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回帰列伝  作者: 鹿十
第一章 異能学園編
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31 異能合宿⑱ 日はまた昇る

 「クロガミ、よく頑張ったねえ」


 ブルーハウダーはふと口を滑らせる。彼女からあからさまに示された誉め言葉に動揺し、照れてしまい口元が緩むが、その様子を見せないようにしながら口元を締め直した。


 「あーそうだぜ。これは勲章もんだよなァー」


 いつもの声のトーンで返す。腹部の傷は声を上げるのと同時にジンジンと痛む。その痛みを敢えて無視し、気づかないように振舞うことで、その痛みから逃れようとした。血はもう止まっているが、如何せん出血の量が多すぎたようだ、手足はしびれ、頭がくらくらと回る気がする。ホワイトに肩を貸してもらって歩けてはいるが、どうやら限界線はもうとっくに過ぎているだろう。では何が俺を動かしているのかと問われれば、回答に困るのだが。


 「それよりさ、今回の襲撃、どう説明するつもりだ?」


 「……はあ、そうね。死人一人に、重傷者3名。これは……私解雇かしらね」


 そうなのだ。この襲撃によって死人が一名出たことは紛れもない事実であり、その人物が生徒ではなかったから、不謹慎ながらもまだマシではあるのだが、それでも大きな問題になることは事実だ。俺には知ったこっちゃない事だが、教師たちのこの後の処理や仕事を想像するだけで、少し哀れな気持ちになってしまう。強く生きてくれ、ブルーハウダー。


 すると馬車が近づいてきた、コテージの外を数名の教師が見回りに出ているのだが、その誰もが馬の方に目を向ける。馬車の幌の中からは美人の女性が現れる。白衣に身を包んだその女性は、白衣の緩く余裕のある服装をしていても隠しきれない女性的な体のラインが浮き彫りになっており、どことなく色気が漂っている。


 「ああ、エンヴェロープ先生。やっと来てくれたね。怪我人がいるんだ、ぜひとも治療してやってほしい。かくいう私もその一人でね」


 そう言って腹部の生々しい傷跡を見せるブルーハウダ―。包帯が巻き付いてはいるが、血がにじんでいる。


 「ブルーハウダー先生、これはかなりやられてますね。では包帯を外してください。傷跡が見えないと、能力が発動できませんので」


 「あーまず、生徒の方から治療してやってくれ。私は後で大丈夫だ」


 「そうですか……で、怪我をした生徒は?」


 ブルーハウダーは俺の方へ人差し指を向けるとエンヴェロープ先生と俺は目が合った。一瞬

ドキリと心臓が強く鼓動するが、何とか正常心に戻した。エンヴェロープ先生はこちらへ近づいてくる。


 「クロガミ君、また会えたね。君はどうしてこんなにも傷を負ってしまうのかな?」


 エンヴェロープ先生は至近距離でこう呟く。この時初めて怪我をして良かったと思った。腹の二か所切られた傷跡も痛みが引いていく気がする。しかもほのかに暖かさすら感じるから不思議だ。この現象は全くもって謎である。人間の感情と痛覚には深い関係があるのだろう、誰か偉い人が研究してほしいものだ。


 「とりあえず脱いでよ」

 

 「へ?……ってええ?」


 「傷跡があるところ全部見せてくれなきゃ直せないでしょう? さあ、早く」


 いきなり裸になることを指示され、赤面してしまう。しかし、彼女の能力は、傷口を視認しなければ発動できないのだから しょうがない。


 「……は、はあ」


 そう言いながら俺は、着ていたワイシャツと下着を脱いで上半身をさらけ出した。左脇に一つ、腹部の右下に一つ、切り傷の後があり、脇の傷には包帯が結ばれてあり、もう一方は焼け切れてしまっており、溶接したかのように傷口に沿って薄黒い線が通過していた。


 あとは鼻から血が滴っており、右頬と顎には打撲の跡がある。しかも顎に至っては骨が砕けていたそうだ。他にも擦り傷、捻挫など数えればきりがない。


 他の生徒いないが野外で上半身を裸にするのは少し抵抗があった。しかも相手は美人だったので猶更である。


 「……下は?」

 

 「し、下は大丈夫です……よ」


 「いや、ほら足首にも捻挫の後があるし、脛も赤く膨らんでいる。もーきりないよ。裸になって、そうすれば全部直すから」


 「……コテージの中……に移っていいですか」


 俺は懸命にこう発言すること以外の手段を持たなかった。それ以外の手段では対処できなかったのである。







 「あざっす……」


 コテージ内に移った俺は脱いだ服装をまた着直して、エンヴェロープの治療室(仮)を後にした。すると外の部屋にはホワイトとマスタードがニヤニヤしながら待ち構えていた。


 「おい、クロガミ。お前何してたんだよ」


 「そうだぜェ。なあにしてたんだよッ」


 ホワイトとマスタードは俺の両肩にそれぞれ腕を回し体重をかけてきた。


 「痛ェんだよッ。傷は治ったけど、まだ痛みは残ってるっつゥーの!」


 俺の必死の懇願を全く意に介さずにただ興味の赴くままに彼らは会話を続ける。


 「誤魔化すんじゃねえ。俺ァ、お前が何したかに興味があるんだぜ」


 「お前ら、俺の体調は全く心配してくれねえのか…………服を脱いだだけだ」


 ホワイトとマスタードは嬉しそうに顔を見合わせた後、また口を開く。

 

 「その後何したかを聞いてんだぜェ。その後が重要なんじゃねえかよ」


 「……いや、すまん。俺が脱いだんじゃなくて、脱がされたんだぜ。それも能力の発動のためにな。ありゃ苦行だぜ、ただの」


 「脱がされたなんてッ! やっぱそうだよなァー。そうゆうタイプだと思ってたぜあの美人」


 俺の叫びを全く気にせずに体重をかけ続けるホワイトに向けて俺は少しイライラしながら腹部にちょっと強めのパンチを加えると、彼の腹の溝に入ってしまい、予想以上に痛がるホワイト。


 「ンだよクロガミ、何すんだ」


 「あ、ああ悪い。え、えーとな、お前を怪我させてやれば、お前も俺と同様にエンヴェロープ先生の治療を受けさせてもらえるじゃん? だから、これはさ好意の裏返しみたいなもんで―」


 「ああそうゆうことか。確かに、俺も怪我すりゃいい事じゃねえか。ナイスアイデアだぜ」

 

 そう言って、俺の言い訳を真に受け、コテージの外へ出ていくホワイト。彼のああいう素直でひたむきな所は俺も見習うべきなのかもしれないと尊敬してしまうほどに単純な性格である。

するとコテージ外からゴツンと何か鈍器のような物で殴ったかのような音が響いた。まさか、俺はこの一件に何も関係がないと白を切ることにした。


 もう時刻は4時を回っていた。闇はもうすでにその大部分の居場所を無くし、それに取って代わるかのように空の青色が活力を取り戻していた。白色の光がコテージの窓に差し込む。夜明けだ、ついに俺らは夜明けを迎えることが出来たのだ。


 コテージにいる教師や、生徒たちは何も語らずに、しかし一定の統率感を持って、その朝日に導かれていくかのようにコテージの外へ飛び出していく。むろん、俺も道場かれた者の一人である。


 そして皆、東から凛々と立ち上る日を見つめる。その光に照らされ、森の木々は青々しい緑色を存分に誇示する。黒色で染まった大地が一瞬にして緑や青などの様々な色彩を取り戻していく様子は中々興味深かった。どの色も、木々に、空に、大地に予め内包されていたはずであるのだが、闇に覆われている時はそのような気配の一つも感じられないことが摩訶不思議にしか思えなかった。


 なんて、体のいい言葉で締めくくろうとしたが横でのびて倒れているホワイトがどうにも視界に入ってきてしまって、気になってしょうがない。ホワイト、お前も白という色を背負っているのだから、この素晴らしい色彩たちと調和しろと声を掛けてやりたかったのだが……おそらく意味はないだろうとあきらめた。


 何はともあれ、こうして俺たちが土を踏みしめ、大地を崇拝し、日を拝めることが出来たのはめでたい事実であり、称賛に価すべき事柄である。その幸せを噛みしめるために、こうして太陽と対峙しているのだろう、俺も、そして皆も。


 思いっきり背伸びをしてから軽いストレッチをした。その都度、治った怪我がズキズキと痛む。傷口はもう塞がっているのだが、痛覚はきちんと残っているせいで、全く復帰した気がしない。まだ脇腹から血が滲んでくるような錯覚に陥っており、時々その存在しない血を拭う行為をしてしまう。


 俺はこの現象を時差ボケと呼んでいる。もちろん元の意味とは別の意味で。脳が体の修復に気づかずに、まだ傷があると錯覚してしまい、痛覚という危険信号を走らせるのだ。体の時間と脳の時間にギャップが起きている不思議な感覚である。


 「終わったなァ、ああ痛かった」


 俺がふと呟くと、俺の声を呼ぶ声が聞こえる。最初は幻聴かと思っていたのだが、その声はどんどん近づき、実体化していく。


 「クロガミ!!」


 振り向くと、そこにはジーっとこちらを見つめてくる茶色の髪の少女がいた。名はエマというこの少女は、いつもとは異なり、何か申し訳なさそうな、いや何かを恥じらうような表情を浮かべていた。


 彼女の要件が何だかは定かではなかったが、それでも、朗報が届くような気がした。何か福音が啓示されるような気がした。それを掲示する者は天使ではなく、頬を赤らめた可愛げのある少女であったのだが。


 


 


 

 


 


 

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