29 異能合宿⑯ 計画段階
響夜との戦闘が思ったよりも複雑で分かりづらい物になってしまったので、今後番外編として彼の能力の説明のまとめや、今回の戦闘の詳細をできる限り記載したいと思います。
これからも引き続きよろしくお願いします。
時は、響一にクロガミとリリーが逃がされコテージで作戦会議を行う真夜中に遡る。
「作戦を思いついたんだけど……」
俺は小さく手を挙げる。エマもマスタードもデータもリリーも、もちろんホワイトでさえもお前の作戦は当てにならなそうだという表情を浮かべているのが分かる。そんなにも信頼されてないのか、俺は。
「まあ、言ってみろよ」
ホワイトが口を開いて俺に話しかける。俺は一旦息を吐いてから、自分が思う作戦を提示し始めた。
「まず、響夜のメインの力である 道中の出来事を消し去る能力 を封じるために、観測者を数人ほど用意したい」
「そうだね。でも余りにも多く連れていくとバレやすくなるだろうし、しかも連れて来られる人も危険に晒されるんだ。多くの人は連れていけないよ」
俺の提案に対して現実的な視点で考えた発言を挟むのはデータだ。
「そうだな。だからなるべく屈強そうな奴を数人連れていきたい。それで彼らを二つのグループに分けて配置するんだよ」
「しかし、響夜という襲撃者も観測者を増やして帰ってくることを危惧するに決まってる」
マスタードも俺の意見に疑問点を呈する。しかし俺は話を続けた。
「そうだな。一回能力が解除された時点で、響夜は第三者が観測していることに気づき、先に彼らを殺しに行くかもしれない。だから二つのグループに分け配置する。第三者すなわち響夜の姿形をまだ認識していない奴らは、途中で、響夜の姿を誤って認識してしまわないように視覚と聴覚、出来れば嗅覚もふさいでおこう。それで俺の合図とともに、そのグループのリーダーが彼らの目を塞ぐタオルや、聴覚を奪っている耳栓を取り、響夜の能力を認識させる。そうすれば、彼の能力は解除される。それを数回続けたい」
俺の話を聞きながら頷く一同、だが彼らの顔には懸念が浮かんでいる。
「でもさ、それ俺らが今話してた内容となんも変わらないじゃないか。それに二グループに分けたとしても、結局君の合図でばれてしまうと思うんだよ」
ホワイトは腕を組みながら口を開く。クリーム色のふわふわとした髪が目にかかり、視線はどこに向いているか定かではない。俺は彼の意見を否定するように頭を揺らしてこう言った。
「いやいや、先を聞いてくれよ。まず二グループに分ける理由はご存じの通り、一か所に集めていると、ばれてしまったとき、一網打尽に殺されるかもしれないからだな。だから二グループに分裂させておく。そして、さらに俺らは二グループ以上その場にいるように振舞うんだ」
「振舞う? どうやって? 茂みの中を誰かが駆け巡るのか?」
マスタードが疑問を投げかけた。俺は少し笑いながらもその発言をスルーした。
「いや、ホワイト、お前の能力を使えば茂みを揺らすくらい楽勝だろ?」
俺はそう言ってホワイトの顔を見る、ホワイトは自分のことを指さしながら困惑した表情で「オレェ?」と呟いた。
「ああ、お前は風を操って周りの茂みや木の葉をなるべくランダムにかき回し続けてくれ、そうすりゃ声音も茂みの揺れも目立たなくなる」
データが俺の発言を聞き頷いた。
「そうだね……そうやって周りを揺らし続けていれば、響夜も観測者を殺すことを諦めるだろう。もしくは数が多すぎて、恐れをなして逃げ出すかもしれないな」
俺は少しデータに肯定されたことが嬉しくて微笑んでしまった、我に返り、再び真剣な表情に戻して発言を続ける。
「そうさ、これが一つ目の作戦……えーっと……名付けて」
「風神たぬき……」
俺が名称を付けようと悩みこねている間に、横のリリーがボソッと風神たぬきと呟いた。
思わず「え?」と聞き返してしまう。
「惑わす、騙すと言ったらたぬきでしょ……?」
リリーはかなり真剣な顔をしている。ダサいし締まりのない名称だけど、リリーの可愛さに免じて、その名称で通してやった。
「えー、そうだな。それでいいや。とにかく、この作戦を行えば、単に二グループに分けるより生存率が上がるはずだぜ」
皆、少し考える素振りを見せたが、すぐ腑に落ちた様に頷き始めた。するとマスタードがこう言った。
「なら、二グループのリーダーは、ホワイトとリリーちゃんに決定だな」
「あ? なンでだよ!」
マスタードの提案を聞き、ホワイトは喧嘩を売るようなトーンで疑問を投げかける。マスタードはその疑問にこう答えた。
「リリーちゃんがグループのリーダー、つまり合図を受け取り、目隠しを外す役割を担えば、わざわざ大声で合図を送る必要がない。リリーちゃんは『五感強化』の能力を持っているんだ。だから最後まで潜伏するグループにぴったりなのさ」
その発言を聞き、ホワイトは首を傾げたまま質問を返す。
「ん~、リリーちゃんがリーダーやるんは分かったけどよオ、なんで俺もなんだ?」
「あー別に、ホワイトがリーダーをやる必要はない。リリーちゃんのグループ、すなわち潜伏をする方のグループとは別のグループについていればいいだけさ。風を起こすんだから、ホワイトはなるべく戦場にいるのが適切ってことだよ」
「あ~ンだよ。そうゆうことかァ」
ホワイトは気の抜けた返事を返した。会話が途切れたのを見計らって俺が口を開く。
「あーそうだな。二つのグループに分けて、一方のグループはずっと潜伏。もう一方は、俺の合図に合わせて、観測者を解放させつつ、周りの茂みを人がいるかのように揺らす。そして、響夜に分かりやすく、人数が何人ほどいるのかを推測させるように、潜伏しない方のグループはなるべく派手にやっていい。恐らく奴は、俺を殺すまで、茂みの揺れに惑わされて、周りの観測者たちを殺しに行こうとはしないだろう」
「……ちょ……アンタたち、意味わからないことで悩んでいないでよ、私にも詳しく説明して……」
そう焦ったように発言するのはエマだ。するとエマは肩をポンポンと二回ほど叩かれたのに気づく。振り返ると、ホワイトがエマのことを輝いた目で見ている。そのホワイトの様子を見て、ため息をついた後、ぽつり「ホワイトと仲間かあ」と悲しそうにつぶやいた。
「そして、ここからが、作戦の本筋。二つのグループに分けて、風……えーっと風神たぬき……だっけ? の作戦で奴をくらまし、その後、潜伏していたグループが気づかれないように、響夜の能力を強制解除させ、俺は能力が切れたと分かっていない響夜のアホずらに、炎を叩きこむ――っつうのが、今まで言ったことなんだけど」
俺は風と口に出したとき、リリーが凄い目でこちらを睨んできたので思わず作戦名を言いなおしながら、今までの話を大体まとめた。そして一呼吸を置き、再び話を続ける。
「これが最後、俺の予想では多分、二つ目のグループの存在も結局響夜に気づかれちまう気がするんだ。だから駄目押しのために……」
俺は話を辞め突然立ち上がり、ベットに胡坐をかきながら、お菓子を食べている獣男の元によっていき、彼の肩を叩いた後、遮った話を紡ぎ始める。
「このナイスガイである獣男君を使うぜェ!」
「……は?」
あれ……意外と反応が良くない。皆冷たい目をこちらに向けてきた。データやホワイトはこいつ何を言いだしたんだという軽蔑に似た表情を向けてくるし、エマに至っては、お決まりのジト目を俺に向けながら、ため息を吐いている。どうやら俺は冗談を言っていると思われているらしい。
「え? ちょ、なんで? 結構いい作戦だと自負してたンだけど」
俺は沈黙と侮蔑の視線に耐えきれず、思わず弁解を展開した。
「何に使うんだよそいつを」
マスタードが俺に声を掛ける。
「この男、凄いんだぜ? 暗闇の中で四足歩行をしていたら誰でも絶対、動物だと勘違いするね、俺ァわかばと一緒にこいつを見た時、マジに驚いたんだッ」
「だーから、そいつをどう使うつもりだよ! あれか? 襲撃者と肝試しでもやるんなら少しは使えるけどよオ」
マスタードは呆れたかのように欠伸をしながら突っ込みを入れた。俺はその突っ込みに怖気づかずに話を続けた。
「それもいいかもしれねェけど、お前らよく考えろ? こいつなら観測者にピッタリじゃねえか! たとえ存在がばれたとしても、獣にしか見えねえから何のデメリットもねェだろ?」
「……まあ、確かに」とデータは納得する。こいつは中々物分かりがいい。
「だろ? だから風神たぬき戦法も、隠密グループ襲撃戦法も失敗しちまった時、この獣を登場させるんだぜェ!」
「……でもさ、その獣男はどこに配置しておくんだよ。ずっと四足歩行させたまま、近辺を駆け巡らせておくつもりか? いくら何でも不自然じゃねえか」
マスタードは落ち着いた様子で痛いところを突いてくる。その通りだ、結局、この獣男を使って作戦を行うなら、何もない荒野あたりに行くのが一番いいんだ、そして何なら、獣男の存在に先に気づいてもらった方がいい。それで彼を獣と見間違えた後、安心して俺と響夜が対峙して一対一で戦う状況に持っていければベストだ。いや、その状況にもっていかなければ、響夜を慢心させることはできないだろう。
「……ブルーハウダー」
「え?」
「ブルーハウダーに連れて行ってもらおう、荒野かどこか見通しがいい所へ。もう俺と響夜しかその場にいないような状況下にして、響夜を慢心させるんだ。この獣男は予め、その荒野に配置しておく、そうすりゃ十分だ」
俺は必死に考えた作戦を発言する。しかし、ブルーハウダーに許可をもらうのはほぼ不可能であることに気づいていた。俺らが無断で響夜の元に行くことすら許してくれないはずだ。そうこれはあくまで俺たちで勝手にやっていることなのだ、響一を救う、ただそれだけのために。
場が静まり返る。皆、今の作戦の無謀さを実感し、響夜を倒す可能性を否定し始めているのだ。それもそうだ、俺たち学生が集まって勝てる相手じゃないのだ。第三領域能力者、軍を動かしてやっと討伐できるレベルの相手と俺らは対峙しようとしている。
俺は諦めたくなかった。自分たちが今いかに無謀な賭けをしているかを深く実感したがそれでも、諦めたくなかったのだ。俺を逃がした響一を見捨てることは、俺のプライドをズタズタに切り裂く行為とほぼ同義であったから。
「とりあえず……別の部屋にブルーハウダー校長はいるぜ……話でもしてきたらどうだ?」
俺が険しい顔をしながら、無力さに耐えかねていた時、マスタードはそんな俺を気遣ってくれたのか、穏やかな顔をしながら、こうつぶやいてくれた。俺は「悪い」と一言声を出してから、立ち上がり、その部屋を後にする。二階に上がり、トイレの隣にある扉を開けると、そこにベットに横になっているブルーハウダーの姿がいた。
彼女もなんとか、生き延びたようだ。俺よりも大きい傷を負っていることが、包帯に滲む血の領から推測できる。
俺は校長に出来るだけ分かりやすく、それでいて正直に、ありのままの気持ちを吐露した。ブルーハウダーはただただ、黙って俺の話を聞いていた。俺が話し終わると、ブルハウダーは険しい顔をしながら、一言「駄目だ」と答える。「生徒をそんな危険な所に連れていけない」と言うのみだった。
俺は強情な彼女の態度に少し腹が立ってきた。その怒りはおそらく、俺自身に向けてのものなのだろうが、そんなことも気にせず、いやあえて無視して、彼女に何度も嘆願する。言いたいこと全てを言った後、彼女はただ「お前はどうしたいんだい」と俺に話しかけた。
俺は考えに考え続けた。しかしいくら考えたとしても、その単純な問いに対する明確な答えは浮かび上がってこない。俺は何がしたいのだろうか。そう何度も何度も問い続け、言葉が不意に、意識することなく口から零れ落ちる。
「……帰りたいんです。きっと、俺らはいつも……帰る場所を探している」
その言葉を聞いたブルーハウダーの瞳が一瞬煌めいたのを感じた。その視線は俺の方へと向けられてはいたが、俺のことを見てはいなかった。おそらく、俺の、さらに先にあるものを見ていたのだ。
ブルーハウダーは呆れたようにため息をついた後、駄々をこねる子供のわがままを許す母親のような態度で俺の案に同意を示したのだ。ある条件付きで。
そしてその条件とは作戦に関わる全ての人が座標点と呼ばれる転移をするために必要な石を持つことと、奴と直接戦闘する俺以外の人物は響夜の前に姿を現してはいけず、もし表すように脅迫された場合は、ブルーハウダー自らが代表して姿を現すという二つの条件であった。
俺はその条件を受け入れ、ブルーハウダーに許可と能力使用させる権利を得た。
その後、軽い足取りのまま、元いた部屋に戻り、許可が下りたことを皆に伝えると、ほっとしたかのような、緊張したかのような苦笑いを浮かべて喜んでいた。彼らの中には、この作戦が注されてほしいと願った者もいるだろう……それもそうだ、わざわざ危険を冒したがる奴はいない。
その後、改めて議論をまとめるためデータが声を荒げながらこう発言する。
「あらためて作戦を順に説明していくよ。
①集まった観測者を二グループに分け、分裂させる。
②一方のグループはずっと潜伏する。もう一方のグループは比較的自由に動いてよい。
③ホワイトが風を操り、周りの茂み、木々を揺らして、無数の人数がいるかのように演出させる。
④自由に動いてよいグループは少し目立った行動をする。
⑤自由に動いて良い方のグループの観測者がいなくなったら、ホワイトは茂みを動かすのを止める。潜伏している方のグループは、目立たない合図を受け取り、観測者を放出する。
⑥ ⑤の時点で、響夜が騙されなかったら、作戦を引き続き行う。
⑦ブルーハウダー先生が、響夜とクロガミを荒野へと飛ばす。(その荒野には獣男が潜んでいる)
⑧獣男の存在に敢えて気づかせ、獣男が人間でないと認識させ、響夜を油断させる。
⑨おそらく響夜は慢心し、能力を発動するが、ここで獣男が彼を観測し始め、能力を強制的に解除させる(響夜は解除されたことに気づいていない)
⑩クロガミが、能力を用いて、響夜をボコる
ということだね……ふう、かなり疲れたよ。何か疑問はあるかな?」
するとマスタードが胡坐をかきながら質問する。
「④の行動をする意味と、⑤でなぜホワイトが茂みを揺らすのを辞める必要があるかが分からねえな」
コホンと小さな咳をした後、再び質問に答え始めた。
「④の行動をすることで、もう片方の潜伏グループの存在に気づかせないようにするためだよ。茂みを揺らすことでさらに注意を分散させ、潜伏グループに意識をいかせないようにする。
⑤のタイミングで 茂みの揺れを止めるのは、これも同様に潜伏グループに気を向けさせないようにするためさ、自由に動き回るグループが捕まった後でも茂みがコソコソと動いていたら、明らかに別のグループの存在がいることに気づいてしまうだろう?」
「ああ、そうゆうことか」
「でも、まあ。ここら辺の工夫は気休めにしかならないさ。こんな感じの解説で良かったかな、クロガミ?」
データは俺に目を向ける、俺はただ頷いてから、口を開き始めた。
「ああ。まず、この作戦には二つのトラップがある。一つは潜伏グループからの観測者による能力強制解除。響夜がその存在に気づいてなかったら、ここで奴を倒せる。番号だと⑤の所までだな。しかし、ここで奴を倒し損ねたとしたら、俺らは二つ目のトラップに突入せざるを得ない。それが、獣男の観測による能力強制解除、ここで奴を殺せなかったら……少なくとも俺は即死だろうな」
リリーは俺の発言を聞いて心配そうな顔をしながら、俺の服をつまんだ。俺はそんな彼女に向かって話しかける。
「大丈夫だリリー。俺は死なないからな」
そう言って頭に手を置くが、リリーは納得していなさそうに口をとがらせる。
「そう、この作戦は全て、関係のない第三者(=観測者)の乱入によって、彼の能力は強制解除されるという条件の上に成り立つ作戦だ。彼はもちろん、この第三者の介入を警戒しているだろうから、簡単にはいかない。だから敢えてブラフを貼ることで、別の観測者の存在に気づかせないようにするというのが一つ目の作戦。 敢えて、観測者がいないような環境に彼を持っていき、そして観測者自らの存在を敢えて晒すことで、彼を慢心させ、能力解除に気づかせないように工夫するのが二つ目の作戦だ」
データは出た作品の概要をまとめ始めた。提唱した俺でさえも理解に苦しむような内容の作戦である。
だけど俺のチンケな頭ではこれくらいの作戦しか思いつかない。軍で戦うような相手に対して、俺ら学生が戦おうとしているのだ。そりゃ作戦にも少し無理は出てくるだろう。しかし、響一を見捨てることはできない……彼が心配というより、俺のプライドがそれを許さないのだ。
「俺がシャキッとしねえとな」
ふとこう呟いた。作戦の提唱者である俺が怖気づいていたら、元も子もないだろうから。
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