1章9話
9話~公園~
夕日は公園を赤々とさせていた。
ブランコ、滑り台、ジャングルジム。
至って普通の遊具が設置してあり、そこで子供がほんの2、3人で遊んでいる。
人数が少ないのは夕方でほとんどが帰宅するからだろう。
そんな公園内を俺とユズは通り抜ける。
なんとなく、二人して止まった場所は鉄製のブランコの前。
「ユキトくん、ここでお話しましょ。ブランコに乗るの、小学生以来です!」
「お前は子供か」
ユズは通学バックをブランコ周りの小さな柵に支えて置くと、小走りでブランコへ。
そのまま2つあるブランコのうちの左側の方へと片足でジャンプして飛び乗った。
立ち漕ぎ状態で俺が立っている、公園内の方へと向きを変えると微笑む。
「あの子達みたいに、昔はよく公園で遊んでました。なんだか懐かしいですね」
ユズは滑り台を何回も登り滑りしている子供を見ると、そう呟いた。
「……そりゃ楽しかったみたいで良かったな」
俺は背負っていた黒ケースを降ろし、ユズのバックの隣へと立て掛ける。
「ユキトくんは友達なんかと公園に行ったりしませんでしたか?あっ、もしかしてゲームで遊ぶ派だったり……?」
「友達はいなかったし、公園も行ったことなんてほとんどない」
「あ……えっ。ユキトくん、何を?」
そう言い、俺はブランコを支えている斜めに立っている鉄柱へと寄り、そこを駆け上がった。
3歩ほど、鉄柱の斜面を上ると、更にそこから繋がっている横一直線の鉄柱を両手で掴み、宙ぶらりんの状態になる。
「な、なな何してるんですか!?」
ユズの慌てた声が下からしたが気にしない。
反動をつけてそのまま鉄柱を中心に空へと半回転したところで両手の向きを変えて公園内側へと向く。
空中で逆立ち状態となっているが、体を捻って一直線に伸びる鉄柱の上へと無事に座る。
「ブランコはそこに座るものじゃないですよ!?」
「それくらいは知ってる。けどここからだと景色いいな」
遠くを眺めれば、赤く沈んでいく夕日がなんとも綺麗に見える。
ここは少し高地なため、夕日の見え方もまた違うのだ。
これは隠れスポットなのでは。
「もう……子供が真似したら危ないじゃないですか」
「大丈夫、もうほとんどいないって」
ユズは下から心配そうに見てくるが、諦めのため息をついた。
それから二人の間で沈黙が続いた。
どちらとも話そうとせず、子供のはしゃぎ声だけが聞こえる。
──どうするか。あっちから言ってきたくせに。
俺がそろそろ限界になり、何かを言おうとした時。
「休み時間の時、ありがとうございました」
ユズがこちらを見上げてきた。
「あ、いや……ども」
思わず戸惑い、ぎこちない返事しか返せなかった。
だが、ユズは愛想笑いのような表情を浮かべると、また俯いてから話し出す。
「本当はお話……全部聞いてたんですよね」
「お前に嘘ついても意味ないか……ああ、聞いてた」
より一層、ユズの表情が暗くなった。
ユズは立ち漕ぎだった状態からストンとブランコに座り、鎖を強く握っているのが見えた。
「お父さんの事も、ですよね?」
「ん……聞いてた」
ふと見ると、ユズの鎖を握る手は小刻みに震えていた。
俯いているので、上からでは顔は見えない。
今、何を思っているのか──
俺は何を言おうかと困惑していると、ユズは再び口を開いた。
「今は無理して連れてきましたけど……さっきの話で幻滅したなら離れていいですよ」
「は……?」
わけが分からず、思わず声をあげるがユズは言葉を続ける。
「私は殺人者の娘です。そんな人といるのは嫌ですよね」
どうにもできなかった。
俺は今、暗殺者の立場なのだ。
そしてユズは命を奪うべきターゲット。
嫌も何もない。
俺は暗殺者であるため、彼女の父親が殺し屋だろうと気にしない。
それに、ユズには接触して殺さなければならない。
だが、それを口にすることはできない。
その事を話せば作戦は失敗する。
『トゥルース』の存在だって知られて、通報されてしまう可能性だってある。
そんな時、思い出した。
アオイは言っていた。
俺がどうしたいのか、と。
縛りすぎず、生きてもいいと。
なら、今は俺の言いたいように言う権利だってあるはずだ。
──ユズがもっと素直に人を頼れるように。
「……お前は何も悪くない」
自然とそう言っていた。
「ユズの父親が決めてやった事だろ?アカネの言う通り、家族は止めるべきだったかもしれないけどさ。でも、もう父親が置き手紙置いてさよならして殺し屋になったなら仕方ない」
「……でも…」
ユズは掠れた声で何かを言おうとするが、それに被せて俺は言葉を続ける。
「本当は自分が責められるのは嫌なんだろ?アカネに追い詰められてた時、お前は思わず言ってた。自分は何もしてない、って」
「あ……」
何かに気付いたように声をあげたユズは目を見開き、俺を見上げたが再び顔を伏せた。
「お前の事情の全部知ってるわけじゃない。でも全部の責任がユズに飛んでいくなんてのはおかしいと思う。だから、もうちょっと素直にさ……自分を守れ。誰かに頼ってもいいから」
ユズは顔は上げなかった。
だが、雰囲気は暗くはなかった。
「ユキトくんは……やっぱり優しいです」
ボソリと聞こえた声。
だが、話していた間にいつの間にか子供はいなくなり、静寂に包まれた公園では安易に聞き取れた。
「俺が優しいってのは違う。そんな事言われたことないからな」
事実だ。
俺が優しいと言うのは人生で一度も言われたことはない。
人とろくに関わった事もないからか。
そんな性格だなんて思ったこともない。
ましてや、今は暗殺者。
優しさの欠片もないと思っていた。
だが、ユズは首を横に降ってから、やっと顔を上げた。
「私だって……そんな事言われたの初めてだったんです。皆が、父親は私が止めるべきだったって言うから、やっぱり私の責任なんだって思って……もう、本当に、木から落ちた私を受け止めてくれた時から………ユキトくんは、世界で一番優しいです」
「んな事は……」
ユズの目尻に涙が浮かんでいた。
だが、瞬きして払い落とすとにこりと笑った。
「ごめんなさい、大丈夫です。さ、暗くなりますからそろそろ……」
「あー!!ユズいた!」
突然、平穏な公園の中に大声が響いた。
俺達が入ってきた公園の出入口に立ち、ユズを指差しているサイドテールに髪を束ねた女子高生。
「ゆっちゃん!?何でこんなところに……」
ユズが驚き、ブランコから立ち上がる。
すると入り口からズカズカと入ってきたのはユズの友人であるアユだ。
「そっちこそ、何でこんなとこにいんの!帰ろうと思って待ってたのにー」
「ご、ごめんなさい。ユキトくんとお話してたんです」
ユズがブランコの上にいる俺を指差すとアユは目を見開いた。
「アンタ何でユズと……!あっ、てか何でそんなとこ座ってんの?」
「よう。景色いいんだよ、ここ」
俺は鉄柱から飛び降り、2、3メートルはある高さから着地する。
「何者だし……」
アユは呆然としていたが、ユズは立て掛けてあった通学バックを肩に掛ける。
「さ、帰りましょ。ユキトくん、寄り道させちゃってごめんなさい」
「いや、聞きたかったし別に構わない」
ユズは未だに驚いたままのアユを連れて公園の入り口へと向かおうとした。
と、その背中に俺は声を掛けた。
「ユズ」
「はい?」
呆然状態のアユの背中を押していたユズは振り返る。
それに続いて、俺は言葉を続ける。
「今言ったことは俺の本心から考えて言った。けど、やるべき事によっては人の行動は変わる。自分の気持ちに関わらず、果たさなきゃいけない事のために俺は動くからな」
「ユキトくん……?」
ユズは首を傾げ、話の意味がわからないと言いたげだ。
「まぁ……要するに気を付けろよ」
俺は簡潔にそれだけは言った。
いや、言ってしまった。
余計な事は言わなくていいはずなのに。
俺は口にしてしまった言葉から逃げるように、早々に黒ケースを背負い、ユズ達とは反対方向の入り口へと向かう。
「じゃあな」
「は、はい」
戸惑い気味のユズを置いて、俺はその場を去る。
「……早く帰って準備しないとな」
道端で、俺はそう呟いた。
──そう、暗殺決行は明日なのだから。