1 日常
この物語は登場人物全員が、生きる理由を探していく話です。
暗い話もちょくちょくありますが、よろしくお願いします。
初投稿作品なので、誤字脱字が多いかもしれません。
「おーい、おっさん、聞いてるか、おい、ついに寿命でくたばったか」
黒髪で細身な少年クロガミがカウンターの椅子に座りながら眠りこけている巨体のおじさんに話しかけている。
少年クロガミはしびれを切らしたのかおじさんの鼻をつまんでゴムのように伸ばし始めた。
「いてえ、何者だ。なんだ、クロガミの糞坊主か。くそ、珍しく良い夢見てたのに」
巨体は起き上がる、先ほどつかんだ大きい鼻は赤く腫れあがり、さらに膨張していた。
「へェ、どんな夢だったのか、聞かせろよ。その大きい体に見合うくらい、さぞかし壮大な夢だったんだろうなあ」
「ああ、そりゃ最高なんて言葉じゃ言い表せないね、まずこの酒場は大繁盛していて、大都市セイキョーの商店街のうちの一番目立つ位置にあるんだ。そして酒場はこんな汚なくてみみっちくなく、キレイでこじゃれていた、客も美人ばかりでよお、そこで俺はたる酒じゃなく、名前は忘れたが、上品で色のついたすっくねえ量の酒を提供してたんだ。ワインとか言うんだっけな」
「そりゃあたいそうな夢だな。おっさんの頭にしては中々作りこまれた夢だ」
「まあ、何よりその夢の良かった点が、クロガミとかいう糞ガキがいなかったことだな。ちょうど今俺の目の前にいるようなガキ、てめえのことだ、何のようがあってここに来た」
「うっせえぞ、おっさん。もう一度眠らせてやろうか。また快適な夢の続きが見られるようにな」
「そのひょろひょろな腕で俺とやろうってのかガキ。
てめえの腕の細さは注目もんだな。肝心の中身が詰まってなく、骨と皮しかねえ。てめえの頭と一緒だな」
「なめやがって」
クロガミと呼ばれる少年がおっさんの胸ぐらをつかみ、その巨体に殴りかかろうとした。
細い右腕が宙を湾曲しておっさんの顔に激突されようとした瞬間、後方の入り口から若い男の声が飛んできた。
「おい! 何をしているッ!!」
「チッ」
少年は舌打ちをするとすんでのところで止まった握り拳をほどいて、頬杖をついた。
「また、お前ら喧嘩しあってんのか。ほんとうに飽きないな。クロガミ、お前も少しは懲りろ。何度喧嘩をおっぱじめるんだ、いつも負けているだろ。これで何回目だ」
「26回くらいだな。全部このクソガキが仕掛けてきたもんだ」
「違う28回目だ。それに……全部負けたわけじゃない、5回は引き分けた」
「違うぞガキ、ありゃあ俺が手抜いてやったんだ。そうしねえとお前永遠と続けるからな」
「何回だろうとどうでもよいことだぞ。お前らは似た者同士だからな。どっちも喧嘩っ早いくてガサツ。そのうえ頑固。喧嘩し始めたら、どっちかが気絶するまで終わらねえからな。まあ、主に気絶するのはクロガミの方なんだがな」
そう言いながらクロガミの方に目をやる男、彼は二人と違って比較的裕福そうな身なりをしいる。
髭もしっかり手入れされており、青みがかったコートを着ている。
「で、何の用でここに来たんだガキ。臓器売買か?うちでは扱ってねえぞ」
「ちげえよ、オラ、これだよ」
クロカミはポケットから小汚い袋を取り出すと、その中身を取り出す。
淡い銀色に輝いた鉱石が二つ飛び出た。
「リッド鉱石だッ。おっさんにこれを売りに来たんだよ」
おっさんはその巨大な手で鉱石をつかむと物珍しそうに鉱石を見つめた。
と、思うとため息をついた。
「はあ、てめえ、これのどこがリッド鉱石なんだよ。リッド鉱石は金色なんだよッ。
目腐ってんのか。こりゃただのガラクタの破片だ」
「ええ、嘘だろ! おい、ちゃんと見てくれよ、この銀色、美しいだろう? 珍しいもんにちがいないぜ。なあ、キリーさん? あんたもそう思うだろう?」
「え、僕? い、いやあ僕、鉱石には詳しくないからねえ」
キリーという裕福そうな男の返答に失望しながらクロガミは祈り始めた。
「頼むよ、おっさん、さっきはバカにして悪かった。これが売れないともう明日食べる物も買えねんだ。」
「はんッ! 先ほどバカにしたツケが回ってきたな。今頃祈り始めても一瀬神はお前のことなんざ助けてくれねえぞ、いい気味だなガキ! そんな得体の知れねえ鉱石なんざ買いとる暇はない! なぜなら俺はお前よりたんまり金をお持ちのキリーさんの接客に手を焼く予定だからなッ! ああ、忙し忙し」
高らかに笑いながら、奥の厨房に戻っていこうとするおっさん。
クロガミはうつむいて、先ほどの威勢を無くし、今にも泣きだしそうだ。
「頼むよ……これを売らなきゃ、リリーが腹を空かせちまうんだ」
クロガミはボソッとつぶやいた。おっさんは歩を止め、振り向かずに聞き返す。
「リリーっつうのは、お前が連れてきた、お前にまったく似てない可愛い妹のことか?」
「そーだよ、俺は食わなくても平気だけど、リリーには……」
「はッ。兄弟そろって、餓死でもするんだな。お前らみたいな乞食相手にしているほど、俺は余裕を持っていねえ」
こう言っておっさんは奥の厨房へと消えていった。残されたキリーとクロガミはしゃべらず静まり返っている。
キリーは声をかけてやろうとしたが、何と声をかければよいのか分からない。
自分のような裕福な身では何を言ってやっても、それが嫌味にしかならないことを理解しているからだ。
「おー? いつから俺の酒場はお葬式会場になっちまったんだあ?」
厨房から帰ってきたおっさんは右手にはグラス一杯の酒、左手には分厚い図鑑を持ちながら元気よくこう言ったが、もう反論する元気はクロガミにはない。ただただうつむいている。
「はいよキリーさん、たる酒だ、味は薄いがちょいと我慢してくれ、水で薄めててな、そうしなきゃやっていけねーんだ、だが安心してくれ、その代わり量は増えてるからな」
「ありがとう、いやこの店の酒は薄さが魅力だと僕は思っているからね。それに安いしよく酔える。結局こういう酒が一番美味しいんだよ」
「カカッお世辞がうまい事、あと……おいガキ、てめえがよこした鉱石また見せやがれ」
クロガミは投げやりに鉱石を渡した。
「ふーん、あ、あのな、こ、これ、言いにくいんだけどな、実はだな。さ、さっきな厨房に戻った時な、なんかこの鉱石見たことあるなと思ってだな……それでだな、この鉱石図鑑を広げたらな……」
おっさんは恥ずかしそうに目を合わせずに話し続ける。
「みろ、このページ、銀色の鉱石あるだろ、これ、ミレイ鉱石っつうんだけどな。お前の持ってきたヤツ、これとそっくりなんだ。だから、もしよければだな、金と交換してやっても、い、いいんだぞ?」
クロガミは思いっきり顔を上げた、満面の笑みを浮かべている。
「ホントかッ? このおっさんヒヤヒヤさせやがって、何ゴールドで交換してもらえるんだ?」
「あ、ああ。相場だと40ゴールドほどだなあ、これくらいなら、交換してやってもいいぞ?」
「ああんッ?たったの40ゴールド?あれだけ、俺を待たせて侮辱してたったの40ゴールドですか?いいんだぞ、俺は取引所やギルドに行けばあもっと高値で交換してもらえるかもしれないからなあ」
「チッ、く、くそがー。しょうがねえ65ゴールド、い、いや75でいいよ」
「い い よ だと?」
「お、お願いします。クロガミ様」
「いよっしゃあ! この鉱石、メルーの丘にたっくさんあるんだ。それ全部買い取ってもらうぞ。おい、糞おやじッ! 金たんまり用意して待ってろよ。イヤッホー!!」
大声で喚き散らしながら酒場を後にしていくクロガミ。残されたキリーとおっさんは茫然としていた。
「なんだあ、あのガキ、糞が、この2個しか交換してやんねえからな」
悔しそうに喚くおっさんを見てほほ笑むキリー。その笑みには穏やかさが含まれていた。
「やっぱり、優しいですね、店主は。クロガミが渡していたあの鉱石、ただの鉄クズですもん」
「なんだよ恥ずいな、ばれてたのかよ。完璧な演技をしたつもりだったんだがなあ」
「完璧な演技?どこが。しどろもどろで見ていて笑い出しそうになってしまいましたよ」
巨体は大きな顔を真っ赤にする。その赤い顔を隠すように後ろを向く。
「優しくなんてねえ、あのガキが腹空かせて泣きわめくのはおもしれえが、リリーちゃんまで泣き出すとなると胸が痛むからな。俺は女尊男卑徹底主義だから、かわいい女の子が泣いているのは許せねえわけよ」
「ふふっまたまた。クロガミ君とも十分仲良しでしょう」
「あのガキと俺が?笑っちまうな、年中無休で喧嘩しあっとるぞ。酔ってんのかキリーさん」
「いえいえ、正常です。僕酒は強いんですよ。さてと、飲み終わったことだし、僕はもうそろそろ行きますね。お代は20ゴールドで。お釣り入りませんよ。今度来た時には、クロガミ君のあの物騒な言葉使い直しておいてくださいね」
「おお、さすがキリーさん。太っ腹だねえ。でも、クロガミの言葉使いを直すのだけは俺でも無理だな。あんたの方が付き合い長いんだろう?どうにか教育しなおしてやれねえか。俺じゃ何言っても通じねえよ」
キリーは立ち上がり店を後にするかと思うと、突然何かを思いついたように振り返った。
「店主さん、僕が言っても無駄ですよ。僕の助言は嫌味にしかならない。僕は能力者ですからね。こんな僕が彼に伝えれることなどありません、僕は無能力者の気持ちに寄り添うことが出来ません」
つばを飲み込み話を続けるキリー。
「言葉使いっていうのは本当に信頼している者から似るものなんです。クロガミくんのあの乱暴な言葉使い、はたして誰に似たんでしょうかね」
「……」
「信頼ですよ。信頼。僕は能力は持っていても、信頼はもっていません。あなたしかできないことなんですよ。では」
そう言ってキリーは酒場を後にする。
「信頼……か」ふとそうつぶやいた。
「あのおっさん、今に見てろよ、全部売り払って破産させてやる!!」
そう意気込んで必死に丘の上の野原を探すこの少年は、先ほどのクロカミと呼ばれていた者である。
手を泥で真っ黒にしながら必死に草をかきむしり、土を掘り、銀色の石を集めている。もう3個ほど見つけたようだ。そこに一人の女の子が近づいてくる。
「おい、にいに、今までどこほっつき歩いてたんだ。リリーのお腹見て。何か言うことない?」
リリーという少女は薄いワンピースのような服を上げて腹を露出させた。
クロガミは見向きもしない。
「ねえ、聞いてんの。何か言うことない?」
リリーは無理やりクロガミの頭を両腕でつかみ、回した。
振り向いた先には腹があった。それも少女の。
「あー、えっと、太った……か? なんでなんも食べてないのに太るんだ?」
「いいえ、違う。却下。空気だけしか詰まっていません、2日、何も食べないで生きてます。生存しているのが奇跡です。わかる?奇跡。16歳の生命力がなかったら死んでいました。
にいに、言ったはずだよね、俺が食い物持ってくるって。だから期待してた。だけどさ、何も来ない。だからさ、もう胃が疲れたんだよね。もうびっくりするくらい、すっかすか」
「おーおーそうゆうことね。わかったよ、でもさ、兄ちゃんもただ遊んでたわけじゃない。
見えるだろ?この銀色の鉱石、これを売って金にするために、今収集してんだ。あー収集って集めるって意味ね。だから俺のこと許してね。あと、おなかは疲れないぞ、おなかは空くもんだ。」
「おっけ、理解、ところで確認。でもさ、泥遊びしてるじゃん。あのさ、私はにいにの全部を否定したいわけじゃないよ。褒めたいところもある。けどさ、ほめれる所なんてない。これ残虐だよね。」
「わかったわかった、リリーは悪くないけど、いいかげんさ、腹を俺の顔に押し付けるのやめてくれない?知ってる?これ結構呼吸しずらんだぜ。呼吸しないとどうなると思う?兄ちゃん死んじゃうんだぜ?」
「じゃあ言うべきことがあるでしょう?単刀直入に、わかりやすくね」
「ご め ん な さ い はいおっけー帰ろうか。てかよくこの場所がわかったな」
「鼻で嗅いだらすぐわかるよ、なめすぎです。にいにとは違うからね」
そうだ、こいつは何もかもが根本的に俺と異なる。
俺に似ず可愛らしい顔をして、俺に似ない白色のストレートの髪型に、シミ一つない真っ白な肌。空より深い青色の瞳は鏡のように反射し、俺を映し出している。
また俺と出生地も苗字も何もかもが違う。
血も繋がっていないが、5年ほど前から共に暮らしている。何を隠そう、彼女は元奴隷だったのだ。貴族相手に売り払わている最中に、俺が彼女を強奪した。
馬鹿げている。お偉い奴らは平気で下民を虐げる。貴族のモットーは 人を傷つけず である。おそらく、俺ら下民は彼らにとって人ですらないのだろう。
そして下民かどうかを分ける線引きは、金でも、知力でも、権力でもない。
条件は「能力を持つか否か」だ。言ってしまえば才能だ。どんなクズでも、能力さえ持っていれば下民にはならない。
幼い頃、彼女は盗賊につかまり、この貧困街で奴隷として売られているところを俺が買った(というか盗んだ)。盗んだ理由は二つ。自分より年下の子が売りに出されていることが気に食わなかったことと、こうゆう小さいガキは、貴族の物好きに高い値で売れることだ。
小さければ小さいほど良いと考える変人の貴族に。
人身売買も、人体実験も犯罪である。しかしそうしたルールは建前であって、真実ではない。抜け道となる穴が存在していて、その穴こそがこの貧困街なのだ。
世の中のたまりにたまった怨念やツケがこの貧困街に押し寄せる。俺もリリーもそのツケを払う被害者である。
「にいに、何を考えている? ひどくため息をついてるね」
「なんでもねえ。俺もリリーも誰かのツケ払いに追われ続けているなと思っただけだ」
「ツケ払いって何? 聞いたことがないな」
「俺がいつも酒場のおっさん相手にしてるやり方さ。食うだけ食って、後日払う。でもその後日はいくら待ってもやってこないし、支払うのは俺ですらない」
「へー、よくわからないけど、ツケ払いってやつはよっぽど幸せなものなんだろうね」
「なんでだ?」
「だって、こうしてリリーがにいにと一緒にいれるのも、そのツケ払いってやつが原因でしょ?じゃあ、ツケ払いに感謝しないとね、だってリリー、にいにと一緒で凄く幸せだもん」
リリーは微笑みながら一切照れずに言った。そういえば、何故リリーを売り飛ばさないのかを説明し忘れた気がする。いや、説明は不要だ。こんな可愛くて愛おしいことを言ってくれる子をどこかに売り飛ばせる訳がない。
居たとしたらそいつの前世はナメクジか何かだ。おそらく人間ですらない。
「はやく帰ろう。スープを作ってあげる。すごく薄いやつ」
「リリーが作るスープはスープじゃない、ありゃ塩っけのあるお湯だ」
笑いながら手を引かれて帰る。下民だとかなんとか言ったが、正直言うと今の暮らしはそれほど悪いものじゃない。
最低限の食事と、最低限の仕事、そしてリリーと、あと酒場のおっさんも入れてやってもいい、これらがあればもう俺は何もいらない。
飯も一日一食で、死なない程度の量でいい。女っけがない人生でもいい。
だから頼むよ神様、もう何も、これ以上のものを望まないから、もう俺から何も奪わないでくれ
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