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回帰列伝  作者: 鹿十
第一章 異能学園編
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24 異能合宿⑪ トラック・転生者

割と大切な回です

 響夜の額からは大粒の汗が滴る。その汗を彼が着ている和服の袖でぬぐい、そのまま袖を捲る。

 

 金色と、黒色のコントラストで彩られた前髪をかきあげ、小さい額を露わにした。思ったよりも男にしては華奢な体つきだと思った。兄の響一の方は、顔も響夜より長く、肩の幅も広いという男的な体つきをしているのに対して、響夜は、兄と比べ小柄で、腕や首も細く顔も小さいし、何よりも中性的な顔立ちをしている。


 「わしの能力のデメリットは、お気づきのように、大人数相手に弱い点と、結果にたどり着くという条件を満たさにゃあ、透明になるだけといった糞みたいな能力になってしまうという点じゃ」


 響夜は笑みを浮かべて自身の能力の詳細をペラペラと語り出した。


 「対大人数戦と、発動条件の特異性。この二点がわしの弱点であることを認めよう。しかし逆を言えばこの二点を攻略できさえすれば、わしの能力は無敵足り得る……」


 「そんなにペラペラと語って大丈夫か?」


 響一が響夜に向かって注意を促す、すると響夜はその言葉を聞き、呆れたようにため息をついた後、口を動かした。


 「問題ない、死人にゃあなんぼ語ってもどうってことない。死人は口を開けんけぇな」


 俺たちを中傷するように嘲笑う響夜。


 「ここにおるなぁたったの3人。それに場所は夜の森の奥底じゃ、だあれもここにゃあ来んじゃろう。じゃけぇ、さっきみたいに、突然そこのカワイ子ちゃんが起き上がって、わしの能力を認知する対象が増え、能力が強制的に解除される心配もない」


 こいつは先ほど、自分で能力を解除したのではなく、強制的に解除されてしまったのだとこの時気づいた。ここで再び、こいつの能力について整理しておこう。


 こいつの能力の本質部分である 経路を無かったことにする力 は二つの発動条件がある。

一つは、結果を指定し、その行動を達成しなくてはならないこと。そして二つ目はその行動の結果をその場にいる人物全員――すなわち響夜の能力を観測する者達――に認知させなければならないということだ。


 すなわち、指定した行動の結果は、その場にいる全員が気づく程度に派手な行動でないといけないということだ。だから自ずと指定できる行動の範囲も狭まる。それもその場にいる人が増えれば増えるほどに。


 そして恐らく、リリーが目を覚ました時に、彼の能力が強制的に解除された理由は、観測者が一人増えてしまったからであろう。

 ゆえにここに、響夜本人でも知らなかった能力の重要な欠陥がある。正確には、彼の能力である 経路の出来事を無かったことにする力 は、実は三つの発動条件がある。


 一つ目と二つ目は響夜が先ほど言った通りの条件で正しい、そしてもう一つ明らかになった条件は、「能力発動中に、新たな観測者が関わらないこと」だ。


 リリーが目を覚ました時、リリーという能力を観測する者が一人増えた。そしてそれは、響夜でも想定していなかったことだった、だから彼の能力が解かれてしまった。


 これらから推測するに、彼の能力を突破する方法は二つ。

 

 ①彼の能力発動中に、新たな人物を乱入させ、彼の力を観測してもらい、彼の能力を解除させること(しかしこちらの方法は、先ほど響夜が言っていた通り、周りに誰も人がいないので不可能に近いだろう)


 ②響一の提案通り、彼を結果に到達させる前に屠ること



 やはり②しか方法はないな。彼は条件を観測者が「認知」できるかどうかと語っていたので、おそらく見ているか、見ていないかは関係ない。彼の存在に気づいているかどうかであろう。だから、もし俺が響夜の能力発動とともに、目を閉じてから開けるという行為をしたとしても、①の方法通りに、響夜の能力が解除されることはないだろう。


 響夜は能力を発動させ、姿を闇に帰す。すると、響一は、彼を結果に到達させないよう、透明になっている間、つまり経路上にいる間に屠ることに決めたのか、美しく、激しい声で詠唱をした。


 詠唱を終えると右手を前に突き出し、その後に左腕を突き出した右腕に垂直になるように合わせる。響一の胸元に腕で作られた、構成物質をたんぱく質に持つ十字架が結ばれた。


 その様子はまるで、有能な指揮官、ひいては大合唱団を束ねる天才指揮者に例えることができるだろう、少なくとも俺の目にはそう映った。


 石は再び思い思いに、まるで生まれたばかりの赤ん坊のように予測できない経路を不規則に動き始める。石は空間を持て余し、挙句の果てには同じように不規則的に動く石同士でぶつかり合い、鐘がなるような高温と火花を発する。これも以前見た光景と同じだ。


 その石の動きをただ目で追っていると、突然腹部に強烈な痛みが走った、そして痛みの後に衝撃が来た。俺はその衝撃に自由を奪われ、右横の草むらに転がる。


 草むらに大の字になって寝ている俺の姿があった。腹部を確認すると深い切り傷と真っ赤な血が滴っていた。手のひらで腹部を触り確認すると、血はまるで朱肉のように俺の手に赤いインクに似た血液を付着させた。


 「がああああああ」


 俺は痛みに悶絶し、耐えきれず叫ぶ、もう何度目だろう、痛みに耐えかねて泣き叫ぶ行為は。

リリーは俺を心配し近寄ろうとするが、響一が彼女の肩を抑え、行かせないように力を加えていた。響夜は口を開く。


 「『弾幕遊戯』 の能力は強力じゃ。直線、湾曲、追尾、無規則……指定した弾丸に、これらの動きを強制できる。大人数にも、タイマンにも使え、手数も多く、応用に効く。しかし、何でもできるけぇこそ器用貧乏であり、詠唱必須という戦闘において圧倒的なデメリットが存在する。詠唱にゃあ必ず数秒かかり、小回りが利かんちゅうなぁ、実践において明らかなデメリットじゃ」


 「……だからなんだ」


寝転んで、叫ぶ俺を無視して、8メートルほどの距離を保ちその間に俺を挟んで会話を始める響一と響夜。死ぬほど痛くて、会話が耳に入ってこない。大量の血が、まるで俺の物じゃないかのように体から無尽蔵に飛び出していき、貧血で視界がグラグラと揺れる。


 「弾幕遊戯 の能力は、対人向きじゃないんじゃ。矢を放つ狩人みたいに、相手と距離を取って、射撃を行うのに適しとる能力なのさ」


 「ああ……知っている」


 「なのにアホ? 出しゃばって敵にわざわざ近づいて来やがって。あれか? 弟ならば話し合いで解決できるとでも思うたのか」


 「……」


 響一は弟の発言に答えない。ひたすら臨戦態勢だけを取り続けている、その行為が弟の疑問に対する回答であるかのように。


 「われの欠点はそこだ。そがいな判断の甘さ、非情なり切れん性格、そこがわれの一番ムカつくところなんじゃ」


 「響夜、御託は言い、早くかかってこいッ」


 「……チッ……そうやって弟扱いする所が気持ち悪いんじゃ!!!」


 〔臓物は愚直、祭壇には鋭利な人肉を、乖離する十字架とともに初夜の安らぎを、そして、いずれ生まれる新たな生命に――崇拝を――〕


 響夜が姿を消し、響夜に近づこうとする瞬間に、響一は詠唱を唱える。

すると、倒れ、野原に伏す俺と、響一の後方に隠れているリリーが3メートルほど空中に持ち上がった、重力の影響をまるで考慮しない、不合理的な浮遊を続けた後、俺とリリーは直線運動を始め、そのまま前方へと高スピードで移動していく。


 道中に存在する木々を衝突しないようによけながら、直線的に高速移動していく俺とリリー。

遂には森を抜け、元いたコテージの元へと到着した。すると俺たちの体は空中に固定し、数秒間ほど浮遊し続けた後、重力の影響を取り戻し、地面へと荒く落とされる。


 俺は血を吹き出して倒れたままであり、意識は出血によって朦朧としていたがそれでも、何が起こったのか理解できた。響一の野郎、あいつ、俺らを逃がすために能力を発動しやがった。


 「にいに! 大丈夫?! 酷い出血……」


 近くの地面に落とされたリリーは俺の存在に気づき、何が起こったのか分からない様子で俺をみてうろたえている。


 リリーもリリーで、額に巻かれた包帯には、傷の血が滲み、包帯の一部は赤く染まってしまっている。


 「……だ……大丈……ぶだ……とりあえず……あの坊主を連れて……来てくれないか?」


 俺は必死に声を出してリリーに頼む。


 「坊主って……誰?」


 「おま……え、の……血を止めた男だ。ご、ごめん……やばい……なる……べく早……く」


 リリーは頷いて、コテージ内に戻っていく。それを見送った後、俺はひそかに卑屈な感情と罪悪感を露わにした。俺はわざわざ響一に逃がされたのだ。彼から見れば俺は完全にお荷物となっていたということだ。あれだけの大口を叩いておいて、一瞬にしてやられるとは情けないにもほどがある。自分の弱さをここまで呪ったのは初めてだった、強くなりたい、心の内からの叫びが湧き出る。


 やばい、意識が薄れてきた。切り傷を付けられた左脇の下の腹部はジンジンと痛み、吹き出る血によって、暖かさとぬくもりを感じた。腹部だけ、暖炉の前にあるかのような柔らかい暖かさをひしひしと感じる、視界の隅が白く染まっていき、段々とその白の領域が肥大化していく。

視界すべてが白く塗りたくられたとき、俺は意識を失ったのだと思う。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

 夢を見た、ある意味で言えば壮大な夢であった。見たことのない景色が広がっている。地面は全て整備されており、灰色の何かで埋め尽くされていた。


 地面は硬く、街中には、家と思わしき大量の建築物と、地中から生えた全長9メートルほどの大きさの棒がひしめき合っている。その棒のそれぞれが、張り巡らされた雲の糸のようなものでつながっており、大きな糸の連続体を頭上で形成している。すべての建築物は乱雑に、それでいてとても狭い空間に密接して配置されており、見ているだけで情報量が多く頭がパンクしそうだ。


 標識のようなものも見られるが、そのどれもが赤や青で塗りたくられて存在感を露わにしており、中には何かの記号と思われる謎の表記がなされている物もあった。


 そして何よりも目に付くのは、四方向すべてを通過する、あまりある量の鉄の塊である。しかも、その鉄の塊には、車輪のようなものが四つ搭載されており、馬が引いている様子も見られないのに、牛が鳴くかのような重低音と、山が噴火するときのような煙を発して、目にもとまらぬスピードで道路を通過していくのだ、それも馬車よりもはるかに速いスピードで。

赤、青、白、黒、銀、茶、緑、様々な色の鉄の塊が近づいては遠ざかるを繰り返していく。


 それをただ見ることしか俺はできなかった。今まで見たこともないほど特異的でかつ幾何学的に整頓された街の風景は、他に類を見るはずはなく、その大量の情報のインフレーションを数秒の間に受け取った俺の脳細胞たちは、外界からの異常ともとれる量の情報の数々を認識することを諦め、ただ茫然と、活動を停止するのことに徹した。


 すると、前方にある女性が飛び出した。真横の棒に、まるで木の実のようにぶら下がる四角い箱は、赤く光っている。彼女が飛び出した先の地面は、白と灰色で等間隔で塗りつぶされており、そのしま模様は、対面の歩道と思われる所まで繋がっている。


 彼女が飛び出した、丁度10メートルほど真横に、かつてないほど巨大な、鉄の塊が突進をしてくるのが確認できた。先ほど見ていた物より、さらに大きい鉄の塊だった。


 「……オィッ!!! あぶねえぞッッッ……」


 西日がまぶしく、彼女の顔も拝見できない。しかし、それでも、彼女の命の危機を感じた俺は、いつの間にか彼女を追いかけ、そのしま模様が続く領域へと足を踏み出していた。


 間に合わない……俺は彼女の背中を押し、前方へと突きださせた、彼女は前のめりになって転び、歩道と思わしき、しま模様から抜けた領域に足を踏み入れていた。


 彼女は驚いた様子でこちらを見る。相変わらず逆光で眩しいが、それでも振り返った彼女の顔が拝見できた。


 似ていた、酷似していた。……おかしい。俺はこの感覚を前にも味わったことがあるはずだ。しかし思い出せない。必死に脳内を詮索するが、それらしい記憶がよみがえることはなかった。


 「……リリー……?」


 そこには涙を流しながら驚愕した表情でこちらを振り向く彼女の姿があった。


 彼女を救えたことを確認し、俺はひっそりとほほ笑む。ああ、これで良かったんだ。


 瞬間、とてつもない耳鳴りと、衝撃が俺に加わった。骨が折れる時はポキポキといった枝を折るような音が鳴るイメージがあったのだが、実際は異なるらしい、ひたすら鐘を打つ音を何段階も低くしたかのような重低音が鳴り響くのみであった。

 

 そして謎の包容力を持った液体が、俺の体を赤子を抱く母親のように無性の愛を持って包み込むのを感じた。 なんだか暖かい、いやこの感覚を俺は知っている、これは……俺の血だ……。噴き出した血で、道路のしま模様は白と灰色以外に、赤という奇抜な色を足される。俺は横になっているのか? 視界が横転し、真上の方向にあった太陽がいつの間にが左の位置にある。

視界もどんどんと狭まっていき、ついには何も見えなくなった。


 五感の大半を失いかけている俺に向かって、様々な者の言葉が断片的に聞こえる。なぜだか、彼らの声が、俺を天国へと導く、素晴らしい啓示のような響きを持って聞こえてくるのだから不思議なものだ。



 「……な……響………わ……か……たの?!」


 「……お……だろ?……」


 「ど………の?」


 「……に…………トラックに……られた……」


 ああ、よく聞こえねェ、右も左も分からねェ。俺、何でこんなところで寝そべっているんだ?

まあ、いいや。あの子が救えたなら……それで……十分だ。


 言葉を何も認識できない、耳も聞こえない、手足も動かない、目も見えない。痛みすら感じず、血の暖かいぬくもりだけ実感として感じることが出来ている、そしてその血の暖かい感覚すら段々と薄れていく。


 

 



 唯一聞こえた トラック という言葉が、頭の中を巡回するのみだった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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