18 異能合宿⑤ 異変、そして襲来
異世界……それは東洋の国々を指した言葉である。俺たちには全く馴染みない世界であり、異世界すなわち東洋諸国と、俺らが暮らす諸島は、カタストロフィという無知かつあまりにも暴力的な境界線で遮られており、俺らは文字通り、カタストロフィラインよりも東に行くことはできないということである。
「……なんか雰囲気壊してしもうたね、ごめんなしゃい」
俺が腕を組み、うつむきながら道を歩いていると、突然後ろのわかばが俺に向かって謝り始めた。
ペコリと頭を下げると、紫色の髪でおおわれたつむじが顔を見せる。
「大丈夫だよ、それより、ありがとうね、色々教えてくれてさ」
そう言って彼女に近づき、差し出された頭をさする。そしてこれらの行為は驚くことに、無意識のうちに行われていた。
「……やっぱ君、うちんこと小しゃか子供として見よーやろ?」
彼女は不機嫌そうな顔をしだす。しかも実際に小さい子供として見ていたからこそ行われた行為であるので、何も反論できなかった。
「と、とりあえず先に行こうぜェ、ああ怖いなァここら辺」
彼女の頭から手を離し、颯爽と前へ進んでいく。彼女はまるで猫のようにまだこちらを疑いの目でジーっと見つめてくる。その視線を背中でひしひしと感じながら前へ進んでいった。
しばらく進むと、前方からそよ風を感じた。いや、日中に浴びていれば、気持ちいなという感想が出てくるであろうそよ風は、真夜中の森の中で浴びると、一瞬にして不気味な風に豹変する。ヒューっと真っ暗な前方から流れ出る風は、少しも気持ちの良いものではなかった。
「ちょ……ヤバそうだな……ココ」
「……そうね」
お互いに顔を見合って恐怖を確認し合う。すると突然前方から、数個の揺らめく炎の玉が現れた。俺らは恐怖のあまり、対面しながら互いに両手を繋ぎ合って体を近づけ、恐怖に震えていた。
揺らめく火の玉は、どんどん俺らの方に近づいてくる。
「……ねェ、近づいてくるばい」
「だ、大丈夫だってェー、た、多分、誰かが能力を使って驚かせに来てるんだぜ」
そう、きっとそうだ。何も確信はないが、そう信じておこう。
予想通り、火の玉は揺らめきながら動き、俺に近づいてくるが、すんでのところで止まり、それ以上俺には近づいてこなかった。
「な、なんだよォ、大した事ねェなァ」
「そ、そうねえ」
俺らは震えながら、先ほどと同じかなり密着した姿勢のままで歩いて火の玉が浮遊するエリアを抜けた。
「よ、よゆうだぜェ……なあ?」
「ホントよね」
ここで互いにかなり密着していることに気づいて、お互いに手を離し距離をとる。わかばは照れ隠しに前髪を手でいじっている。
俺も彼女も恥ずかしがって、互いに顔を合わせない時間が数秒続いた後、わかばが驚いた様子でさらに前方を指さした。
「ねえ、あれ何?」
指さされた方角には、暗くてよく見えないが、おそらく毛むくじゃらの大男がいた。
「……」
俺はここで恐怖により硬直してしまった。体が動かない、意識が朦朧とするのに視覚だけははっきりと機能している。
毛むくじゃらの男が毛におおわれていないことを願った、闇によって毛がたくさん生えているように見えるだけだと、しかし大男が近づけば近づくほど、毛はより多く、細部にまで渡っているように見える。
硬直する俺の陰に隠れたわかば、彼女は極めて小柄なので、俺の後ろにすっぽり隠れることが出来ている。
大男は、こちらに十分近づいてきて、丁度俺との距離が3メートルほどになった後、一呼吸を置いてから、まるでマニュアル通りかのように大声で唸り声を叫んだ。空間がゆれ、近くの木の葉までもが振動するほどの大声、この大声は俺の気付け剤の役割も果たし、俺はしっかりとした意識を取り戻す。
そして目覚めと同時に一目散に走った。この時の俺はおそらく過去一番のスピードを出していたことだろう、瞬発力には自信のある俺が言うんだから間違いない。しかもこの時、俺は背中には小さい少女、わかばを背負いながら駆け出していたのにも関わらずである。
「よオ、ナイスだぜェ。やっぱそれやって良かったろォ?」
「いや確かに、今日一番の驚きっぷりでしたけど……でも俺この能力使うの嫌だったんすよ。だって、身体中に毛が生えてくるし、爪も伸びるしで、いい事ないんですわ。あーあ、また毛の処理しないとなァ」
「いやいやいや、お前の『成長促進』の能力は凄まじいぜ? 現に体中が剛毛に覆われて、マジで今のお前狼男みてェで、イカしてるって、もっと自分に自信持とうぜェ」
「え? そっすか?! マジで?」
会話をしているのはホワイトと、先ほどクロガミ達を驚かせた毛むくじゃらの男だ。そしてもう一人、釣り目の女性がいる。
「……ホワイト君とオリバー君、次の番号の人たちもう来るから早くしてね」
釣り目の女性はホワイトとオリバーという獣男に注意をする。
「よっしゃあ、次も行こうぜェ、俺が能力使って風を起こして、お前の能力で火の玉を操り、〆にはオリバー……てめえの姿を見せれば、もう一網打尽よッ、これで我がレクリエーション係りの仕事は完璧に達成できるぜェ。……おいオリバー!! 次に来る奴らは、男女ペアだッ!!
気を引き締めてかかれよッ。男の方をちびるほど怯えさせて、雰囲気を台無しにしてやるんだッ!!!!」
「ハイッ!!!」
どうやら先ほどの一軒は、この者たちの仕業だったようだ。ホワイトの顔はいつもは見せないほど森の深淵の中でも輝いていた。
「お……重い……」
「女ん子に向かって重かなんて言葉言うんなどん口なんやろうか?」
背中に背負った、というか背中にくっついているわかは、俺の重いという発言を聞き、俺の脳天にチョップを食らわした。手は小さく、力も籠っていなかったので、チョップというよりむしろただの接触に近かったが。
「ちかっぱ走ったねえ、あ! あそこ見て! 神社が見えるばい」
俺の背中にしがみつきながら、あたりを見回した後、何かに気づいたように指をさすわかば。
その指の先には神社らしき木造の建物が見える。
「やっと着いたか、本当に命を削った気がするな」
「……ふふっ、クロガミんさっきんたまがりよう、おもしろかったなあ」
「何を、わかばこそ、俺の後ろに引っ付いてばっかりじゃなかったかよ!」
「意外とここは落ち着くな、しばらくいさせてもらうわ」
「……ハア、好きにしろ」
わかばを背負ったまま先を急ぐ、先ほど重いとは呟きはしたが、それは走っていたからであり、こうしてただ歩く分には何ら問題はないほど軽い。彼女の華奢で小柄な体は背負うにはうってつけの軽さであったので、そのまま放置した。そのまま歩いていく、しかし、いくら小柄ではあるといっても、実際は俺の一つ上の女性であるので、少しながら意識はしてしまう。
彼女は歩く振動で離れないように、抱きつく強さを強めていくのだが、その力が強くなるにつれて、どんどんと心臓の鼓動が増していくのを感じる。
すると、突然森中が振動を始めた。ゴゴゴゴゴという地表がうねる音が鳴り響く。森の木々も揺れ動き、そのたびに木の葉が何百枚も地に落ちていく。木々に張り付いていた虫も驚いて空を飛びだす。
「な……なんの振動だ??? 」
「分からん、ばってん、ただ事やなかことは確かだ」
振動は数秒間続いた後、徐々に収まっていく。木々の揺れは止まり、木の葉が地に落ちる量は減っていく。
「きゃああああああああああ」
振動が収まったと思うと今度は、道の前方、すなわち神社の方から女子生徒の叫び声が聞こえる。
「……もしかしてこれも、誰かの悪戯か何かか?」
「多分ね、でも先ほどん火ん玉といい、獣男といい、手ん込んだ悪戯ね」
わかばを背負いながら、また神社に向かって歩く。しかし、先ほどの獣男と火の玉は、まだ誰かの悪戯という範囲にとどまっているが、今回の地表のうねりは異常だ。あれだけの威力、余波が伝わるほどの能力を果たして肝試しの悪戯程度で用いるだろうか?
第一、あれだけの振動を起こす能力を持つ者がどれほどいるだろうか。数える程度しかいないはず、明らかお遊びの範囲を超えている。それに先ほどの悲鳴、少し悪い予感がする。
俺は無意識に早歩きになっていた。急がないとヤバい……そう心の中で思っていたのである。
予想は不幸にも的中していた。神社の周りには10数名ほどの人だかりができており、彼らは円を作るように丸くなっている。そしてその円の中央には、白い髪をした少女が横になって額から大量の血を吹き出していた。
俺は信じられなかった。その少女がリリーであることを認識するのに十数秒を必要とした。
何も考えず、円の真ん中に突っ込み、リリーの元へ駆け込んだ。よかった息はしている。額から大量の血を吹き出しているが、死んではいないようだ。リリーは苦しそうな顔をしながら気を失っている。
「オイッ! ここにィ治療できる能力者はいねェのかッ!!」
大声で周りに突っ立っている者たちに声を掛ける。すると、彼らの内の一人の男がこう言った。
「お、俺、液体の流れを変えられるぜ、血の流れをせき止めるのは、す、少し難しいが……やってやるよっ」
そう言って近づいてきた男がリリーの額を確認する。そうすると彼はリリーの右頬に触れながら詠唱を始めた。
〔南に広がるは理想郷、北に座を置く桃源郷、切開、十戒、円頓戒、鋼を作りし技巧を持ち、種のための統治者としての権利を略奪す、手始めに頓馬には愚物としての自覚を、そして少女には空の青に似た艶書を――]
瞬間、リリーの額が白く発光し、出血が止まった。1
「わ、わたしは先生に報告してくるっ!」
そう言って数名の生徒も飛び出していく。
「ありがとな……お前」
出血を止めてくれた男に感謝を伝える。その後、怒りのあまり立ち上がり、ある男の方を見る。
「……テメェ……なんでリリーを守らなかったんだ?」
数メートル離れた距離距離でポケットに手を入れながら、後ろを向いたまま頭をかきむしる男、こいつは先ほどリリーと同じペアになっていた野郎だ。
こいつは呼びかけに反応せず、ずっと後ろを向いている。
「オイッ、いい加減その面見せろよッ!!」
そう言って、彼に近づき、肩に手を置きこちらを振り向かせる。
違和感があった、俺はこいつの後ろ姿を見た時に、どこか見覚えがあると思っていたんだ。
違和感があった、リリーがなぜ、この男と頑なに会話をする素振りを見せなかったのか。
こいつの顔を見た瞬間、それらの違和感が全て線でつながり、解消されていった。
かつて見た憎き顔、一条響一の姿がそこにはあったのだ。
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