2章28話
28話~部下~
『──邪魔だから外にいなさい─』
『──アンタに自由権はないの─』
『──無駄遣いしないで。アンタには何も買わせないわ─』
『──ご飯?今日はないわよ─』
『───アンタのせいよ──待ちなさいッ!───』
母親の言葉に愛情なんてない。
それが俺の日常だった。
家族との思い出は既に腐り果て、落ちたのだから。
ーーーーーーーーーーーーーー
「──暗殺者様。お久しぶりです」
言い、不気味な異臭を漂わせる仮面男は華麗なお辞儀からスッと姿勢を直す。
薄暗い闇に溶け込む真っ黒な外套。
気味悪く歪めた表情を乗せた洋風仮面。
外套を着ていてもわかるくらいの体躯。
間違いなく、あの仮面男だ。
『ライフ』との対立の元凶であろう目の前の男はその仮面を通して口を開いた。
「貴方様の技術、拝見させて頂きました。いやぁ、素晴らしいですよ。まさか6分の5も殺すとは。ま、たったそれだけですが」
「……それだと想定内か? けど、こっちも見させて貰った。お前が『ライフ』を洗脳し、『トゥルース』と争わせるよう向かわせた」
「ほう……!流石ですね。たかが17歳の子供でもない……やはり、れっきとした暗殺者。殺すのが惜しいです」
その言葉に眼光を鋭くし、俺は警戒を強くする。
何故、仮面男が俺の年齢まで知っているのか。
本来ならそんな情報、漏れ出るところなどないはずだ。
やはり仮面男は企みをしている上で俺を調べ尽くしているのか。
肩に担ぐ特殊砲を握る力を強め、月光に照らされて見える仮面へ。
「もうお前に勝ち目はない。タイガも即行で殺る。大人しく全部吐け。 ……それとも、策でもあると言いたいのか」
「ふぅむ……そうですねぇ。策、ありますよ」
言い、仮面の下の顔が歪んだ気がした。
その圧力に気圧されそうになるが、グッと踏み留まる。
俺が冷や汗を垂らす一方、仮面男は両手を広げて語る。
「早野ハジメから聞いたのでしょう。『死神』のこと。ああ、これでは敵対関係となってしまうのですよ。早野ハジメは我々と対立するような仲です。あの殺し屋のおじさんの仲間ならば、我も殺すしかないのです。悲しい悲しい」
「……それで?何が言いたい」
「ですから、簡単ですよ」
仮面男が言葉にして空間に響いて行く度に空気が張り積めめいく。
俺は警戒を緩めず、その目で元凶の言動を一切見逃さずに監視するも、何も怪しげな素振りはない。
むしろ大浦かに両手を広げ、余裕の表れだ。
だが、そんなやつが相手だからこそ警戒は怠っていられない。
いつ、どんな手を出してくるか解らないのだ。
すると仮面男はゆっくりと体を捻り、月明かりの届かない曲がり角の奥へと片手を広げ、まるで何かを歓迎するかのように動く。
「『トゥルース』である貴方様にも苦しんで頂かないといけませんよね。それに、貴方様が暗殺者へと転じた際に怠惰にも後処理を行わないものですから……我のモノにしてみました」
と、闇の奥から音がする。
高い、ヒールの音。
おそらく女性だろう。
予想外な新戦者に俺は全神経に集中し、この先を睨む。
すると徐々に月の光の元へとその姿が現れてくる。
月明かりの見せるヒールを履いた足。
段々とその上半身へと明かりが照らされてくる。
「………ぁッ…………な……」
否定しようと声を発するも、真実を受け入れ難いためか掠れた声だけが漏れ出る。
思わず1歩後退り。
俺の視界にいるのは、白いYシャツに黒い膝丈のスカートを身に付けている女性。
1つに結わいた俺と似た茶髪の髪は肩から垂れ下がっている。
その瞳に光はないものの、以外にも美形なその顔は何度も見てきた事がある。
いや、忘れたくても忘れられない女だ。
幾度も罵声を浴びせ、暴力を振るい、一度も愛情を注いでくれなかった女。
そして一度、命を狩ろうとしてきた女。
「わかりますよね──」
俺がこの状況を目の当たりにしている中、仮面男はドロリとした声を響かせる。
それがまるで毒のように俺の心情をかき乱していく。
「そうです、これが貴方様の──」
この場にいるはずのない女。
彼女が今、俺の前に立っている。
それを否定したいが、その事実が押し寄せてくる。
──そうして、仮面男は口にした。
「母親ですよ」
途端、心臓が跳ね上がった。
かつての恐怖が再び生まれ、脈が速くなっていく。
到底信じられるはずのない事実が無理矢理にでも心の隙間へと入り込んでくるのだ。
冷静を保っていられるはずもなく、肩から特殊砲が滑り落ちる。
そんなのも気にする暇もなく、俺は声を発しようとするも何も出ない。
先程のように掠れた声も何一つ出ない。
と、仮面男は流暢に喋る。
「早野ハジメが彼女を殺し、貴方様を引き連れて去った後に引き取ってみました。辛うじて息はまだしていましたね。ま、あのまま放っておけば死んでいたでしょう。ですが勿体ないですし……せっかくなので治療した後、部下として率いれました。もちろん、洗脳済みで」
その言葉一つ一つが頭に入ってこない。
……母さんが生きていた。
洗脳されてはいるが、その心臓は動き続けている。
脳は働いている。
また暴力を振るうことだって、罵声を浴びせることだって可能なのだ。
そんな、死んだはずの愛のない母親が今こうして生きている事がおかしい。
あり得ない。
あるはずがない。
いいや、あってはならない。
何故なら、俺は──
「暗殺者様──?」
「──ッ!?」
ふと、闇の中へと陥っていた意識が引き戻される。
すると仮面男は母の後ろへと回り込み、肩に手を乗せてどうだとばかりに声を張る。
「この人こそ!対稲垣ユキト殺戮兵器にピッタリです!いつかは改造実験なんて考えているんですが、家族の者からの賛成意見も欲しい……なんて。フフフッ……ハハ……!」
なんとも愉快気に笑い猛る仮面男。
だが、既に俺の耳にそんな目障りな音は入らない。
ただ、混乱しているだけ。
ただ、絶望しているだけ。
暗殺者なら、どんな異常事態でも想定しているのが常だった。
だが、人間はどうも不出来なものだ。
どれだけ用意周到だろうが、自身にとっての脅威を目にすれば動けなくなってしまうのだから。
人の恐怖への拒絶反応は侮れない。
だからこそ、それを利用して他人の命を奪ってきた。
それでも逆の立場になれば話は別。
人の精神体力にも限界はある。
俺の場合、俺を産み、無責任な教育をしてきた母親こそが恐怖なのだ。
それが今、目の前にいる。
何度瞬きをしても彼女は消えない。
と、仮面男がゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。
ブーツを鳴らし、立ち尽くす俺の目の前で立ち止まると長身を屈めて俺の肩へと手を置いた。
耳元まで顔を寄せると、その仮面から不気味な声を発した。
「おや──怖いんですか? 暗殺者様」
それだけ口にした後、俺へと攻撃をするでもなく、身を翻して離れてゆく。
部下へと転じた母に何やら囁くと、人形のように頷いた母親は仮面男の後ろへと付いて行く。
用はないようで、仮面男は暗闇へと帰っていく。
「……………」
ただ母親の後ろ姿だけを見つめていると、月明かりから消える前、ふと仮面男が振り向いた。
こちらを見据えた後、闇のような外套から腕を上げて俺へと振る。
「またねー」
以前にも聞いたことのあるような台詞。
だが、どこか深くて、どす黒い。
悪魔の囁くような声だった。
再び仮面男は歩き出し、その姿は闇へと消えて行った。
2人が去った後、月明かりに照らされるのは俺のみ。
脱力して突っ立っていただけだったが、足の力もなくなるとフラリと揺らぐ。
後ろへと重心が動いて行き──ガラクタにぶつかる事はなく、灰の壁へとぶつかった。
ズルズルと壁に沿って座り込んでいくと、頭上には少し低めの小窓がある。
その月明かりは──立てなくなり、死角になった俺へと届かずにホコリの舞う空間だけを明るくしていた。
その先を見つめていたが、段々と頭を上げているのも重くなって暗い足元へと視線が移った。
「……………クッソ……」
自分でもあまり口にしないような弱々しい声。
静かな空間でガラクタに挟まれながら、呟く。
「だっせぇ……」
あまりにも自身が情けなかったのだ。
脅威がいるだけで、ここまでも堕ちてしまう。
これでは暗殺者を生業としているなんて言える資格はないだろう。
そう思っても、足は動かない。
腰は浮かない。
「………ユズ、か」
ふと、微かに空いた小窓から庭のざわめき声が耳に入ってくる。
きっとユズとリユがタイガと応戦しているのだろう。
その証拠にリユが放ったであろう銃撃音が聞こえてくる。
何発もの銃声と鈍い音。
こうして2人も命懸けで戦っている。
俺が行かなければユズが死ぬ。
リユが死ぬ。
アユも、ユズのクラスメートも。
今回は滝澤さんのためにも守るべきなのだ。
それでも──
「アイツが生きてちゃ、意味ねぇって……」
俺は額を曲げて座った足につけ、項垂れた。
そんな中、激戦の音だけが俺を置いて響いていた。
ほんっっっっとうにごめんなさい…!!
めちゃくちゃ更新が遅れてしまって……とにかく忙しいんです、はい。
次の更新はできれば明日、時間がなければ来週の土曜となります。
ペース乱れちゃってごめんなさい。
落ち着いたら、バンバン上げていきますから!
それでは、「暗殺者は世界に恐怖を知らしめる」ブクマ登録など、ぜひお願いします…!




