悔ってある?」


 「また随分凝った話だな、初対面で話す内容じゃないね」


 「喋りたくないなら……いい」


 そう言うと彼女は、折角少しだけこちらに向けた視線を、再び本に落とした。俺は沈黙を避けたかったので、彼女の質問に答えようと決めた。


 「後悔ねェ、そりゃあるに決まってる。数えきれないほどにな」


 「うん……君はそう答えると思ってた。そうゆう雰囲気してるもの」


 「そうゆうって……もしかして貶してる? そんなに悲惨かなァ俺って」


 「悲惨……というより、空虚感みたいな。埋められない穴みたいなのを感じるわ。時々だけどね。だから、辛いことがたくさんあった人生だったんじゃないかって……」


 ステラは、始めて俺に向かって長い間口を開いた。


 「まあ、それなりに。でも別に大したことないぜ。それに俺だけじゃなくて、皆もどっかで後悔を感じているはずだろう?」


 「あなたのは異質よ……大体の人は自分が持っている欠陥を他の何かで埋めるの。それは恋人だったり、友人だったり、何か美味しいものを食べる行為だったり、熱中できる趣味だったりするけど……君のその穴は何を入れても満たされないわね……きっと」


 俺は彼女の発言を聞いて、何故だか少しイラついた。


 「随分と分かったような口ぶりだな」


 「エマちゃんに埋められるかしら。あなたのその欠落を……彼女を求めても、その欠落が気にならなくなるだけで、埋め合わせることは出来ないと思うけれど」


 ステラの発言を聞いて、あふれ出る怒りが抑えられなかった。どうしえか、身体が疼くような激情がふつふつと湧いてくるのを感じる。


 「セラピスト気取りか? なんでもかんでも決めつけようとするなよ。それにエマは何も関係ない」


 「そう……ね。誤るわ、私にはあなたのその傷をえぐり取る資格はないのにね」


 資格があればよいのか? それに資格とは何か? イライラが止まらなかったが、どうにか怒りを抑え、投げやりになったかのようにふて寝をする。


 欠落、欠陥、穴。どこにも見当たらないだろう? そんなもの。毎日飯が食えて、風呂に入れて、仲間がいて、能力を持っていて、勉強だってできる。今のこの環境だけで俺は十分満たされている。これ以上の物は望まない。望む必要もない。


 しかし、であるならば何故、彼女の発言一つ一つにここまで感情が揺さぶられるのだろうか?

ステラの話をもっと知りたい、聞きたい。そう願っている自分に気づく、そしてその自分を止められなかった。


 「じゃァ、どうすればその穴っつうのは防げるんだよ」


 なるべくぶっきらぼうに、興味がないかのように質問する。


 「やり直すか、その穴を受け入れるか」


 「……やり直すか、出来たらとっくにそうしてるぜ」


 ここで初めて、ステラの視線が完全に俺に向けられる。眼鏡の下には緑色の綺麗な瞳が輝いていた。


 「……やり直したいと思うのね?」


 俺は後ろに引くことなく、あえて顔を近づけて、睨みつける。


 「ああ、そりゃ誰だってね。ああすればよかったとか、そうゆう後悔はあるだろうよ。お前はいちいち俺を特別視しすぎだぜ。心に傷を負ってる奴なんざ、ごまんといるさ」


 「……」


 「ま、やり直せねえから、人生辛いんだけどな」


 俺はなるべく気軽な感じで、深刻にならないようにしゃべる。すると話を切り上げようとした瞬間、彼女が思いもよらない言葉を切り出した。俺はすぐさまその言葉の虜になった。


 「やり直せるって言ったら?」


 「へ?」


 「やり直せるって言ったのよ」


 「まあ、そりゃやり直す……かな」


ステラは立ち上がり、俺の近くにやってくる。拳一つほどの距離を挟んで顔と顔が近づく。


 「な、なんだよッ」


 「ね、クロガミ一回だけチャンスをあげる」


 いきなり名前を呼ばれたことに動揺しながら答える。


 「何だよチャンスって」


 「あなたの心にくっぽり空いた穴を満たせるかもしれない機会を与えると言っているの」


 「だから、どうやって」


 「私の能力で」


 ステラは小さな声で能力と呟く。その言葉が俺の心には深く響き、重くのしかかる。


 「……ンな能力を持っているのか?」


 ステラは頭のつむじが見えてしまうほど深く頷く。眼鏡から覗く彼女の瞳はまだ、正確に俺に向けられている。


 「やり直すって……そんなことが出来る能力を持ってんのか? 無敵じゃん」


 「条件は厳しい、あなたは偶然、発動条件を満たしている」


 冷静沈着で、他人と必要以上に話そうとしないステラが、身を乗り出して熱心に語りかけるほどだ、嘘はついていないだろう。俺は疑心暗鬼ながらも、彼女の発言を信じかけていた。


 「で、なんつー能力なんだよ」


 「……『適者生存』って私は呼んでる」


 適者生存、この言葉を聞いた途端、心の中の疑惑は全て吹っ飛び、信用は確信へと変わる。彼女の言っていることは本当だ。


 やり直せるかもしれない、この夢のような事実を目の前にして、俺は静かに冷や汗を垂らすことしか出来ないでいた。



 


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