20 異能合宿⑦ 襲撃者の正体
「……一条響一」
俺は怒りのあまりこう呟く。今にもこいつの元に駆け寄って一発ぶん殴ってやりたい気分だったが、怒りを何とか抑え、話を聞こうとする。
「おめェらが来そうな気はしていた」
「なぜ……?」
ブルーハウダーが響一に疑問を投げかける。
「大方、クロガミ、てめェの妹の件についてだろうな、共鳴波を調べられたらそりゃ当然、俺の元に訪れるに決まってる。あれだけの波長をたたき出せるのは俺しかいねェからな」
響一は達観しているかのように話す。
「……そうだ。端的に言おう、君が能力を使用して、リリーちゃんを傷つけたのか?」
「……」
響一はブルーハウダーの質問に対して沈黙を守っている。
「テメエに聞いてんだよッ、響一ッ!! 何とか喋ったらどうなんだァ? そのお口は何のためについてんだよッ!!」
俺はしびれを切らし、響一が喋るように促した。
「……能力を使用したのは事実だと言っておくか……これ以上は話すつもりはない」
響一は落ち着いた様子で語る。
「では彼女を傷つけたことは否定するのかい?」
「……言うことはねェぜ、早く帰れ。てめえらと話していると馬鹿が移る」
俺は響一の発言を聞いて激情し、畳に土足で上がり、響一の胸ぐらをつかんだ。
「……また燃やしてやるよ、お前のその生意気な面をよォー」
「……離せ下民がッ。また体中に風穴を開けてやろうか?」
響一は胸ぐらをつかまれても、一切動じる様子を見せない。むしろ落ち着きすぎている。
「やめなさいっクロガミ。……ねえ、響一君、君は何のために能力を使用したのかい? 彼女を傷つけるためかい? 君たちを至近距離で見ていた者によれば、君が彼女を襲っている様子は見られなかったという証言をしているんだ」
「……何も言わねェし、知らねェ、そして例え知っていたとしてもお前らに教える義理はないね」
ブルーハウダーの優しい声かけも虚しく、相変わらず響一は舐めた態度をとりながら話を誤魔化そうとしている。
「それは言わないのかい? また言えないのかい?」
「……とっとと出ていけ、早くしねえと殺すぜ。ここは一条家の領の一つとして認識されている。ブルーハウダー、てめェも知っているはずだ、勝手に正統四天王の家系の敷地内に侵入した輩は、抹殺対象になり、殺しても何ら問題はないことを……」
「……これ以上は無理そうだね……失礼したね一条君、私たちは帰らせてもらうよ」
「オ、オイッ! このままみすみす帰るっていうのかよ? こいつは何も罪に問われずにッ?!」
「そうだよ……死にたくないなら行くよクロガミッ」
「早くこの手をほどいてもらえるか? 下民風情が調子に乗るなよ」
舌打ちをしながら、響一の胸ぐらをつかむ手を強引に話し、ブルーハウダーの元に戻る。
ブルーハウダーは右手を差し出してきたので、その手をつかみ、ワープする準備をする。
体が青白く光っていき、視界が急速に揺らいでいく、するとワープをするわずか数秒前に、一条響一がこう話すのを聞いた。
「……せいぜい気を付けることだな、じゃなきゃ、数十人の死者が出るぜ?」
響一がこうつぶやき終わった後、空間が転移し、俺らが元いたコテージに戻った。すると、コテージ内は何やら騒がしかった。大勢の先生方が慌てふためき、中には涙を流して大声で泣いている女性教師もいた。
「……どうしたッ??!!」
ブルーハウダーは必死な顔で、慌てふためく教師たちに話しかける。何やら尋常ではないことが怒ったことだけが理解できる。
「……ブルーハウダー校長ッ、ミドル先生がッ……」
そう聞いたブルーハウダーは顔を青ざめながらリリーが寝ている寝室に向かった。俺も後からブルーハウダーに続く。
リリーのいた寝室には、大勢の教師がいる、誰もが顔を青白くし、中には口を押さえ、この世の終わりでも来るかのような絶叫の表情をしている者もいる。
そして俺はその理由が一瞬で分かった。リリーが寝ているベットの横の椅子から転げ落ち、地面に大の字で寝ている誰かの姿がそこにあった。
いや、その者は寝ていたのではなく、死んでいたのだ。喉元には、夕飯作りで使ったのと同じナイフが深々と刺さっており、砂に埋められた木の棒かのように、ナイフは動かずに直立したまま、喉元に突き刺さっている。
俺は一瞬でリリーに目をやる、よかったリリーは何とも異変が無いようだ。ベットの布団には血が飛び散っているが、彼女に新たな外傷はない。
大の字になって死んでいる彼は、先ほどまでリリーを看病してくれていた治療担当の先生だった。俺とついさっきまで話していた人が、ただのガラクタと化してしまったかのように動かずに死んでしまっている。顔は恐怖で吊り上がっていて、眼球は痛みで充血している。
彼が大の字になって死んでいる右横には、タンスが置いてあり、そのタンスは切られた紙のように、表面がズタズタになっていた。
「……ミドルさんっ……ミドルさんっ」
同じく治療担当の先生だろうか? 白衣を着た若い女性の先生が死んで冷たくなったミドル先生の腹の上で泣いている。
「……このタンスの傷は、おそらくミドル先生の抵抗の後だろう」
冷静な顔で分析し始めるブルーハウダ―、しかし下唇を噛みきり、血を滴らせている様子から、かなりの怒りを感じていることが分かった。
「……とりあえずッ教員たちは一刻も早く、生徒の保護に行きなさいッ!! 各コテージに、戦闘用の能力を持った教員を最低2名配置することッ!! 何をぼさっとしているッ!!」
ブルーハウダーは右腕を大きく振って、大声で教師たちに支持を送る。硬直したり、泣いていた教師はその言葉を聞き、頷いた後、コテージを後にしていった。
このコテージにはブルーハウダーと、俺、寝込むリリーと、グリム教官が残された。俺は気絶するリリーをベットから持ち上げ、中央のリビングのソファに移した。
ソファを中心に円を描くように、俺とブルーハウダーとグリム教官は立つ。
日中の時と異なり、グリム教官の表情からも笑いが消え、真剣な面持ちを見せている。まるで、一匹のネズミをも見逃さないほどの集中力を保っていた。
「グリム、いつどうやってミドルは襲われたんだい?」
ブルーハウダーは静かな声で質問する。
「……わかりません、ブルーハウダー校長が一条の元へ向かった、4分後にリリー生徒が寝ている部屋からミドルの叫び声が聞こえました。俺を含む数名の教師がその言葉を聞き、急いで扉を開くと、血を吹き出だして死んでいる彼の姿がありました」
「ミドルとリリーちゃん以外は、誰もその部屋にいなかったのかい?」
グリムの回答を聞いたブルーハウダーは再び質問をし返す。
「はい……ずっと侵入者や怪しい者が入ってこないよう部屋の外で警戒していましたし、実際にこのコテージの外にも2名の教師が配置されており、警戒を続けていたのですが……怪しい者は一人も確認できませんでした。それに窓も鍵が掛けられていて、粉砕された様子もありませんので、完全な密室でしたよ」
「……不可解だな」
完全な密室だと? 部屋の内部はミドル先生とリリーしかいなく、コテージの外も数名の教師が警戒に当たっていて、部屋を出たリビングでも大量の先生がいた。上手くそれらの目を欺いて、部屋に侵入できたとしても、ミドル先生を殺し、姿を見られることもなく、脱出することは可能だろうか? いやあの短時間では不可能に近いだろう。
ミドル先生だって、人が部屋に侵入してきたら気づくに違いない。窓には鍵がかかっていたということは、脱出経路は一つ、侵入してきた扉から戻ったのだ。
窓の鍵を外し、窓を開け、そのまま外へ脱出したというならば、なぜ窓が閉められ、鍵が掛け直されているというのか? 鍵は内側からしか掛けられないはずである。なので、侵入者は真っ向から堂々と扉を開け、部屋に侵入し、ミドル先生を殺し、元来た扉から脱出したのだ。
「……どうゆうことだよ……」
「……でもこれではっきりしたことがあるね、犯人は一条響一君ではないということだ」
「……そうだな」
ブルーハウダーの言う通りだ、響一は全く関係がなかった。糞、あとであいつに謝らないといけなくなった。あいつに頭を下げるのは癪だが……しっかり謝らないといけないことは確かだ。
「襲撃者はおそらく、『透明化』のような能力を持っているのだろうな、でないと辻褄が合わない」
ブルーハウダーの推測にグリム教官が納得したかのように首を振る。
「ああ、やはり校長もそうお思いになりますか。でもそれなら、少し、私とは相性が悪いですね。校長、何か対策はありますか?」
グリム教官はブルーハウダーに向かってこう聞いた。するとブルーハウダーはこう答える。
「そうだな……いざとなったら強制転移を発動する。あれは随分と腰が折れるのだけどね、座標点は様々な場所に配置してあるから大丈夫だ…………は?」
ブルーハウダーは、テーブルの上に目を向けると、驚きの声を発した。
「なぜ……座標点がない……配置したはずだが……」
ブルーハウダーは口を開けながら驚愕しているすると、コテージの二階から、聞き覚えのない声が飛んできた。
「座標点っていうなぁ、この小さい玉のことか?」
上を見上げると、二階の手すりに座る男がいた。俺はこいつを見たことが無いが、何か見覚えがある気がした。似ている、明らかに酷似している。金髪の髪、鋭い眼光、整った顔立ち、癪に触る声、あの一条響一と酷似している者の姿があった。
「もう糞ども相手にコソコソするのも疲れたわ、早うわれら殺して任務達成して帰りたい」
その男のトーンには聞き覚えのない訛りが入っていた。一織わかばとはまた違った訛りである。そして彼の言葉からは、俺らに対する軽蔑の気持ちをありありと感じた。
「お前……その容貌と和服……一条家の者だな。グリム先生を殺し、リリーちゃんを傷つけたのもお前か?」
ブルーハウダーがにらみを利かせながらこう話す。
「おお、正解! あ~あのおっさんがグリム、で、わしがぶん殴ったカワイ子ちゃんはリリーと言うのか。それでわれは誰?」
舐め腐った声で答える金髪男。
「テメエが、リリーを傷つけたんだなッ!!」
俺は激情し、金髪男に向かって叫ぶ。
「糞どもは口も悪いなァ、われ、黒い髪をしとるのぉ。ああそうか、われがクロガミという奴か」
金髪男は俺の名前を呼び、納得したかのような表情をしている。
「なぜ俺の名前を知っている?」
「転生因子を持っとるっつーこたぁ、一応殺しとくか、多分君がこの時代における業火保持者じゃろうしな」
「質問に答えろよ、金髪。耳の穴よくかっぽじろッ!! 耳糞がつまりすぎなんだよッてめェーは」
「お、われ、中々生きがええな。威勢のある奴は好きじゃ、殺したとき、思いっきり叫びまわってくれるけぇな」
男は手すりから身を投げ、こちらへ落下してくる、俺も身を反らし、落下してくる金髪に向かって拳を突きつけようとした。
どこからともなく、戦闘開始のコングが響きまわった。
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