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回帰列伝  作者: 鹿十
第一章 異能学園編
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35 『適者生存』①

 「ンだよクロガミ、ボケーっとしやがって、おら」


 ホワイトは飼い主にかまって欲しい犬のように俺にからかいをかけてくる。彼の見えない尻尾が揺れているのを感じる。しかし俺はそんな彼の挑発に乗らず、ただソファーの上に寝そべって天井を眺めていた。


 俺は大きな欠伸をして、ソファに顔を埋める。ホワイトは俺を揺さぶって反転させ、クッションに埋もれた俺の顔を露わにさせようとするが、俺は頑なにそれを拒み、首に力を入れ動かさない。


 痺れを切らしたホワイトはむき出しになっている俺の脇腹に軽いチョップを加えた。瞬間、身体に電気信号が走った。痛みという信号を伝達するやつ。


 「痛ェ! 何すんだよッ!」


 「俺ァもう知ってるんだぜ。お前はまだここが痛むってな。あの美人教師に治療されたときに教えてもらったんだ。傷は治るけど、痛みは残りますってね」


 口元に微かに笑みを浮かべながら話すホワイト。糞、無駄な事ばかり覚えやがって。俺の傷跡の痛みはだいぶ引いてはきたが、それでも触れられたり、衝撃を受けたりすると、元の切り傷に塩を塗られたかのような激痛が走ることには変わりはない。あと二日ほどだろうか? この痛みが続くのは。

 

 それに、この治療法は10時間だけ俺の時間を戻すことで成り立っているので、治療を受けた後は必ず、深刻な頭痛や、吐き気に襲われる。


 脳みそと体の関係は未だブラックボックスだが、深い関わりがあるのは事実だろう。体だけを

10時間前に戻されると、どうやら脳に過度な負荷がかかるようだ。


 この現象を俺は時差ボケと呼んでいるのだが、この謎が解明されることはないだろう。偉い学者や暇を持て余した貴族が研究をしてくれないだろうか? そして解明できたとしたら、ぜひともこの時差ボケに対する改善策を教えて欲しいものだ。


 とりあえず、治療の都度に、あの美人の先生に会えるのは嬉しいことではあるのだが、あまり頻繁にこの治療法を受けるべきでは無さそうだ。どんな副作用があるか分からない。


 しかも今回の二度目の治療で生じた時差ボケは、一度目のそれより明らかに大きい。頭と体のギャップでどうにかなりそうだ、気を付けなければ。


 「もう一回チョップを食らわせてやるからな」


 「おい、やめろ」


 そう俺が言うと、今度はホワイトは俺の腹部にデコピンを放ってきた。電気を流された感覚に似た激痛が走る。


 「おっまえさァ。いい加減にしろッ」


 俺は上半身だけ起き上がって、ホワイトを睨みつけるが、ホワイトはシケた顔をしながら下を出して挑発するのみだ。


 俺は彼の胸元を掴み、彼の頭を揺さぶる。ホワイトはまだ首が座っていない赤ん坊のように前後にふらふらと揺れる。


 「ちょっとあんたたち。何男同士で乳繰り合ってるの」


 そう言ってB寮の玄関の扉を開けて入ってきたのはエマだった。彼女は一見呆れているかのような口調であったが、よく見ると口元には微かに笑みを浮かべている。エマはたまに俺とホワイトの絡みを見て二ヤついている時がある。おそらく、俺らの会話は彼女からすると小さい子供のくだらない言い争いのようで、見ていて面白いのだろう。馬鹿っぽいと思われていると言い直しても良いかもしれない。


 「あんたたちホント、仲がいいわね」


 エマは口元に手を当てて笑いながら、手に持っていた荷物をテーブルに置いた後、髪を縛っていたゴムを解いた。


 久しぶりにエマの姿を見た気がする。合宿後、実は生徒たちは四日間の休暇を与えられていた。本来は休暇は二日間であったはずなのだが、合宿で起きた襲撃の事件の始末に追われ、学園側が二日の休暇延長を申し出たのだ。俺ら生徒にとっては願ってもないことだったので、拒むはずはない。


 四日間の休暇の間、約半数の生徒は実家に帰省したらしい。エマもその中の一人で、彼女はこの異能都市マギコから、さらに北西へと進んだ地にある都市の出身らしく、実家に帰省していたので、彼女と顔を合わせるのは四日ぶりである。


 俺とリリーは行く当てもないので、この学園にとどまっていたし、ホワイトも規制せずに残っていた。この四日、俺とリリーとホワイトで、異能都市の下町を散策したり観光したりして時間を潰していた。出されている課題も無かったから。


 エマは後ろで束ねて結んでいた髪の毛をほどく。すると小さく束ねられていた髪が空気を入れられた風船のように一気に広がり、その後いつものボブの髪型へと戻った。


 俺はベットに横たわりながら、そんな彼女の姿をずっと横目で見つめていた。いつもはボブの髪型をしているけど、何で束ねているんだ? 俺がその髪型を気に入っているから? という疑問を投げかけてみたくなったふが、下唇を噛み、どうにか疑問を腹に抑え込んだ。


 「自意識過剰ね」とエマに鼻で笑われる未来が予測できたからだ。そうしたら、俺が恥をかくことになる。いや、それか頬を赤らめながら「そうよ」と肯定してくれるかもしれないという確証のない予想も頭の中に浮かぶ――が、その可能性は驚くほど低いのですぐさま頭の中から抹消された。


 俺はそんな考えをずーっと頭の中で張り巡らしてしまうようになっていた。そしてこの考えにはおそらく終点がない、巡り巡って再び始点に戻っていくに決まっていた。堂々巡りで埒が明かない。


 そんな俺の視線に気が付いたのか、リリーは俺と話すとき、全くこちらの目を見てくれない。視線は俺が寝そべるソファのアームに向けられている。あと視線を数センチずらせば、俺の目に到達するというのに。


 すると男子禁制の部屋の扉が開いた。リリーか? と思ったが違う。見覚えはあるけど喋ったことすらないルームメイトがそこにはいた。合宿の行き、馬車内で俺の対面に座っていた女の子だ。


 眼鏡をかけていて、背はそれほど高くないが、どこか頼もしい知的な印象を感じさせる雰囲気をしている。そしてその容貌には、少女特有のあどけなさも感じさせるから不思議であった。


 彼女は静かにこちらを見つめる。何故だか「希望」という二文字が頭の中を駆け巡った。


 

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