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回帰列伝  作者: 鹿十
第一章 異能学園編
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15 異能合宿① 一条家について

ここから異能合宿に入ります。8話ほど続けるつもりです。

 大きい屋敷の廊下を背丈の高い男が歩いている。和風テイストの屋敷であり、襖や柱で囲われたその屋敷からは和風特有の解放感と、空間区別の曖昧さを感じる。

 

 一般的に街中で見られる西洋風の建物によくある厳格さと、完全な密閉構造ゆえの荘厳さはなく、柔らかに、そしてそれでいて風通りの良い優しさと西洋建築物の自己主張の強さとは反対のある種の謙虚な構造がそこには存在していた。

 

 背丈の高い男は、以前クロガミと対決した一条響一という青年だ。金色の髪に、獲物を前にした肉食動物のごとき眼光、顔立ちは整っており、いわゆる美形という部類に属するだろうが、その高貴で他を寄せ付けない横柄な性格が原因により彼に近づこうと思う者はそうそういない。

 

 どうやら、ここは一条家の屋敷のようである。彼が歩く廊下の左側には中庭があり、そこには美しい鯉が泳ぐ池と、堂堂たる盆栽が置かれている。


「響一、お前いつの間に帰ってきていたのか」


 彼に話しかけた男は響一よりも背が高く、これまた美形の男だった。顎には髭伸ばしており、髪の色は響一と同様に金色であったが、無造作に生えた髭は黒色に染まっている。


「……父上……ですか……」


「たまには、学園に行くのもいいが程々にしておけ……馬鹿が移るからな」


「……はい」


 響一と対面する男はどうやら、父親であるらしい。響一は敬意を示しながら受け答えをするが、はたから見れば、父親と話す息子の姿には見えなかった。まるで貴族と話す下民のようにへりくだった様子で話をしている。

 

 響一の父はその場を後にする。横には付き添いの使用人がついており、一条響一に向かってお辞儀をした後、真剣な面持ちで父親の後に続いていった。

 

 父親は和服を着ていたが、響一はまだ学校の制服を着ていた。そして父親が見えなくなった後、また歩を進め始める響一、しばらく歩くと右折をした先に大きな襖が現れた。襖には鬼に似た異形の何かを絞め殺している蛇の姿が墨汁を用いて緻密に描かれている。鬼のような生物は燃え盛る炎を身にまとっているが、それをものともせず鬼の首と胴体に巻き付く蛇。鬼は驚愕し恐れおののく様子が表現されている。


 その襖を開けると、大きく開けた和室があった。壁には掛け軸と呼ばれる絵がかかっており、そこにはまた蛇単体が豪快に描かれている。そして目の前には、畳に手をつき、横になっている男がいる。


 この男も同様に一条家の血筋の者なのだろう。同じような顔つき、何より眼光の鋭さが響一のそれとそっくりである。違う点と言えば、前髪の一部が黒い所と、舌にはピアスがついている点くらいであろうか。ほぼ見た目が酷似しているが、どことなく女らしい顔の形をしている。響一よりも、肩回りは狭く、顔もどちらかというと小さくて丸い。

 

 その男は響一に気づき、あくびをしながら言う。


「ああ、響一兄さんか……何の用じゃ?」


「……」


「用がないなら早う出てってくれん? 兄さんと話しよるほど暇じゃないんじゃけど」


「響夜、お前……学校は?」


「学校ゥ? あがいな糞さえん所になして行かにゃあならんの? それよりさ、その顔の焼け傷、どしたん」


「……ただの喧嘩傷だ……」


「エエッ?!」


 先ほどまであれほどつまらなそうな顔をしていた響夜という男の顔が輝く。


「兄さんまさか、学園の奴らと喧嘩して傷を負わされたのか? こりゃ傑作傑作。ほんと、一条家の恥さらしやな、われ」


「恥さらし だと? もう一度言ってみろよッ」


 響一は恥さらしと言われたことに激情し、寝ている響夜の胸ぐらをつかむ。その引っ張りにより響夜の和服が伸び、鎖骨が顔を出している。


「あ? やる気? とうとう血迷うたか。兄さん、われがわしにいっぺんでも勝ったことがあるのか? よう考えてみぃ、三秒間待っちゃる。その間に手を離さにゃあ……わかっとるな?」


 響一は手を離さず、にらみを利かせている。一方響夜の方は、響一を煽っているが心底冷静なようだ。


「3……2……1……」


 響夜が3秒を数え始める。響一はその間に手を離さず、口を開いて詠唱を始める。


 〔虚無と実存、凪と波。対立する二つの事柄を統合し、我に啓蒙の称号を与えんことを望む。帰路を規定する使者よ、愚者に栄光たる孤立を与えたまえ。手始めに、迷える子羊に性質を譲渡奉らん。臓物は――愚直――〕


 瞬間、響一の髪が風で逆立ちはじめるとともに屋敷全体が振動を始める。地震に似た衝撃。詠唱を終えると響一の後方、すなわち廊下の奥から何かが迫ってくるような気配がしたが、その後、何事もなく屋敷の振動は収まり再び沈黙が響く。響夜のカウントのみが空気を切り裂き、響き渡っていた。


「な、なぜ……能力が……発動できない……?!」


「……0ォ……われ……終わりや」


 すると突然、響夜の姿が跡形もなく消えた。まるで予めその場に誰も存在しなかったような虚無感が空間を満たした直後、能力発動に失敗した響一の腹に大きな衝撃が加わる。響一はその衝撃により3メートルほど後方に吹っ飛ぶ。上手く受け身を取りながら地面を転がる。


「……ッ糞が……」


「……チッ上手う受け身を取りやがって」


 響一は彼の動きに反応できなかったわけではない、実際衝撃が加わり、後方に吹っ飛んだ時の対応は、彼の機転の良さと体術の巧みさが推測できるほどの可憐な受け身を取った。


 そして今、響一は臨戦態勢をとっている。しかし、どれだけ戦闘におけるセンスが高かろうと、相手の姿が全く視認できなかったとすれば元も子もない。

 

 響夜の姿は、攻撃の瞬間、いや正確に言えばカウントが終わった瞬間には消えていた。それこそまさに初めから存在しなかったかのように一切の気配なく。響一は決して対処に遅れたのではない、それどころか対処しようとも思えなかったのである、なぜなら彼の姿が全く視覚できなかったからだ。


 響一は目を前方に向ける。そこには右足を突き出したまま左の足のみでバランスをとっている響夜の姿があった。どうやら響一は右足で蹴りを入れられたらしい。


「兄に向けて暴力を振るとは……響夜、貴様覚悟はできているんだろうな」


「覚悟って、何の覚悟? 弟に劣る兄に対して尊敬の念なんて浮かぶはずないのぉ。能力発動に詠唱が必要な兄なんて、たかが知れとる。能力を使う前にいちいちペラペラとペラペラとしゃべりやがって、みっともないんじゃわ」


「……覚えておけ……」


「おまけに能力も不発させやがって、そがいなのじゃけぇあの豚小屋におる糞ども相手の喧嘩にも勝てんのよ。その顔の傷、みっともないな。心底軽蔑するぜ、兄上様よォ」


「……血縁関係への能力を用いた攻撃は……ご法度のはずだぜ」


「そんなん関係ないわ、実戦では強い奴が生き残り、弱いクズは死んでいく。そがいな体裁だけの規則を律義に守っとるけぇ、ずっと弱いままなんじゃ」


 響一は臨戦態勢を解き、悟ったような顔でその場を後にしようとする。彼を見て、ニタニタとおぞましい微笑みをしながら、また横になる響夜。

 

「はあ~あほらしいな、兄さん達も、この一条家の奴らも、異能学園におるクズ共達も、全員。一番わしが強いんじゃけぇ、黙ってわしに従えばいいのにのお」


 響夜の一挙手一投足、出てくる言葉のすべてが、何かを侮蔑するかのようなニュアンスをはらんでいた。きっと彼は自分以外の者全てを見下しているのだろう。それはたとえ、兄であっても。


 部屋を後にし、そのまま廊下を歩いていく響一。入り組んだ道を進んだ先には、これまた襖があり、それを開けると、美しい茶の間があり、右の壁には顔程度の大きさの鏡がかかっている。

 響一はその鏡の前に立ち、自分の顔を見つめる。眉間から、鼻にかけて指二本ほどの黒い焼け焦げが見え、その焦げを人差し指で軽くさすっている。


 「……クロガミ……」


 その呟きには、この世の物とは思えないほどの憎悪と、壮大な覚悟がこめられていた。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


 合宿の日はいつの間にか訪れていた。ホワイトやエマに言われるまま荷造りを行い、背負ったバックはパンパンになっている。それに今日は日差しがかなり熱い。俺の体が照り焼けそうなほどに。

 

 寮ごとに馬車が支給され、それに乗る。ホワイトは終始うるさく、ずっと興奮している。きっと頭の中では、キャンプファイアのことしか考えていないのだろう。

 

 マスタードは馬車内では読書をしたり、時折俺らと駄弁ったりしていた。落ち着いていた様子だが、馬車が揺れ、リリーとエマの制服のスカートがなびくたびに視線を彼女たちの下半身に向けていた。このムッツリめ。


 リリーとエマと言えば、まあいつも通り二人で話し込んでいるようだ。エマも平常心を気取っているようだったが、異様にソワソワしているし、いつものボブの髪型とは異なり、髪を後ろに束ねポニーテールにしていた。随分とこの合宿を楽しみにしていた様子が見て取れる。


 しかし、一番気になるのは、俺の対面に座ってる眼鏡をかけた女子だ。一番最初、B棟の寮に訪れた時に一度見かけたのだが、普段はめったにリビングに足を運ばず、おそらくずっと女子部屋に潜んでいたので滅多に顔を合わせることはなかった。

 

 等しく切られたぱっつんの前髪、しかし目にかかるほど長く、彼女は若干俯きながら本を読んでいるので前髪がかかり、目は良く見えない。髪は長くもなく、短くもないほどの長さであり、肩にかかるかどうか程度の長さのその髪を束ねておさげにしている。

 

 小さく席の片隅に縮まっていて、右横にいるエマと距離を取っているようだ。馬車の揺れとともにおさげも揺れる。目はご自慢の長いぱっつんの前髪と日光を反射した眼鏡のレンズの輝きにより全く確認できない。


「……」


 なぜだか彼女に目を奪われた。好みだったからとか、そうゆう理由じゃなく、端っこで本を読んでいた彼女がなぜだか興味深かく俺の目には映った。


「ねえ! 見えてきたよ」


 エマが指さした先には大きな山が見え、その頂上付近に大きなコテージが4つほど設置されていた。どうやら俺たちはあそこで2泊三日を過ごすらしい。

 

 ふと目を横にそらすと、俺らの乗っている馬車の右側に、他の馬車とは異なり、異様に装飾された馬車が動いている。何よりそのフォルムが珍しい、馬車の外側には荒いテイストで描かれたとぐろを巻いた蛇の姿があった。


 馬車が山のふもとで停止していく、馬車はA寮からG寮まであるので、合計7台の馬車が陳列した。皆、馬車から外に出て、頂上のコテージを見つめたり、伸びをしたりしている。

 

 ほとんどの者たちが馬車から降りた後、先ほどの派手な馬車が停車する。中からは見たこともない服装をしている女性が2名出てきた。その服は腰の部分で帯を締めて固定させており、艶やかかつ、自己主張のしない花柄で装飾されている。


 その二人の女性は馬車を下りると向き合って軽い会釈の態度を保つ。すると数秒後、馬車から降りてきた人物に対して俺は驚愕を隠せなかった。


 金髪、憎き瞳、他人を子馬鹿にするかのような淡麗な佇まい。


 一条響一の姿が、そこにはあった。


 




 





 


 

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